バッキンガムの光芒 (ファージングⅢ) (創元推理文庫)

  • 東京創元社
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  • Amazon.co.jp ・本 (494ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784488279073

作品紹介・あらすじ

ソ連が消滅し、大戦がナチスの勝利に終わった1960年、ファシスト政治が定着したイギリス。イギリス版ゲシュタポ・監視隊の隊長カーマイケルに育てられたエルヴィラは、社交界デビューと大学進学に思いを馳せる日々を過ごしていた。しかし、そんな彼女の人生は、ファシストのパレードを見物に行ったことで大きく変わりはじめる…。すべての読書人に贈る三部作、怒涛の完結編。

感想・レビュー・書評

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  • 『英雄たちの朝』『暗殺のハムレット』に続くファージング三部作の完結編。ファージング三部作は、1941年にナチスドイツと講和を結んだイギリスを舞台とする歴史改変小説だが、三作目の今作は第一作からは10年後、ドイツとの講和からは実に20年が経過している。
    史実同様のユダヤ人政策を取り続けるナチスドイツは世界大戦に勝利し、日本は着々と帝国の版図を広げて消滅したソ連の国土をも狙っており、国際政治の表舞台に登場しそびれたアメリカは存在感を失っている、そんな1960年のイギリス。これまでのファージングシリーズも、警察官カーマイケル視点の物語と、彼が関わる事件の中心部にいる女性の視点で語られる物語とが交互で綴られるスタイルだったが、それは今作も同様。今回は、警察官からイギリス版ゲシュタボ・監察隊の隊長へと転身を果たしたカーマイケルの物語と、彼が後見人を務める少女エルヴィラの物語とが絡み合いながらストーリーが展開していく。
    ごく当たり前の世間常識としてファシズムやユダヤ人差別思想が蔓延する中で育ったエルヴィラ、“デビュー”すなわち女王拝謁を目前に控え準備に追われる彼女がファシストの暴動に巻き込まれて全く違う世界へと引き込まれていく一方、立場を利用し影でユダヤ人の国外脱出を助けていたカーマイケルも、暴動の被疑者として捕らわれたエルヴィラを救おうとする中でまたしても政界の闇と対峙することになる。
    シリーズ一作目、二作目も本人の意思と関係のないところで主人公たち(カーマイケルも、語り手の女性も)が政治的な主義や思想、権力構造などの巨大で漠然とした力の前に屈服させられる、何とも後味の悪い、ストレス残るストーリーだったが、今回も途中までは全く同じパターン。個人の力では変えられない社会状況、個人の思いも尊厳もいとも簡単に踏みつぶす冷たい政治の世界……けれども、シリーズ完結編の今作には、今までとは違う結末、ハッピーエンドとまでは言わないけれど、未来に希望をつなぐことのできる結末が用意されていて、一作目二作目とは読後感が全く違う。おかげで、少々気持ちを持ち直し、ブクログにレビューを書く元気も湧いてきた。
    歴史の歯車が一つ狂うだけで、こんな風に何もかもが少しずつ、けれど決定的に変わってしまった世界というものは実現しうる。この作品の、実際の世界とほとんど変わらない日常の描写とその中にぽつぽつと混ざる「ちょっとした違い」、その組み合わせによって描き出されている社会の恐ろしさが、「これは起こりうる事態である」という恐怖にも似た思いを読者に強く強く呼び起こす。そしてその恐怖は、いま、この日本で生きている人間にとっては、決して他人事とは思えないリアルさをもって迫ってくるのだ。
    民主主義的な手続きにのっとって政権を獲得した施政者は、有権者である「私たち」が選んだ、「私たち」の代表者となる。ここでの「私たち」には、選挙に参加した者だけでなく参加せず無関係を決め込んだつもりの者も、否応なく含まれる。「私たち」を代表するその人が持つ、この国を、「私たち」の生活を、変えていくことのできる力というものを、民主国家に住む人間は皆、真剣に、本当に真剣に考えなくてはならないのではないだろうか。完結編こそカタルシスの得られる作りになっているが、ファージングシリーズを読んで感じる陰鬱な、そしてリアルな怖さを、多くの人に体験してもらいたい、と思う。

  • 『ファージング』3部作の終曲。パラレルワールドではモスクワとマイアミに原爆が投下されており、ソビエト・ロシアの崩壊によるユーラシア大陸の空白化、ナチス・ドイツと大日本帝国の台頭、アメリカ合衆国の内部分裂と、PCゲーム『シヴィライゼーション』をやり込んだあとのように世界は混沌としている。イギリスは1960年に突入しており、「ファージング・セット」が長期政権を築いており、国内での強制収容所建設を計画するなど完全にファッショ化している。スコットランドヤードの捜査官として活躍していたカーマイケルは秘密警察を指揮しており、国民を強権的な監視下に置く傍ら、ユダヤ人をアイルランドに逃がす地下活動を組織的に行っている。物語は亡き部下の忘れ形見の少女がひょんなことで反政府デモに関与したかどで逮捕されることで流動化する。僕らはあいまいで混沌として日常生活に意味を与えることで、すなわち白黒つけることで、物事を判断しているわけだが、キレイに腑分けすることは難しい。「有効性」という尺度を持ち出すことも可能だが、時がたてば価値など流動化するものだ。『バッキンガムの光芒』は「正常」な状態がいかに危ういものか見事に指摘している。カーマイケルは癌細胞のように組織に潜行し、政権のテーゼと完全に矛盾する行動を取れる。少女は帝国陸軍の専売特許だった「帷幄上奏」さながらにある女性に直接懇願する。コミンテルンの「細胞」だった外交官はやがて自分の考えで正しい行いをしようとする。僕らは資本主義と官僚主義に絡め取られて汲々と息をしているわけだが、より良く生活することを放棄してはならない。「意志の力」を素直に信じることのできるラストは感動。

  •  面白かった!! 1冊目よりも2冊目、2冊目よりも3冊目とどんどん読み応えが出てきて、最初のうちは今一乗り切れなかったのが、最後は一気。

     1冊目では余り活かされていると私には感じ取れなかった舞台装置が、この3冊目ではこれでもかというくらいに活きていて、この世界での他の国々の話が是非読みたくなった。
     この設定をイギリス国内だけの話で終わらせてしまうなんて勿体なさ過ぎる。
     そしてBBC辺りが映像化してくれないだろうか。映画だと尺が短過ぎるので、1冊を1シーズン、それぞれ2クールくらいの連続ドラマで。是非。

  • ファージング3部作の最終巻。
    読後感、良かったです!

    第二次大戦中にイギリスがドイツと講和したという設定の歴史改変物。
    この作品では、1960年。
    最初の事件で、警官の遺児となったエルヴィラが18歳になっています。
    当時は警部補だったピーター・カーマイケルが引き取って育てました。
    ザ・ウォッチと呼ばれる監視隊隊長となっているカーマイケル。
    これはイギリス版のゲシュタポのようなもの。
    首相に弱みを握られて、心ならずも公務を執行する一方、影の監視隊を組織して、アイルランドに人々を逃がしていました。

    エルヴィラは、女子の名門校からの親友ベッツィと1年間スイスのお嬢様学校へ行き、これから社交界にデビューする所。
    お嬢様達はそのまま結婚を目指すのですが、ベッツィのたっての頼みに付き合うだけのエルヴィラにその気はない。
    もとは庶民の出で、後見人は特殊な地位にあるけれど、大金持ちというわけでもない微妙な立場。
    エルヴィラは秋にはオックスフォードへ行くことになっています。
    素直に育っていて頭もいいけれど、政治的には学校でもこれといって習わず、カーマイケルの仕事のことも何も知らない。
    ところが、パレードを見物に行ったことから思わぬ騒動に巻き込まれて、逮捕されてしまい・…・!

    スリルだけでは片付かない恐怖感がありますが、希望と勇気の物語です。
    作者はイギリス生まれですがカナダ移住。
    ブレア政権の時に憤りにかられてシリーズを書き始めた由。
    楽天的と自ら言っているとか。

  •  英国版ゲシュタポである監視隊《ザ・ウォッチ》の隊長となったカーマイケル。彼はロイストンの娘エルヴィラの後見人となっていた。遜色ない学歴と後見人を持ちながら、彼女はその生い立ちから社交界になかなか受け入れられない。友人ベッツィの手助けもあり、ようやく社交界にデビューすることになっていたのだが・・・

     いよいよ三部作の完結編。弱みを握られたことで制約にがんじがらめにされていたカーマイケルが権力者と全面対決、といったところ。『暗殺のハムレット』から10年、思いもかけないことから影での顔を知られてしまった彼が迫りくる敵の手をすりぬけていく終盤は、手に汗握るスリリングな展開です。
     心ならずも監視隊の隊長という、いわば権力の象徴のひとつのような立場になってしまったカーマイケルですが、その影ではちゃんと彼らしさを出していることがわかり、読者を安心させてくれます。一方で、彼が追い詰められて行く姿からは、作者が作品にかなりドラマチックな展開を要求していることが感じ取れます。それと同時に、ここまで彼が痛めつけられるということで、ノーマンビー政権下の英国の惨状を映し出すことに成功しています。

     一作ごとに変わるヒロインは、今回はカーマイケルの元部下にあたるロイストンの遺児エルヴィラです。彼女がパレードを楽しむ姿を通して、ファシズムが英国にごく一般的に浸透している様を描き出しています。彼女の行動力と楽観的な性格は、ともすれば陰鬱で悲劇的になりがちなこの物語の陽の部分を担い、バランスをとっています。もちろん、彼女の役割はそれだけではありません。ストーリー上でかなり重要な役割を担うわけですが、それは読んでのお楽しみということで。

     エンターテインメントに徹するような表現要素で物語を組み立てながら、きっちりと政治問題や人種差別など社会派な面も盛り込んだあたりに、作者の設定の巧さを感じました。帯に書かれた《オールタイムベスト級》という言葉は誇張ではない傑作です。

  • 社交界デビューの話がおもしろかった。そういう女の子っぽい話と、ファシズムが迫ってくる社会の話や追いつめられていくカーマイケル刑事の話が組み合わさっているところが、不思議な感じ。ヒロインが活躍するラストのほうなんてちょっとファンタジーめいた感じすらした。魅力的だと思うけど。以下ちょっとネタバレかも。(ずっと下に書きます)。ラストが意外にあっけないと思ったのはわたしだけ??どんどん状況は悪くなっていって、これはアンハッピーエンドのまま終わるかも、と思ったりしたので。女王に訴えるだけですべて解決してしまったような。まあ、無事女王に謁見できるかどうかハラハラしたけれども。そしてうまくいって本当によかったと思ったのだけれど。イギリスの女王って本当に愛されてるんだなーとか。

  • 怒濤の完結編でした。カーマイケル隊長とエルヴィラがピンチになる度に、ここまでか…!と覚悟してたのでファシズム政治の終焉に驚きと安堵でいっぱいです。エリザベス2世の演説、良かった。。
    ジャックが亡くなったのはとても悲しい。ずっと影のままで。。
    ドイツが勝利して、ソ連が消滅してアメリカが敗戦国になり1960年に第二次大戦終戦を迎えてる世界。序列はドイツ・イギリス・日本っぽい。原爆はモスクワとマイアミに落とされ、日本は核保有してて「イギリスも持ってるよね?」と言い出す始末。歴史をここまで改変出来るって、解説読んだら作者さんのイギリスへの怒りは相当なものだったんだなとつくづく思いました。
    壮絶な世界でも、カーマイケル隊長とエルヴィラの真っ当さが好きです。エルヴィラはファシズム政治にどっぷり浸かって生きてきたので事の重大さはあまり分かってないけど、それでも状況より仲間や自分の感覚を信用出来てるのは凄いです。
    親友のベッツィめっちゃ良い子…あの母親なのに。
    舞台がイギリスなので、皮肉の言葉選びのセンスが良かったです。原文も相当なものだろうけれど訳者さんも凄いと思います。アメリカが「堪え難きを堪え」てるんだから。。「真珠を気にする豚はいないでしょ」も好き。

    それにしてもファシズム政治の恐ろしさがしみじみわかりました。生まれた時からこんな感じだとそのおかしさに気づかないし、そうでない人も社会がこうなってからではもう変えられない。声すら上げられない。
    重い題材だけれど、読み口は軽いし楽しく読めるので凄い作品でした。面白かったです。

  • 英国版ゲシュタポであるザ・ワッチの隊長についたカーマイケル。殉職警官の遺児であるエルヴィラの後見人となった。英国はファシズムが浸透し、ユダヤ人は些細なことで逮捕され、大陸にある収容所に送られている。そんな時代にエルヴィラはカーマイケルの庇護で、社交界にデヴューしようとしているが、ファシストのパレードを見に行った晩に起こった騒動で人生が変わってしまう。

  • 善きリーダーが全てを解決する話って、逆にリーダー次第で絶望的な世の中になるってことなのではないの?
    女王が「憲法上、私にできることは限定的です」みたいなことを言うまでは現実的だったのに最後は女王が全てを解決...しかも演説で片付けると言う...。ノーマンビーをもっとじわじわ市民と議会の力で追い詰め、この先ファシストの時代が来るとしても民主主義は必ず勝つという希望を持ちたかったが。。。

  • ううーん、この終わり方はどうなんだろう。英国的階級社会への痛烈な批判でもあると思って読んできたのだけど…。紹介文にある通り「怒濤の完結編」ではあるんだけど…。バタバタと終わっちゃった感じで残念。

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