- Amazon.co.jp ・本 (640ページ)
- / ISBN・EAN: 9784003255520
作品紹介・あらすじ
高く掲げた理想主義の背後にひそむ虚偽。クリストフはドイツ芸術の偽善に激しく戦いを挑んだ。社会は敵意と無理解をもって答えた。苦悩と闘争の日々。ついに彼はドイツを去る。行先はパリ。だが逸楽の都パリの濁った空気は彼を一層ひどい孤立に追いこむ。
感想・レビュー・書評
-
詳細をみるコメント0件をすべて表示
-
長くかかりました。
最後の1行のために書かれたのではないのか。
「俺には一人の友がある。」
もはや音楽といや、芸術と対峙すらしていない。
そのものであると言えるほど純潔な青年は今後どうなるのか。 -
ドイツの古い宮廷音楽の世界でクリストフはピアノ演奏や作曲を父親から徹底して仕込まれ、音楽家の卵として周りからも注目される実力を身につける。成長に伴い当時のドイツ古典派・ロマン派作家やその演奏に対する疑問や不満が芽生え、ついには爆発する。古典派の自由の欠乏・月並みな音楽的修辞での誇張・機械的な繰り返しとこねくり回し、ロマン派の下卑た騎士道・偽善的なもったい振り‥‥それは彼の母体・幼年時代の偶像であるドイツ芸術そのものへの盲目的な反動と反発になり、懐疑・否定・軋轢を生み、暗黒で苦悩の人生に突入する。
ドイツを飛び出しフランスパリでの生活に入るが、ここではもっと酷い環境に遭遇する。虚偽の化身・理性と理屈と空論と心理と時代遅れの考古学の陳列・果てしない饒舌、クリストフは淫猥で熱狂的な社交界の腐敗に翻弄されながらもフランスの魂を求め続ける。音楽の世界では評論家が跋扈し対位法派と和声派に分かれて無為な議論を繰り返している。
音楽に疎い自分には理解はおろかついていくことすら大変である。いろいろな登場人物とのエピソードも多く話が哲学や宗教・政治や歴史に及び、作者の経験と知性が総動員されるくだりである。時代を先取りする思想や価値観そして倫理観に裏打ちされていて充分読み応えがある。芸術家が生まれるための生みの苦しみ、悩みの深さ、生活の苦しさが当時のドイツやフランスの社会状況の中で克明に描写される。‥‥「彼は疲れ、凍え、飢え、一人きりであった。」
この作品にとっては、芸術や音楽が人間の心との関わりを究める高潮する場面であり、読み手をさざなみのように段々と高揚感の世界に誘導していく。 -
文学
-
ドイツの文化を知れば知るほどイミテーション感に苛まれ、フランスに逃げたと思えばそのフランスにも嫌気がさす。しかし最後はフランスへの敬愛。クリストフの心の矛盾を最も楽しめる章。
-
青空文庫で読んだ
-
心に残ったところ。
「いかなる民族にも、いかなる芸術にも、皆それぞれ虚構がある。世界は、些少の真実と多くの虚偽とで身を養っている。人間の精神は虚弱であって、純粋無垢な真実とは調和しがたい。その宗教、道徳、政治、詩人、芸術家、などは皆、真実を虚偽の衣に包んで提出しなければならない。それらの虚偽は各民族の精神に調和している。各民族によって異なっている。これがために、各民衆相互の理解がきわめて困難になり、相互の軽蔑がきわめて容易となる。真実は各民衆を通じて同一である。しかし各民衆はおのれの虚偽をもっていて、それをおのれの理想と名づけている。その各人が生より死に至るまで、それを呼吸する。それが彼にとっては生活の一条件となる。ただ数人の天才のみが、おのれの思想の自由な天地において、男々しい孤立の危機を幾度も経過した後に、それから解脱することを得る。」
「生涯のある年代においては、あえて不正であらなければいけない。注入されたあらゆる賛美とあらゆる尊敬とを塗沫し、すべてをーーー虚偽をも真実をも、否定し、真実だと自分で認めないすべてのものを、あえて否定しなければいけない。年若い者は、その教育によって、周囲に見聞きする事柄によって、人生の主要な真実に混淆している虚偽と痴愚とのきわめて多くの量を、おのれのうちに吸い込むがゆえに、健全なる人たらんと欲する青年の第一の務めはすべてを吐き出すことにある。」
「年老いた心は、若い心にごく近く自分を感じ、ほとんど同年輩くらいに感じ得る。両者を隔てる年月がいかに短いかを知っている。しかし青年はそれを少しも気づかない。青年にとっては、老人は異なった時代の人である。そのうえ、青年は目前の配慮にあまり心を奪われていて、自分の努力の悲しい終局からは本能的に眼をそらすのである。」
「孤独、疾病、困窮、苦しみの理由は多くあったにもかかわらず、クリストフは我慢強く自己の運命を耐え忍んだ。かほど忍耐強いことはかつてなかった。彼自身でも驚いた。病気は往々ためになるものである。病気は身体をこわしながら、魂を開放する、魂を浄める。無活動を強いられた夜や昼を過ごすうちに、あまりに生々しい光を恐れ健康の太陽にはやかれるような、種々の思想が起こってくる。かつて病気になったことのない者は、決して自己の全部を知ってはいない。」
特に青年に関する記述は非常に共感できるものがあります。 -
読むのに物凄く時間を費やしました。
序盤のドイツに居た頃の話は、引き続き夢中になって読みましたが、
パリーに行ってからは思想のお話が中心で難しくて…。
本当に沢山の出会いで、人の一生は彩られたりくすんだりするものですね。
病気は身体を壊しながら、魂を開放する。
嘗て病気になった事の無い者は、決して自己の全てを知ってはいない。
という所がとても印象的です。
一度折れた翼でなければ、飛べない空はあるのだと私もそう思います。