素晴らしき数学世界

  • 早川書房
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感想 : 15
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  • Amazon.co.jp ・本 (606ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784152093028

作品紹介・あらすじ

マーティン・ガードナーから本邦ニコリの社長まで、これらのユニークな数学の実践者を英米はもとより日本やインドにも直接取材。豊富な写真や図版で紹介するヒューマンなエピソードを横糸として織り交ぜながら、数の発展史を中心とした数学の現代に至る展開を綴り、初心者にもマニアにも興味深く読ませる、イギリスでベストセラーとなった数学解説。

感想・レビュー・書評

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  • 「数学的な発見の驚きやときめきを伝えたい」という思い一筋で書き上げたという本書。
    はっきり言って、高校数学の数Ⅰぐらいまではなんとか、でもそれ以降となると、実生活でも使わないしだんだん頭も追いつかなくなり、今となっては数学的思考に頭を切り替えるのすら億劫になってしまっている私。はたして、この600ページに迫ろうという大作を読み切れるだろうか?
    ところがそんな当初の不安も一気に消し飛ぶ面白さであった。

    「本書は数学の知識がない方のためのもので、小学校で教わる素材から、大学の教養課程の最後に教わる概念までが含まれている」という言葉のとおり、楽々理解できるところから、何を言っているのか言葉が上滑りするだけで私には全く頭に届いてこないところ(最終章です、ハイ…汗)まで、非常に幅広い。単に数学論だけではなく、それをつくりあげてきた人々や数学のとりこになった人々の目の輝きまでが見えるような人間ドラマも差し挟まれ、私のような門外漢から数学を専攻する大学生まで、興味深く楽しめる作品では。
    文章もうまい。翻訳がいいのかもしれないが、非常に読ませる。

    何しろ、0章1章2章あたりの数学史というか、著者の言葉を借りれば「民族数学」とも言えるような分野がめちゃくちゃ面白い!!この前読んだ「ピダハン」をちょっと思い出した(こちらも星10個つけたいくらい面白かったが)。
    たとえば0章では、抽象概念としての数の獲得までの人間の道のり、対数尺と線形尺、乳児や幼児、さらに動物の数的能力を調べる実験など、そこだけで文化人類学、言語学、脳神経学、動物行動学、認知心理学など、多岐にわたる分野の話題が盛り込まれている。
    また1章では、数の数え方の国による変遷、二進法、十進法、日本のそろばんや九九(著者は実際に日本に来て、そろばん教室や九九の授業を見学したらしい)が取り上げられ、2章ではユークリッド幾何学と、それを超えた(?)日本の折り紙が話題になっている。
    ほかにもインド数学の奥深さ、記数法、円周率や素数、完全数など数列に魅せられた人々(彼らのあまりのねちっこさというか尋常ならざる執念は、最早凡人には全く理解できない領域)、数学パズル、確率論としてのギャンブルや、統計学、位相幾何学、はてはアインシュタインの相対性理論まで、数学とかかわりのありそうな事柄が網羅され、しかも身近なものを例に挙げたり、人々がいきいきと描かれたりと、わかりやすさの配慮も効いている。
    正直、位相幾何学やら双曲幾何学、微積分学の話が出てきたあたりはもうお手上げであんまり理解できなかった(汗)のだが、それでも「数学的な発見の驚きやときめき」は十分伝わってきた。
    本当は、もっと数学の知識があったらより楽しめたのかもしれないけれども。

    へ~ぇと思った箇所につけた付箋が大量です。

  • 2012年7月1日、じつに3年半ぶりに”うるう秒”が挿入された。朝8時59分59秒と9時00分00秒、この間に「8時59分60秒」という1秒が差し込まれたのである。

    これは海流や季節風の影響で、世界の標準時として使われている原子時計の時間と、地球の自転に基づいて決められる天文時との間に生じるズレを調整するために行われているそうだ。

    ズレると言っても、この53年間でわずか34秒程度の話である。これを修正したいと思うことこそ、世界をより正確に数字で表したいという人間の本能の発露なのではないかと思う。

    古来より人類は、世界を数字で表現しようとしてきた。本書はそんな知的冒険家たちが、数を追い求める姿を綴ったものである。なかでユニークなのは、登場人物たちの人選だ。

    東京のそろばん教室の塾長、アリゾナの数秘術者、マサチューセッツの名刺折り紙アーティスト、つくば市の昆虫学者、プリーのヒンドゥー教の導師、エセックスの計算尺蒐集家、チェシャーのジャグラー、アトランタの数列蒐集家、ロンドンの元歯科医、ネヴァダのスロットマシン研究家、カリフォルニアの投機家・・・

    その多くが、アマチュアの数学愛好家たちなのである。彼らは数学者としてアマチュアであるがゆえに、本来の専門領域である神経学、認知心理学、人類学、宗教学などへも話が飛ぶのだが、その一つ一つがとにかく面白い。

    冒頭、パリの言語学者が語る民族数学の話題にいきなり引き込まれる。アマゾン川流域に暮らす先住民族、ムンドゥルクの言葉には時制や複数形、5より大きな数を表す語彙が存在しないという。彼らにとっては、数をかぞえるという発想そのものが、馬鹿げているのだ。その他にも、この近隣では、アララという二つの数詞で数を数えているインディオの部族の存在が確認されている。

    アマゾン川流域の話ばかりではない。著者が次に訪れたミズーリでは、12進法愛好家と出会う。彼は10進法を「許し難いまでの先見の明のなさ」によって選ばれた数体系と批判し、自らを10の圧政に立ち向かう虐げられた戦士と位置付けているそうだ。

    これらのことから分かるのは、自分たちの認知構造や解釈というものがどのような文化的な前提条件の上に成り立っているかということだ。ムンドゥルクは、数を一本の直線上に並べるというテストにおいて、数字の間隔を始めは大きく取り、数が増えるにつれ次第に小さく取っていったという。これは、定規のような線形尺を想像する、我々の感覚とは大きく異なるものだ。

    しかし真に驚くのは、そのような多種多様の民族や嗜好の持主であったとしても、共通項をくくりだして普遍性を見出すことができるということである。たとえ数の認識がどうであれ、加減乗除の法則は揺るがない。数学的な真理が文化やイデオロギーの影響を受けることはないのだ。だからこそ多くの人は、抽象世界の確かさに魅せられてきたのである。

    抽象的な空間で思考を転がすことの重要性は、現代社会においても言わずもがなだと思う。昨今、Webサービスの成否の分かれ目は、いかに抽象空間でクリエイティビティやアイディアを発揮できるかにかかっていると言っても過言ではない。FacebookにしてもTwitterにしても、多くの人が自分自身を代入するための方程式をデザインしているに過ぎないと思うのだ。

    しかし、本当の意味でサービスが拡大するためには、ユーザー側の立場として具象に落としこんでくれるインフルエンサーの力が必要となる。そしてこの構造は、かつて数学の世界が歩んできた道でもあったのだ。

    思えば、数学は長い年月をかけて抽象的になりすぎたのではないかと思う。はじめは、人間を取り巻く環境の意味を理解するためのものであったはずが、リーマンやカントールの登場以降、直観的な認識とのつながりを失い、少数の人々のためのものとなってしまったのだ。

    一方で、現実世界との対応が求められる具象の領域は算数と呼ばれ、ややもすると数学より一段低いポジションと見做されてきたかのもしれない。本書で描かれているのも、そんな具象の世界である。しかし彼らは抽象的な世界を具象の世界へと、徹底的にローカライズを繰り返してきたのだ。その理由は、ただひたすら自分が楽しかったから。そして、その楽しさを伝えたかったから。

    そんな偉大なるコミュニケーターたちの事例を、いくつか見てみよう。マサチューセッツの名刺折り紙アーティストは、名刺を10万枚使い、芸術性の高いメンガーのスポンジをつくり出した。

    メンガーのスポンジとは、立方体を27個の同じ大きさのものに分割して、芯の部分に位置する立方体と、もともとの立方体のそれぞれの面の中央に位置する6つの立方体を取り除き、これを延々と繰り返していったようなものだ。彼らが行ったのは、概念の物質化、数学の視覚化ということである。

    また、ロンドンの大学教員は、双曲面をかぎ針編みで構築した。これによって、方程式では表すことのできない双曲面を直観的にとらえることが可能となり、曲面を実際に触ったり感触を確かめたりすることも出来るようになったのである。

    これらのアウトプットの特徴は、まさに「さわれる数学」。抽象世界の概念をより広範に伝えられるという点で、コミュニケーション上の大きな価値があったのだ。

    本書には、この他にも沢山の数学ネタが満載なのだが、このようなネタがバズるケースには大きく分けて2つのパターンがあるのではないかと感じた。

    一つ目は単調なものの連続なのだが、その規模が圧倒的というパターンだ。例えば、現在πの暗唱で10万桁という世界記録を持つ、東京の原口證。彼のようなπハンターにとって実用性は問題ではないのだそうだ。πは人生を象徴しており、その理由は数字に循環が一切なく何のパターンにも従わないからだ。またπを記憶することは「宇宙信仰」だとも言う。この求道者のような姿は、まるで数のハッカーだ。

    また、アトランタの数列蒐集家の話題も外せない。彼は素数の数列に始まり、アフリカで発見された動物の骨に刻まれていた数列、南米の童謡の歌詞に入っている数列、長らく未解決問題とされているゴルードバッハ予想と呼ばれる数列など16万ものエントリーを蒐集している。そんな彼が現在、最も熱中しているのがレカマン数列と言われるもの。大量の数列を見てきたおかげで、数に対して自分なりの審美眼が養われたと語る。

    人は自分の手にも届くような範疇において、定量的に圧倒されると素直に驚くのである。これは世界的に有名なサッカー選手が、本来のスペシャリティが空間認知力や決定力にあったとしても、子どもたちの前ではリフティングをして拍手喝采を浴びるという行為にも似ている。

    もう一つのパターンは、直観に反する真理を発見した時である。パズルなどはその典型であるだろう。本書では、日本のパズル制作者によって世界的にヒットしたのが数独というものが紹介されている。これは、3×3のブロックに区切られた 9×9の正方形の枠内に1〜9までの数字を入れるというシンプルなものである。

    これらの特徴は、まさに直感的に解けると思わせてしまうところだ。しかし多くの場合、直感通りにコトは進まず、やがてはパズルの餌食となってしまう。だからこそパズルは、数学の素晴らしさを伝える手軽な手段になっているのである。例えば数独の場合、計算こそ絡まないが、抽象的な思考、パターンの把握論理による演繹、アルゴリズムの考案を要する、密かな数学であるそうだ。

    また、活躍しているのはアマチュアばかりではない。プロの数学者たち自身がインフルエンサーとなって、現実世界の関わりを模索したケースがある。フランスの数学者アンリ・ポアンカレは、ランダムな統計学の研究をするために毎日近所のパン屋に通い、測定誤差の分布を研究していたことがあるという。また、ロトくじ、カジノや金融市場に乗り込んだ数学者たちの話なども紹介されている。

    数学はその抽象性がゆえに、参加感溢れる、良く出来たプラットフォームになっているのだと思う。本書は、そこに身を乗り出した人々の具象を徹底的に描くことで、抽象世界の輪郭を見事に浮かび上がらせている。つまり、算数を用いて数学を語っているのだ。

    それにしても、こんな角度から数学を描くことが出来るとは、驚くばかりである。結局、著者も登場人物たちと同類であったということなのか。

    多くの人にとって、数学とは過去のものであるだろう。しかし懐かしくもあり、ほろ苦くもあった、あの世界の間口は、こんなにも広かったのだ。待っているのは素晴らしき数学世界、そんな素晴らしき一冊。

  • サイエンス
    数学

  • 数の国を探検します。数学の世界を軽い口調の文章でめぐります。口絵の写真がそろばん大会優勝者の少年だということが愉快です。動物の数を認識する能力、人間の数を数える方法、十進法以外の進法、珠算、ピタゴラスの定理、等々、色々な数の国の話題が出てきます。とても楽しめました。

  • 170121 中央図書館
    この手の本としては、あんまり特色無いかな。ボリュームが大きいというのはあるが。

  • 数学アレルギーには無理かもしれないが、数学が苦手な人には是非読んでいただきたい一冊。

    「こんなにも数学は素晴らしいんだ!」という著者の思いがダイレクトに伝わってくる。

  • そろばんの名人から数秘術、数独まで。
    およそ考えられる数学が詰め込まれていて、読み物として十二分に面白い。

  • "本書を0章からはじめることにしたのは、そこで数学以前の問題が扱われていることを強調したかったからだ。0章に数が生まれるまでの経緯が書かれている。事実、1章の冒頭で数はすでに存在していて、すぐに本題にとりかかれるようになっている。" 世に数学の理論やその魅力を説く本は数あれど、”数”以前からはじめるものは少ない。いわれてみれば自分たちは"数"をどう認識しているのか、できているのか。例えば、”数”がどのように並んでいるのかと問われれば、多くの人が、定規の目盛りのように等間隔で並んでいる”線形尺”を想像するかも知れない。しかし、言語学者のフィールドワークによれば、人間に生得的なのは、"数"が大きくなるほどその間隔の狭まっていく"対数尺"であるという。そう、歳を重ねるほどに1年の短く感じられていくあれである。他にも、母語による数覚の差や、人間以外の動物の数覚など、0章と1章だけでも十二分に読まされる。もちろん、他本編も、ただ数学の理論を解説するのではなく、そこに携わる人たち(むしろ、憑かれた人たち)の具体的生活を通して語られるのが、とても新鮮で味わい深い。

  • 原題は "Alex's Adventures in Numberland" と「不思議の国のアリス」をもじったタイトル。数学好きな著者がその面白さを伝えたいと書いた本だけど、そのタイトルのまま、アリスのように不思議な数学の世界を旅する高揚感みたいなものが文章を通して伝わってくる楽しい一冊。

    これまでの数学史を根幹として章ごとにその歴史的な出来事に交えてテーマに関する数学の話をしていく。その話一つ一つが、数学論的な内容そのものの面白さにとどまらず関連するエピソードや歴史的意義についてなどまでを生き生きとした調子で書かれていて本当に楽しめた。数学の話については数学の入り口から大学教養科目程度のものまで割りと幅広いけど、集合論や代数みたいな抽象的かつ専門的な難しい話は多少読み飛ばしても問題なく楽しめる。むしろそういう数学の内容的な話は最低限に留められていて、「このちょっと小難しい数式の魅力はね」「この発見がこれまでの数学の世界にどれだけの衝撃を与えたか!」と意気揚々と語ってくれる感じで、著者の「数学が苦手・嫌いな人にその魅力を知って貰いたい」という意図が十分に伝わる内容。

    大枠として過去から未来へとたどっていく構成になっていて、冒頭ではいまだ数の文化すらない民族への訪問を切り口に「数の始まり」について語るところからスタートし、古代数学やユークリッド幾何などの話題から世界の民族のなかでの数学の哲学的な意義位置づけの話、円や数列の魅力、代数学の始まりや座標系による幾何と代数の融合の歴史的意義、確率や統計などの我々に身近な数学など、幅広い話題を経由していき、非ユークリッド幾何やカントールの無限と、想像可能で理解のしやすい世界のその先、抽象的で不思議な数学の世界へ進んでいく。一つ一つ数学の話を自分の中に落としこんでじっくりと読んでいっても面白いけど、あまり時間をかけずにさっと内容を追っていってもそういった流れもつかみやすくて面白いかもしれない。

  • 専門家ではないが故のわかりやすさと、若干の危うさ(黄金比の濫用など)。
    細かな事例に未知のものが多く、類書を読破していても楽しめると思う。

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著者プロフィール

アレックス・べロス(Alex Bellos)数学と哲学の学位を持ち、ロンドンで《ガーディアン》紙の記者として活躍、のちにリオデジャネイロでは同紙の特派員を務めた。2002年にはブラジルサッカー界について描き称揚された『フチボウ――美しきブラジルの蹴球』FUTEBOLを上梓、2006年にはベストセラー『ペレ自伝』のゴーストライターを務めている。

「2018年 『この数学パズル、解けますか?』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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