- Amazon.co.jp ・本 (392ページ)
- / ISBN・EAN: 9784344430815
作品紹介・あらすじ
東京の救命救急センターで働いていた、六十二歳の医師・咲和子は、故郷の金沢に戻り「まほろば診療所」で訪問診療医になる。命を送る現場は戸惑う事ばかりだが、老老介護、四肢麻痺のIT社長、小児癌の少女……様々な涙や喜びを通して在宅医療を学んでいく。一方、家庭では、脳卒中後疼痛に苦しむ父親から積極的安楽死を強く望まれ……。
感想・レビュー・書評
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在宅医療、終末医療、延命治療…
いつかは向き合わないといけないと思いつつ、
今まで避けて通ろうとしていました。
今回たまたまこの本に出会い、人生の終わり方を
考える機会が持てました。
「小説」としても読みやすく、テーマは現実的なのに、読んだ後、爽やかな気持ちにもなれて、不思議な感じもします。
人生の締めくくりに対する本人の希望と、家族の揺れる思い…
悩ましいけれど…
とにかく今日を大切に
覚悟も持って過ごそう。
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2024.4.23
咲和子の患者さんに対する一生懸命さと命との向き合い方、医師として、娘としての姿勢にぐっときました。
老老介護、四肢麻痺の社長、小児がんの少女、そして脳卒中後疼痛に苦しむ父親からの積極的安楽死の提案。
・生命活動を終えようとするとき、胃腸の動きが止まっていくため食べなくなっていく。
・セルフネグレクトとは、別名自己放任。介護医療サービスの利用を拒否するなどにより社会から孤立し、生活行為や心身の健康維持ができなくなっている状態。生活環境や栄養状態が悪化しているのにあ、改善の気力を失い、周囲に助けを求めない。ゴミ屋敷や孤立死の原因とも言われる。セルフネグレクト状態にある高齢者は、認知症のほか、精神疾患・障害、アルコール関連の問題を有すると思われるものも多い。
・在宅医療とは、最後の日までいかにその人らしく生きるか、そうした毎日を支える存在になろうと、皆がそれぞれに考えている。
・すべての患者と家族は、命を救うことを求め、咲和子はそれに応えて生かすことだけを考えて生きてきた。死なせる方法など、考えたことはなかった。 -
著者が、NHK俳句のゲストで登場した際に内科医であり小説家であることを知りました。実体験をもとに、読者が「終末期医療」について考えるきっかけとなればとの思いで執筆されていることに共感し、父の病気のこともあって読んでみました。
病院医療と在宅医療とを対比させながら、主人公の苦悩と成長、医療現場の実態、病人と家族との関係性がいくつかのストーリーで描かれています。病気とどう向き合っていけばいいのか、最後をどう迎えたらいいのか、色々と考えさせられ著者の思惑通り、在宅医療、終末期医療の実態を垣間見ることができ、大変勉強になりました。映画もぜひ観てみたいです。 -
2.8
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04月-03。3.5点。
東京の大学病院で救急センター長を務める、女医の主人公。トラブルの責任をとり、故郷金沢で友人の診療所を手伝う。在宅診療専門の診療所で、いろんな人間模様が。
面白い。ぐっとっくる話の連作短編。次作もあるので、期待。 -
在宅医療を行うものとして読み進めさせていただきました。
どの場面もよく出会い、毎回悩んでいることばかりでした。
これだけ、個別化した関わり 出来たら良いなぁ。 -
南 杏子のいのちの停車場を読みました。
主人公の咲和子は都会の救急医療センターから、実家の金沢に戻り在宅医療を手伝うことになりました。
救急医療の経験を活かせば簡単にこなせると思ったのですが、実際携わってみると、その大変さに気づきました。
色々な人がいて、父親の介護も重なりやるせない思いが伝わってきます。
私の父親も96歳なので思いつまされることが多いです
切ない気持ちにもなってきます
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自宅療養、在宅医療とは一体どんな役目があるのか。医師の目から見た、また患者となった医師の立場から思う、本当の在り方というものがわかった。安楽死を望む人、決して手を下してはいけないと分かっていても、『痛みを取るため死を選ぶことは、生きる希望』という考えはある意味納得させられた。
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死と言う概念を前向きに考えられる一冊でした。読了してから何日か経過しましたが「息子さんが見えましたよ」というシーンは非常に胸が熱くなったのを未だに思い出します。心に寄り添う温かさを感じて思わずホロリ。