- Amazon.co.jp ・本 (112ページ)
- / ISBN・EAN: 9784560071953
作品紹介・あらすじ
世界的ベストセラー『悪童日記』の著者が初めて語る、壮絶なる半生。祖国ハンガリーを逃れ難民となり、母語ではない「敵語」で書くことを強いられた、亡命作家の苦悩と葛藤を描く。
感想・レビュー・書評
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筆者のアゴタ・クリストフはハンガリー出身の女性作家。「悪童日記」「ふたりの証拠」「第三の嘘」という有名な三部作を書いている。本書はアゴタ・クリストフの自伝。
ハンガリーの首都ブダペストには一度だけ行ったことがある。冬の一人旅で、雪も降っていて観光には不向きな時期ではあったが、それでもブダペストはきれいな街だなと思った。地下鉄を使って街を歩いたが、訪れた中でハンガリーの共産党支配時代の記録を残している博物館が非常に印象に残っている。何という博物館か忘れていたので、ネットで調べたら「恐怖の館」という名前の場所であった。
第二次大戦後、東欧の国々は実質的にソ連の支配下の中で共産主義化した。ハンガリーもそれらの国の一つであった。その体制は要するに一党独裁体制であり、当時のハンガリーはそこまでひどくはなかったかも知れないが、現在の北朝鮮と本質的には同じである。共産党支配のもと、国家がすべてをコントロールし、それに逆らうことは許されないというか、それは死を意味した時代である。私がブダペストを訪れたのは、ソ連崩壊後、すなわち、ハンガリーの共産党支配時代が終わってから随分と経ってからであり、「恐怖の館」は、共産党支配下の悪夢の時代を記録し、二度とそういうことがないようにするために建てられた博物館であると理解した。
1956年にハンガリー動乱と呼ばれる事件が起きた。ウィキの説明ではハンガリー動乱とは、「1956年にハンガリーで起きたソビエト連邦の権威と支配に対する民衆による全国規模の蜂起を差す」とされている。ハンガリー市民数千人が亡くなり、過程で25万人の難民が国外に亡命することになった。本書にも書かれているが、アゴタ・クリストフも、ハンガリーから国境を越えてオーストリアに逃げた難民の一人である。アゴタ・クリストフ21歳の時の話。夫と生後数か月の赤ん坊での亡命であった。
この時、ヨーロッパの各国がハンガリー難民の受け入れを行い、アゴタ・クリストフは、スイスのチューリッヒ難民センターで受け入れられた後、スイス内の別の都市に家族で送られ、アパートと仕事を提供された。それは、はたから見れば、ソ連の軍事侵攻が進む危険で貧しい生活を強いられた祖国から、安全で物質的に豊かな場所への移住であったが、アガタ・クリストフは、そこでの生活を、「砂漠での生活」と記述する。味気無さ、空虚さ、ホームシック、家族や友人と会えない淋しさの中での変化のない、驚きのない、希望のない生活と記述している。
日常の生活の中で、あるいは努力をして彼女は徐々にフランス語を覚えていくが、ある日、自分が「文盲」であることに気がつく。少しは話せるが、フランス語を読めないし書けないのだ。そして26歳の時にフランス語の読み方を学ぶために大学の夏期講座で学び始める。フランス語で読書が出来るという体験は彼女にとってかけがえのないものであったが、やがて、彼女はフランス語で「書く」ことに移っていく。ものを読まざるを得なかったと同じく、何かを書かずにはいられなかったのである。最初に戯曲を書き、その後、小説を書き、1986年に「悪童日記」が出版される。ハンガリー動乱の年から30年が経過していた。
本書は100ページ程度の短い自伝であり、また、アゴタ・クリストフは、抑制の効いた文章で、ある意味淡々と自らの経験を振り返っているが、内容は衝撃を受けざるを得ないものである。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
クリストフによって語られる言葉一つ一つは、サラッとしてるけど、胸に痛切に迫ってくる。彼女が体験した苦しみ、読書と創作の楽しみ、彼女の鋭い洞察力、強い感受性などがリズム良く描き出されている。折々に、彼女の持って生まれた能力の高さ、彼女の魅力を感じさせるシーンもあり、悪童日記のもとになった要素も知ることができる。
自己陶酔の気配が微塵も感じられず、ただ、その時代に生まれたある人間の話として淡々と語るのが、クリストフらしいと思った。
自分の中の母語をじわじわと殺していくフランス語は、自分にとって敵語。フランス語を自分で選んだのではなく、運命と成り行きが私にフランス語を課した。
この部分の記述が印象的であった。新しい言語の獲得が必ずしもよいこととは言えない、それを、はっきりと、敵語とまで言い切っているのを見て、ハッとさせられた。 -
アゴタ・クリストフが母語でない言語で書いたことは知っていたように思うが、フランス語は「敵語」と表現する。子供の頃から活字が大好きで読むのが得意だったのが、難民となり大人になって生活のため身につけざるをえなかったフランス語。喋れるが読めないし書けない、だから「文盲」だったと。現在世界中にいる難民、ウクライナから日本に来た人たちも言語を取り上げられた状態にいることを思う。
母語以外で執筆する作家は少なくはないだろうが(日本でもケズナジャットなど)、言語との距離感含めた作品世界になるのだろう。クリストフはフランス人と同じようには書けないと自認しつつの創作だ。後書きで、彼女は3部作以上のものは書けないとして筆を折ったという。すべての作家が絶えず物語が溢れ出すタイプではないだろう。寡作な彼女の悪童物語を読めたことに感謝。 -
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寄宿舎で読むものがなくなって自分で書いたものを読む。
読んでばかりの子ども。読むことに後ろめたさを覚える。
母語で育ち、ドイツ語、ロシア語を押しつけられ、21歳でスイスへ亡命。
フランス語の習得に励む。読むことへの挑戦。
飾らず気取らず、そのままありのまま、自分の望むことを懸命に生きた。
亡命生活、子どもをあやしてもらう。ポケットにお金を滑り込ませてくれる。
亡命の先にあるものは決して安穏とした楽なものではない。
文量は多くないけれど、とても読み応えがあった。 -
ブルータスの村上春樹特集でのおすすめ。新宿の紀伊国屋書店で購入。母語ではない言葉で執筆するようになった(執筆せざるを得なかった)筆者の半生が、シンプルな言葉で綴られている。
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本屋に行ったら「越境」文学フェアの棚ができていて、温又柔などおなじみの本とならんで置かれていたので、そういえば読んでないと思ってつい買ってきた一冊。
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20200225読了(図書館)
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淡々と、少ない文字数で、しかし長編を読んだみたいな。