ユートロニカのこちら側 (ハヤカワ文庫JA) [Kindle]

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  • 早川書房
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感想・レビュー・書評

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  • ニートをやるにも向き不向きがあると思います。私は比較的ニートに向いているので、社会に出てからも特に理由もなく合計3年半ほど働かず、学ばず、何かを修めることもなく過ごしていたことがあります。

    ニートは自分の好きなことしかしなくていいからさぞかしストレスが少ないんだろう、と思われる方も多いかと思いますが、意外なことにその当時感じていたストレス量は仕事をしている時とあまり変わらなかったです。

    私は他人とコミュニケーションすることで疲れやすいタイプです。ある言葉に対して持っている概念が根本的に違うからそこからすり合わせするのは面倒くさいなぁと感じたり、この人の見ている世界ではそうなのであろうなと思って何も言えなくなったり、私の言い方が悪く伝わってないなぁとか、さっきの私の発言は以前の発言と矛盾するなぁなどととにかく面倒くさいことを考えてしまいます。そういった面倒くさいを乗り越えるのが仕事だろうと言えばそうなのですが、とにかく私からすると人とのコミュニケーションはストレスになる。

    そんな私なので、一般的な会社で人に塗れて働くのはそれだけで強いストレスになります。逆に言うとニートをしていればその強いストレスが無いわけなんですが、今になって思い返してみると、当時はそれまで気にも留めなかった小さなことにストレスを感じるようになったり、自らストレスを感じに行っていた節があります。

    以前読んだ本によるとストレスと言うのは刺激と言う意味なので、適度にあれば良くて、過剰にあると良くないというものだそうです。そう考えると、人間と言うのは多少のストレスは常に感じていたいものなのかもしれないですね。よくストレスのない生活などと言いますが、その枕詞には(過度な)と言う単語が隠れているんでしょう。

    『ユートロニカのこちら側』では選択や思考を外注して無意識に生きている人が出てきます。意識の定義についてはややこしいので、ここではAIに言われるままの生活に満足を覚えている人と定義します。

    確かに、情報を精査せずにデマゴーグに踊らされる人や、自身の快感のために炎上に油を注ぐ人を思うと人間の選択なんてものは碌なものではありませんし、細かいことは考えなくてもこれまでの経験で我々は半自動的に生活できるというのも事実です。また、多量な情報を与えれば、人間同様に思考したように見えるアウトプットをする生成AIが既にあることを勘案すると、人が選択をAIに外注して無意識に生きる未来と言うのはあり得るのではないかと思ったりもします。

    ただ、ストレスと同じように思考を0にすることはできないのではないでしょうか。例えどれだけイケてるAIに選択してもらっても、起こっている出来事をどう解釈するのか、までは外注できないですし、AIの選択肢に対するフィードバックはその人だけの物であるはずですからね。

    生きていれば年々知識や体得している概念は増えるので、私自身の世界の見方や、出来事に対する解釈の仕方は年々多様になってきていると感じています。その代わりに反応が鈍くなっていますが、個人的にはどんどん楽に、楽しくなってきていると感じています。

    グラデーションなので2つに分けられる話ではないと思いますし、他人の頭の中は覗けないので、実際のところそんな人はいないかもしれませんが、逆に経験の蓄積によって年々概念を手放している人がいるのかもしれません、そういった人は年々蓄積された経験ののみで動けるようになるのでそれはそれで楽なのかもしれません。ただ、そういった人が思考しないかと言うとそんなことはなくってその思考が陰謀論や現代の科学を超越した理論なんかに結び付くんじゃないかと思ったりしたりしなかったり。

  • ・一定のストレスがかかるからこそ人は意識を持つ
    ・人間による機械のプログラミングは、機械が人間をリプログラミングする自己循環サイクルの一部
    ・最後にユートロニカが訪れる

    この辺が凄いなと思いました。
    AI発展によるAIの反逆などはよく題材になっていますが、人々の意識領域が弱くなるというテーマには初めて触れました。進化し過ぎたが故に、意識レベルが後退するのは、自宅トイレが自動で消えるが故に電気を消す習慣がなくなることの延長線上にある気がします。
    PSYCHOPATHと同様のテーマである、意思決定能力をAIが持つことへの疑念も描かれていて、考えさせられました。

  • 2024/1/10読了。同じ作者の『君のクイズ』が面白かったので購入。小川哲のデビュー作。
    個人情報を提供する見返りとして、生活全般を保証する実験都市アガスティア・リゾートを舞台としたディストピア系のSF作品。住人、設計者、都市の警察官等、複数の人物の視点の複数の章から成り、各章の時間軸も異なっているスタイル。
    個人情報を差し出せば差し出すほど生活は便利になっていく。でも、意思決定をどんどん外部化していき、人間は無害な羊の群れになっていく。表面上の平穏と、その裏の抑えきれないザラザラした感触が読む側を上手に不安にさせる。ディストピア感は1948ほどではないものの、今住んでいる世界との地続き感はそれなりにあるので、やっぱり居心地の悪さがある小説。そもそもこの世界に描かれているのがディストピアなのかどうかという点含めて気持ち悪さがあって面白い。
    また、巻末の入江哲郎氏の解説が印象に残った。AかBかの選択肢を提示された際、そもそもその選択肢が成立しうる根拠を疑ってかかる、この選択肢に対するメタレベルでの応答が小川哲の小説には随所に現れているよね、という話。

  • ディストピア的な設定でありながらディストピア小説ではない、というところが決定的に重要。

  • 年始早々、素晴らしい和製SF作家に巡り会えたなと。伊藤計劃以来の感覚かも知れない。(伊藤計劃にはちょっと劣るものの)
    それくらい素晴らしい作品だと思うし、二作目の長編『ゲームの王国』も楽しみだし、不謹慎ながら、早逝しないことを祈ってしまう。

    こういう振り切った設定の世界だからこそ、人間の本質的な価値観を問うことができる。それがSFの面白さだと思う。(ただ単にハチャメチャな世界でドタバタするSFは好きじゃない)

    ディストピアあるある?の問題提起したかっただけ系ではなく、ちゃんとストーリーもサスペンス・ミステリーとして楽しめる。

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著者プロフィール

1986年千葉県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程退学。2015年『ユートロニカのこちら側』で、「ハヤカワSFコンテスト大賞」を受賞し、デビュー。17年『ゲームの王国』で、「山本周五郎賞」「日本SF大賞」を受賞。22年『君のクイズ』で、「日本推理作家協会賞」長編および連作短編集部門を受賞。23年『地図と拳』で、「直木賞」を受賞する。

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