紋切型社会――言葉で固まる現代を解きほぐす

著者 :
  • 朝日出版社
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感想 : 110
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  • Amazon.co.jp ・本 (288ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784255008349

感想・レビュー・書評

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  • 帯にもありますが、一読して、「新しい書き手が現れた」という鮮烈な印象を受けました。
    武田さんは1982年生まれの新進気鋭(この言葉を使うと武田さんに怒られそう)のライターで、本書が処女作です。
    内容もさることながら、その文章のスタイルが斬新です。
    硬軟織り交ぜて論理展開しながら、時々、肩の力が抜けるような冗談を放り込み、蛇行を繰り返して独自のオチへと持って行く。
    素人が読んでも並みの力量でないことは一目瞭然です。
    頑迷な読者の中には眉をひそめる向きもあるでしょうが、新しい才能が誕生する時はそういう反応があるものです。
    感想はおいおい述べるとして、まず、「あとがき」が振るっています。
    冒頭に、こんな箴言が置かれます。
    「その欺瞞が闇夜に放たれる時、貴方は貴方自身が、偽りの世界にすら少しも驚かぬことに驚愕するだろう。――フランベルト・W・ジュマール」
    それから著者は、このように書き始めます。
    「一七世紀のブルガリアで長い拘禁生活を余儀なくされた詩人が遺した言葉をあとがきの冒頭に引用したのは、そんな人もこんな言葉も存在しないからである。」
    人を食っています。
    やられた、っと思わず唇を噛みました。
    というわけで本題に入ります(レビューで本題もおうんちもないですが)。
    本書は、世間にはびこる「紋切型」の言葉を解体する書という触れ込み。
    目次をざっと紹介するだけで、だいたいイメージしていただけるでしょう。
    「01 乙武君 障害は最適化して伝えられる」
    「02 育ててくれてありがとう 親は子を育てないこともある」
    「03 ニッポンには夢の力が必要だ カタカナは何をほぐすのか」
    「04 禿同。良記事。 検索予測なんて超えられる」
    「05 若い人は、本当の貧しさを知らない 老害論客を丁寧に捌く方法」
    「06 全米が泣いた <絶賛>の言語学」
    「07 あなたにとって、演じるとは? 『情熱大陸』化する日本」
    「08 顔に出していいよ セックスの『ニュートラル』」
    「09 国益を損なうことになる オールでワンを高めるパラドックス」
    「10 なるほど。わかりやすいです。 認め合う『ほぼ日』的言葉遣い」
    「11 会うといい人だよ 未知と既知のジレンマ」
    「12 カントによれば 引用の印鑑的信用」
    「13 うちの会社としては なぜ一度社に持ち帰るのか」
    「14 ずっと好きだったんだぜ 語尾はコスプレである」
    「15 〝泣ける〟と話題のバラード プレスリリース化する社会」
    「16 誤解を恐れずに言えば 東大話法と成城大話法」
    「17 逆にこちらが励まされました 批評を遠ざける『仲良しこよし』」
    「18 そうは言っても男は 国全体がブラック企業化する」
    「19 もうユニクロで構わない ファッションを彩らない言葉」
    「20 誰がハッピーになるのですか? 大雑把なつながり」
    分かりましたよね?(笑)
    たとえば、「障害の最適化」をめぐって、著者は「余命1カ月の花嫁」を取り上げてこう言い募ります。
    「『余命1カ月』がヒットした。ならば『3カ月』なら長すぎるのか、『1週間』なら短すぎるのか。『余命1カ月の独身』『余命1カ月のシングルマザー』では泣けるのか……」
    思わず笑ってしまうものの、至極真っ当な問いかけのように思います。
    東京五輪招致の論件については、小田嶋隆さんのコラムに大いに感銘を受けたものですが、著者も負けてはいません。
    「『国民に夢や目標を与える』の八九%は実際のところ、自分たちよりも真っ先に国家に夢を与えてしまい、招致決定後の消費税増税の腹づもりを支え、『事故に対処した私たちこそ安全』とする、いかがわしさ満載のエネルギー政策をことさらに下支えしてしまった。石原が元気にできなかった『日本』を、猪瀬は『ニッポン』で手に入れたのだが、残念なことに、発泡スチロールがカバンに入らなかった。」
    こんなにエッジの効いた文章を最近読んだことがありますか?
    映画を絶賛する際に多用される「全米が泣いた」という文句に対するツッコミも痛快です。
    「絶賛の言語に跳躍力を持たせるためには、絶賛を受け止める前に、裏返して考えてみるといい。『全米が泣いた』時に南米が怒り狂っている可能性を考えてみる。『全米が泣いている』間にアジアは眠りこけているのではないか。物事を多方面から見ることを怠らなければ、『絶賛』『待望』『渾身』は、順当に賞味期限を迎えていくのではないか。良し悪しを決める時に、良しを知って悪しとして、悪しを知って良しとするように心がければ、肯定言語も批判言語も浮つかないはずだ。その取り組みを怠りすぎている。」
    こんな思わず唸ってしまう例は挙げればきりがないのですが、「紋切型表現」を多用する新聞記者の端くれとして、実は急所を何か所も突かれました。
    急所って、こんなにたくさんあるんだと逆に感動したくらいです。
    紋切型表現を生む培養地だと私は考えていますが、新聞記者はまず分かりやすく書くように徹底的に教育されます。
    ただ、分かりやすさは本当に大切な価値なのか。
    著者はそこにも鋭利な刃物のような文章で疑問を投げかけます。
    「言葉の迫力を感じるのは、自分に負荷をかけてきていると実感する文章に出会った時だと、それなりに本読みを自負するこちらは切に訴え始める。」
    私はよくよく吟味していい指摘だと思いました。
    本書を読んで、批評の最前線はこんなにはるか先まで進んでいるのかと、正直打ちのめされました。
    あと余談ですが、辺見庸さん、小田嶋隆さん、本田靖春さんら私の敬愛する書き手が数多く登場していて、それが個人的にとても嬉しかったですマル。
    安易に承認するなと武田さんはけしかけますが、すみません、とりあえずダメ出しするところはありません。
    これは一読する価値ありですぜ。

  • ♪ダイナマイトに火 を つ け ろ♪ 本

  • 『一冊の本』に今年の1月まで連載されていた「わかりやすさの罪」を愛読していたので、同様の切れ味の素晴らしい爽快な書きっぷりを堪能できた.「"泣ける"と話題のバラード」でプレスリリースの中身のなさを指摘しており、それをまた使いまわす輩が跋扈している現状を批判している.そうだ、プレスリリースの中身のなさはわかっているので読む奴はいないだろう.「誤解を恐れずに言えば」で東大話法の虚しさを指摘しているが、国会では頻出している.御用記者は批判しなくなっているので、言う方もその空気をつかんでのさばっているのだ.こんなことがまかり通ることは、ほどなく解消すると予測している.「そうは言っても男は」で風俗利用推薦の橋下発言に「男もバカにしている」と批判した新聞記事がいた由.まだ大丈夫だ、日本は.

  • はじめはなんだかゆる〜い社会批判かと思いきや、どうしてどうして。独特の比喩や例示で、しっかりと社会批判している。軽い気持ちで読んでいたら、おおっと!となる。優しい当りで手厳しい批評、とても興味深い。もっと読みたくなる。

  • 09国益を損なうことになる の章を
    2019年の選挙の前までに色んな人に読んで貰いたい

    私は武田さんの考えがとても好きです。

    2、3回読まないとって思ったこの作品。

  • 「全米が泣いた」「そうは言っても男は」など、日常で何気なく聞いたり目にしたり使ったりする「紋切型」の言葉が持つ曖昧さや胡散臭さなどに正面から立ち向かっていく著者の圧倒的な知識量と構成力が凄い。政治からエンタメまで幅広い分野での例を挙げながら、時に皮肉を交えて展開する持論は説得力があるし、読んでいて痛快だった!

  • おお、頑固おやじさんだ。いやいや、隣にいないというのはこれほどありがたく面白いか。おばさんとおじさんとは大いに違うんですねえと思うがそれはそれとして、なかなかいやはや。

  • 「情熱大陸化」する日本
    すごいと確定している人から分かりやすい言葉を引き出すのではなく、すごいかどうかなんて関係ない、でも自分にはこの人が引っかかる、その人からオリジナルな言葉を引っ張り出すのが、ドキュメンタリーの視点であり始点ではないのか。

    のところ、うーむと唸ってしまう。

    そもそも一流だと確定しているものをミキサーにぶち込んでお肌によいとガブ飲みさせる手法に頼るのをやめなければ。

  • 借りたもの。
    キャッチコピーがその時世の縮図なら、人の心に刺さるこれら定型文にある悪意を紐解く様な本だった。

    広告業に関わっていると耳が痛い……
    当たり障りのない、外さない、分かりやすい文言達を選ぶのは、万人受け(伝わりやすい)しやすいとい事。及び腰になっている証拠だと思っていた。
    その地点ですでに、責任とかを放棄している――そんな事を考えてしまう。

    比較的最近の、話題になった本からの引用が散見され(私も読んだことがあるものも多かったので余計に)、社会の様々な価値観に共鳴する。

  • 紋切り型の言葉によって、表現する側から押し付けられる価値観に対しての批評集。
    乙武くんはなぜ「くん」なのか、「ニッポン」の持つ効用について、24時間テレビの欺瞞性について、女性参加を標榜する男社会の立ち居振る舞いなど、その批評眼はとではも鋭い。
    小田嶋隆ライクな皮肉の聞いた文章も読んでいて小気味よかった。

著者プロフィール

1982年、東京都生まれ。出版社勤務を経て、2014年よりライターに。近年ではラジオパーソナリティーも務める。
『紋切型社会――言葉で固まる現代社会を解きほぐす』(朝日出版社)で第25回Bunkamuraドゥマゴ文学賞などを受賞。他の著書に『日本の気配』(晶文社、のちにちくま文庫)、『マチズモを削り取れ』(集英社)などがある。

「2022年 『べつに怒ってない』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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