- Amazon.co.jp ・本 (416ページ)
- / ISBN・EAN: 9784396338909
感想・レビュー・書評
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「蜩ノ記」
秋谷の清廉さと罪が結びつかない庄三郎。果たして結末は如何に。
城内の御用部屋で筆の墨が隣席の水上信吾の顔に飛んだ。親友であった庄三郎は、思わずその顔を見て笑ってしまう。しかし、水上信吾は、許せなかった。裃の紋にまで墨が飛んでいたのだ。その紋が羽根藩初代藩主から頂戴したものであり、それが汚されながら黙って下がるわけにはいかなかったのだ。信吾は、奏者番を探そうと立ち上がった庄三郎を逃げると思い込み追いかけ、庄三郎を斬りつけようと刀を振る。
躱した庄三郎は、思わず居合を放ってしまう。信吾は、よろけて転んだ。庄三郎の脇差が信吾の右足を切っていた。この不祥事により、庄三郎は切腹を命じられるはずであったが、ある責務と引き換えに切腹を免れることになる。彼に与えられた仕事は、向山村に幽閉中の元郡奉行である戸田秋谷の監視と彼が起こした密通事件の真相探求であった。
以上が、大まかなあらすじ。密通事件の真相探求がメインかと思いきや、武士と百姓間にあるわだかまりに端を発した事件が発生し、秋谷は悲痛な事態に遭遇することになります。
テーマは、武士の心。「武士として領民と藩のために」という信念が秋谷にあり、友の為に家老に直談判しようとする息子にも同質ではないが「武士としての心」がある。武士としてあるべき姿を貫き通す姿は百姓と対比されることで余計に異質ではあるものの「いつか秋谷の息子がわしの前に現れるだろう。それまで家老にしがみつかねば」という悪役としては文句ない台詞を吐く家老を前にすると秋谷の武士の心が少し儚く思えてしまいます。しかし、これが当時代の武士だったのだろうと。終わりとしても秋谷の清廉さを証しており、特に異論はないです。
その秋谷以上に印象深い人物であったのは、秋谷の息子である郁太郎の友達「源吉」です。嫌なことがあっても笑い飛ばせる心持ち、妹であるお春をかばう男気、「世の中には覚えておくべきことは多くない。その中の1つは友人(郁太郎)だ」と言える素直さに加え、父を愚弄した役人に対して石を投げようとした郁太郎を制することが出来る大人な面も併せ持ち、ダメな父親万治が役人殺しの犯人と疑われる中、大人になったら万治を迎えに行っちゃると言い逃がすところ 等、これが齢十の少年なのか。源吉よ、と。
彼も秋谷とは違う武士だったと思います。故に、万治の情けなさが一層際立つ。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
10年前の「事件」で幽閉されながらも
凛として生きる武士のお話
まっすぐで美しくてやるせない。
死をもって完結する美しさって
どうなんだろう・・・ -
秋谷に日本人の原点を見た気がする。死をも恐れずに信念を貫き通すその姿に感銘を受けた。彼の死はずっと嫉妬心を抱いて彼を貶めようとした兵右衛門の心さえも良い方へと変えた。秋谷の息子、郁太郎もまたそんな父親の姿を見て育ち信念を持った優しい人に育つ。拷問で平気で罪もない人を殺してしまうような時代背景であったが、その反面秋谷のような人も多く存在したのだと思う。人をだましたり不正を働いたりすることの多い現代にぜひともいてほしい人材であり、こんな人と同じ民族であることが誇らしい。
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格好いいとか美しいとか、そういった言葉では言い表せない強さというか。もしかしてという期待と、やっぱり無理かという諦めと、敵方に対する憤りと、とにかく早く先が知りたい、でも知りたくない、期限を迎えたくないと思いながらページをめくる手が遅くなる凄い作品だった。
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良かった。特に源吉が・・・最後の方でちょっとあっけなく悪いやつがほんの少し心を入れ替えるみたいなのが・・・?って感じではあったけど、流れは心地よかった。
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死に向かう人の有り様が、客観的に淡々と、でも温かに書かれている。
また、住まいを囲う自然についての描写がとても鮮やかで、主人公や秋谷をはじめとする人の生を際立たさせていると感じた。
文字を追っているはずなのに、いつの間にか映像を観させられている気になる小説。 -
久々に氏の本を読みました。時代小説ならではの、現代ではありえないだろうと思われる結末に、みんなが感動するのだろう。
それは何故か?
簡単には人のために「死」を、選べないからだろう。
だからこそ、時代小説の設定に心が奪われ、心が洗われるのだろう。でも自分たち日本人のDNAは、間違いなく彼らのいいところは残っており、これからも受け継がれていくはずだ。
だからこそ、最後は秋谷が死ぬことで農民も一揆を諦め、自らも律していくとわかっていたから、家老は、秋谷に対し、最期は切腹という道を与えたのだろう。
秋谷の一子・郁太郎が源吉の仇をとりにいく場面は、武士としての矜持が存分に描かれ、特に良かった。 -
謎解き時代劇。
あまりにも狭いところの話なので、ものたりなさが。
武士としては美談でも、現代人にとってはよそごとに思えてしまう。
直木賞というのがよくわからない。 -
源吉が一番現実を見ていたのではないでしょうか。「不作だの年貢が重いだの言っている暇はねえんだ。」やるべき事やってはならない事を自らに課しながら日々を懸命に生きる。それに比べて大人達の何と言い訳がましいことでしょう。藩のため、家のため大きな事を言う必要などないのです。
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平成23年度の直木賞受賞作。旧藩主側室との密通事件の廉で期限付きで切腹を申付けられた武士の潔い生き様。藩の内紛の事情や人間関係の複雑さなど若干読み難い部分もあるが、村民との身分の差を越えた友情や意地を貫く日本人の矜持などに感動。静かで落ち着いた作風は藤沢周平と被るが力強さを感じる作品。