コリーニ事件

  • 東京創元社
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  • Amazon.co.jp ・本 (203ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784488010003

感想・レビュー・書評

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  •  ドイツの小説を読むときに注意しておかねばならないポイントをうかつにも忘れてしまうと、作品のどこかで足元を掬われることになる。ぼくが事実そうであった。ベルンハルト・シュリンクの『朗読者』のときにも感じた同じ暗闇にいきなり出くわしてしまったときの大いなる恐れもその類(たぐい)だ。

     本書はイタリア系移民のコリーニという67歳の人物が、高齢の大物起業主ハンス・マイヤーを殺害し自首するというあまりにも疑惑の余地なき事件を扱う。若き国選弁護人カスパー・ライネンを主人公に真摯で厳粛な法廷ものの気品を漂わせた本書を取り巻くのは、実は一連の血なまぐさい暴力といってもよく、現実というもののダークサイドを様々なエピソードで綴りつつ、なぜコリーにはマイヤーを殺したのか? という一点に物語の行方は収斂してゆく。

     コリーニはマイヤーの頭部を打ち抜くと、倒れて絶命した後のマイヤーの顔を靴で何度も何度も踏み抜き、憎悪をぶつける。あるいは、幼き頃マイヤーの息子フィリップと親友であったライネンは、フィリップと両親の悲惨な交通事故を回想する。ライネンが立ち会う検死の描写もこれまで見たことがないほど、リアルで無音で法的で管理されたものである。

     それらの悲惨な暴力の描写を淡々と描く作者の本業は、刑事弁護士である。彼の作者紹介を読むと、彼の祖父のことについて言及されている。それらは巻末解説でも同様であり、それらごく近き祖先たちの世界と作者を隔てるものは何であるのかを、本書では作者が自らに問うているようにも思えてくる。作者の投影された姿であるカスパー・ライネンの真実への旅は、過酷でありながら、国家の抱えているある理不尽な法律という一点に行き着く。巻末の作者の補遺に関連法令が提示され、その問題点が明らかに提起されている

     本の力を侮るべきではない、と改めて気づかされる一冊である。本書が提示してみせた法律の落とし穴をきっかけに、ドイツ連邦法務省はこの件に関する調査委員会を立ち上げた。許されざる者、裁かれざる者が、生きている時間の中で正当な鉄槌を受けることを心から望みたくなるような読後感である。

     それと同時に国家の底にこのような闇が眠り、暗い人生を生き延びてきた悪魔たちが跋扈したり人生を謳歌したりしてきている真実に途方もない悔しさを感じる人が、本書をきっかけに限りなく群れを成しているのではないかと、ドイツという国家に起きた小さな渦が起こす波紋にまで心が及ぶ。日本という国にも同様の懸念がないわけでもなく、だからこそ、このような文学が謳われる時間が貴重だと思える。

     ちなみに完結にしてテンポよく短い文体。そもそも『犯罪』という短編集が本屋大賞を獲得したことで知られるようになた作者シーラッハであるが、長編としても完結かつ行間に込められた間合いや気迫という意味で、とても優れた作家であるように思える。ライネンの心情描写をすることなく行動や回想によって描き切ったハードボイルドの方式による語り口も実に好感の持てる作風である。多くの読者に読まれ、本年の賞を獲得し、さらに世界的に普及されることを期待してやまない一作だ。

  • 大金持ちの老実業家を射殺した男は、自分から警察を呼んでおきながらがんとして動機を語ろうとはしなかった。
    新米事件弁護士で被害者と親しかったライネンは公職と私情に挟まれながら事件の真相を探り当てる。

    シーラッハ初長編。
    相変わらず研ぎ澄まされた文章で濃密なものを書いてくださる。
    ページ数を遙かに凌駕した満足感。
    そして未だにドイツに深い影を落とす第三帝国に、日本の現状を考えたり。
    事件の真相もだけど、冒頭から深いことがさりげに書かれていて唸ること数多であったよ。

  • 67歳のイタリア人、コリーニが殺人容疑で逮捕される。この事件の裏にはある真実があった。
    なるほど、ドイツらしい小説である。法廷劇はスリリングで読み応えがあるし、200ページに満たない短い作品なのに読み応えは抜群。謎解きとしてもそうだが、人間ドラマとしても素晴らしい。良い一冊だ。

  • 親しかった友人とその祖父がうかぶ懐かしい記憶。
    現実は、駆け出しの新人弁護士として、初めての仕事に向き合っている。
    過去とどう絡んでいくのか、弁護する殺人犯の罪は明らかだがその裏にどんな秘密があるのか、淡々と硬派な文章が続く。後半に明らかになっていく史実や人間関係に、とても苦しくなる。
    ドイツには、まだ大戦の影響が残っていることにショックを受け、詩的な表現の人生観が胸にしみた。
    人生は薄氷の上を歩いているものらしい。
    初めての弁護を終え一回り成長した主人公の、人生の一部を喪失した渋い大人の表情が目に浮かぶ。
    読んでよかった。

  • 殺人現場ー自首ー主人公の新人弁護士登場ー少年時代ー被害者との関係発覚、まで30ページ。何よりこの無駄のない筆運びを私は愛する。 それにこの手の、作者の出自に絡む、自分しか書けない題材を扱うのは好感度が高いと思う。置かれた場所で咲きなさい、の精神だな (≧∇≦)

  • 半分まで(100ページ分くらい)は事件の動機がはっきりせず、「たぶんこういうことなんだろうな〜」という想像をしながらも読むスピードが上がらず……。

    ところが、動機解明の糸口が現れたあたりから、今までのうだうだは何だったんだというほどの転げ落ちるような速度で話が進み、「訳者あとがき」まであっという間に読み終えました。よくあるパターン。真ん中までは頑張って読もう。

    ドイツやフランスのミステリだと、「事件の背後に実は……」という今回のようなものは多いですね。でもこの本の場合、著者シーラッハの立場が独特なのでは(詳しくは「訳者あとがき」を)。

    フィクションのミステリを読んでいたはずが、現実の歴史や法律とリンクしてきて、後半はざわざわしました。ドイツで戦後生まれ(孫世代)が歴史に向き合うのは、しんどいことだなと、あらためて。では日本ではどうなのか、と、日本では、こんなふうに向き合うところまでたどり着ける人がどれほどいるのだろうかと。

    それにしても、訳者の酒寄さん、働きすぎじゃないですかね? あれもこれもドイツ語ミステリ、酒寄さんですよ。もう、独和翻訳を必要とするミステリ好きは酒寄さんに足向けて寝られないでしょう。

  • 「私たちは生涯、薄氷の上で踊っているのです。その下は冷たく、ひとたび落ちれば、すぐに死んでしまいます。多くの場合、氷は持ちこたえられず、割れてしまいます。私が関心をもっているのはその瞬間です」社会や秩序と無法は相容れない。淡々とした筆致の根元には魂の息遣いが感じられる。

  • ドイツ社会が震撼した法廷小説。小説が現実の政治を動かした。

    所蔵情報
    https://keiai-media.opac.jp/opac/Holding_list/detail?rgtn=082794

  • 2019年3月3日 30冊目(3-1)

  • 面白かった。文体がサッパリしているんだけど、たまにガツンとくる言葉があったりして、この作家の本は面白いなぁ。

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フェルディナント・フォン・シーラッハの作品

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