猫を抱いて象と泳ぐ (文春文庫 お 17-3)

著者 :
  • 文藝春秋
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  • Amazon.co.jp ・本 (384ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784167557034

感想・レビュー・書評

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  • 人間の一生を描く小説が好きで、文章も内容もひたすら美しい。今のところ自分の中でベストと言える作品。

  • 唇が閉じられたまま生まれた少年は、手術によって唇を造られる。無口な少年は、ビルに挟まれて死んだという噂になった少女ミイラと寝る前に話すときだけ滑らかに喋る。ある日、バスで暮らす大きな身体の男性にチェスを教えてもらう。少年はバスで、マスターと猫とチェスをすることが楽しみだった。

    こういった始まりをする物語。
    いつものように小川洋子さんのひそやかな世界がはじまる。
    物語の概要を書いたけれど、読んだことのないひとにはよくわからない話に感じられるかもしれない。でも、このつかみどころのないボヤッとした雰囲気こそ小川洋子さんの世界とも言える。

    「猫を抱いて象と泳ぐ」というタイトル。
    この不思議なタイトルも魅力的であり、本文を読めば意味もわかる。
    タイトルからして小川洋子さんの世界が確立されていると感じる。

    チェスというゲームをわたしはよく知らない。
    ビショップだのルークだのいう言葉は聞いたことがあり、チェス盤や駒も見たことはあるけれど、それらの駒をどのように動かして愉しむものなのか知らない。
    この本を読むまでチェスを知らないことを何とも思ったことがなかったけれど、読んでみてチェスの面白さを知らないことをとても残念に感じた。
    チェスはゲームであるけれど、人生でもある。

    少年はマスターの死を見て、大きくなることは悲劇だと考える。大きくなりたくないという少年の気持ちのまま少年は少年の姿のままに大人になる。
    少年の心には、唇に奇形を持っていたことやマスターの死、猫を救えなかったことなど多くの消えない傷を刻みつけられている。
    その傷を持ったままチェスに人生を賭ける。

    物語はゆっくり穏やかに進むのだが、終わりは不意にやってくる。
    切なく物哀しいものではあるけれど、それだけではないやさしさが残る。

    慌てるな、坊や
    この言葉はマスターが繰り返し少年にかける言葉だ。
    この言葉ひとつにマスターのやさしさと少年への信頼、いつでも見守っているという気持ちが表れており、読者にまであたたかい思いが伝わってくる。

    巻末の山崎努さんの読書感想も素敵だった。

    チェス、今からでもルールを教えてもらいたいなと思わされた。

  • 11歳で体の成長が止まったチェスの天才の物語。

    小川洋子版ナボコフのディフェンスといった感じ。

    奇妙であり、風変わりな登場人物、また少しグロテスクでもあり、静謐な雰囲気の中この世界に引き込まれて行く。

    おじいちゃん、おばあちゃん、弟、マスター、ポーン、ミイラ、鳩、老婆令嬢、総婦長、等々、何人かはいけ好かない奴も居るが、主人公を見守る素晴らしい登場人物、キャラクター達の温かさもこの作品の重要なピース。

    盤上を8×8に潜む広大な海になぞらえ、棋譜は駒の奏でる響きであり、対局者と共に紡ぐ詩であり対話だという表現は、チェスの知識がなくともこの世界で読者を存在させてくれる。

    ラストはあまりにも悲しい結末。

    それでも最後のミイラの言葉に救われる。

    「もし彼がどんな人物かお知りになりたければ、どうぞ棋譜を読んで下さい。そこにすべてのことが書かれています。」と。

  • …ワタシにとっては一生忘れられない本になりました。
    圧倒的な、傑作です。
    前にこの作家の話題になった「博士の愛した数式」を読んで、ちょびっとガッカリしていたので、なおさら驚きました。

    おそらく読んだ人は最初「ブリキの太鼓」を思い出すだろうし、他にもいわゆる”奇想”が盛りだくさんに出てくるけれど、でも、奇をてらった思いつきや、単純な人マネはひとつもありません。
    あらゆるアイデアは伏線となり、テーマとなって、何度も現れては綺麗に緻密に正確に折りたたまれていきます。まるで小さなピンセットで微細なオリガミが折られていくようです。文章のスミズミ、どの一文をとっても緊張と詩に満ちみちています。

    …と、ベタ褒めしましたが、ダレカレ見境なしに勧められる本でもないのかもしれないデス。
    特に、主人公が”ちっちゃいヒト”だったので、ワタシ的には入り込みやすかったのかも…^^
    amazonの”商品の説明”を読んで興味をひかれた方は、ぜひご一読を…

  • 11歳で大きくなることをやめ、身体的にはフリークスを思わせる青年リトル・アリョーヒン。
    読みやめることができないまま一気に最後まで読んでしまった。

    こんな世界をこの小さな本の中に顕してくれた、そんなことができた作者に感謝。

    考えつくもっとも窮屈な世界に私たちをぽんと置き、そこに居ながら広大無限の宇宙に旅立たせてくれた。緊迫と解放。身動きがとれない中で得る最高の自由。精神の自由。肉体の自由なんてどれほどの価値があるのか、と思うほど。

    フリークスの青年は生まれたときから、暖かく柔らかくどんな怒りも抵抗なく受け止めてくれる人に抱かれていた。まるで胎内にずっといて、この世になんて生まれてこなかったように。そんな生涯を終えた。

    彼とチェスの関係が心底羨ましい。彼にとってのチェスに、私も出会ってみたい。

  • 国籍と、年代も、わかるようでわからない、小川洋子の作品。

    時代の流れとともに茶色くくすんでしまったガラスケースに収まった世界で繰り広げられる出来事を、外から、目や耳や、指先の神経を研ぎ澄ましながら、注意深く見守っているような、そんな気分にさせる。

    その世界で繰り広げられる愛のかたちは、一般的な意味で幸福ではないかもしれない。少し不健康で、少し陰鬱で、少し変質的な、愛のかたち。

    そんなかたちの愛が秘める、力強さや純粋さ、気高さは、一般的には理解されにくいかもしれない。

    そんな愛のかたちをこんなにも繊細に、美しく表現できることに崇敬の念を抱く。

  • 冒頭の息苦しさは、得も知れず、終盤の清清しさは、音のない深海の底で、光差し込む水面を望むよう。
    言葉では言い表せない情景に、思わず息を詰める。
    大きなものへの畏怖、小さきものへの憧憬。
    黒と白。
    見事な対比。

  • 言葉はいらないものとされてしまったけれど。
    チェスが二人で白と黒を分担し、メロディーを奏で、星座を紡ぎ、一つの同じ海を探検するように、
    読書も本の世界を、そこに広がる宇宙を、自由に旅するものだと思う。
    私はこの本と響きあえただろうか。美しい詩を紡げただろうか。

  • 数少ない読了済みの小川洋子の中でも一際静かな物語。
    読んでいることすら、彼らに知られないようにこっそりひっそり、息を潜めてページをめくる。

    早くこの世界から出たかった。

    なのに心に残るあれやこれや。

    チェスをようやく始めてみようというきっかけになった。

  • 初めて読んだ時、独特な世界観と作者の豊かな表現力に衝撃を受けました。私にとってこの作品は凄い!の一言につきます。
    唇がくっついて生まれてきた少年に神様は並み外れた集中力とチェスの偉大な才能の仕掛けを施して下さった。しかも少年しか出来ない独特なチェスの指し方で。恵まれない環境の中でも、愛情に満ちた人々に囲まれてチェスと共に生きる少年。チェスが出来たらもっと深く少年の気持ちを理解出来るのでは?とも思いました。
    常に孤独と闘いながらチェスに向き合う心根の優しい少年の生き様を感じて欲しい一冊です。

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著者プロフィール

1962年、岡山市生まれ。88年、「揚羽蝶が壊れる時」により海燕新人文学賞、91年、「妊娠カレンダー」により芥川賞を受賞。『博士の愛した数式』で読売文学賞及び本屋大賞、『ブラフマンの埋葬』で泉鏡花文学賞、『ミーナの行進』で谷崎潤一郎賞、『ことり』で芸術選奨文部科学大臣賞受賞。その他の小説作品に『猫を抱いて象と泳ぐ』『琥珀のまたたき』『約束された移動』などがある。

「2023年 『川端康成の話をしようじゃないか』 で使われていた紹介文から引用しています。」

小川洋子の作品

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