そろそろ左派は〈経済〉を語ろう――レフト3.0の政治経済学

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  • Amazon.co.jp ・本 (320ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784750515441

感想・レビュー・書評

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  • 《Summary》
    大雑把にいうと左派による左派自省の書。
    現在の左派(日本でいうと旧民主党系・共産党系)は、経済について語られることなく、イデオロギーの戦いに終始しているということを、左派自身で反省し改善するための方策を中心に記載している。
    面白いのは下記の4極の差異と比較を通じて、日本の左派として取るべき道を記載している。
    ①. ブレグジットに揺れ動くUK
    ②. ドイツを中心とした緊縮財政のEU
    ③. 極右/立つグローバルに舵を切ったUS
    ④. 右派的な政治スタンスを取りつつ金融緩和を続けるJP
    結論としては、右派左派というイデオロギーで思考を分断するのではなく、"経済"を物事の中心に据え置いて政治的な判断を行うことが良いと(まぁ当たり前のことを延々語っていたが)
    ケインズ経済学/新古典経済学を軸に記載しているので、割と理解しやすい内容かなと。
    《Topic》
    面白いのは、著者は左派だけど、左派のダメなところを指摘すると、左派の周りの方々から右派扱いされる…という、面白い現象が起きている。
    回り回って、左派的な人が、「現政権は良いんじゃね?」という事を立証してしまっている事が、読んでいて面白かった。
    《Forecast》
    ただ、イデオロギーに関係なく日本の経済状況は、東京オリンピックを境に冷え込むことは見えているとの事。数年後を見越して準備しておいたほうがいい。

  • 専門の異なる3氏の鼎談で、主に欧州の政治、社会から日本のそれを分析しつつ、「左派」に対する提言が行われています。以下、要約です。

    <ネタバレあり>
    若者をして「『ビッグになろう』と考えたらあかんのかな」と言わしめる左派主導の脱成長的な風潮。左派はアイデンティティポリティクスや文化の問題に耽溺し、「下部構造」を忘れてしまったのではないか。

    一方、欧州ではドイツあるいはECB主導の緊縮政策に対し反緊縮(緩和的な金融政策と積極的な財政支出)を唱える左派(一部右派)が勃興。例えば英国では、2015年に労働党党首として強硬左派、”オールド・レイバー”のコービン党首が選出され、2年後の総選挙で善戦。かかる左派は、第2次大戦直後に勃興し70年代に行き詰まった”レフト1.0”、その反省の上に立ち90年代に隆盛を迎えるも貧困に対処できなかった”レフト2.0”の思想を乗り越える、”レフト3.0”と言えるもの。

    ”レフト3.0”は、”レフト2.0”がもたらしたマイノリティによる多数派の抑圧から脱し、”労働者”全体を復権させることを目指し、金融緩和と”大きな政府”(財政出動)を通じた経済成長、雇用拡大がその政策の目玉となる。一周して”レフト1.0”に戻った感もあるが、現代的にジェンダーやマイノリティの問題も取り込んでいるもの。

    このような欧州の状況を踏まえると、日本はどう評価されるか。まずアベノミクスについて。3氏は、アベノミクス≠ネオリベ政策と評価する。金融緩和と財政支出の組み合わせであるから。これに対し左派は緊縮主義的に批判する。欧州の状況と比べると”ねじれ”が存在。アベノミクスにも第2の矢=財政支出が不十分という問題があるが、(旧)民主党政権下と比べ明らかに安定している安倍政権下の経済を前にしては、「きちんとした経済政策を出していかないと、いつまでたっても有権者の支持を得ることはできない」(176ページ)。「『ご飯をたべたい』という、民衆として普通、当たり前の願いを拒否したり、侮蔑したりしていては、左派は信頼を得られない」(216ページ)。そのため「コンクリートから人へ」の実装、消費増税反対・反緊縮を訴えるべき。
    (上記では端折っていますが、ブレイディみかこ氏のあげる欧州、特にイギリスの人の生き方、考え方の例がいちいち魅力的でした。是非入手してお読み下さい。)

    以上が要約。経済政策だけ見れば3氏が左派に期待する理由は薄い訳ですが、そこはやはり”リベラル”(ただしこれも多義的)な社会を守るため、野党に期待せざるを得ない訳であります。

    選挙を通じた民主主義政体を採っている以上、いつでも政権交代可能な緊張感のある状況が望ましいと思いますが、失業こそしなかったものの私も(旧)民主党政権下では経済的に苦労させられました。当時の主要メンバーが各所で生き残っている野党の状況をみると野党に票を投じることについては躊躇させられます。

  • ケインズを誤解してた、というか理解してなかったんだな
    おれw

  • 非ゼロ和ゲーム。ピザはみんなでシェアできたほうがいいし、そのピザが大きければもっといい。欧州左派に学ぶ経済のデモクラシー。分配と成長の両方、反緊縮政策について考える本。
    理想と現実の両輪を回さないと左派は勝てない。マイノリティの権利や性差を埋めることは大切にしてきたけれど、経済を大事にしてこなかったからこそその格差が新しい差別を生んでいる事実。イギリスではチャヴ、日本ではB層やロスジェネ、成熟社会モデルじゃ救えないよな…

  • 東2法経図・6F開架 331.6A/B71s//K

  • 経済運営で何とかいっている安倍政権。ただ、消費増税圧力に抗うことは難しく、東京五輪後の景気後退に対処できないとの予測は明快。では、対抗勢力は何をすべきなのか――という一考に値する内容。

  • 算盤弾けないんです(猫ですから)

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    バージョンアップせよ、これが左派の最新型だ!

    日本のリベラル・左派の躓きの石は、「経済」という下部構造の忘却にあった!
    アイデンティティ政治を超えて、「経済にデモクラシーを」求めよう。

    左派の最優先課題は「経済」である。

    「誰もがきちんと経済について語ることができるようにするということは、善き社会の必須条件であり、真のデモクラシーの前提条件だ」
    欧州の左派がいまこの前提条件を確立するために動いているのは、経世済民という政治のベーシックに戻り、豊かだったはずの時代の分け前に預かれなかった人々と共に立つことが、トランプや極右政党台頭の時代に対する左派からのたった一つの有効なアンサーであると確信するからだ。
     ならば経済のデモクラシー度が欧州国と比べても非常に低い日本には、こうした左派の「気づき」がより切実に必要なはずだ。(ブレイディみかこ/本書より)
    http://www.akishobo.com/book/detail.html?id=852&st=1

  • うーん、俺Leftだから、当然反緊縮だよ?
    弱者だからこそ保護が必要だと思う側だ。

    だから、この本でいうLeft1.0的なことを、この本で言う「日本型リベラル」が主張してないとも、ましてや緊縮を主張してるとも思ってないんだけど、
    いわゆる「フツーの人たち」がLeftを批判している文脈が理解できたのは良かった。
    Leftは緊縮を主張してると思われてるんだな。そりゃ排斥されるわ。

    ぼくとしては「安倍政権はセイの法則だよりで、金融で反緊縮してるけど、効くわけがない。使う人間に直接分配しなきゃ、需要は喚起できない。成熟社会で、供給が需要を生む筈ないだろ?」ってこと

    また(若干の違和感はあるけど)右派は人々を左右に分けて区別し、Leftは上下に分けて区別をしてる。というのも、なんとなくわかった。


    この本の主張は「もう安倍政権はこのまま完全雇用まで走り抜けるから、Leftは出る幕ないね」というもので、ぼくもトキすでに遅し。と覚悟せざるを得なかった。

  • 【版元】
    http://www.akishobo.com/company/

    【メモ】
    ・松尾さんサイトから。
    http://matsuo-tadasu.ptu.jp/essay__180709.html

    【簡易目次】
    第1章:下部構造を忘れた左翼
    第2章:「古くて新しい」お金と階級の話
    補論1:来るべきレフト3.0に向けて
    第3章:左と右からの反緊縮の波
    第4章:万国のプロレタリアートは団結せよ!
    補論2:新自由主義からケインズ、そしてマルクスへ

    【抜き書き】
    ――――――――
      はじめに 経済にデモクラシーを! 
       ブレイディみかこ
     昨年、クリスマス前の英国の書店に堆く平積みされ、多くの人々が友人や家族にプレゼントしていた本があった。わたしも目の前で、大学生ぐらいの若い女の子が三冊まとめてレジに持っていく姿を見た。その本の題名は『Talking to My Daughter About the Economy : A Brief History of Capitalism』といい、著者はギリシャの元財務相で経済学者のヤニス・バルファキス。一〇代の娘のために彼がやさしく経済について語るというコンセプトで書かれた本だ。そのまえがきには、こんなことが書かれている。
     「誰もがきちんと経済について語ることができるようにするということは、善き社会の必須条件であり、真のデモクラシーの前提条件だ」
     他方、スペインには「欧州の新左派」と呼ばれるポデモスという政党がある。その党首、パブロ・イグレシアスは「経済にデモクラシーを」という言葉の提唱者だ。この言葉のとおり、欧州の左派の間ではデモクラティック・エコノミーというコンセプトがさかんに議論されている。
     「きっとそれは左派っぽい経済改革のことで、貧困対策の分配をきちっとやって弱者を救いましょうとか、ブラック労働をなくしましょうとか、そういうことを言っているんでしょう」ぐらいに思っていると、ポデモス提唱の経済政策を見るとびっくりするだろう。「EUの安定・成長協定にフレキシビリティーを要求する」「欧州中央銀行の財政ファイナンスを妨げるルールの変更」「スペイン憲法の財政均衡ルールの廃止」と、がっつりマクロなことが書かれているからだ。
     前述のヤニス・バルファキスもポデモスと同様の経済政策を唱えているし、ついに支持率で与党を抜いた英国労働党の党首ジェレミー・コービンも彼らと志を同じくしている。
     こうした欧州の左派が主張するデモクラティック・エコノミーの概念は、経済活動に関する決定権を社会で広く分散し、人々が自らの人生に主導権を持って金銭的安定を確保できる経済を実現しようという考え方だ。政治制度としての民主主義がある程度確立されたとしても、経済的不平等が存在すれば、民主主義は不完全である。その経済的なデモクラシーの圧倒的な遅れこそが、トランプ現象やブレグジット、欧州での極右勢力の台頭に繋がっているとすれば、いま左派の最優先課題が経済であることは明確である。これが欧州の左派の共通認識だ。
     さて、そうした認識を持った左派がダイナミックに活動している欧州に住むわたしが、日本に帰省すると違和感をおぼえることが往々にしてある。
     まず、左派の人があまり経済に関心を持っていない。というか、経済を語ることは左派の仕事ではないと思っているように感じられるときがある。また、「経済成長は必要ない」という非常に画一的な意見を耳にすることが多い。
     「では貧困や格差の問題には興味ないの?」と聞くと「分配は重要」という答えが返ってくるのだが、「成長とかもうあるわけがない」「これからの日本は内面を豊かにせねばならない」と彼らが言う社会で、どうやっていま苦しんでいる人々のために実質的な分配をおこなっていくのかは不明瞭である。
     この経済に対するぼんやりした態度は、近年の欧州の左派とは真逆と言ってもいい。
     まあそれでも欧州に追随することはないのだし、日本には日本独特の左派がいてもいいが、しかしそうも言っていられなくなるデータがある。スコットランドのグラスゴー大学教授アンドリュー・カンバースが二〇一七年に発表した、まさにデモクラティック・エコノミーの達成度合いを測る指数と言える「経済民主主義指数」のリストを見ると、日本はOECD加盟の三二ヶ国の中で、下から四番目なのだ。日本の下には債務と緊縮で疲弊しているギリシャがいて、その下にはトランプの米国がいる(ちなみに最下位はスロバキアだった)。
     これは何を意味するのだろう。つまり、日本は世界で経済的に最も不平等な国の一つであり、「経済にデモクラシーを」後進国であるということだ。日本人の家計金融資産が史上最高の一八三二兆円と報じられている一方で、家庭を持ったり子どもをつくったりするのはエリートのすることだと思う若者たちが存在し、就職氷河期に社会に出ることを余儀なくされたロスジェネ世代が忘却され、シングルマザーたちが毎月の生理用品を買うために食事を抜いているということだ。
     こんな社会に生きる左派を名乗る人々が「経済に興味がない」と言うのは、日本独自の風土とか歴史的事情とかいうより、単に無責任なのではないだろうか。
     日本の左派の人々と話していると、彼らの最大の関心事は改憲問題であり、原発問題であり、人種やジェンダー、LGBTなどの多様性と差別の問題だ。こうしたイシューは社会のデモクラシーを守るために重要だと考えられているが、経済はデモクラシーとは関係のない事柄だと思われている。これは日本があまりにも長い間、なんだかんだ言っても自分たちはまだ豊かなのだという幻想の泡に包まれてきたせいもあるだろうし、豊かだった時代への反省と反感が強すぎるせいかもしれない。
     だが、これほど歴然と経済にデモクラシーが欠如している国であることが明らかになっているのに左派が経済に興味がないという状況は、国内経済の極端な不均衡が放置されている事実ときれいに合わせ鏡になっているように思える。豊かだった時代は良くなかったと思う人々もいるかもしれないが、豊かだった時代を知らない世代もいるし、豊かだったはずの時代から現在まで一貫して貧しい人々もいる。
     そして左派とは本来、社会構造の下敷きになっている人々の側につくものであり、不公平は不可避だという考え方を否定するものではなかったのか。
     「誰もがきちんと経済について語ることができるようにするということは、善き社会の必須条件であり、真のデモクラシーの前提条件だ」とヤニス・バルファキスは書いた。
     欧州の左派がいまこの前提条件を確立するために動いているのは、経世済民という政治のベーシックに戻り、豊かだったはずの時代の分け前に預かれなかった人々と共に立つことが、トランプや極右政党台頭の時代に対する左派からのたった一つの有効なアンサーであると確信するからだ。
     ならば経済のデモクラシー度が欧州国と比べても非常に低い日本には、こうした左派の「気づき」がより切実に必要なはずだし、時代に合わせて進化を遂げようとしている海外の左派の動きを「遠い国の話」と傍観している場合でもないだろう。わたし自身にとり、間接的、直接的に『ヨーロッパ・コーリング』以降の執筆活動の核であり続けたこのテーマを、経済学者の松尾匡さん、社会学者の北田暁大さんと日本で語り合う幸運な機会に恵まれた。この本は、英国在住の市井のライターが、お二人から多くの貴重なことを教えていただいた時間の記録でもある。
     本書が、日本に「真のデモクラシーの前提条件」をつくるための助けとならんことを祈っている。
    ――――――――

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著者プロフィール

ブレイディ みかこ:ライター、コラムニスト。1965年福岡市生まれ。音楽好きが高じて渡英、96年からブライトン在住。著書に『花の命はノー・フューチャー DELUXE EDITION』『ジンセイハ、オンガクデアル──LIFE IS MUSIC』『オンガクハ、セイジデアル──MUSIC IS POLITICS』(ちくま文庫)、『いまモリッシーを聴くということ』(Pヴァイン)、『子どもたちの階級闘争』(みすず書房)、『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(新潮文庫)、『他者の靴を履く』(文藝春秋)、『ヨーロッパ・コーリング・リターンズ』(岩波現代文庫)、『両手にトカレフ』(ポプラ社)、『リスペクト――R・E・S・P・E・C・T』(筑摩書房)など多数。

「2023年 『ワイルドサイドをほっつき歩け』 で使われていた紹介文から引用しています。」

ブレイディみかこの作品

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