世にも奇妙な人体実験の歴史

制作 : 赤根 洋子 
  • 文藝春秋
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本棚登録 : 789
レビュー : 77
  • Amazon.co.jp ・本 (379ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784163754406

作品紹介・あらすじ

「マッドサイエンティストこそ、真の科学者である」
性病、寄生虫、コレラ、ペスト……人類を絶滅の危機から救った医学の発展の裏には、多くの科学者たちの果敢な自己人体実験があった

感想・レビュー・書評

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  • 18世紀から外科手術は存在したが麻酔もなく、インチキ医者が横行した時代、患者はモルモットにされ、生死を彷徨う運命にあった。

    また、研究者たちは熱意のあまり、我が身さえも人体実験の材料にすることも厭わなかった。
    淋病のメカニズムを解明するため、患者の膿を自分の身体に付着させた結果、梅毒までももらってしまった医師、毒ニンジンやエーテル、笑気ガス、クロロホルム、コカイン、モルヒネ…麻酔薬開発のために自ら中毒者になってしまったり…


    ダイナマイトの原料を狭心症の薬とするまでの発見、昆虫やありとあらゆる生き物を食した男、サナダムシを飲まされた死刑囚、黄熱病患者の吐瀉物を煮詰めて飲んだ研究者、炭疽菌や出血熱の禍、放射線ブームとその犠牲者たち、偏食が引き起こす様々な病気、ヒルに血を吸わせたり、羊の血を人体に輸血した事例、自分の心臓にカテーテルを通した医師、爆弾の研究のため被爆を繰り返した博士、ナチスドイツの毒ガスを吸ってみた研究者、深海に挑んだ男たち、漂流実験を繰り返した医師、シートベルトの発明…

    時代や戦争などの非常事態に起因するものもあるが、現代ならIRB(医の倫理)的に成し遂げられないであろう実験が盛り沢山。

    当然不幸な結果に終わったものが多いが、これらの反省が今日に活きていると思えば、ただただ殉職された皆さんに尊敬と哀悼の思いを抱くばかり。

    阪大の仲野教授は「人体実験学特論」の講義テキストとして活用されたとか。

  • 『自己実験』という危険をおかした数々の偉人奇人の本。
    「自説が正しければこの実験を敢行しても命の危険はないはずだ」
    そして自分の体を駆使してのその証明をする。
    果てることのない探究心と好奇心。

    読んでいる間中ずっと身の毛がよだち放し(^^ゞ
    気持ちのいい話は少なくって、お食事中または
    食後すぐは読まない方がいいかなーと思いつつ
    読んでました。結構グロイです。

    一番すごかったのは寄生虫。。。恐ろしい((((((ノ゚⊿゚)ノけど面白いー。
    あとは私も入院中お世話になった、あのカテーテルの話もあって…。
    これもすごかった。こわくて鳥肌が立ちました(-_-;)
    私は今の時代に生まれて良かった~と思ったし、作品中の時代なら
    手術せずに単純に病気で亡くなった方がマシだと思った。麻酔の話なんて特に恐怖を感じました。
    医師免許=殺しのライセンス…(笑)おそろしい。


    病原菌、気体液体毒ガス、ゲテモノ、寄生虫
    生物兵器、X線・放射線、ビタミン、血液、爆発
    漂流、サメ、深海、超音速などなど
    勇敢に未知の世界に挑む科学者や学者たちの
    勘とひらめきと緻密な計算、その勇気に拍手~!!そして優秀な助手に乾杯!

    この先人たちがいなかったら、今の医学や科学や
    生活はなかったと思います。
    だけどこの発見や成功が軍や国家絡みが多くて、そこから軍事に転用とか…
    そういうのを見ると複雑な気分にもなりました。

    その反面ユーモラスがたっぷりで笑える部分も
    多々あってくすくす笑いながらも手に汗をにぎって
    楽しく読めました。

    ピカール親子とホールデン親子がすごかったです。
    勇敢な先人たちは偉人だと思う。

    タンタンの冒険のビーカー教授のモデルがオーギュスト・ピカール教授。

  • つい先日、話題になったヒッグス粒子発見の報。それを伝える紙面上で紹介されていた、物理学者・中谷宇吉郎のエッセイがずいぶんと印象的であった。

    科学研究のやり方には警視庁型とアマゾン型の2種類がある。結果の目星がついていてその結果を得るための研究が警視庁型、研究対象の何たるかも分からぬまま秘境に分け入るのがアマゾン型――というものである。

    1964年に存在が予言された「神の粒子」が、半世紀近くの時を経て理論を築き、実験で検証される。これこそまさに、警視庁型の極みと言えるだろう。一方で、アマゾン型の極みとも言えるのが、本書で紹介されているような物語の数々である。

    調査対象がどのようなものか正体がはっきりせず、それがどのように影響を及ぼすのかも分からない。それでもじっとしていられないのが、科学者というものである。仮にそれが、人体に及ぶケースであったとしても彼らは人体実験という手法で道を切り開いてきた。

    しかし、人体実験には常に道徳的な問題がつきまとう。そこで編み出された奥義が、自己による人体実験というものであったのだ。本書はそんな己の命を賭けた科学者たちの、特攻野郎列伝である。

    まずはこちらの目次を、とくとご覧いただきたい。

    第1章   淋病と梅毒の両方にかかってしまった医師 ― 性病
    第2章   実験だけのつもりが中毒者に ― 麻酔
    第3章   インチキ薬から夢の新薬まで ― 薬
    第4章   メインディッシュは野獣の死骸 ― 食物
    第5章   サナダムシを飲まされた死刑囚 ― 寄生虫
    第6章   伝染病患者の黒ゲロを飲んでみたら ― 病原菌
    第7章   炭疽菌をばら撒いた研究者 ― 未知の病気
    第8章   人生は短く、放射能は長い ― 電磁波とX線
    第9章   偏食は命取り ― ビタミン
    第10章   ヒルの吸血量は戦争で流れた血よりも多い ― 血液
    第11章   自分の心臓にカテーテルを通した医師 ― 心臓
    第12章   爆発に身をさらし続けた博士 ― 爆弾と疥癬
    第13章   ナチスドイツと闘った科学者たち ― 毒ガスと潜水艦
    第14章   プランクトンで命をつないだ漂流者 ― 漂流
    第15章   ジョーズに魅せられた男たち ― サメ
    第16章   超高圧挑戦し続けた潜水夫 ― 深海
    第17章   鳥よりも高く、早く飛べ ― 成層圏と超音速
    あとがき  究極の自己犠牲精神をもった科学者たちに感謝
    特別集中講義 『人体実験学特論』へようこそ  仲野 徹
    表紙、そしてこの目次を見ただけで、1年に1回あるかないかの大当たりであるということが判断できる。これだけで、ご飯3杯は食べられるレベルだろう。本を読んでいる途中に、読み終えるのが残念だなと思うことはよくあるのだが、読み始める前にそう思えることなど、そうそうない。

    ”死は生の対極としてではなく、その一部として存在している”とはよく言ったものだが、ページをめくるごとに「なぜ、そんなことを?」と思わずにはいられない、死と隣り合わせの連続だ。

    まず最初に紹介したいのが、外科を商売から科学へと変えたとも称されるジョン・ハンター。彼が存在していた18世紀末、主な性病には淋病と梅毒の2種類があったという。灰尿痛と尿道口からの排膿を引き起こす淋病はありふれた病気だったのだが、梅毒は淋病よりもずっと悪質で恐ろしい病気だった。

    ある日、彼は「一人の患者が同時に淋病と梅毒に羅患することはない。よって、淋病と梅毒とは単に進行段階が異なるだけで同一疾患であるに違いない」という仮説を立てる。淋病は局部に限定された病気であり、それがのちに全身に広がって梅毒になるのだ、と考えたのである。

    自説を検証するためには、性器を気軽に間に毎日診察できる実験台が必要となる。そしてハンターは、驚くべきことに自身の局部に患者の膿を塗りつけたのである。その後、彼を待ち受けていたのは想定外の悲劇であったのだ・・・

    お次は、19世紀のドイツ人科学者ペッテンコーファー。彼は、当時最大の伝染病であったコレラの要因が、湿地などの土地に依存するものではないかという説を唱えた。しかしその後、コッホなどの手によって細菌説が唱えられ、ペッテンコーファーの仮説は揶揄されるようになってしまう。

    自説に恋する74歳の老教授が取った行動はいかに?なんと彼は、コレラ菌の入ったフラスコをかかげ、一気に飲み干したのだ。その後、激しい胃けいれんと下痢を起こし、その症状は一週間続いたという・・・

    科学版・巨人の星とでも言うような親子も存在する。ジャック・ホールデンとその父親ジョン・スコット・ホールデンだ。ジャックは幼いころから父親に坑道へ連れて行かれ、到死性のガスの付近で決死の特訓を受けたのである。

    大きくなった彼が挑戦したのは、大リーグボール1号ではなくて、急激な加圧・減圧の実験であった。ある日急激な減圧中に、ジャックの詰め物をした歯の一本は甲高い悲鳴を上げ、ついに爆発してしまう。歯の空洞の中に入っていた空気が減圧によって膨張し、行き場を失ったために歯が割れたのである。また耳の鼓膜は破れ、両耳からは煙草の煙の輪を吐き出せるようになったほどであったという・・・

    各々が独立したストーリーによって構成された各章は、それぞれが映画のクライマックスのようなシーンの連続である。そして、そんな人生のクライマックスがバトンリレーのように受け継がれ、少しづつ科学は進化してきた。

    麻酔の研究など、その典型であるだろう。麻酔分野の先駆者である4人は、いずれも麻酔剤を自分でテストするうちに中毒者となったそうだ。その多くは、世に認められないことに憤懣を抱き、失意のうちに早世していったのである。しかし、それらの成果は後にフレデリック・プレスコットという科学者のもとで結実することとなる。

    それにしても一体何が、彼らをそこまで突き動かしたのか?誰だって、放っておけば死は訪れる。それでも死へ向かって生き急ぐ必要があったのか?彼らの判断の根底には、内容に違いこそあろうとも、後世に対して己の人生を意味付けしたいという、強い思いがあったのである。

    ”もし自分が患者と同じ病気だったら私は自分の体で実験しただろうし、自分に対しておこなっただろうと思われる以上のことを他人の体で実験したことはない” (ジョン・ハンター)
    ”もしも私の考えが間違っていて、この実験が私の命を危険にさらすことがあっても、私は冷静に死と向き合うでしょう。なぜなら、それは無思慮ないし怯懦な自殺ではないからです。私は科学のために死ぬのです。” ( フォン・ペッテンコーラ)
    ”人生には恐れなければならないものは何もありません。理解しなければならないものがあるだけです。” (マリー・キュリー)
    ”自分自身の体で試してみるまでは、他人を実験台にするなんて考えられない。” (ジョン・クランドン)
    ”危険だと分かっている実験をおこなう必要がある場合もある。病気がどのように伝染するかを検証する実験などがそれである。そのために大勢の人間が死んだ。私としては、これは理想的な死に方だと思う。” (ジャック・ホールデン)
    利他精神、虚栄心、勇気や好奇心といった様々な人間的要素。科学には、理屈では説明のつかない非科学によって形成された歴史が、確かに存在するのだ。

    物議を醸しだし愚行と呼ばれるものたち、一方で眉をひそめて愚行と決めつけるものたち。賭けているものこそ違えど、身の回りでもよく目にする構図であるだろう。しかし、時間のスケールの取り方一つで、その評価は大きく変わることもある。

    愚行か?それとも偉業か?それを判断するには、我々の人生はあまりにも短すぎる。数々の屍の上に成り立つ身の回りを振り返りながら、そう思わずにはいられない。

    本書は、時代の空気によって過少に評価されてきた勇者たちを供養するかのように、一人一人にスポットライトを浴びせていく。しかし、その周囲には、それでもなお日の目を浴びることの出来ない無名の戦士たちも、ごまんと存在するのだ。

    壮絶、逸脱、狂気、マッド、どんな言葉を当てはめても、彼らの行為の前には陳腐に思えてしまう。個の存在が軽かった時代と言ってしまえば、それまでかもしれない。しかし、彼らには未来への大きな希望があったのだろう。狂気をもって正気を教えてくれる。本書は、そんな得難い一冊だと思う。

  • 本書は題名からも分かる様に、かつて行われた「人体実験」をテーマとしています。
    著者は、英リバプール大学名誉教授(海洋生物学が専門)で、退官後、ポピュラーサイエンスの著者として第2の人生を歩んでいる人物です。
    文章は簡潔で読みやすい上、興味深く、また1章辺り十数ページから二十ページ前後と就寝前の読書などに適した本となっています。

    内容の方は人体解剖の草分けであるジョン・ハンターを始めとして、欧米の様々な人体実験、とりわけ自分の体を実験台にした自己実験者についてかなりのページを割いて解説しています。
    正直、ギョッとする内容なども多く、話のネタにと言った雑学取得目的で本書を読まれるのでしたら、その目的は十分に叶えられるかと思います。

    しかし、本書を読んでいくにつれ、本書の真髄はその様なものではないのでは?と言った印象を受けました。
    と言うのは、本書の後半辺りから自己実験者についての詳説とともに

    ・コレラの原因が下水にあるという主張に対し、教会関係者が「神の下した罰をこの様に貶めるとは」と反発。
    ・女子工をラジウム中毒で死に追いやった工場の社長の主張
    「死亡者が多発しているのは、他社なら不適格者として雇用しないような労働者を雇うことを社是としているからです」
    「親切心からしたことがかえって私どもの仇となったのです」

    と言った類の内容が冷静かつ客観的に記述され始め、正直、これらの文章に書かれている内容と今の日本社会との相似に胸を突かれる思いがしました。

    偏見と言う言葉を使うべきなのか、、、
    人間は物事を自分の価値観を通してしか判断しない、現実よりも自分の価値観を優先させる。

    人間のその様な側面が浮き彫りにされている本でもあります。

    単なる雑学ネタと軽く見ると本質を見誤る本書。
    今、私達が生きている社会を理解する新たな視点を得ることができますので、一読されては如何でしょうか?

  • タイトルに惹かれるがそれに負けない面白さを保証できる。

    個々の章は短いし、繋がりは皆無でないものの、基本的にどこを選んで読み始めても大丈夫。

    医学の発展は、病原体を自己感染させたり、様々な薬の候補を自ら飲んで試したりと、自分を被験者にした人体実験の歴史でもあった。

    20世紀前半、孤児院の幼児や刑務所の受刑者を人体実験に使うことに良心の呵責も、躊躇もなかった時代に、「自分自身の体で試してみるまでは、他人を実験台にするなんて考えられない」と言ってビタミンC欠乏実験を行った外科医ジョン・クランドンや、「もしも他の誰かに何かよくないことが起きるとしたら、私はそのことで良心の責めを負いたくない」と葉酸欠乏実験を行ったヴィクター・ハーバートには感動する。

    他に、爆弾の威力を確かめるために我が身を痛め続けた科学者、ナチスドイツの毒ガスから身を守るためにありとあらゆるガスに見を晒した科学者、海水を飲んで生命を保つ方法を知るために漂流し続けた不屈の精神の持ち主などなど、医学以外の自己実験の歴史も面白い。

    一部精神科の電気けいれん療法に対する記述などに、不正確さと偏見が見られるのが残念。

  • いやはや。
    いやはや。

    いま、私が病院であれこれ検査を受けたり、薬をもらったりできるのも、すべてはここに出てきたような人たちの尽力あってのものなのですな…。

    信じたくもないような実験も色々あったけど、どう考えても彼らがいないと、もしくはその道を誰かが見つけて通らないことには治療法が確立されなかっただろうという病気の多いこと。

    個人的には第10章、血液関連の話が一番リアルに感じられて、呻きながら読みました。痛いよう。

    訳文は、主に原文でのジョーク(と思われる表現)が直訳気味でわかりにくい部分が多かったところが残念。ノリで今の日本人にも通じるように書き換えてほしかったなー。

  • 「自説が正しければ、この実験を敢行しても命の危険はないはずだ」と信じて自己実験に踏み切ったたくさんの先人たち。
    つまり科学や医学の名のもとに、彼らはコレラ菌入りの水、塩酸、ニトログリセリン、その他色々のものを飲み込み、マラリアを媒介する蚊に刺され、自ら淋病に感染し、麻薬を試し、有毒ガスを吸入しては昏倒し、サメが集まる海に飛び込んだ……。

    その結果は、現代の医療水準をとくと御覧じろ。

    それはまちがいなく人類のためではあるが、背景には利他精神と虚栄心があり、突き動かすものは勇気とそれを凌駕する好奇心であったに違いない。あえて言うなら“愚行”に満ちた物語。
    これは褒め言葉である。

  • 技術や医学の発展のために欠かせないファクターのひとつが人体実験だ。しかし、そこには倫理的な問題が常につきまとう。

    そんな倫理的な問題を乗り越えるべく(時には乗り越えることを避けて)、自分自身で実験してしまった特攻野郎たちのエピソード満載の一冊。

    著者がイギリス人なせいか、シニカルな文章が多く、読みながら何度が噴き出してしまった。

    本書で科学や医学のために文字通り身を捧げた人々に思いを馳せるもよし、単に雑学を得るのもよし、オススメである。

    本書が気に入ったら、『自分の体で実験したい―命がけの科学者列伝』、『解剖医ジョン・ハンターの数奇な生涯』もどうぞ。

    しかし、「日本ではフグをフゴウと言い間違えてはならない。ふ号(風船爆弾)が出てくるかもしれないから」ってブリティッシュ・ジョークなんですかね? 現在日本人の99.99%はふ号なんて言われても分かりませんが。

  • 面白かった!興味深いというべきかな。マッドサイエンティストたちがやらかした数々の事例が、面白おかしく、けれど真剣に書かれている。尽きることなき好奇心。その無茶っぷりに、笑ったり青くなったり。彼らの情熱と犠牲に敬礼。
    「五章・サナダムシを飲まされた死刑囚ー寄生虫」は特に興味津々。
    研究用に輸送するために自分自身が住血吸虫を入れる容器となってみるとか、すごすぎる。そうそう、意図的に鉤虫を体内に取り込んでみた研究者は、花粉症の症状が軽減したそうですよ。


    第 1章 淋病と梅毒の両方にかかってしまった医師 - 性病
    第 2章 実験だけのつもりが中毒者に - 麻酔
    第 3章 インチキ薬から夢の新薬まで - 薬
    第 4章 メインディッシュ野獣の死骸 - 食物
    第 5章 サナダムシを飲まされた死刑囚 - 寄生虫
    第 6章 伝染病患者の黒ゲロを飲んでみたら - 病原菌
    第 7章 炭素菌をばら撒いた研究者 - 未知の病気
    第 8章 人生は短く放射線は長い - 電磁波とX線
    第 9章 偏食は命取り - ビタミン
    第10章 昼の吸血量は戦争で流れた血よりも多い - 血液
    第11章 自分の心臓にカテーテルを通した医師 - 心臓
    第12章 爆発に身をさらし続けた博士 - 爆弾と回旋
    第13章 ナチスドイツと闘った科学者たち - 毒ガスと潜水艦
    第14章 プランクトンで命をつないだ漂流者 - 漂流
    第15章 ジョーズに魅せられた男たち - サメ
    第16章 超高圧へ挑戦し続けた潜水夫 - 深海
    第17章 鳥よりも高く、早く飛べ - 成層圏と超音速

  • 自らの身体を実験台にしたマッド・サイエンティスト達の列伝。
    性病患者の膿を自分の性器に注射したり、寄生虫を自分の中に住まわせたり、はたまた伝染病患者の吐瀉物を煮詰めて口にしたり。これが本当に実話なのかと疑いたくなるような実験の実例が次から次へと出てくる。その範囲は医学だけでなく、海での漂流者が生き延びるための実験、一万メートルを超える水深実験、人食い鮫の撃退実験など留まるところを知らない。
    マッド・サイエンティスト達のグロいシーンがかなり出てくるが、それでも読後感が不快でないのは、人類に襲いかかる病気を撃退したいという純粋な気持ちや、人間の限界を追い求める知的好奇心が強く伝わってくるからだろう。ひとつ間違えるとただのゲテモノ話になるところを、良質なユーモアとテンポのいい展開で、科学者への敬意と愛情を表すことに著者は成功している。

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