旅のスケッチ: トーベ・ヤンソン初期短篇集 (単行本)

  • 筑摩書房
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感想 : 31
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  • Amazon.co.jp ・本 (191ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480832092

感想・レビュー・書評

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  • パリ、ドレスデン、セルムランド、ヘルシンキ、ヴェローナ、カプリを旅する人達の物語。
    旅する場所に期待するものは人によって違うけれど、その期待が完璧に満たされることはまずない。
    でもだからこそ記憶に残るのかもしれない。
    「カプリはもういや」の夫婦はきっと新婚旅行のことを忘れない。
    2人の意見が食い違う度に思い出して歩み寄るようになるはず。
    そんな風に登場人物のその後を想像すると楽しい。

  • トーベ・ヤンソンによるムーミン以前の短編小説集。
    どの作品に出てくる人たちもどこか役割を演じているような、背景すらも書割りであるような雰囲気がありながらも、そこに確然といるという存在感も示しています。そしてそこに出てくる人物たちは、他の人物をまたはその場所自体に役割を与えそこに自分を投影させようとします。謂わば勝手に相手の理想像を作り上げ勝手に失望もし勝手に諦めるのです。
    若い女性は芸術家に、老いた男は若い娘に、新婚夫婦は旅行地に対して、芸術家は芸術に対して、故郷を去ったものは故郷に対して自分の理想と諦めをぶつけていく。果たして現実は何処にあるというのか。
    それでいて読後感は陰惨な感じを与えず、さっぱりとして清々しさすら感じさせます。その清涼感は作者自身が持っていた性質によるものだったのか。諦めの先に未来があることを示唆しているのか。実に面白い感覚でした。

  • ムーミンで知られるトーベ・ヤンソンの初期短編集。ヤンソンって画家だったんですね。
    どれも第二次対戦前のちょっと不穏な雰囲気を反映させているような感じで、たとえばパリやスペインを舞台にしていても華やかな大通りから薄暗い路地にはいったりと暗い面が描かれていたり、感情面でも苛立ちや怒りといったネガティブな面を描きます。この後戦争を挟んでムーミンを著すことになります。ムーミンも時たま暗い描写があったりしますが、この作品集を読むとそのタネは初期の頃からのものだとわかります。そのことがムーミンにもより深みを与えているんだと思います。この後ムーミンを読んだらどんな感じがするか楽しみ。

  • 『「そういう呪われた日に、ぼくら人間は、いわゆる善き決意と意図とやらを固めるんだ――いや、新年の前にさ。いやによそよそしく判然としない空の下、のろのろとタベが進んでさ」「ぼくは思った、最後の夕べってやつは電信柱みたいに歌うんだな、とね」』―『よくある話』

    訳者あとがきを読んで、ようやくトーベ・ヤンソンの皮肉屋としての世の中の見方がどこから来たものなのかが解ったような気になる。ヨーロッパを席巻する独裁政治と排他的民族主義なものの考え方に気触れて自らの正しさを熱く主張する人々の空虚さに、異国で絵画を学ぶ若い女性として直面したこと。それが、地に足を確りと付けて立つ決意のようなものに繋がり、軽薄なものへの皮肉となって口をついて出て批判せずにはいられないという人格を生む。

    パリの街角に立ち絵を学ぶヤンソンを想像することは、フィンランドの自然の中に生きる印象の強いヤンソンからは少し隔たりのあることだが、考えて見れば絵を学ぶ若者がパリに留学するのは不思議でも何でもない。しかし第二次世界大戦前の、全てが全体主義に絡め捕られていきつつある世の中で無かったとしても、ヤンソンが疎外感を託ったであろうことは想像に難くない。それはスウェーデン語を母語としているとはいえども、隣国との複雑な関係を強いられてきたフィンランドの歴史を背負うものとしての矜持のようなものが他者との距離を保つからなのかと想像する。

    『二百人か三百人が多くても少なくても、街にとっては大差ないのよ、わかる? 人間は大海の一滴にすぎず、沈んで溺れていく。無でさえない――」「でも、あなたはいったわ、街にやって来た人間だけがひとかどの者になれるって」とエレンは遠慮がちに口を挟む。「そう、浮かんでいられるならね』―『街の子』

    しかしパリに在って都会的なものへの魅力を感じつつ、田舎の自然への圧倒的な帰属意識を持つというアンビバレンツな立ち位置をヤンソンが苦労して成立させようとしていたであろうことは、この短篇集の中に繰り返し出て来る両者の対比の構図を見ても容易に想像できる。ヤンソンによる対比は必ずしも「田舎のネズミと都会のネズミ」の話のように単純にどちらがよいという結論には至らない。どの短篇もおしまいはあっけなく、場合によっては肩透かしと言ってもよいような展開を見せるが、それがヤンソンの価値観に尤も則した形なのだろうとも思う。

  • ムーミン谷シリーズ以外の作品を初めて読んだけど、スナフキンを書くだけある。
    パリ、ドレスデン、セルムランド、ヘルシンキ、ヴェローナ、カプリをを舞台にした現代の人の話。どの短編にも皮肉と虚無を感じるのに、後味の悪さに顔を顰めるみたいにはならなかった。
    「髭」「カプリはもういや」が印象に残ってる。

  • ムーミンで有名なトーベ・ヤンソンの、ムーミンじゃない短編集。
    何が起こるというわけでない、若い女や、孤独な老人や、売れない芸術家などの自意識の物語。

    読み終わったのがずいぶん前なので、印象を書き留めるのみとなりますが…。

    お仕着せの幸せや、みんなが夢中になるばか騒ぎや、ありふれた刺激では満足できない。だって私は特別なんだからーー。という心の鎧を、着続けて着こなして確かにかっこいい特別な人もいるけれど、多くの人は凡人なわけで、あるいは逆にすべての人が特別なわけで、ふと、「あ、これ脱いでも大丈夫みたい」と気付く瞬間がやってくる。
    それでもまた、寒くなったら着たり、気取りたい日には着たり、することもあるのだけれど、脱ぎ捨てた瞬間の解放感を知らずに生き続けるのはなんだか苦しそう。
    「自分は特別なんじゃないか」という買い被りを、笑うことなく責めることなく、いとおしむ。それでいて「自分のような人間は掃いて捨てるほどいる」という真実に打ちのめされず、むしろそれを救いとして提示する。

    なんだかそういうところに惹かれる。

  • 今年はヤンソン生誕100周年。ごく初期の短編集ですが、サラッと読めるのに一筋縄ではいかない手ごたえを感じる話ばかりで、名人...と思いました。ヤンソンのイラストが多く、その点も嬉しい。軽快でユーモアと愛情ほのかな「ヴァイオリン」「カプリはもういや」老いの孤独がチラチラ感じられる「大通り」「手紙」がお気に入り。

  • トーベヤンソンという人は、絵であっても文章であっても、いつも心の内側を描く人だ。出てくる人物はみんな少しずつもの悲しい気持ちを抱いている。
    才能のないヴァイオリニストの恋、来ない手紙を来る日も来る日も待つ若い娘のために、郵便局にうけ取りに行く役目を見つけた老人、画家とプラトニックな交流を持つことに憧れる娘。だいたいが頑固で、夢見がちな人たちばかり。なぜか分からないけど胸に迫る本だった。

    パリをはじめとするヨーロッパの街の情景が浮かんでくるのが楽しい。これから何度も読み返したくなるだろうなぁと思う。

  • トーベ・ヤンソン・コレクション全8巻 復刊
    ムーミンとトーベ・ヤンソン
    http://www.chikumashobo.co.jp/special/mumin/jansson/

    筑摩書房 PR誌ちくま 2008年10月号 ムーミンが好き
    冨原眞弓×堀江敏幸
    http://www.chikumashobo.co.jp/pr_chikuma/0810/081001_1.jsp

    • モランさん
      6月に、トーヴェ・ヤンソンのこのような本が出るのですね。知らなかったのですが、これは読みたいです。ありがとうございます。
      6月に、トーヴェ・ヤンソンのこのような本が出るのですね。知らなかったのですが、これは読みたいです。ありがとうございます。
      2014/05/04
    • 猫丸(nyancomaru)さん
      「このような本が出るのですね。」
      生誕100年だから、他にも出るかも。。。
      「このような本が出るのですね。」
      生誕100年だから、他にも出るかも。。。
      2014/05/07
  • 映画トーヴェ繋がりで。
    ムーミンの作者トーヴェヤンソンの初期短編集。
    パリが舞台のヴァイオリン、鬚、大通り(ブールヴァール)
    ドレスデンが舞台の手紙
    セルムランド(スウェーデンらしい)が舞台の街の子
    ヘルシンキ(フィンランドですね←北欧、すぐわからなくなるので自分メモorz)が舞台のよくある話(クリシェ)
    ヴェローナが舞台のサン・ゼーノ・マッジョーレ、ひとつ星
    カプリが舞台のカプリはもういや

    どれも概念的で、皮肉や比喩にとんでて、正直とっつきにくいし、今となってはちょっと読みにくいなというのが本音。ではありますが、こういう作品、高校〜大学生の頃に割と好んで読んでたなあと思い出したり。

    雰囲気で読み取る方が掴めるな。正直、言語化すると危うい。こういう作品は、こういう概念を楽しむものであって、つらつらと妄想を遊ばせるのが良いのです。
    そしてこういう文章が好きだったからこそ、今ビジネス用語とかが苦手なんだなとしみじみ実感。

    社会に出てもう随分経つのに、今更だよなあ。
    ほんと周りに恵まれたなと感じますね。
    ってズレたけど。
    多分ビジネスマンとしてはこの概念をこそ言語化すべきなのかもしれませんが、文学はビジネスではないので。このもやもやを楽しんでこそ文士たるもの。なのではないかなと、久々に学生の頃の気持ちを取り戻した日曜です。
    2023年6冊目。

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著者プロフィール

1914年、ヘルシンキ生まれ。画家・作家。父が彫刻家、母が画家という芸術家一家に育つ。1948年に出版した『たのしいムーミン一家』が世界中で評判に。66年、国際アンデルセン賞作家賞、84年にフィンランド国民文学賞を受賞。主な作品に、「ムーミン童話」シリーズ(全9巻)、『彫刻家の娘』『少女ソフィアの夏』(以上講談社)など。

「2023年 『MOOMIN ポストカードブック 』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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