脳・戦争・ナショナリズム 近代的人間観の超克 (文春新書 1059)

  • 文藝春秋 (2016年1月20日発売)
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本書タイトル「脳・戦争・ナショナリズム」から何を想像して書店で手に取ったか、奇妙な組み合わせだなと思いながらも、脳科学者中野信子氏、批評家の中野剛志氏、そしてズバズバともの言う哲学者適菜収氏と普段良く手に取って読んでいる御三方の座談会形式に、いったいどんな会話がなされたか気になって読んでしまった。内容はタイトルそのまんま、3名の分野がそのまんま話の中心として、なんかこう、練り上げられていくと言う表現が正しいのか、形容し難いが面白い内容となっている。
まずは信子氏の脳科学的な知見が飛び出してくる。人の見た目に関して描かれる書籍は数多くあるが、本に書いて文字に起こして大丈夫か不安になる様な記載でかなりのインパクトの中でスタートする。人だけでなく生物全般に対してだが、攻撃的なのは顔に出る。脳内物質のアドレナリンが出て攻撃的な側面が強いとキツネの様な鋭い目つきになる。悪人顔が大体わかるのは、アドレナリンの濃さが顔に出てるといい、犯罪者は見分けられると言う話。本書は座談会形式だから、意見を言える自由な空間であるとはいえ、その道のプロ3人が集まると流石に内容もエスカレートしていく。左翼が丸メガネをかけたがるだの、美人は右翼に走り(自分が肯定されて生きてきたから)、逆に容姿で否定されてきた女性は自由と平等を求めて左翼に走りやすいなど、うんうんと頷いてる自分も怖くなってくる。
日本人は自分で物事決めたがらず、ヨーロッパ人は自分たちでルール決めたがる。ドーパミンの分解活性が強い日本人と、そうでないヨーロッパ人。ドーパミンが残りやすいヨーロッパ人との脳科学的な分析も面白く、そこに剛志氏の社会的な背景や歴史の話が加わり、さらに適菜氏の哲学的なアプローチが裏付けを強くしていく。なおルックスの良い人は、男女ともにIQが高いことも統計学的にはわかっているなどは大変興味深いし、この様な座談会以外で聞けそうにない。
次にネイション(国家)とパトリア(土地や共同体のへの愛着)にテーマが移る。インドネシアの例。国境の枠ができた後に、その集団(擬似的共同体)に対して愛着が湧く様になるといった、これまでの成り立ちとは逆の意見も面白い。ナショナリズムは一種の宗教で、一神教の神によって国家をまとめる方が簡単、だからキリスト教が必要だったなど、その逆に聖的なものを破壊してコントロールするのは難しく、共産主義は指導者を神格化して統治しようとしたが失敗しているといった話も面白い。ISは国境など関係なくイスラムの力で連携しようとしてる。他人が引いた国境線は関係なく、彼らが大量に若者を集めて力を維持して戦う理由にも触れる。
後半になると益々話は盛り上がる。前半のテーマをこれまでの意見で集約していく様にも感じる。社会に問題があった場合の解決方法としては、経済学者アルバート・ハーシュマンが唱えたイグジット(その場から逃げ出す)とボイス(状況を改善すべきと声を上げる)。前者は税金の軽い国に移住するなどグローバリズムの弊害。後者はイグジットした若者を受け入れるISが巧妙な動画コマーシャルで人員募集するような、イスラムの力で世を変えるといったものが、そうした前半の話がある上で更に厚みを増していく様な形で繰り広げられている様に思える。
こうした自身の研究テーマに対して絶対の自信があるのは、誰よりも考え方に自身があり、維持するために常に深く考えているからだろう。考えるのを面倒くさがると、同調圧力に左右される方が楽になってしまい、声の大きな独裁者に頼りたくなる。民主主義の手続きは面倒。橋下徹や小泉純一郎が良い例だが、自分の考えがあれば、簡単には靡かないし(知った上で靡くというのも手だが)、しっかり考えをぶつけられる。
こうした座談会を見ながら、あたかもその場で自分も会話しているように一緒に考えていく。それにしては私に取って豪華なメンバーだし、友人になる機会もそうは無いだろうから、独り本書を読みながらその雰囲気に浸っている。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2023年7月30日
読了日 : 2023年7月30日
本棚登録日 : 2023年7月29日

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