アメリカーナ 下 (河出文庫 ア 10-3)

  • 河出書房新社
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  • Amazon.co.jp ・本 (464ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784309467047

感想・レビュー・書評

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  • ラブストーリー。
    その中にハッとさせられる人種差別のことが盛り込まれている。
    「あなたが「肌色」という色調のバンドエイドが自分の肌の色ではないことを知っていますか?」

    人種差別がこんなに複雑だなんて知らなかった。
    今まで何も知らなかったんだな(恥)

  • 去年『なにかが首のまわりに』で初めてアディーチェという作家を知り、この『アメリカーナ』で彼女の著作を二作読んだことになります。

    そして思うのは、この人の視点とそれを表現する感性はとても瑞々しくて、読めば読むほど自分の中に新しい風を吹き込んでくれるということです。

    『なにかが首のまわりに』『アメリカーナ』ともに、黒人差別が物語の大きなテーマとなります。黒人差別を描いた小説や映画は、自分も今までいくつか触れてきました。

    そして思うのは、それらの作品は人種差別の悲劇や苦しみや怒り、あるいはそれを乗り越える人間の強さというものを、表現していたということです。

    そうした作品ももちろん素晴らしいのですが、作品に込められた熱量があまりにも熱くて、差別は許せない、絶対いけない、であるとか、人の強さに感動したりということは多々あるものの、
    そこから差別を自分の身近に考えることができずに終わることもよくあったと思います。多分そうした熱量の物語を観る、読むだけで自分のキャパはいっぱいになってしまうのだろうなあ。
    それだけ、物語の熱量が熱いことには違いないのですが。

    それに対してアディーチェは、アメリカ出身の黒人ではなくナイジェリア出身。解説によると19歳の時に渡米したそう。自らを「黒人」と認識しなかった祖国から、アメリカに渡った途端「黒人」とされ、様々な社会の壁にぶつかるという現実。

    彼女はアメリカの国家や歴史に根づいた差別に対し図らずも、無垢な状態から飛び込むことになったのだと思います。

    だからこそ、彼女の人種差別に対する視点はとてもフラット。人種差別の壁に対して過度に怒りを爆発させたり、嘆いたりするのではなく、彼女の作品の登場人物たちは、その壁に困惑し、立ち止まり、迷います。だからこそ、読者である自分も、作中の登場人物たちと同じように、立ち止まって、そうした問題の存在を、より身近に感じることができるのです。

    さらにアディーチェ作品は、歴史や文化に埋もれ、自分たちには見えなくなってしまう壁を可視化すらさせてしまいます。下巻の中で印象的だったのは、主人公のイフェメルがアメリカのファッション雑誌に対しての矛盾をぶちまける場面。

    だれにでもできるメイクアップの色を選ぶヒントとして、その雑誌は頬をつまみ、そのときに変化する肌の色を見ることを教えます。しかし、それは頬をつまめば色は変わるという前提の元で書かれていて、そこに黒人は含まれていない。

    そのほかにも髪質や何気ない会話の節々といった文化的側面から、そこに当然のように含まれていない、あるいは過剰に特別扱いされている黒人たちの存在を明らかにしていきます。

    この身近に埋め込まれた矛盾をつく視点は本当にすごい! アディーチェ作品は黒人差別を描くというよりかは、まるであぶり出しのように浮かび上がらせるのです。

    さらに彼女は、アメリカに渡ることで、変わっていくアイデンティティに対する違和も描きます。イファメルが久々に両親と会う場面は、たまに実家に帰省する際の、どこか気恥ずかしい感じをより強くしたものと言えるかもしれません。

    変わってしまった自分を、かつての自分を知る家族に見せることの決まり悪さ。これを描けるのも、またアディーチェの感性の瑞々しさを強く感じた場面です。そして、アメリカにいたからこそ感じることになる祖国に対しての違和もまた読ませる。

    アメリカで様々な経験をして、祖国へ帰る決心をしたイフェメル。そこに待っているのは、かつて同じ夢を抱きながらも、別々の道を歩まざるを得なくなった元恋人のオビンゼ。

    最終章に到り物語は、甘さと切なさを詰め込んだ恋愛小説の様相も見せます。正直恋愛ものは苦手なのですが、イフェメルとオビンゼに関しては、二人の様々な苦労を知っているからか、割と自然に読めたように思います。

    そして、作品の引き際もちょうどいい。読んでいるうちに、ちょっとドロドロしたところも見え始めて「これは、どう決着をつけるのか」とハラハラしながら読んでいたのですが、ギリギリのバランスを保った落としどころだったと思います。

    恋愛の酸いと甘い、ドロっとした苦さに、もう戻らない時を思わせる切なさ、これらをちょうどいいバランスで、ラストにこれでもかと詰め込むか……。もう帰ろうと思ったら、豪華な幕の内弁当を帰りがけに渡されたような、そんな感じです。

    イファメルとオビンゼの苦労と感情をしっかり描いているからこそ、ラストにこうした畳みかけを無理なく詰め込み、恋愛のあらゆる要素を感じさせられる展開に持っていけたのではないかと思います。

    人種差別というテーマを、いい意味でフラットに描き、登場人物の変化や成長もしなやかに描き、恋愛も甘く切なく、そして少しの毒を交えて描く。読み終えて改めて世界から評価された作品であり、そして作家であるという理由がよく分かります。

    自分の中の好きな外国人作家となると、アガサ・クリスティーや、スティーヴン・キングといったビッグネームがまず挙がってくるのですが、このチママンダ・ンゴズィ・アディーチェも、これからはすっと挙がってきそう。

    本当に去年『なにかが首のまわりに』を読めて良かったと思います。このことに関しては、自分で自分を褒めたい(笑)

  • この本の感想を書くと、この本が教養本っぽいと思われそう。
    でも、まずは楽しい小説なんです。
    そして、副次的に、ちょっと世界が広がる気がするんです。【2020年7月25日読了】

  • たまーに出会う、”泣きながら一気に読みました”の類の小説。上巻は1週間と10時間のフライトでコツコツ読んだが、下巻は10時間のフライトで読み終わった。熱にうなされるように。行ったこともないラゴスの太陽や、アメリカ白人のパーティーの様子が、次々と現れては消えていった。

    小説家によって短編と長編の得意分野があるとすれば、チママンダ・ンゴズィー・アディーチェ氏は間違いなく長編の方がその魅力を出せるんだと思う。
    『なにかが首の周りに』を翻訳文学試食会で教えてもらい、読んでみた時は、おそらく字数的に、「アメリカ人のアフリカ人に対する典型的な見方」に触れたアフリカ人というテーマに絞らざるを得ず、面白いのは面白いんやけど、短編集でそればかりがずらっと並ぶと、すこしばかり食傷気味な気分になってしまった。

    アメリカーナでも、恋愛小説ではあるが、米国の人種問題に真正面からぶつかっていて、『なにかが首の周りに』と同じぐらいの(いや、それ以上の)、アメリカ白人に刷り込まれた黒人に対する差別意識が描写されており、また、アフリカ生まれの黒人人とアメリカ生まれの黒人といったような、「黒人」と周りからはひとくくりにされてしまうような集団ごとの意識の違いも描かれている。
    この物語は、ナイジェリアで朝のテレビ小説があったらきっと題材にされるようなストーリーである。人種、女性、恋愛、親子、夫婦、親戚、ありとあらゆる人間と人間の関係が描かれ、それぞれの心情描写がとても細かく、登場人物のどれ一人をとっても、リアリティーさに欠ける人がいない。

    私は以前開発の仕事に携わっていたが、常々、「開発される側」がどう思っているのか、ということには意識していたつもりだが、実際には、イフェメルの独り言のように考えられていたのかもしれない。

    くぼたのぞみ氏の安定的な翻訳も健在で、今度は『パープル・ハイビスカス』を読んでみようと思う。

  • ストーリーの主軸は、アフリカ・ナイジェリア人の少女が大学時代に渡米し、「移民」としての苦しい経験をしながら外国人留学生としてアメリカで多感な時期を過ごし、いくつかの恋愛経験を重ね、再び故郷で初恋の彼と再会し…という、青春もの、恋愛もののような感じ。

    しかし、正直で繊細で知的好奇心の旺盛な主人公の少女の目を通して、アメリカ社会(とりわけ人種差別を取り巻く問題)がとにかく率直に語られている、そのスパイスが、なんともユニークで、そして、あぁ、私はアメリカのことを全く知らないんだなと思い知らされ続けたという面で、とても印象的な小説でした。

    渡米をきっかけに、アフリカ系アメリカ人でなく、アメリカ在住アフリカ(の、ある国の)出身者であることを意識するのと同時に、自分が「黒人」であることを「発見」した主人公が、アメリカという国の人種問題に関して考え、友人たちに自分の意見として述べていく場面、そして彼女の意見に対する友人たち(人種も出身もさまざま)の多種多様な反応が繰り返し描かれます。

    今年(2020年)もまた人種差別に関する大きな社会運動「Black Lives Matter」がありましたが、この本を読んで、これまであまりピンと来ていなかった、アメリカの本音と建前の、本音の部分に少し触れたような気がしています。何か腹落ちするというか、納得感を得たというか、そんな感覚になる読後感でした。

    恋愛小説としても、もどかしかったりスリリングだったり!?で最後まで面白かった。

  • 下巻に入り第3部はオビンゼの回想。イフェメルがアメリカに行ったあと、後を追うつもりだったオビンゼにはなかなかヴィザが下りない。なんとかイギリスへの渡航が叶うが、他人の身分証明書を借りて派遣の仕事でつなぐ日々。ナイジェリアでは裕福できちんと教育も受けた彼に与えられる仕事はしかしここではトイレ掃除だ。やがて彼は大金を払って偽装結婚を計画、あと一歩というところで不法滞在がバレてナイジェリアへ強制送還されてしまう。

    第4部でイフェメルは出来心の浮気が原因でカートと別れ、仕事も辞めてブログを始める。ブロガーとして成功したイフェメルは8年前偶然列車で知り合ったブレインと再会、彼と交際を始める。知的で高潔なブレインと、彼の周囲の意識高い系友人たちとの交流に、イフェメルは満足しながらもどこか完全に馴染めないものを感じている。やがてブレインとすれ違い始めるイフェメル。二人が心を一つにするのは、大統領選挙でバラク・オバマが勝つかどうかの話題だけだった。

    第5部はイフェメルとの再会を心待ちにするオビンゼ、第6部はダイクが起こしたある事件により帰国を遅らせたイフェメル、第7部でようやくイフェメルは13年ぶりにナイジェリアに帰国し、すでに成功者であり既婚者となったオビンゼと再会する。

    ここへきてようやくこの物語の背骨が、わりとシンプルにラブストーリーだったことに気づいた(遅い)。互いに運命の相手だったイフェメルとオビンゼが、一度は結ばれながらも壮大な遠回りをし、再びお互いへの想いを確認するまでのラブストーリーだ。

    ただね、そうやって恋愛ものとして割り切って読むと、終盤結局二人の関係は「不倫」と呼ばれるものになってしまうわけで、イフェメルのほうは独身だからまあいろいろ男性遍歴重ねましたでいいけど、オビンゼのほうは何の落ち度もないのに捨てられる妻がやっぱり気の毒に思えてしまい、もろ手を挙げて二人の恋を応援する気持ちにはなれなかったというのが正直なところ。そして二人についても現状に不満があるから昔の恋が美しく思えているだけで、いざ二人が結婚したらまた「やっぱり違った」って思う可能性もあるんじゃない?と皮肉な目で見てしまったりもして。

    なので、個人的には恋愛ものとして読むよりはやはり、イフェメルの成長物語としてとても面白かった。自分にとっては未知の国ナイジェリアと、知ってるつもりで知らなかった国アメリカ、その移民の歴史や文化、格差、差別など、ざっくり想像していたほど浅い話じゃなくてもっと複雑なのだなというのが知れてよかった。オバマの大統領当選が、彼らにとってそれほどまでに深い意義があったのか、とか。おおまかに「黒人」といっても出自は様々でそれによって彼らの中にも派閥や格差があることなども。

    イフェメルの、歯に衣着せぬ物言いが小気味よく、彼女のことはとても好きになれた。ナイジェリアからアメリカへというスケールに比べたら小さいけれど、東京に上京した地方組としては多少共感できる部分もあったりして。何よりアディーチェの書く物語には読者をぐいぐい引っ張るパワーがあり、長編を読む苦痛をほぼ感じなかった(翻訳がいいのかしら)他の作品も早く文庫になると嬉しいな。

  • 上下巻纏めて。
    重いキィワードと共に語られることが多いアディーチェだが、そういうことを抜きにして読むと、古典的なラブロマンスだった。余り泥臭くなっていない辺りも今時っぽい(しかし終盤は昼メロ風味も……)。

  • ナイジェリアに住んでいるイフェメルとオビンゼの夢は、英米に留学すること。そんな二人は高校生時代からの恋人同士だが、イフェメルだけがアメリカに留学することになると二人の中にも溝ができて…。イフェメルはアメリカに留学してからというもの日々カルチャーショックに見舞われていく。その最大とも言えるのが、人種のるつぼとも言えるアメリカで自分が「黒人」であるということを発見していくことだった。やがてイフェメルは「非アメリカ系」黒人として、自分の思いをブログに綴っていく。オビンゼとの関係も断絶し、恋人もでき、順風満帆に見えた時、イフェメルは突然恋人を捨てナイジェリアに帰る決意をする。昔の恋人オビンゼに会うために…。
    本作は全米批評家協会賞を受賞したアディーチェ作の恋愛小説。ただ、これを恋愛だけで終わらせないのが、アメリカの内部に潜む人種問題に鋭く切り込んだ一冊であるからだろう。
    恋愛小説として読んでも勿論面白いし、現代アメリカの文化批判として読んでも面白い。良作だった。

  • 愛の物語であるとともに、
    主人公の成長、
    すなわちアイデンティティの確立が語られる物語。

    なぜ二人は外国に行かなければならなかったのか。
    純粋に愛し合い、魂も美しいというのに。
    それは、国内にいたままでは
    自分で立つことができるほどの力はなく、
    やがてナイジェリアに飲み込まれてしまうことになっただろうから。
    それぞれが異文化の中で生きることで、
    外国の醜さを感じつつも、
    アメリカやイギリスという「個人」で生きることに触れて、彼らの魂も「自分自身」を形作っていくのだ。
    やがて彼らは母国へと帰ることになるのだが、
    それは敗北や逃避、あるいはただの郷愁ではない。
    なぜなら帰国しても違和感を覚え続けたから。
    それはアイデンティティが確立したからこそ、
    もうナイジェリアという母性に飲み込まれることなく、
    ひとりの人格として生きることになったからだろう。

    美しい愛に、深みまで持たせた見事な物語。

  • 読み進めると、ラゴスやロンドンの描写のほうが自然に思えてくる。
    アメリカがやはり不自然というか、不健全な国なんじゃないかと…

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著者プロフィール

1977年ナイジェリア生まれ。2007年『半分のぼった黄色い太陽』でオレンジ賞受賞。13年『アメリカーナ』で全米批評家協会賞受賞。エッセイに『男も女もみんなフェミニストでなきゃ』など。

「2022年 『パープル・ハイビスカス』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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