八月の六日間

著者 :
制作 : 大武 尚貴 
  • KADOKAWA/角川書店
3.66
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本棚登録 : 1752
感想 : 280
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  • Amazon.co.jp ・本 (270ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784041015544

感想・レビュー・書評

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  • 今日は休みだとゆうのに山に行けない。
    仕方がないので本を読んでいます。晴山雨読です。
    表紙絵は近景に可憐なハクサンイチゲが咲き誇り遠景の山並みは槍ヶ岳、この角度から見える連なりから判断すると三俣蓮華岳辺りを山ガールが1人歩いてる絵に見える。するとこれから向かう山は双六かなってみえました。
    編集社で働く女性が山にハマり各年に休暇をとった月と日数がタイトルになっているのだ。
    山と高原の地図を広げなから彼女の足取りを追ってしまいました。3年間の経験を積んで最初に向かったのが有明温泉から燕岳に行き表銀座の縦走路を進み大天井岳から東鎌尾根を通り槍ヶ岳を目指すルート。トルコ旅行をキャンセルしてのアルプス縦走。それ以上の価値は確かにあると思いますよね。下山は槍沢を通り横尾、徳沢と上高地に降りる。 湊かなえさんの「残照の頂」で山ガールの大学生たちが歩いた憧れのルートだ。彼女たちは小屋泊を3泊してるが、この主人公の女史は40で2泊でこなしている。相当に鍛えたように思います。しかもソロで。前泊で有明温泉に泊りゆったり温泉に浸かりながら年配の女性から山女(ヤマメ)の伝説を伺う。山女は食えないってオチの話。山男に惚れるなよって歌の女ヴァージョンのようなに聴こえました。
    槍ヶ岳の穂先ではガスガスで何も見えなかったようですけど。
    装備についてもハイドレーションとか私は飲んだ気がしないのでちゃんとザック降ろして休憩しながら飲みたい派だし、あれ古くなるとチューブがニオイ移りして不味く感じるのでやめました。持ち物もオスプレイの32ℓザックだと結構一杯になると思いますが、必ず文庫本を持って行くとか少しでも減らしたいのに重くないって思うのですが、活字がないと落ち着かないとかの理由だそうです。
    山ではいろんな出会いがあり、偶然に再会することもよくあるし、山友の山友だったりとかそんな出会いもあります。よくよく考えると同じような傾向の山思考ならこの季節どこを登るのが旬なのか感覚が似てくるので必然なのかもしれません。
    過去に囚われずにサバサバした性格の人多いように思えますし彼女もそんな感じが魅力的に映りました。仕事では出世していき、元カレのカメラマンと出張先のパラオで再会するのですが南国でのロマンスに至らず秒殺するとこがグッジョブって思いました。他にも、高校時代の演劇部での出来事。親友を亡くしたことなどあるのですが山に登れば眼下に広がる素晴らしい眺望を見ながら縦走すれば1ミリも迷うことのない人生に思えるから嬉しくなります。無茶共感できるとゆうかこの小説、山友がモデルになっているんじゃないかと思えてなりませんでした。
    印象に残ったのは本のタイトルにもなっているハ月の六日間。折立から雲の平を通り三俣蓮華岳を通り双六岳、鏡平へ降り新穂高に向かうルート。この時は40ℓのザック使ってましたね。
    これは無茶苦茶憧れのルートなんです。流石に6日間も休みが取れないから昨年、夏に双六岳まで新穂高からピストンした事あるのですがその先に見えた鷲羽岳、そのまた奥の薬師岳とか行きたくって、秋に折立から2泊3日で計画したのですが雨で見送りました。雲の平とか高天原温泉は秘境の別天地みたいなところなのです。
    今年は行ってみたいなあ。

    あっ、この小説では山小屋とか気軽に予約なしで泊まっている様子ですが、今はコロナの影響で完全予約制になっているところが多く人気の小屋はかなり前から予約入れないとダメみたいです。

    この本を読んで私もどうして山が好きなのか再認識できました。山頂を踏んだ事に関してはあまり触れてないのですが山の中にいる事自体が非日常の体験で、開放感と達成感いまここにいることができる喜びを味わうことができるからなんだと。

    主人公が毎回ザックに忍ばせる単行本も気になったので控えておきます。
    ①燕〜オテンショウ〜槍ヶ岳
    「あの人この人」戸板康二
    アメリカのミステリー上下  計3冊
    ②裏磐梯 五色沼 スノートレッキング
    「映画の手帖」向田邦子
    内田百聞  
    ③蝶ヶ岳〜常念岳〜燕
    「十二支考 下巻」南方熊楠
    「掌の小説」川端康成
    「私の食物誌」吉田健一
    ④麦草峠〜高見石小屋〜天狗岳〜渋の湯 残雪ハイク
    「風の風船」西村美佐子
    「オーランド」ヴァージニア・ウルフ
    ⑤折立〜雲の平〜高天ヶ原温泉〜三俣蓮華岳〜双六〜鏡平
    「南洋通信」中島敦

    出会った人物
    ジャコウジカさんこと、ハードボイルド羊羹娘の宗形美千子さん
    ヘンクツさんこと、岡田さん蝶ヶ岳〜常念縦走で知りあう

  • ブログでもTVでも紹介されていた本でしたが、なぜか食指が動かず。先日本屋のポップに誘われ何気なく開き、表題の八月の六日間をぱらりとめくり、挿画に思わずあっ、となりました。
    富山駅からバスで薬師岳の登山口に達し、北アルプスの山懐、黒部川源流の雲ノ平に至る山行。何十年前に辿った登山と同じルートではないか。

    アプローチが長く、歩く人も少ないので、山渓では天上の楽園と紹介されていました。そのまま即購入、単独山行の静かな雰囲気と、時折少しだけ不安になるあの感覚を再度味わうことになりました。

    会社生活を始め、週末になるとあちこちの山を巡っていた時代が懐かしい。私も主人公と同じく、人のペースに合わせるのが苦手で単独行を好んでいました。山に入りひたすら歩き続け、深い森で迷い、急峻な岩場に緊張したり、全身の感覚が鋭くなり、幾分ハイな気持ちで山歩きを楽しんでいた、あの頃と主人公の気持ちが重なります。

    雲ノ平に至る太郎小屋でも午後の2時ごろ天候が悪化、ゴロゴロと稲妻が鳴り出し、慌てて小屋に駆け込んだところ激しい雷雨が襲ってきた経験も今は懐かしい。黒部川の源流は斜面に残る雪渓の雪解けの雫。ポツンと溶けて滴り落ちる一滴が集まり、やがて大きな黒部川となっていく。
    むろん、雫をカップにあつめて生まれたての黒部の水を堪能しました。

    雲ノ平以外にも、八ヶ岳連邦の天狗岳、高見石小屋、白駒池など、自分と同じ山行ルートがいくつも出てきました。はしご場、ザレ場、鮮やかな高山植物、ガスって見通しの効かない行く手、雨に打たれ気持ちが萎えかけるが、やっと着いた山小屋でのビールの旨いこと、全く同じ感覚です。

    読後、押入れに保管していた古い40リットルのザックを出し、本棚に飾られた雲ノ平から撮影した薬師岳の写真を眺めながら、はるか昔?の山行を思い出す。山好きには大変面白い一冊でした。

    むろん、地上に戻った主人公、独身アラフォー、女性編集長の思いも聴いてあげねば。

    • カレンさん
      8minaさんも山、されていたんですね。
      私は遅がけから始めまして、ただいま夢中です(^o^)
      ですので山を題材にした本には飛びついてし...
      8minaさんも山、されていたんですね。
      私は遅がけから始めまして、ただいま夢中です(^o^)
      ですので山を題材にした本には飛びついてしまいます。
      雲ノ平にも行かれたんですね~
      水晶とセットで行きたいと思っているのですが、中々日程が・・・
      また是非、山再開してくださいね。
      2015/03/02
    • 8minaさん
      カレンさん、こんにちは。
      今日は家の用事でお休みですが、午後はゆっくりと読書できそうです。
      独身時代の山行も、結婚し、子供ができてからは...
      カレンさん、こんにちは。
      今日は家の用事でお休みですが、午後はゆっくりと読書できそうです。
      独身時代の山行も、結婚し、子供ができてからは遠のいてしまいました。車いっぱいの道具を積んだキャンプも、そんなに喜ばなくなるほど子供も大きくなり、そろそろまた単独行の山歩きの時期かもしれません。
      2015/03/02
  • 生活している間に身にまとってしまう鎧は重い。
    気負いも、何かを背負っているから
    かなり重いんだと思います。

    山を登るって、自然の中に入らせてもらうっていうのは
    きっとそんなものをそのまま持ち込むと
    命にかかわることになるから、

    そぎ取ってそぎ取って、
    動くのに、生きるのに、
    一番適正なところまでシンプルな自分になっていく。

    あんな大変な思いをして、怖い思いもして
    どうして山に行くのかは…山登りをしたことがない私は
    やっぱり本で読んだだけではわからないのですが。

    羨ましいことが3つ。

    そこでひっそり咲く花や山野草が見られること。
    頑張って辿りついた人だけが入れる高所の温泉に入れること。

    …そして、同じ山小屋にひっそりと佇んでいる本に
    また再会できること。
    こんな楽しみ方もあるんですね。山って。

    本を開くと清々しい風が吹いてくる
    熱帯夜に読むのもいい一冊です。

    主人公の持ち物の準備のくだりも楽しいです。
    北村薫さん、女性の好きな食べ物(お菓子)
    わかってらっしゃいますね~。

  • 好きな北村薫さんが帰ってきた気がした。

    わたしと北村薫さんとに出会いは「時の三部作シリーズ」から。
    今回も時にまつわるフレーズが出てくる。
    (あーやっぱり時に対する心持ちがいいなー)ってなる。

    今回の題材は山。
    あまり気にもとめずに繰り返している日常への感謝や、圧倒的な自然への畏怖や感動を体感したくなる。
    一人で旅をするのは海よりも山の方がいいのかな?と感じ入る。

    元彼氏 原田への棘を残したまま最後へ。
    最後に交わす言葉と表情に北村薫さんらしさを感じて読み終わり。

  • 私も山にのぼる。

    『◯月の◯日間』でまとめられた章で取り上げられるのはどれも有名な人気ルート。
    日記のような気楽な文章で人の山日記を拝見しているような親近感と、自分も歩いたことのあるコースも多く、その時の山行・風景を思い出し山に行きたくなる。

    ただ、、山に行く時は予めすごく調べるし、コースを決めておかず、その時の体調で決めよう、なんてことは絶対あり得ない(少なくとも私の場合は。エスケープルートを用意するのとは別) もちろんそれでも予想外のこと、計画通りにいかないことはあるけれど、それを出来るだけ排除できるようにする。
    ”人生、何があるかわからない“、“運命の導き”という話ではない。山とはそういうところ、街歩きじゃない、自己責任の世界。(だと思っている)

    そこがすごく残念。他がちゃんと細かくてリアルなだけに、違和感がある。

    あとがきで山に登らない著者だと判って納得。

    著者も、初心者の方はこれを読んで自分も行けると思わないでほしい、といっている。この作品はフィクションです、の後にも実際の登山の参考にはしないこと、万全な計画、無計画な登山への注意書がわざわざある。

    この作品はコース紹介じゃないし、著者が描きたかったのは“365日の数日の体験が残りの日を支える”、という特別な数日間で、その考えはすごくわかる。

    ただ、山登りの基本の基だから、そこが抜けてしまっていることが、このリアルな小説の致命傷に感じる。

    山に登らない人だったら楽しめるだろうか?
    うーん、やっぱり「そうそう!」と自分の山行を引き合いに出して風景を思い出しながら読む方が楽しめると思うのだけれど。

    2020.6.11

  • 7月21日
    予約をして二ヶ月待った。まだその時はこの公共施設は購入に至っていなかったので、早々に手配して配給は二番目のチケットを手に入れていたにもかかわらず、ここまで待つことになったのである。図書館のお姉さんが「これですね」と持ってきてくれた。そうそう、これこれ。ネットではみていたけど、実物の表紙の艶々した手触りに、女性のような細やかさを感じた。

    実は私は一つのミッションを抱えていた。以下の新刊本の紹介を読んで「!!あの本の続編が始まった」と思ったのである。

     40歳目前、文芸雑誌の副編集長をしている“わたし”。
     元来負けず嫌いで、若い頃は曲がったことには否、とかみついた性格だ。
     だがもちろん肩書がついてからはそうもいかず、上司と部下の調整役で
     心を擦り減らすことも多い。
     一緒に住んでいた男とは、……3年前に別れた。
     忙しいとは《心》が《亡びる》と書くのだ。
    そんな人生の不調が重なったときに山歩きの魅力に出逢った。
     山は、わたしの心を開いてくれる。四季折々の山の美しさ、恐ろしさ、様々な人との一期一会。
     いくつもの偶然の巡り会いを経て、心は次第にほどけていく。
     だが少しずつ、しかし確実に自分を取り巻く環境が変化していくなかで、わたしはある思いもよらない報せを耳にして……。 (以上引用終わり)

    私はこの「わたし」という一人称の主人公に読み覚えがある。北村薫のデビュー作「空飛ぶ馬」から始まる《円紫さんと私》シリーズの日常の謎を解く傑作の数々。その第五作「朝霧」において、「わたし」は編集者に成って終わった。あれから十数年しか経ってないから40歳目前というのは勘定が合わないけれど、「空飛ぶ馬」の大学一年生が89年刊行だったことを考えると、勘定が合う。《円紫さんと私》シリーズがまた始まるのか!と考えたのであった。処が、本の書評やAmazonの書評を読んでもその気配がない。ただ、北村さんのことだから、何処かに謎が隠されているかもしれない。私はその謎に挑むことにしたのである。

    しかし、35頁目で「高校時代、演劇部にいたことまでしゃべってしまった」と読んで、早々に「…違うかも」と思ってしまった。《円紫さんと私》シリーズで彼女は高校時代演劇部には在籍していなかったのである!(後で確かめると、高校3年間生徒会の役員をしていた)

    7月22日
    「わたし」は35歳で男と別れ、38歳で槍ヶ岳に登り、39歳で小学校からの親友と死に別れている。で、その年はどうやら大震災のあった年になっているようだ。「わたし」にとって、原田という男と名もなき親友との別れは、とてつもなく大きなことのように思えた。事件になるほどは大袈裟ではないけれど、日常に潜む深い傷を、北村さんはどのようにして癒すことが出来るのか。

    7月23日
    やっとまとまった読書する時間がもてる。まだ三章分が残っているけど、最後まで行きつける。登山も読書も何処かに「これがヤマだった」という箇所がある。そこを過ぎると、どんなに傾斜がキツくても勢いがつくのである。

    「わたし」は山の上や仕事の中で、いい出会いを重ねながら、次第次第と自分を取り戻してゆく。
    もしかしたら、あの《円紫さんと私》シリーズの「わたし」は、この主人公が落ち込んでいる時に絶妙なタイミングで助け舟を出す同じ編集者の「藤原ちゃん」なのではないか、などと想像してみる。だとすると歳もあっている!いやいや、ちょっとあり得ない。名前を明かしてしまうのもルール違反だし、結婚もして子どもも出来て、あまりにも完結し過ぎる。

    登山初心者には、とてつもなく魅力的な山女小説なのかもしれないが、私はこれで登山に目覚めることはないだろうと思う。けれども「既視感有りあり」だったことを告白せざるにはおられない。

    私はかつて当ての無い20日以上の外国旅行(韓国)をしたことが二回ある。一週間ほどは10数回。其処でとんでもないトラブルで参ったこともあるが、素晴らしい出会いと景色や経験に、やはり止められなくなるのである。

    「八月の六日間」を読む三日間が終わり、私はまた日常に戻った。
    2014年7月23日読了

  • あることをきっかけに山にハマった女性の登山の様子を描いた連作短編集。槍ヶ岳などかなり本格的な登山に1人で挑みます。

  • 距離を絶妙に計りながら…社会や組織の中で働き、恋愛をし、交友を保つ都会での日常。閉じ込めるモノは多いながらも、私として、個として、一人としてのON・OFFの切り替えは、山歩きあり、書籍ありの"命の洗濯"感…満載。終章のくるめ方がまた良いなぁ♪。澄んだ素の息づかいと時の刻みが心地好く、読む側にもフゥーッと元気を与えてくれる山女通信!?。

  •  山ガールという言葉を聞くようになったのはいつごろだろう。北村薫さんの3年ぶりの小説作品は、帯によれば“働く山女子”小説だという。

     出版社で多忙な日々を送る主人公は、同僚に誘われたのをきっかけに登山に目覚める。仕事が一段落し、長い休みが取れると、計画を練って山に向かう。各編扉にルートのイラストが載っているが、巻末によれば本格的なルートであるという。

     軽装で実力に見合わない難しい山を目指し、遭難する登山者が後を絶たないが、彼女は実力に見合った山で3年間経験を積んでから、これらのルートに挑んでいる。それでも何度もひやっとするのだから、ずぶの初心者ならどうなるか、推して知るべし。

     ひたすら山の描写が続くのかと思ったら、半分くらいは彼女の仕事やプライベートの話であり、山の描写はそっけない。それもそのはず、彼女は写真をほとんど撮らない。記録を残すことより、山に身を委ねる今この瞬間を大事にしているようだ。

     小説というよりは日記に近いかもしれない。その日の出来事を時系列順に、ありのままに綴る。正直、山の素晴らしさが伝わってきたとは言えない。だが逆に、変に脚色されていない分、想像の余地があるとも言えるのではないか。

     単独登山を好む彼女だが、山には出会いがあるし、人との交流を何が何でも避けているわけではない。プライベートの独白から察するに、むしろ人恋しいように察せられる。本作中最も印象的なシーンは、実は山ではないとだけ書いておく。

     気軽な気持ちで登りに行くことがないよう、くれぐれもご注意ください─と、巻末で読者に釘を刺しているが、できれば経験を積み、その目で確かめてほしいというメッセージとも受け取れる。背伸びをせず、自分のペースを守ること。人生においても然り。

     彼女は今日も忙しく働きつつ、次の計画を練っているのだろう。

  • 読んだだけで山登りに実際に行ってきた気分になれる。主人公は編集社に務めるアラフォー女性、あまりにもその設定や山登りの過程がリアルだから、作者もおんなじような方なんだろうと思ったらまさかの男性、しかも七十歳の大御所作家さん。
    私は人生で一度も山登りをしたことがない、山より海派、なぜわざわざ苦労して山なぞ登る、というような人間で、それに反して長期の休みが取れれば嬉々として山に行くほど山登り大好きな父のことを怪訝な目で見つめることもしばしば。
    ですが、この本を読んで父を含め、山登りが大好きな方々の思いが少しわかるような気がしました。
    まだまだ若いし、いつかは友達とか誘って高尾山から山登り、挑戦してみようかなあ。
    それにしても、作中の中に何度か出てくる槍ヶ岳、読んだだけでも壮観な景色が想像できる。
    いつかは行ってみたいかも、、

  • この作家の本は2冊目。 面白いなぁ。表現とかがひねくれてないけど、ストレートでもないけど納得できる。 爽やか~。 源氏と平家の件が良かったな

  • 登山してみたくなる。羊羹が食べたくなる。
    日常の気持ちが共感できる

  • 九月の五日間は表銀座から槍ヶ岳へ。二月の三日間は雪の裏磐梯へ。十月の五日間は上高地から常念岳へ。五月の三日間は残雪の天狗岳へ。そして八月の六日間は高天原から双六岳へ。山での出会いと想いを綴った連作短編集。

    思うに登山を趣味とする人というのは皆少なからずナルシストなのだと思います。大自然に囲まれている自分が好きだったり、登頂という偉業を達成した自分が好きだったり、ひとりでゆっくり見つめ直したいほど自分が好きだったり。そんな登山家の愛おしさがつまった一冊です。

  • 八月の6日間に何が起こったのか?北村薫と聞くとこんな風に思ってしまいますが、いえ特に事件が起こるわけではないのです。
    帯の説明文を読むとどうやら山行の話らしいのです。
    ですから今回初めて北村薫を読んでみました。
    この年にして、まだまだお初!はあるものです。
    編集者である主人公(四〇歳前後女性)は仕事の合間を縫って山に出かけます。
    季節ごとにまとまった休みを作ると山に出かけていきます。二月の三日間、十月の五日間というふうに好きな山域を選んで縦走します。
    時には仕事が押して前夜遅くなり、ほとんど睡眠がとれなくて寝不足で体調が悪くて(どこかで聞いたような・・・)ふらふらしながら歩いたり、風邪で熱が出て予定を変更したり、それでも山に出かけていきます。
    女子が単独で山を歩いていると、必ずと言っていいほど声をかけられますね。私でさえ(まだ女子の端くれ)誰彼と声をかけてくださいます。よっぽど心細げに頼りなげに見えるのでしょう。
    「どちらまで?」「どこから?」山で声を掛け合うというのは、決して興味本位ではなく情報を交換したり、何かあったときの後々の参考のために、あるいはそのときの状況のアドバイスであったり、とても大切なことなんですよ。とある山で出会った人はおっしゃっていました。
    この主人公もほとんど単独なので例外なくあちこちで声をかけられ、時にはうっとうしいななどと思いながらも、体調の悪いときに出会った人のアドバイスに従い、賢明な判断で救われたりします。
    挨拶だけですれ違う人もいれば、意気投合して一緒に歩き出す人もいれば、下界に降りてからもお付き合いが続く人もいます。
    山って本当に最初から垣根が無くて、誰とでもすっと話が始まってしまう、とてもよくわかります。
    まあ、下界の日常では主人公も仕事、プライベートとそれなりに苦労があって、それだからこそやりくりして作った時間を山で満喫するのです。
    うんうん、とってもわかるわぁ。
    私もいつか、山から山を縦走して、疲れたところの山小屋で、休憩、宿泊、といった山歩きをしてみたいものです。時間や日にちを気にしないで。

  • 発売当初に買って一度読み、実家に置きっぱなしだったが、最近山登り再開したこともあり再読。

    40歳手前の出版社勤務の女性が、あることをきっかけに登山にハマり、一人で色々な山を登るお話。

    この世代の働く女性の心理描写にとても共感できた。

    発売当時主人公と同世代で、単独行での登山がすごいと思って読んでいたが、私もステップアップしたので山行の参考にもしたい。

  • まず展開のテンポが良くサクサクと事が進み、読み易さがあった。山登り無知な私も、詳しい描写と爽快なテンポの作品で楽しく読めました。過大描写、美化描写がなく、道に迷ったり途中体調不良で早めに下山したり、滑って転んだりと成功体験の詰め込みじゃないところもリアルさが感じられてよかった。出発前日の登山のお供となるお菓子&本選びと、山で出逢う人々との関わりがお気に入りで、どの山登りの話でも登場するたび、ほっこり幸せな気持ちでその場面を読んでました。山登りする方がこの本を読んだら、もっと別な見え方するのかも。

  • 淡々と読み進めるうちに、自分も山に登ってみたくなる。ゆえに巻末に添えられた「未経験者の方は気軽な気持ちで登りに行くことがないよう、くれぐれもご注意ください。」の注意書きに吹く。ワシのことか。

  • 40代女性編集者の山登り。

    同棲していたカメラマンとの別れ。
    山登りでの特別な人たちとの出会い。
    現実世界とは一味違う山でのひととき。

    槍ヶ岳、磐梯山、北八ヶ岳、穂高岳

    山に詳しくないので、地名もちんぷんかんぷんだけど
    一緒に登山している気持ちになれる。
    各短編の前に描かれているイラストが、よりイメージしやすいのでありがたい。

    そしてそれぞれの山をぐぐったけど、とんでもない正真正銘の、山じゃん!!(当たり前なんだけど)
    主人公がしんどそうになる気持ちもわかった。

    へとへとになって山で食べる食事って
    特別なんだろうなあと思った。)^o^(

  • 久しぶりの北村薫作品
    主人公は都会で働く編集者の独身女性。
    山登りのルート、実際に見える景色や、係る時間を正確に辿りながら、追い抜かれたり、すれ違がったり。
    私自身は子どもの頃から山登りが苦手だったが、そこで出会う人々、山で過ごす時間、人間関係の尊重の仕方には憧れる。
    山の魅力に取り憑かれたり、人生を登山に喩えたくなる気持ちが少しは分かるようになった。

  • 日頃ハードワークをこなしながら、時折山に登り癒される女性編集者の登山日記です。でも書いているのはおっさんの北村薫先生。でも本当にこの女性が存在するんじゃないかと思う位に日記です。もしかして先生心に女性を飼っていらっしゃるのではないでしょうか。
    特別な事件(登山中のピンチは有るけど)も無く、淡々と日常と登山描写の繰り返し。でもこれがとても癒されるんですね。とても好きな本になりました。やはり北村先生は優しい文章をお書きになります。

著者プロフィール

1949年埼玉県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。大学時代はミステリ・クラブに所属。母校埼玉県立春日部高校で国語を教えるかたわら、89年、「覆面作家」として『空飛ぶ馬』でデビュー。91年『夜の蝉』で日本推理作家協会賞を受賞。著作に『ニッポン硬貨の謎』(本格ミステリ大賞評論・研究部門受賞)『鷺と雪』(直木三十五賞受賞)などがある。読書家として知られ、評論やエッセイ、アンソロジーなど幅広い分野で活躍を続けている。2016年日本ミステリー文学大賞受賞。

「2021年 『盤上の敵 新装版』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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