文庫版 姑獲鳥の夏 (講談社文庫)

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  • 講談社
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  • Amazon.co.jp ・本 (630ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062638876

感想・レビュー・書評

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  •  「面白い本に出会ったら、その著者のデビュー作を読みなさい。そこには著者の全てが詰まってるから」
     子供の頃、本を贈ってくれた伯父が、手紙に書き添えてくれた言葉です。
     本書は、作家・京極夏彦のデビュー作ですが、京極夏彦そして京極堂の魅力がぎっしり詰まった作品だと思います。

     元々、親父が『鉄鼠の檻』を読んでいたのがきっかけで京極堂シリーズと出会いました。
     確かそのとき、
     「それ、面白いの?」と聞いたところ、
     「むちゃくちゃ面白い」と親父が答え、
     「じゃ、読み終わったら貸して」と頼むと、
     「これ、シリーズもんやから、順番に読まんとあかんぞ」と言われました。
     で、調べてみたら、『姑獲鳥の夏』『魍魎の匣』『狂骨の夢』そして『鉄鼠の檻』と、目の前で親父が面白がって読んでいる作品に到達するまでには、アホみたいに分厚い三冊のノベルスを読破しなければならないと知り、愕然としたのを覚えています。
     が、読み始めたらどハマりしました。寝食こそ忘れませんでしたが、学校の勉強は全部忘れて読みふけったのを覚えています(ヲイ

     冒頭、京極堂と関君が、徳川家康とダイダラボッチを引き合いに、延々100頁にわたり実存について議論するところで、一気に京極ワールドに引き込まれました。
     冷静に考えれば、「これ、いつ話が始まるねん?」と思うところですが、そんなことを考えさせない筆致で、知的にスリリングな会話が続くので、貪るように読んだ記憶があります。

     いよいよ事件が始まっても、鬱々とした関君の視点から物語が語られるため、いつしか自分も関君の気持ちに感化されたのか、暗いモノトーンの世界で物語世界を見ていることに気づきました。
     二十か月以上も妊娠中の女性。記憶が見える超能力探偵・榎木津。そして、久遠寺涼子と関君の過去…話はどんどんややこしくなります。
     眩暈坂を登るところから話は始まりましたが、僕も読み進めるにつれ、そんな感じがしてきました(笑)。「これ、ちゃんと風呂敷たためるの?」と少し心配になりながら、読み進めたのを覚えています。

     が、最後、全ての憑き物を落とすため、黒装束に身を包んだ京極堂が出てきたとき、ここまで読んできた僕の、心の中に澱のように溜まった憑き物も一緒に落としてくれたように感じました。
     こんな訳のわからん事件の真相が、京極堂の説明を聞くにつれ、オセロが一気にひっくり返されるように、きれいに説明されていきます。「この世には不思議なことなど何も無いのだよ、関君」というセリフは、著者から自分に向けられた言葉のように刺さりました。人生で体験したことのないレベルの「アハ!体験」だったと思います…って、何かオセロだのアハ!体験だの、比喩がセコいですね…orz

     今更私なんぞがあれこれ書いても屋上屋を架すようなものですし、なるべく予備知識なく読んで欲しいのでモヤーッとした感想しか書けませんが、とにかく未読なら読んで下さい。というか、これ読んでないって時点で人生損してます!

  • はじめて京極夏彦の著作に触れたのは『魍魎の匣』で、これは二作目となる。この順番でよかった。『魍魎の匣』という一分の隙もない仕事の虜になっていなければ、この煉瓦書の大部分を占める膨大な前振りに耐えられなかったに違いないから。

    この本を繙いたのは遅まきながら漸く触れた『魍魎の匣』に圧倒され、ネットを調べた際に『魍魎の匣』以上に支持されていると某所で紹介されていたから。なるほど、特に2年もの間身籠り続けた女性の解放の場面は凄まじく、予想を上回る衝撃を受けたもので、本書を読んだ価値は大いにあった。

    ところで週刊少年ジャンプを長く読んでいた私には、同誌で連載していた怪作『魔人探偵脳噛ネウロ』が京極流を少年誌掲載作として翻案したものとみて間違いないだろうという印象が強かった。もちろん大雑把に「京極のパクリ」と括れる作品は無数にあるわけで、それだけ京極堂の仕事は凄まじかったわけで、何かを糾弾したり嘲笑したりしたいわけではない。ただ『魍魎』以上に『姑獲鳥の夏』の構造、特に憑物落とし以降の<犯人>の精神状態のカラクリはそのまんまだったのだ。

    「イエ」を縦に繋ぐ「遺伝病」の系を、医学的・科学的に解体しながら生理的な幻惑を編み上げ、京極の術で祓い落とす美技は、軽妙の粋をあくまで装いながら堅実の極みでしか成しえぬもので、ある種技芸の理想だろう。読み終えてから時間をかけて反芻し、物語を組み立てなおしていく過程でさえも何度溜息を吐いたかわからない。まったく恐れ入谷の鬼子母神と、誰もが口ずさんだだろう。私もそうだ。半端ないわ。なんもいえねえ。

  • 言わずと知れた名著なので私ごときが今更どうこう言う必要もないけど、これは凄いわ。
    これじゃあ嵌まるわ。

    初京極夏彦。
    何となく京極夏彦は難読漢字ばかりで読み辛いという先入観があって今まで読まず嫌いだった。
    いざ読んでみたらなんとまぁ読み易いこと。
    私の思ってる京極評は誰かと勘違いしてたのかしら…とググったくらい。
    (文庫は適宜ふりがな振ってるからかな?)
    まぁ確かに少々古い表現をわざと使ってるけど、それは昭和27年感を出す演出であって、近代文学より遥かに読み易いし、むしろ古臭さは微塵にも感じず、僅か数行で物語世界に誘われた。
    ミステリに呪術世界を持ち込んだ独創性が評価されてるようだけど、それはもちろんそうなんだけど。
    なんだろ、特別な仕掛けがあるようにも思えないけど、少し読んだだけでたちまち脳裏に情景が画として流れるこの感じは。
    これが「筆力がある」ということか。
    あるいは作品に通底する京極夏彦の美意識に圧倒されるのか。

    このストーリーを、昭和27年という、戦争の傷跡が生々しく、科学が進歩しつつある中で辛うじてアミニズムが行き長らえていた時代に設定したことが、まず成功している。
    また、怪々奇々現象ばかりが起こるけど、京極堂はその全てを「この世に不思議なことなどない」という立場で論理的に説明してくれる。
    このスタンスが、いつもならオカルトファンタジーに思考停止してしまう私を、素直にストーリーにのめり込ませてくれて、結局は超現実的な展開なんだけど、現実に起こり得るものとして対峙できた。

    語り手の関口は(本人は否定してるけど)明らかに「狂い」である。
    「狂い」の視界を通してしか読者は物語を追えない。
    でも関口の偉いところは、自分を受け入れ、正常に向かおうとするところだ。
    そこは前向きなのだ。
    だから私は共感できる。
    で、京極堂は、友人が「狂い」だと知っていて、とことん関わる。
    なにこの包容力。ちょっと優しすぎじゃない??(惚れてる)

    事件が起こって、榎木津という「探偵」が出てくるの、冒頭でいかにも京極堂が探偵役っぽいポジションに収まってるので、意外性を呼んでいる。
    で、榎木津のキャラクターがまたイイ。お育ちの良い不思議ちゃんだけど、実は非常に常識的で精神がマトモである。
    この探偵が謎解きの手続きをすっ飛ばして一気に正解にたどり着き、一方で京極堂は事件の構造をとことん解説する。結局オマエが探偵役なんかい!っていう二重構造がまたイイ。

    主要登場人物がみんな魅力的で、個々のキャラが立ってて、ストーリー構造が堅牢で、私が個人的に大好物の30代ボーイズだらけなのが最高である。
    本の厚みなんて全く気にならないし、続編も読みたいし、普段あまり再読しないのにすぐ再読してしまった。
    京極夏彦、凄いわ。

  •  15年ぶりくらいで読み直す。
     現在「百鬼夜行シリーズ」と称されるもののうち、京極堂こと中禅寺秋彦を中心とした分厚いシリーズの処女作である。
     これ、信用ならない語り手というミステリの禁じ手を使っているのだが、語り手である「私」、小説家の関口巽がいかに胡乱な語り手なのかは冒頭に書かれていることに気づく。また冒頭で暫く続く関口と京極堂の談義は認識論とその周辺であり、しかも観測者問題に言及されると、このミステリの構造が暗示されていることに気づくのだ。
     関口は古書店「京極堂」を営みつつ神主の仕事もしている旧制高校の同級生のもとを訪ねるのだが、そこで、「二十箇月も身ごもっている女」の噂話を持ち込む。京極堂は答える、「この世には不思議なことなど何もないのだよ」。これは最近の流行語に翻訳すると「ボーッと生きてんじゃねえよ」かも知れぬ。
     会話の中で、その妊婦が学生時代の一級上の知人で、産婦人科の久遠寺医院に婿養子にはいった藤野牧朗、通称・藤牧の妻のことだということがわかる。そして牧朗は失踪しているというのだ。いやいやここは榎木津に要約してもらおう。「藤牧が婿養子に入った先で密室から失踪した、奧さんはそのとき妊娠三箇月で、失踪以来一年半も経つのにまだ赤ん坊は産まれない」。
     ウブメは、お産で死んだ女の無念を形象化した妖怪で、大陸のこかくちょう(姑獲鳥)という悪鬼と同一視されてしまったという。妖怪などいないのであるが、昔の人がある概念を形象化したものが妖怪なのである。

     パロディではなくて、これほどいろんな探偵の登場する作品は珍しいと思うが、中心になって捜査するのは語り手である小説家の関口なのだ。彼はいろんなタイプの探偵と行動を共にする。まずは捜査も推理もしない探偵・榎木津礼二郎(彼は京極堂と関口の一級上だ)と京極堂の妹で雑誌記者の敦子とともに、次に榎木津の幼なじみで、戦時中は関口の部下に当たる警視庁刑事・木場修太郎とともに。榎木津は他人の記憶が見えてしまうので、事件の見える部分は解決して早々に立ち去る。敦子は緻密に密室の状況を見聞する。親分肌の木場は動機という側面から切り込む。
     そして最後に京極堂が憑き物落としに出てくる。憑き物とは人間のとらわれである。因習だったり、思い込みだったり、プライドだったりいろいろあるわけだが。

  • 驚異の良作である。
    冒頭は京極堂の価値観について延々とかたっているが、
    飽きさせず、それでいてなお物語の中に引き込んでゆく
    京極さんには天晴れです。
    「姑獲鳥の夏」というタイトルに似合わず全然妖怪が出てこぬではないか!
    と、思うかもしれないですが、最後、上手に妖怪を登場させています。
    本の太さに驚くかも知れませんが、時間があれば是非どうぞ

  • aの林檎はbの林檎ではない、に再度なるほど。(2015.12.14)

    見たいものしか見ない、見えているのに見えないこと、あると思う。この世には不思議なことなど何もないのだよ(不思議なものはある。オカルトと解釈)、の台詞がとても好き。

  • 京極夏彦はこれが初めてだったが、これでハマった。
    主人公の京極堂がウンチクを話すところがあるが、このあたりはあまりハマらないようにしないと、疲れてしまう。
    予想できない結末や、京極堂の推理力がすごかったり、読んで損はなかった。
    ちなみに本の厚さは鈍器(笑)

  • 面白かった!

    怪奇ともチョット違うと思います。
    呪詛や陰陽師 それに科学的なこと

    摩訶不思議と理論的な洞察力が合体し、
    本を放すことができませんでした。

    複数の探偵役が登場しますが、京極堂は凄すぎる!

    この小説が初めて描いた作品だなんて…

  • 強烈 の一言。
    ウィキぺディアで「レンガ本」として言われるだけあり、なかなかに分厚いです。
    ですがこの分厚さが京極シリーズの始まりであったことを、後々に思い知らされるのです。

    読み終わった後は分厚さから来る重さで達成感を感じました。
    面白い。わかりやすい。

    後日、京極夏彦さんが「暇だからこれを書いた」という事実を知っておっかなびっくりでした。
    暇だから書いたものが、本になるってすごい。

  • H30.09.05 読了。

    とにかく長かった!
    というのが第一なんだけど、長くてしんどいかも、と思うのは読み始めだけで、読んでいくと面白くて全然苦がないのが不思議。
    今年読んだ小説の中でもぶっちぎりな面白さ。

    どんな話かを説明するのが難しいくらい複雑なミステリーなのに、複雑に感じないし、謎が解けていく様がまさにパズルが埋まっていく感覚。
    進めば進むほどスッキリしていく。

    この話を持ち込んでデビューとか天才かよ。
    おすすめのミステリー小説で必ずと言って良いほど挙がっている『魍魎の匣』も読んでみたい、というか読む。

著者プロフィール

京極 夏彦(きょうごく なつひこ)
1963年、北海道小樽市生まれ。小説家としてだけでなく、世界妖怪協会・世界妖怪会議評議員(肝煎)など妖怪研究家であり、他にも装幀家、アートディレクター、俳優など様々な顔を持つ。
広告代理店を経てデザイン会社を設立。1994年、そこで暇つぶしに書いた『姑獲鳥の夏』を講談社に送ったところ極めて評価を受け、同年、即出版・デビューに至る。瞬く間に執筆依頼が殺到する人気作家に上り詰めた。
1996年に『魍魎の匣』で日本推理作家協会賞、1997年『嗤う伊右衛門』で第25回泉鏡花文学賞、2002年『覘き小平次』で第16回山本周五郎賞、2004年『後巷説百物語』で第130回直木三十五賞、2011年『西巷説百物語』で第24回柴田錬三郎賞など、数多くの受賞歴がある。
代表作に「百鬼夜行シリーズ」「巷説百物語シリーズ」「豆腐小僧シリーズ」など。

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