- Amazon.co.jp ・本 (200ページ)
- / ISBN・EAN: 9784000222273
感想・レビュー・書評
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人の一生や歴史って他人どころか家族にも見ることはできないし、ましてや激動の時代を生きてきた人たちの経験や喪失って知り得ないところだと思う。
わたしが生きていなかった時代を羨ましいとか素敵だとか思うのは、そのラストまで美しく描かれた物語の世界だからなんだろうなとも思う。
でも、限定された世界の中で美しさを拾い集める(創作物でそう表現するのが正しいのかわからないけど)ように作られた物語はやっぱり好き。
時の流れを丁寧に描いていて、前半も後半も目の前に島の美しさと哀しい情景が浮かび上がってくるよう。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
読み終わった後、静かな余韻に浸れる。
綺麗な文章と世界観。 -
喪失の物語。
主人公は人文地理学の若い研究者の秋野。舞台はかつて修験道の霊山の有った南九州の遅島。
前半は秋野が昭和の初めに行ったフィールドワークが描かれる。緑濃い高湿の森、温泉を抱く湖、山道で見かける様々な植物、昆虫、鳥。そこに暮らす朴訥な人達。ストーリーらしいものは無く淡々と航跡をたどる文章が見事で全く飽きさせない。入り込ませてくれる。それだけでも素晴らしい。
明治の廃仏毀釈で破壊された修験道の大寺。立ったまま凍死するカモシカ。絞殺した宿主の形を空洞として残すアコウの根の塊。平家落人の伝説。かつて島に居たモノミミと呼ばれる巫女たち。そして50年後の再訪で秋野が見た観光目的のさらなる大規模な破壊。全ての裏に流れる秋野の婚約者の自死。全編にこれでもかとちりばめらた喪失感です。そしてそれらと対比的に描かれる、忽然と出現する「海うそ」と呼ばれる蜃気楼。
喪失を嘆き悲しむのでは無く「喪失とは、私のなかに降り積もる時間が、増えていくことなのだった。立体模型図のように、私の遅島は、時間の陰影を重ねて私のなかに新しく存在し始めていた。これは、驚くべきことだった。喪失が、実在の輪郭の片鱗を帯びて輝き始めていた」とくくられる。
上手く書けません。
ただ、もの凄く雰囲気があり、読む人を引き込み、考えさせる、読み応え十分の話でした。 -
久しぶりの梨木香歩さん。
この方の文体は、読んでいるととても落ち着くのです。
悲しいわけではないのに涙が溢れそうで、
でも、なんだか簡単に泣いてはいけない気がして、
いつもより水分の多い瞳のまま、余韻を味わっています。 -
昭和の高度成長期と豊かな時代の到来によって、
歴史の星霜で幾重にも積み重なった人の歴史が喪失する物語を、素晴らしい文章で表現しています。
物語として読むなら、大きなうねりがないのでエンタテイメントとして読むのは不向きですが、
ラストの時代が移ろいゆく様は、南方諸島の青い空と共に多くの感傷を感じることが出来ます。
内容としては星4かもしれないが、思い返すとどうしても星5の方に手がいってしまうのだ。 -
昭和のはじめ人文地理学の研究者の私は南九州の遅島に赴く。そこは修験者の島であり寺社が連立していたが、明治の廃仏毀釈により寺社は廃れ自然の中に埋もれていた。
島を巡回する私の目に映る島の自然と、そこにあった人々の信仰の跡。物自体はなくなるとも想いがそこに残る。その圧倒的な力の跡を私の目を通して読み手もともに感じます。祈りの対象が何故そこに存在したのか、そして時代に飲み込まれていったのか。それを目の当たりにする衝撃を疑似体験させられます。
最終章で50年のときを経て私は再び遅島に赴きます。そこはリゾート開発され、記憶に残るものものが何もなくなっています。私とともに島の50年前の姿を見ていた読み手も島の変わりように気落ちさせられますが、それは50年前に感じたことの繰り返しに気付かされます。そして以前と変わらぬ海うそ(蜃気楼)を見た時に変わることを受け容れる心が生まれる。変わるものと変わらぬもの。それは表裏一体。その渾然となったものが今を築いているのでしょう。 -
私の評価基準
☆☆☆☆☆ 最高 すごくおもしろい ぜひおすすめ 保存版
☆☆☆☆ すごくおもしろい おすすめ 再読するかも
☆☆☆ おもしろい 気が向いたらどうぞ
☆☆ 普通 時間があれば
☆ つまらない もしくは趣味が合わない
2015.10.7 読了
面白いですが、何より私はこの小説が好きです。
もっと言えば、この作者の作品が好きです。
とはいえ、この作者の児童書はほぼ読んでいないのですが、読んだ数冊の小説については皆好きです。
これでどういうところが好きかを記述しないと何にもならないですが、多分、個人的な趣味が合うというだけのことになってしまいそうです。
自然の中に入って、周囲の様子や生き物を観察している、先ずここが好きです。それだけだと小説にも物語にもならないので、そこに想いや感情を乗せてくるわけですが、これが多くなってしまうと私はイヤになってしまうのですが、この作品もしくはこの作者は、それが薄いのがとても良い感じなんです。そこで多くの方は人物や物語の描写が足りないと感じることもあるかとは思いますが、私にはそれでもいくらか多いぐらいなんです。
自然や生き物の描写をぼうっと楽しんでいるうちに、作品の世界に入っていって、相変わらずぼうっとしているとそのうち何となく登場人物の想いのようなものがボンヤリ浮かんでくる。でも、最後まで何だかモヤッとしたままという不完全燃焼な読後感でもあるのですが、それはそれでまた良い。 -
梨木さんの描く架空の島、戦前の“遅島”を主人公と共に歩き回り、そのまま帰ってきたくなくなるような作品。
でも、残念ながら読者は現実に帰らなければならないし、作中世界ですら50年後には大きな変貌を遂げる。
廃仏毀釈でかつての島が失われ、近代化で主人公が歩いた島も失われる。その主人公自身もまた多くのものを失って……、と幾重にも張り巡らされた“喪失”の物語。
でも最後に、それこそパンドラの箱の底に残った希望のように、ちょっとだけ明るい兆しが見えて、読後感は悪くない。