ノモンハンの夏 (文春文庫 は 8-10)

著者 :
  • 文藝春秋
3.73
  • (39)
  • (98)
  • (80)
  • (6)
  • (3)
本棚登録 : 1047
感想 : 85
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
  • Amazon.co.jp ・本 (471ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784167483104

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 第二次世界大戦の遠因にもなったノモンハン事件についてのドキュメント。
    権限の委譲のいきすぎで結果的に関東軍の独断専行を招き、それに誰もすずをつけることができずに崩壊にむかっていったプロセスの第一幕がこの事件。
    しかもこの主要な幹部はだれも更迭されてないところに闇がある。

    当時の参謀本部は関東軍に及び腰。その原因はいきすぎた権限委譲の元気の良すぎる青年将校を現地におくりすぎたことが原因ではなかろうか。
    その結果「関東軍に「案」を示しただけで、あとは研究にまかせた。つまり示達できなかった。参謀本部は真の統帥を放棄して虚位を誇る態度のみつづけていた、」というような事態がうまれ次第に統制がきかなくなっていく。
    そして辻政信のような怪物がうまれる。
    当時の参謀にいたのちの山下大将は辻のことを
    「中佐、第一戦より帰り、私見を述べ、色々の言ありしという。此男、矢張り我意強く、小才に長じ、所謂こすき男にして、国家の大をなすに足らざる小人なり。使用上注意すべき男なり」
    と述べている。
    権限委譲をして登用するときには、とにかく我意が強すぎて能力のある人材ほど気をつけろということであろう。
    むしろ当時の日本軍は、我意の強さがむしろ積極果敢な姿勢と評されていた。

  • ノモンハンにおける敗因の主たる要素の日本軍の組織的欠陥をしっかりとした事実を元に描かれている。

  • 決定的に道を誤った事件。

    冷静な考えもあった一方で、どうしようもなく流されることとなったのはなぜか、各国の思惑の中で、日本はどのような決定をし、又は決定をしなかったのか。

  • ノモンハンについて知ったのは、大学1年の夏。
    当時、「ねじまき鳥クロニクル」を読んでいて、その中にノモンハンについての記述があったのを覚えている。
    そこに書かれていたノモンハンは、戦闘全体のことではなく、個人的な体験、一人の登場人物の回想を通じて伝わる戦争の悲惨さであった。しかし本書は違う。
    ノモンハンでの戦闘になるまでの過程、ドイツ・ソ連の動きが同時的に描かれており、その全容が一から説明されている。想像力を掻き立てる小説的な描き方ではないが、戦闘の悲惨さが俯瞰的に描かれているが故にわかることがある。それは逆説的ではあるが、そう描かれていることで陸軍兵一人ひとりの生きざまに限りがなくなるということだ。「ねじまき鳥」で描かれたのはフィクションであるという前提の一方で、極めて高い可能性で現実にあるものだという確信を生む読書体験になった。

  • ノモンハン事件。満州国とソ連との国境をめぐって日本とソ連が対立し、軍事紛争に発展した事件だ。一応「事件」と呼ばれているが、双方で数万の死傷者を出し、規模を考えれば、「戦争」だ。

    で、このノモンハン事件、日本軍の暴走と楽観主義、無責任さを象徴する出来事だった。敵の兵力も戦場の地形もろくな調査をせず、味方の補給路も考えず、戦車の数も不十分、頼りは大和魂を持った兵士たちだけで関東軍は戦闘に突入する。それで、短期勝利は間違いないと結論を出す関東軍参謀たち。そんな関東軍の無茶振りを根拠なく、しぶしぶ受け入れる国内陸軍。暴走する現場とそれを止められない中央という関係が改善されることなく、日本は敗戦へ突っ走る。そんなお粗末組織の日本軍を著者は冷たい目線で、これでもかと批判する。とくに辻政信をはじめとする参謀については、個人的嫌悪感もあり、ボロクソな評価だ。

    結局、ソ連のスターリンが対ドイツ交渉を優先させたため、ソ連軍はノモンハンでは無理することなく、日本と和平交渉を締結する。もし、このままソ連軍が突き進んでいれば、アメリカとの太平洋戦争ではなく、ソ連との日本海戦争が起こっていただろう。しかし、和平によるソ連撤退を自らの奮闘によるものだと勘違いしてしまった日本軍は、ノモンハン事件から何も得ず、参謀も責任を取ることもなかった。

  • 本書は大日本帝国の参謀一派、特に辻政信参謀に対する痛烈な批判である。超エリート集団であった参謀本部作戦課と関東軍作戦課。彼らの空論と暴走そして無責任主義に強い怒りを覚える。前線部隊への厳令に対して参謀仲間への事勿主義に苛つきを感じ、何より恐ろしいのはノモンハンの首謀者たちがのちの太平洋戦争の参謀本部の主要人物であった点だ。さらに戦後、辻政信は代議士まで務めている。

    法律学では規則功利主義を以て法を考察する。であるならば歴史学においては行為功利主義的すなわち「if」を以て検証することは十分有益だと思われる。つまりノモンハン事件が停戦協定なく継続していたら。本件が契機となり第二次世界大戦が勃発し第二次日露戦争を招いていただろう。ソ連が独日を相手取った勝敗は推定困難な面はあるが、仮に日本が敗戦した場合、共産主義国家という歴史を経ることは確実であったであろう。そうした点では大日本帝国参謀たちの時局の読み違えを国際情勢が是正した格好となったとも言える。

    明治・大正の参謀は確かに有能であったかもしれない。もしかすると山本五十六に代表されるような海軍は比較的まともであったのかもしれない。しかし日露戦争の「神風」的勝利に教訓を求め、精神に勝利の拠り所を求める軍中央部に戦略があったといえようか。「兵、有能にして、将、無能」。『失敗の本質』が分析した国家の脆弱性が具象化した事件であったと痛感する。

  • ノホンハン事件は日露戦争の勝利以降、日本軍の初の大敗であったが、隠されてきた。戦争終結の岐路となったはずである。

  • 1939年に発生した日本陸軍関東軍とソ連の間で発生し、師団によっては損耗率76%という第二次世界大戦における最悪の負け戦であったノモンハン事件について、膨大な資料と関係者のインタビューからその敗戦の原因を分析したノンフィクション。

    本書によれば、ノモンハン事件の歴史的重要性とは、ここでの敗戦の原因が続く太平洋戦争敗戦の原因と全く同一であり、その教訓が全く生かされなかったことにある。陸軍学校出のエリートを中心に構成された関東軍参謀の暴走と、それを止めることができなかった日本本国の参謀のマネジメント力の欠如、相手の戦力をファクトベースで調査することなく勝手な妄想で予測した戦術構築能力の欠如など。

    また、著者はこのノモンハン事件を巻き起こした関東軍参謀の暴走の中でも、特に強硬な戦いを主張した辻政信については、極めて手厳しい批判を加えている。本来、その場で責任を取って自死してもおかしくなく、2万弱もの兵士を無残な死に追いやった「絶対悪」とも呼べる彼が、戦後に戦犯を逃れるために潜伏を続け、結果として戦後日本で国会議員にまで上り詰める点については、戦後日本社会のいびつさを示すエピソードとして捉えられなくてはならない。

  • 資源など何もない不毛の地ノモンハンで、国境線を巡って日ソが衝突した。大本営の「不拡大」の方針を弱腰として退ける関東軍参謀の服部と辻。大本営も関東軍のメンツを重んじて強い命令をだせず、事件は多数の死傷者を出す戦闘へと拡大した。命令の曖昧さ、敵への侮り、情報の軽視、精神の過剰な重要視など、その後の日本軍の欠点がすべて現れた。現場の兵士は戦車に火炎瓶で立ち向かうなど勇敢に戦ったが、捕虜となった兵士に自決を強要するなど非情な対応。一方、参謀の辻はその後も太平洋戦争で指揮をとった。辻の悪魔的な狡猾さが印象に残る。またノモンハン事件と平行して、独ソ不可侵条約をめぐるヒトラーとスターリンの駆け引きも描かれていて興味深かった。

  • 若い頃は、太平洋戦争の話はあまりに間近であり、聞くのも嫌であったが、最近になって少しずつ興味を持ち始めた。ノモンハン事件は、機能不全になった陸軍という組織の恐ろしさを教えてくれる。昨今、不祥事を起こす企業にも共通のものが感じられる。顧客や組織よりも個人の出世を重視する池井戸潤が描く銀行にも共通項が見られる。

全85件中 31 - 40件を表示

著者プロフィール

半藤 一利(はんどう・かずとし):1930年生まれ。作家。東京大学文学部卒業後、文藝春秋社入社。「文藝春秋」「週刊文春」の編集長を経て専務取締役。同社を退社後、昭和史を中心とした歴史関係、夏目漱石関連の著書を多数出版。主な著書に『昭和史』(平凡社 毎日出版文化賞特別賞受賞)、『漱石先生ぞな、もし』(文春文庫新田次郎文学賞受賞)、『聖断』(PHP文庫)、『決定版 日本のいちばん長い日』(文春文庫)、『幕末史』(新潮文庫)、『それからの海舟』(ちくま文庫)等がある。2015年、菊池寛賞受賞。2021年没。

「2024年 『安吾さんの太平洋戦争』 で使われていた紹介文から引用しています。」

半藤一利の作品

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×