貘の耳たぶ (幻冬舎文庫)

著者 :
  • 幻冬舎
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  • Amazon.co.jp ・本 (451ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784344429390

感想・レビュー・書評

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    https://lib-opac.bunri-u.ac.jp/opac/volume/779399

    自ら産んだ子を別の子と「取り替えた」繭子。
    取り替えられた子と知らず愛情いっぱいに育てる郁絵。
    取り替えが発覚した時、2人は、そして子供はどうなるのか?
    胸に迫る人間ドラマです。

  • 結婚後 ◯

  • 産院で衝動的に自分の産んだ子と他人の子を取り替えてしまった母親が、精神的に追い詰められていく様を描いた前半。後半は、その4年後に取り替えられていたことを知った母親側の苦悩を描く。

    読み手が男性か女性か、出産の経験の有無、普通分娩か帝王切開か、子育て時に専業主婦か仕事を持っていたかなど、その立ち位置によって受け止め方や衝撃度が大きく異なる作品だと思う。
    私は子育てを終えて久しいが、二人の母親の苦しみが途切れることなく伝わってきて、胃が痛くなるような読書だった。
    読後も、将来二人の子ども、特に取り替えた親の子どもが事実を知ったときどうなるのかを想像してしまい、憂鬱な気分がしばらくは抜けなかった。
    余談だが、そう言えば我が家では断乳後の息子が耳たぶを触るのが好きで、私のはもちろん近くにいる人の耳によく触れていたなと、懐かしく思い出した。

  • 自分が産んだばかりの息子を、新生児室に寝ている同じ日に生まれた隣の子供と入れ替えるというありえない行為を、誰もが実行してしまう可能性があるかもしれないと思えるほどの精神状態の描写を表現している。その後のいつバレるか分からないとビクビク暮らす日々、入れ替えられた家族の精神描写もリアルすぎて読み始めると止まらなかった。

  • 普通

  • 読みごたえはありました。
    内容は背表紙に紹介されていた通り。
    「自ら産んだ子を「取り替え」た繭子。発覚に怯えながらも息子・航太への愛情が深まる。一方、郁絵は「取り替えられた子」と知らず、息子・璃空を愛情深く育ててきた。
    それぞれの息子が四歳を過ぎた頃「取り違え」が発覚。元に戻すことを拒む郁絵、沈黙を続ける繭子、そして一心に「母」を慕う幼子たち。切なすぎる「事件」の慟哭の結末は・・・」

    芦沢央の作品でこの気分は初めてであるが、イヤミスであればもやもやが残るのもしかたないのか。
    面白くないわけではない。

    郁絵の「残念だったね。普通に産めなくて」という言葉で、実の母の「あなたがひとりで育てられるわけがないでしょう」繭子には打ち消してきた不安が確定してしまう。
    その前にも助産院で「自然なお産。本当のお産をすることで女性は母親になれる。うちで産んだ人で赤ちゃんがかわいく思えない人なんかひとりもいませんよ」という言葉も覆いかぶさる。その助産院にはお産の予約を入れなかった。
    人それぞれ考えはあろうが、帝王切開でしか産めない人、母乳の出ない人もいるので根拠のない神話を押しつけるのはどうかと思う。

    繭子は30時間を超える陣痛に耐えかねて、帝王切開に切り替えた。帝王切開の基準は満たしているので、自然分娩に失敗したわけではない。
    30時間と一言でいうが痛い1分はとてつもなく長い。
    1分が長いのに30時間なのだから。
    医師だって30時間横に待機なんかしていない。状況が変われば見に来るだけなので、立ち合いも廊下で待っている家族もいない繭子はひとりで頑張ったのだ。
    そして、痛い、つらい、苦しい。帝王切開の後がこんなに痛いなんて知らなかったと更に術後の痛みが繭子を襲う。

    私は帝王切開だったが、4日間はいろんな管でベッドに縛り付けられ、トイレさえ行けなかったので、時代が変わってすぐに新生児室に行くのだなあと思ったが、繭子の産院も母子別室なのは「おかあさんをなるべく休ませるため」なので、行かなくてもよかったし、自分の赤ちゃんの顔がどうしても見たいとも書かれてなかった。
    そして「ベッドのプレートがなければ自分の赤ちゃんがどの子かさえ私にはわからない」とまた落ち込む。
    「誰だってわからないってば」と思わずツッこむが繭子には聞こえないよね。

    「取り替え」のために新生児室に行ったのではないが、郁絵の赤ん坊がたった210g体重が多いだけでも「この子は残念な子なのか」と負の烙印を捺すばかりである。

    「取り替え」てしまった後、「言わなければ」と思うのに言えない状況。これで「わかってしまう」と怯える気持ちと「わかってほしい、楽になれる」と思う気持ちが揺れ動くあたりも感情移入ができる。この心理状態ならそうだろうなと。
    早く発覚して元に戻さなければいけないと焦るのだが、日が経つにつれ自分からは告白できずに「だれか気づいて」と願うばかりになる。

    「どうして産みさえすればどうにかなるって思ってしまったの」という気持ちも幾度も出てくるのだが、
    ひとつめの疑問は、「産まない選択肢はあったのか」ということ。
    弁護士の義父、パイロットの夫、避妊や中絶って協力してくれそうにないけど。

    ふたつめの疑問は「取り替え」たら「育てられるの」か。捨て子をしたわけじゃないのだから、取り替えたら郁絵の産んだ赤ちゃんを繭子は育てるのである。
    育児ノイローゼになりそうないやいや期の壮絶さも含めて。
    それを作家は書いていない。
    郁絵さんなら保育士だし立派に子育てができるだろうと繭子が思っていることはわかるが、郁絵の子供だから何の問題もなく自分でも育てられるなんて考えがよぎることすら書いてない。

    そして4歳で取り替えは発覚する。
    産院の取り違えとして・・・
    ここからは郁絵の物語だけになる。
    今まで育ててきた璃空をどうしても手放したくない郁絵は、自分の産んだ子は選んでやらないのかと言われて悩むが、繭子にべったりな実の息子航太をみて、引き離せるわけがないとも思う。
    交換したら別の土地で暮らし、二度と会えないことも郁絵が漠然と隣に住んでお互いの子供二人を二組の父親と母親で暮らせればいいななんて思っていたが、そうすれば、こどもたちはいつまでも前の親を忘れないだろう。
    4年間の間に、そして交換までの間にとりこぼしたことはないかと哲平も璃空が忘れてしまっている2年前の約束の花火を冬空の下でしてみたり、いきなりあなたのお子さんではありませんと言われた夫婦ってこんなのだろうかって描写が丁寧である。

    みっつめの疑問は、「取り違え」が発覚した時の繭子側の家族の反応や暮らしが一切書かれていないこと。
    「違ったんですか。交換します。別の土地に住みます。新学期に合わせて顔合わせやお泊りなど準備していったほうがいいですね。産院は良心的な補償を考えていますよ。示談がいいと思います。」意向は郁絵たちに産院の弁護士を通じてもたらされるが、彼らの言葉では語られない。
    別れまでの数か月を繭子の夫や両親、義父母は何を思ったのか。そちらも描いてほしかった。

    結末は繭子の母が示談になんてしない、裁判にする、お金だけ払って罪にならないなんてずるいとわめきだしたので、繭子は自分が取り替えたのだと告白する。
    この後の繭子側の家庭は何を思ったのか事情は聞いてくれたのか、何も説明がなく、繭子と離婚したこと、繭子には二度と航太を会わせないこと、こうなったらこの子もそちらで育てて頂いた方がいいのでしょうねと郁絵たちのもとに航太を捨てにくるのだ。
    航太は繭子が「これが悪い夢を食べてくれるからね、大丈夫よ」と持たした獏のぬいぐるみを抱いている。

    「ママ、ママ」と張り裂けんばかりに泣き続ける航太。
    そしてごみ箱にぬいぐるみを棄てる。
    「おばさん、ママに伝えて。ぼく、大丈夫じゃない。大丈夫じゃないよ」
    4歳児の記憶は薄れるとは思う。
    すっかり忘れることはなくて、何かいつも自分は捨てられるというトラウマがこの子に残る気がして
    読み終わった感のない小説でした。

  • 産院で自分の子供と他人の子供を母親が取り替えたお話。
    そもそも普通分娩が正解で帝王切開は頑張ってないって考えがふざけんなよって話。
    だから繭子のしたことはいけないけど、郁絵にも責任はあると思う。
    だからっていって勝手に取り替える理由にはならないけどね。

    繭子がいつほんとのことを言うのか、または言わないまま交換して終わるのか、気になってたけど言わざるを得なかったね。
    その時の郁絵はさぞお怒りだったでしょう。
    自分たちだけ悩んでたって思ったのと、あんたのせいでって思ったよね。

    普通じゃない精神状態の時、ほんとに人って常識じゃ考えられないことをするなって思わせてくる本でしたが、これからどうするんだろ。。

  • 面白くて一気読みした。

    繭子の自分を犠牲にした母性もわかる気がしたし、郁恵の気持ちも痛いほど分かった。

    普段、育児にかかる手間を厭うていた気持ちを、正してもらえた気がした。

  • ちょっとした気持ちから罪を犯す繭子。
    そしてそれに気付かず子を育てる郁絵。
    第一章は繭子、第二章は郁絵での構成。
    繭子の育ちに同情する気持ちはありますが、本来の被害者である“子どもたち”を思うと胸が苦しくなりました。
    芦沢作品らしく、女性独自の部分を突いてくる感じが好きです。

  • 赤ちゃんの取り違え。
    皆が辛い結末。わかった以上交換するのも辛い。しないのも辛い。子供も親も辛い。
    仮にここで発覚しなかったとしても、やっぱり子供はこの先の人生でなんかしっくりこないことがあったりしたのかな。
    その後が気になる。辛いことがあった分、幸せな人生を送って欲しいけど。

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著者プロフィール

1984年東京都生まれ。千葉大学文学部卒業。出版社勤務を経て、2012年『罪の余白』で、第3回「野性時代フロンティア文学賞」を受賞し、デビュー。16年刊行の『許されようとは思いません』が、「吉川英治文学新人賞」候補作に選出。18年『火のないところに煙は』で、「静岡書店大賞」を受賞、第16回「本屋大賞」にノミネートされる。20年刊行の『汚れた手をそこで拭かない』が、第164回「直木賞」、第42回「吉川英治文学新人賞」候補に選出された。その他著書に、『悪いものが、来ませんように』『今だけのあの子』『いつかの人質』『貘の耳たぶ』『僕の神さま』等がある。

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