- Amazon.co.jp ・本 (205ページ)
- / ISBN・EAN: 9784758431026
感想・レビュー・書評
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「度なんか失い続けてればいい」
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こっちが現実だ。
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いつもの大好きなほわほわした話。
僕も子供のころ雨の日、小学校の校庭の水溜りに思いっきりジャンプした!
または道の真ん中におチンチン出しておしっこしてお兄ちゃんに怒られた。
女のコには逆立ちしたって分からないだろなって思う。
天と地とも違う話って言うかも知れないけど、分る気がした。
いや、そんな話じゃない
男と女
絶望
そういう話だ。
でも僕は超えられない塀を超えなくてはならないと思う。 -
江國香織の作品は、読んでいると自分に近いようで遠いような不思議な感覚になる。
独特の描写に慣れるまで少し時間がかかるが、途中からはこの描写が心地よくなる -
登場人物は誰も名前を明確に記されないし、全体的に、薄いベールがかかっているような、曇ったガラスの反対側の世界のような、ぼんやりとした雰囲気を醸している。
ジュリアンのような「愛情の扱い方がわかっている」人になれれば良かったのだけれど、病院で見かけた犬に自分は似ていて…
「何の過不足もないのに欠落している」という表現がとてもリアルだった。 -
恋愛の最高地点じゃん。と思ってしまった。ああ、書き手は女だなとも。好き。
二人だけの狭い世界に生きる、希望と不安を「今」「記憶」「絶望」から描いてる。
「私の恋人は優しいが、優しければ優しいほど、私は自分が架空の存在であるような、彼の産物であるような気がする。」
自分の孤独が絶望になり、その絶望を遠ざけるためにどう抗うか。恋人という存在が鍵になるのだけど、存在が大きいからこそ、自分から切り離したくなる矛盾した気持ち。自由の代償みたいにまたやってくる絶望。人間ってよわいねえって思う。よわいから、出来るだけ暇をなくさないといけないかも、とちょっと余計なことも考えた。
愛情の話ではない、恋愛の話。 -
自分の世界の中でみちたりることは、くるしくなくて絶望などなくて、でもなんとなく別に死んでもいいや、と思えてくるのはなぜだろうと、ずっと思っていた。誰かに認められる世界(恋愛はもちろん、友人でも、仕事でも、家族でも)はとても幸せだけれど、それと同時にそんな幸せはときどきすごく絶望…まやかし?のように感じるときも、ときどきある。認められなくなったら終わり、いま認められているのは、なにかを騙しているような。どっちのほうが生きやすいのかは今もよくわからないけれど、たぶんわたし含め、後者の世界が良いとする人はすごく多くて、なんで苦しい道を選ぶのだろう、と思っていたけれど、みちたりていると死という選択肢がでてくるから、それを本能的に回避するために、わたしたちはみたされることのない承認欲求を抱えて生きているのかもしれない。
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私とその恋人(妻子がある)
冒頭に出てくる「絶望とは死に至る病だ」キルケゴールの言葉の引用が、読みながらずうっとついてきてた
マジョルカ島への移住が二人の「将来」で「そんな毎日ならみちたりてしまうな」と話す恋人に対して「わたし」は、「それならなぜそうしないのか、みちたりてしまわないのか、わからなかった」
二人の時間が進んでいくにつれ、私だけが閉じ込められている、と感じて追い詰められていく、絶望。
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ウエハースの椅子はきっと綺麗ですよ。とんでもなく。