- Amazon.co.jp ・本 (408ページ)
- / ISBN・EAN: 9784336048165
作品紹介・あらすじ
普通の人々の人生におとずれる特別な一瞬、運命にあらがえない人々を照らす光-。"孤独を求めなさい"-聖母の言葉を信じてアイルランド全土を彷徨する男を描く表題作をはじめ、ある屋敷をめぐる驚異の年代記「マティルダのイングランド」、恋を失った女がイタリアの教会で出会う奇蹟の物語「雨上がり」など、圧倒的な描写力と抑制された語り口で、運命にあらがえない人々の姿を鮮やかに映し出す珠玉の短篇、全12篇収録。稀代のストーリーテラー、名匠トレヴァーの本邦初のベスト・コレクション。
感想・レビュー・書評
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いつか国書刊行会の出す、はんぱねえ分厚めの海外小説を読んで見たいと思っていたけれども、ついに叶いました。
現代最高の短編作家で、ノーベル文学賞の候補者とのことです。
女性を主人公としていて、不自然さがまったくないことや、いろいろな視点が入っているのに、それが気にならないことが、読書会であげられてました。
読んでいて、私が一番思ったのが信仰の問題でした。すべて宗教がらみの「信仰小説」だと思いました。信じていたものに裏切られることこそ、信仰である、と述べているようでした。トリッジにおける、大人たちの嘘話と同性愛。こわれた家庭の、欠損家庭の児童にめちゃめちゃにされることと二人の息子が戦死した老女。「失ったのはしょうがない、でもよくしていこうよ。よくしていくってのは悪いことじゃないよな?」という信仰心への懐疑。アイルランド便りの、ジャガイモと飢餓と人肉問題。聖母の贈り物における、神に見放されることが、神的なことであるという矛盾。マリアの処女懐胎に対して、マリア自身が感じた「処女懐胎という信じられない、ある意味信仰をやめたくなること、裏切りゆえに、しなければならない信仰」というのがこの短編にあるように思う。丘を耕す独り身の男たちやイエスタデイの恋人たちは結婚と貧困をテーマにリアリズムを描いているように思うし、マティルダのイングランドは、重厚な戦争文学だ。みな、戦争が終わり、次へと進もうとするなか、その「次へ進もう」は、人を人としてではなく「物」のように捉えているのと同じではないかという問題を描き出しているように思った。マティルダが、パーティーをぶちこわすのも、冷酷であるのも、神様だのなんだの言って人間を物にしてしまう者への、人間としての「抵抗」のように思える。
それから、この本の表紙が良い。見るかぎり、金属のように思えるのだが、全く別の素材で出来ている。しかも、この聖母、笑っているのかどうか、微妙である。この、神の微妙さ、も本書で重要な所を占めているように思える。
イーユン・リーいわく「カトリックが主流のアイルランドでプロテスタント系の家庭に生まれ、のちに故郷を離れてイングランドで暮らすようになったトレヴァーは、本人の言によれば、常に周縁で生きてきた。このように故国からは地理的な距離があり、なおかつイングランドからは外国人として距離があったからこそ、第三者の目で国や人々を見つめることができたのである。」とのことで、プロテスタントであるアングロアイリッシュの没落と、カトリックアイルランドの勃興を彼は見つめてきており、おそらく、カトリックへの厳しい視線があるように思う。
本当に充実した、重い一冊だった。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
初めて読んだけれど全て面白かった。生きてそばにあって変わるものよりも、死んだ人や、土地、家と一方的な会話をしたり勝手に支配されたりするのが好きそうなマゾっぽい人たちが主に主人公になっている。短編の並べ方も上手。最初の数編を読むと底意地悪くて巧みな、と思ったが、読み進めるに従ってもっと楽天的でシンプルなところもある作家なのだということが分かるように構成されているようだった。個人的には『マティルダのイングランド』の場所に対する不健全な執着心が『丘を耕す独り身の男たち』では崇高な感じに描かれているところとかが印象的だった。どんな彫刻を作っていたのか。
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ここ数年で読んだ海外の短編集の中で確実にナンバーワン。
短編というには紙幅が・・・というものもあるんですが、基本的に私は何枚以下なら短編ではなく、文章の呼吸の感覚のようなもので分けられると思うのでこれは紛うことなき短編集です。
何れもほとんどが「過去」について、「過去」にとらわれている人々が描かれている。
過去は温かいけれど、冷酷。
冷酷への道筋や理屈に圧倒された。
自分の故郷を飛び出して新たなことに挑戦するとかいう勇気が称揚されがちだけど、そんな勇気よりも、過去に留まる、過去に生きるという決意をするほうがよほど勇敢なのではないかとふと考えさせられた。 -
登場人物が少ないながらも、人物の内情を深くまで観察しているトレヴァー。
静かで冷酷な世界をやさしいまなざしで見つめる作家を感じる。
特に「聖母の贈り物」は、運命を苦しみながら受け入れて進んでいく男の姿がありありと浮かんで心が震えた。
会話文が少なくて、情景文で語るのが、トレヴァーの好きなところ。 -
文学
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家族、夫婦、親子、外側から見ただけでは決してわからないことがある。見事だなと思わずにはいられない。そして切り離すことのできないアイルランドにおけるイギリスとの因縁の歴史。
個人的に、普通に恋愛小説としてすごくいいと思ったのが『イエスタデイの恋人たち』。 -
アイルランドの土と冷たい風の匂いがする短編集。なかでも、「マティルダのイングランド」がやはり秀逸でした。「戦争になったら冷酷になるのが自然なのよ」ということばが刺さった。
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「おそろしく良質な」短編集。面白い!この作家をもっと読みたい。