- Amazon.co.jp ・本 (302ページ)
- / ISBN・EAN: 9784151200120
感想・レビュー・書評
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文体は悪童日記と同様に簡潔で直接的な表現が多く、読みやすい。前作では悲劇は主人公の外側であり、主人公は何が起こっても巧みに対処していた。それに対して本作では、悲劇が主人公の内部に侵食してきて、主人公は絶えず苦悩している。
前作の主人公は”ぼくら”であり、2人で1つの人格を形成している一心同体の存在だった。本作では、ぼくらのうち、おばあちゃんの家に残ったリュカの物語を主としている。しかし、最終章で、国境を越えていったクラウスが姿を現す。ここで、2人は存在していたと証明されたように感じる。しかしラストシーンで、本当に2人存在していたのか、実は同一人物なのか、日記は本当に日記という形で存在していたのかという疑念が生まれる。街の人が、双子の片割れについて全く触れない理由、ペテールが悪童日記を読んでもなおクラウスの存在を信じない理由。今までの自分の全ての解釈を疑い始める。悪童日記の時と同様、ラストシーンで読者に与える衝撃が大きい。
タイトルは多様に解釈できると感じる。まず、2人が存在していた証拠はあるのか、存在の証明とは何か?という意味。公的なもの、書物、肉体、精神。彼らはいずれの形で確かな存在となろうとしているのか。または、彼らは2人でなければならない証拠という意味。ラストシーンを読む前まではこの意味だと思っていた。2人でいた時はどんな苦悩にも侵食されることなく達観していた彼らが、バラバラになって、1人でも失ってしまったピースを埋めようとするが、埋まらない。だとすれば、なぜ彼らはバラバラにならなければならなかったのか、その試練を自ら課すことは本当に必要だったのかという疑問がある。
次巻は第三の嘘というタイトルであるが、何が嘘なのか確信が持てないため、三つ目の嘘に拘る理由が気になる…
主人公が好きすぎて、あの種の苦悩に共感できるだけに、読んでいて本当に辛かった。半分くらいは泣きながら読んでた。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
淡々と言動が語られている。
心情の説明はほとんどない。
そのため言動にびっくりすることが、たびたびあった。
そこで、そうするのか!?って。
その人がその人である証拠ってなんだろう。
一貫した言動をとっていれば、なんとなくそれが証拠のように思えるけど、人はそこまで真っ直ぐじゃない。 -
前作とは異なり、本作では登場人物の一人一人が名前を持って現れる。身分証明書、労働、財産、子育て、と主人公の成長に従って取り巻く環境は社会性を帯び、登場人物たちの背負う人生の悲哀にしても、政治性が強いものが増える。しかし、双子という一人称複数形の特殊さがありながら「世界」は確固たるものだった前作とは異なり、本作では…一体この物語はどこに辿り着くのだろう。すぐに次作を読む。
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3部作の2作目。
「戦争は終わった。過酷な時代を生き延びた双子の兄弟の一人は国境を越えて向こうの国へ。一人はおばあちゃんの家がある故国に留まり、別れた兄弟のために手記を書き続ける。厳しい新体制が支配する国で、彼がなにを求め、どう生きたかを伝えるために-強烈な印象を残した『悪童日記』の待望の続篇。主人公と彼を取り巻く多彩な人物の物語を通して、愛と絶望の深さをどこまでも透明に描いて全世界の共感を呼んだ話題作。」 -
一作目の最後、国境を超えなかった「ぼく」の物語。「ぼく」は名前を持つことで、前作とは違った雰囲気を感じる。戦後下の厳しい環境で生きていく主人公は、他人に手を差し伸べながらも、常に孤独を抱えている。地の文に、主人公の感情は一切ない。それでも、彼の心情は、読者へ強く伝わってくる。予測できない展開に、はらはらさせられること必至。