- Amazon.co.jp ・本 (276ページ)
- / ISBN・EAN: 9784260010030
感想・レビュー・書評
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自分や家族がALSになったらどうする?と考えさせられた本だった。
もし、ロックトインになったら、好きな音楽かラジオを聴いて、
定期的に、そのとき一番好きな人に手をさすったり握ってもらったりしてほしいなと思ったりした。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
瞼をぴくりとも動かせない状態になって、
自分から何一つ「発信」できなくても
人間は多くのことを「受信」して生きている。
体中の筋肉が一つ一つ動かなくなっていく中で
そういう「受信」のアンテナは研ぎ澄まされていくのでしょう。
「いつも同じ天井ばかり見ている」ように外からは見えても。
周りの空気、音、声、匂い、温度、気配、
そういう色々を一瞬一瞬感じながら「生きて」いる。
もしもいつか愛する誰かがこういう状態になってしまったとしても、「死なせた方が楽なのでは」と安易に考えてしまうことだけはやめようと思った。
長い長い闘病生活の、まだほんの序章の頃に
お母さんが先回りして書いていた遺書が印象的でした。 -
誰でもいつかは死と直面しなくてはならない時がやってくる。
考えるのは、どれだけ家族からの介護を必要とするのかということだ。
自分の親がというより、自分自身が病気を患った時のことを思った。
愛する家族とはいえ、1日中、食事、排泄、入浴をはじめ、諸々の世話に想像以上の時間とエネルギーを奪われるのは辛いはずだ。
その中で、愛が憎しみに変わってしまうことも稀ではないという。
殺意さえ芽生えるそうだ。
周りの方に心から感謝の気持ちを抱きつつ最後を迎えたいと心から思った。 -
ALS(筋萎縮性側索硬化症)は神経細胞が徐々に死んでゆく病気(神経変性疾患)で、筋力低下により身体が動かなくなる。進行が早く3年から5年で死に至る。今現在、有効な治療法はない。素人の目には筋肉が死んでいくような症状に見え、筋ジストロフィーと酷似している。
http://sessendo.blogspot.com/2011/09/als.html -
ALS(筋萎縮性側索硬化症)となった母とともに生きてきた12年の日常を、率直に、真摯に、でもどこか冷静に綴った一冊。これは秀逸なオート・エスノグラフィとして読まれるべきだとも思う。
ALSは運動ニューロンの変性によって随意筋の運動を徐々に喪失していく、進行性かつ根治療法のない神経難病である。こうした病いとともに生きること―それは患者のみならず、患者家族や支援者も含むのだが―が、単なる美談でもなければ、苦労話に収まるものでもなく、激しい感情の変遷と人々のネットワークの中で実践されているというある意味で当たり前のことが、とても鮮明に描かれている。
「生きる」ことをありのままに見せるということは、簡単なようだがとても難しい。
著者は自分自身の歩みを、母がALSになる以前の生活(言わば前史)から、やがてその母が死を迎えるまで描くことを通じて、「病いとともに生きた母」とともに「病いとともに生きた自分」も含めてあらわに示している。これはとても勇気のいることだ。介護のなかで抱く母に対する敵意(殺意と言っても良いかもしれない)、介護に時間や体力を奪われて自分の生活が崩れていく過程…これらが病いとともに生きることの現実なのだろうし、適切な支援がない社会制度に対する怒りや疑問を読者もまた読み取るかもしれない。
こうした書籍が発表され大宅壮一賞という然るべき評価を得たことは、ALSという病い、およびその病者の存在を社会に知らしめていく上でとても重要な成果と言えるだろうしその一方で、この書籍の白眉はもっと別のところにあるのではないかとも思う。著者のお子さん、ヘルパー、医師、高校の同窓、橋本みさおさんを中心としたその他のALS患者たち…この書籍を通じて判るのは、人の生が多様な人たちのネットワークのもとで支えられていて―でも時にはふさぎこんで閉じてしまうこともあって―そうした揺れ動きの中で営まれているという姿なのだ。こうした「リアルさ」を描く上で、クールに過ぎる「報告」でもなく、虚構を交えた「文学」でもなく、一つのお話としての物語性を保ちながら語りかけるかのようなこの本の筆致は、ノンフィクションというジャンルの力を再確認するには十分すぎるくらいのインパクトを持っている。
病い、ALSという難病、介護、病いの進行とともに困難となるコミュニケーション、患者家族の歩み…キーワードを挙げるとすればこのあたりになるかと思われるが、むしろキーワードに還元できない「生きる」ということの全体像が、この文章のなかに込められているのではないか、そう考えさせられる。ぜひ目を通すべき一冊。 -
ALS(筋萎縮性脊索硬化症)に罹患した母の介護記録。ALSはルー・ゲーリック病としても知られ、筋萎縮と筋力の低下が進行し、呼吸筋も麻痺していき、呼吸不全から死に至ることが多い、神経変性疾患。10万人に1~2人が罹患する、原因不明の難病である。筋力が低下していく一方、知能や感覚、視力、聴力、内臓機能などは保たれるとされる。
シビアなタイトルだ。内容もシビアである。著者はイギリス赴任中の夫と暮らしていたが、母発病の知らせで、介護のために子ども2人を連れて帰国し、父や妹とともに母の介護にあたる。
母は特に進行が速いタイプだった。萎縮が進み、まぶたも眼球も動かせなくなっていく母。前は使えていた文字盤も使えなくなり、意思の疎通は不能になる。TLS(Totally Locked-in State:完全な閉じ込め状態)と呼ばれる状態である。患者が何を考え、どのように感じているのか、外部からはうかがい知れなくなる。
どれだけ心を砕いてもそれが患者にとってはどう感じられるのかわからないのは、介護する側にとっても患者にとっても、つらいことだろう。
呼吸器をつけるかどうかの決断。24時間体制のきめ細かい介護。妹の鬱症状。その一方で、著者は、ALSと戦う人々の組織を立ち上げ、加わるなど、ものすごいバイタリティを感じさせる。元々エネルギッシュな人だったのだろうか。周りにいろいろな人を引きつけていく吸引力もすごい。
後半には、ALSを患う様々な人も登場する。同じ病気でも経過は人それぞれであり、その患者・その家族ごとの介護の形があるのだろうと思わせる。
*詩情あふれる魅力的な文章なのだが、時系列が行ったり来たりで、ときにわかりにくい。もう少し時間軸に沿って整理してもよかったんじゃないのかなぁ。
*このタイトル、本当にこのタイトルでよかったのかなぁ。宙ぶらりんであるということを言いたかったのだろうか? 個人的には、何かもう少しふさわしいタイトルがあるような気がしてならないのだが。 -
大宅壮一ノンフィクション賞を受賞したこともあり、ずいぶん前から読んでみたいとは思いながらも買うまではいかずにいた。それを美菜子さんが持っていたので、借りて読ませてもらった。
世の中に闘病記や介護記は数多くあるけれど、本書はそういったよくある本とは一線を画す。小難しいことが書いてあるわけではない。悩んだり苦しんだり、それでも安らぐ時があったり笑いがあったりする日々を描いている点ではよくありそうなものだ。だが、そこにどことなく迫力がある。思考しながら日々を送っていたことがわかる。この、答えは明確に出なくても、思考している中身がわかることが「ナラティブ=語り」というものの利点ではないだろうか。
しばらく足しげく通っていた中野の鍋横あたりで、書かれているようなことが繰り広げられていたのだなと思うのもまた、感慨深いものだった。 -
これは読まなくちゃいけないだろうか。
…と、実のところかなり身構えて読んだのですが。
もちろん考えさせられる部分は多いものの、その冷静な筆致にこちらも変に感情を揺さぶられることなく、読み進められました。
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頭はクリアなのに、今までどおり考え、泣きたい気持ちも嬉しい気持ちもあふれ出そうなくらい感じているのに、
徐々に身体の機能が低下していく病気、ALS。
確実に、治療法がなく、最終的に、寝たきりになる。
ひどいときは、眼球すら、まぶたすら、動かず、閉じ込められた状況となる(ロックインシンドローム)。
そうなった母親を介護する娘の話。
どれだけ寝たきりの人がいろんなことを感じ、考え、日々戦っていることか。絶望的な病気、だけど、日々、闘って闘って、生きて行くのに忙しい毎日。
今までどおりトイレをしたい。障害を受け入れない、受容しないことが、母の生への戦い。
呼吸器をつけるか付けないかの選択。付けても後悔するかもしれない、付けなくても後悔するかもしれない、でも目の前でチアノーゼになる母親に呼吸器を付けない選択は家族にはできない。
重症者のわがままを諭す(説教してしまう)医療者。黙って言う事をきいてくれるのが扱いやすい患者、でも患者も最期の最期まで自己の尊厳を持っていて、抵抗することで生きていたいのだ。
開いた眼の方へ、天井から埃がゆっくり舞い落ちてくる。
まぶたを閉じたくても自力では閉じれない。
どんどん、近づいてくる・・・。
そんな世界に生きている、ALS、Lock in syndromeの人たち。
考えさせられます。そして医療者としての立場を、反省します。
そして、娘として考える。
あと、何回自分は親に会えるのかな。 -
先生が一番最初にお勧めしてくれた本。
筋萎縮性側索硬化症:ALS
これは誰が読んでおいても損は無いです。
専門的知識が無い人(患者の家族)が書かれた本なので、難しいことは書いていません。
かといって、随筆的になることはなく、とても読みやすいです。
これは「闘病記」でも単なる「介護記録」でもなく、ALSという難病を生きる母を見つめ、その母を介護する自分を見つめるお話。
「ALSという特殊な病気のお話」でもありません。
人間なら誰でも病気にかかるという点で、誰にでも通じるテーマだと思います。
私は通学の電車で読んでいましたが、お勧めしません。泣けます。
自分が生きることへの葛藤、そして母を見つめる穏やかな心が娘さんの観察の中から伝わってきます。
1冊、手元においておきたいです。
生と死の在りかたを考えさせられる本でした。