ストーナー

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  • Amazon.co.jp ・本 (344ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784861825002

感想・レビュー・書評

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  • ミズーリ大学の英文学において助教授として生涯を終えたストーナーの生涯を描く小説。読んでいてとても悲しい小説だと思ったのは、ストーナーが愛おしく思い大事にしたもの、例えば娘のグレースとの時間であったり、キャサリンとの逢瀬であったり、あるいは自らの研究者・教師としての職責への情熱といったものが、何故かわからないものによって奪われていくことだ。もちろんそれらは妻のイーディスだったり同僚のローマックスだったりに奪われるというのは確かにあるのだが、なぜ彼ら彼女らがそのような行為に出るのか、結局のところよくわからないから、不条理にも奪わたということになる。しかしそういった世間の不条理はストーナーの世界にどこかぼんやりした影を落とす、という描き方で、ストーナーの世界は守られているという気もする。それが、世間とは異なる真の世界があるのだという文学の世界なのかもしれない。そこが美しい小説なのだと、僕も思う。ただ、やっぱり教え子キャサリンとの逢瀬は、現代的な基準で言えば、申し開きのできない行為だと思い、それを美しいと無邪気に称揚することは抵抗があるのだが。。それに、妻のイーディスはなぜあんな風になってしまったのだろうか。。

  • いっとき翻訳小説好きの間でかなりもてはやされた作品。あらすじを見て特段興味を惹かれなかったのでそのうち機会があれば、くらいで放置していたのだが遂に手にとってみた。1965年に出版された作品で、農家に生まれた主人公が親の勧めで大学に行きそこで文学に目覚め畑には戻らず研究者、教育者となる道を選ぶ。不器用な主人公は大学でも敵を作り出世とは縁遠い地味な准教授として定年までを過ごす。一方で強い求愛の末に結ばれた妻との家庭も早々に破綻、娘も...という具合でこれだけ見るとなぜ時間を使ってそんな冴えない嫌な話をわざわざ読まなければ...と思うのだけどこれが何故かしみじみ良いのだからわからない。何一ついいことがなかったように見える主人公の生涯なのだけど何故かハッピーエンドにすら思えるから不思議。もしかしたら傍目には何もいいことがなかったように見えるけども結果はどうあれ自分の気持に素直に生きた主人公はハッピーだったのかも知れないしそこに憧れるから出版されてから半世紀も経っているのにこれだけ読まれたのかも知れない。素晴らしかった。

  • ありえたかもしれない別の人生。しかしそんなことはない。うだつのあがらない1主人公を通して教訓なぞなく、たんたんと話は進んでいく。そしてそれが実に全体として美しい。この本に出会えたことを幸せに思う。

  • 素晴らしかった、の一言。

  • 「月と6ペンス」を読んだときのことを思い出した。静かな語り口の中にも読ませる力がある。
    小説にしかできない表現があって、それを感じるために小説を読む。自分にとっては、訳書の方がそういった文章に出会うことが多い気がする。読み慣れた言い回しではない、新鮮な表現に出会える気がする。
    この本の存在はTBSラジオ「アフターシックスジャンクション」内での、「日本翻訳大賞特集」のコーナーで知った。自分の尊敬する宇多丸さんが、人生ベスト級と言っていたので読んでみたが、確かに「倦怠夫婦もの」(宇多丸さんがこの言い方をする)が好きな氏のお気に入りというのも納得な一冊だった。
    しかし、夫婦間の話もこの物語のごく一部分に過ぎない。ウィリアムストーナーの一生を通して、人間が経験するあらゆる感情をつぶさに描いている作品で、まさに「ストーナー」というタイトルはふさわしい。書き出しから、主人公たるストーナーは教員として生きるが特に名声を残すわけでもなく平凡な一生を閉じたようなことが書いてあるものだから、読了するまでずっと、誰もが抱く漠然とした悲しみとか劣等感のようなものを漂わせている。自分は映画をよく見るので、単純な興味から安易に比較してしまうのだが、映画よりも小説の方が、テーマそのものだけでなく、そこに付随する雑多な物事を表現しやすいと思う。
    人の生涯を静かに綴る物語を読むと、自分の過去と未来に想いを馳せずにはいられない。なぜなら、自分の人生もまた客観的に見れば人並みのささやかなものだからだ。しかし、側から見ればただ1人の男の一生でも、それは文章で読むことによって、ストーナーの視点を得ることによって豊かさと奥行きを与えてくれる。すべての人生に問いかける圧倒的な表現、小説にしかできない表現が詰まっている。

  • 静謐で、何が起きるわけではないのだけど、読む手が止まらないヨーロッパ映画のような作品。

    美しく上品な日本語で紡ぎ出されるストーナーの一生は、不器用ながら、「それでいいんだよ」と教えてくれる。

    訳者東江さんが、病床にありながら命を削って手掛けたと思うと、最後の数ページは、尚更のこと胸に迫るものがある。

    諦観と受容と愛。

  • 一生のなかで気づくことを教えてくれる

  • 僕だけがあなたを守れるこの世界でひとり。強がりと孤独なプライド。全てはもう幻。二度と目覚めなくていい。美しい横顔に崩れ去ってしまえる。さあ、時の中へ。あなたは今、ありままの自分へ還る。さあ、本当の愛のしじまへ。物語を紡いだ作者、そして美しい日本語に移し替えた訳者、それぞれに敬意を表したい。

  • 流麗で格調高く、素晴らしい翻訳(原文に比して美しすぎるかもしれないくらい)。邦訳出版の経緯やあとがきは感動的だ。その名の通り、「石」のように、静かに嵐に耐え、我慢強く、自分を曲げずに生きた人の人生が描かれている。
    長い人生のわりに登場人物の数は絞り込まれ、削ぎ落とされた情報ゆえに、想像が膨らむ。イーディスやグレースは、死ぬ前に「これでよし」と思って満足して死ねただろうか。グレースは父親に見捨てられたと少しでも思わなかっただろうか。不倫の代償としてキャサリンだけが責任を取って大学を去らなければならなかったのはなぜだろうか。そのどれも、主人公に直接的な責任はない。彼はやれることはやった。愛すべき人たちが自分以上に社会の不条理に苦しんでいるのを薄々自覚しつつ、主人公がそれ以上踏み込まず、寄り添わないとしても仕方がない。その無関心ともいえる諦観の姿勢に、某作家の「デタッチメント」という言葉を思い出す。世間との関わりなんて諦めて自由に生きることを望む人も多いのだろう。ただ、それが許されるのは、一握りの恵まれた者だけだ。
    周囲の不幸に振り回されつつも、本当の意味で絡めとられることはなく、自分の正義と情熱を貫ける主人公の不気味なほどのストイックさ。「石」のように冷たく不毛な心を、こんなにも美しい言葉で包んでしまう作者の力量が恐ろしい。この物語に古典としての価値があるとするならば、悲しいのは、ストーナーが平凡に生きたことではなく、ストーナーの人生が今も多くの読者に平凡と言われてしまうことだ。

  • 「とても悲しい物語とも言えるのに、誰もが自分を重ねることができる。共通の経験はなくとも、描き出される感情のひとつひとつが痛いほどによくわかるのだ。そこにこの作品の力があると思う。」
    ※巻末の”訳者あとがきに代えて”より

    とてもいい小説を読めました。読めて良かった。

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著者プロフィール

ジョン・ウィリアムズ(John Edward Williams)
1922年8月29日、テキサス州生まれ。第二次世界大戦中の42年に米国陸軍航空軍(のちの空軍)に入隊し、45年まで中国、ビルマ、インドで任務につく。48年に初の小説、Nothing But the Nightが刊行された。60年には第2作目の小説、Butcher's Crossingを出版。また、デンヴァー大学で文学を専攻し、学士課程と修士課程を修めたのち、ミズーリ大学で博士号を取得した。54年にデンヴァー大学へ戻り、以降同大学で30年にわたって文学と文章技法の指導にあたる。63年には特別研究奨学金を受けてオックスフォード大学に留学し、さらにそこでロックフェラー財団の奨学金を得て、イタリアへ研究調査旅行に出かけた。65年、第3作目となる小説Stonerを上梓。本書は21世紀に入り“再発見”されて、世界的な大ヒット作となる。72年に出版された最後の小説、Augustus(本作)は、イタリア旅行のときの取材をもとに書かれた作品で、翌年に全米図書賞を受賞した。94年3月4日、アーカンソー州で逝去。

「2020年 『アウグストゥス』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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