悪人

著者 :
  • 朝日新聞社
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  • / ISBN・EAN: 9784022502728

感想・レビュー・書評

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  •      -2007.06.19記

    「ブックレビューガイド」というWebサイトがある。
    年間15万件以上あるという新聞.雑誌などの書評紹介記事をデータベースに、多種多様の氾濫するBooksの現在まさに旬の情報を提供しようというものだ。
    このサイトによれば、本の紹介件数ランキングでこのところトップに君臨しているのが、昨年の朝日新聞の朝刊小説でこの4月に単行本化された吉田修一の「悪人」なのだ。私はといえば、毎日新聞の今週の本棚-5/20にあった以下のような辻原登の書評に動かされて本書を買い求めたのだったが、昨夕から今日にかけて一気呵成に読み継いだ。私にすればめずらしく久しぶりの小説読みに酔った時間といっていい。

    辻原曰く「すべての『小説』は『罪と罰』と名付けられうる。今、われわれは胸を張ってそう呼べる最良の小説のひとつを前にしている。渦巻くように動き、重奏する響き-渦巻きに吸い込まれそうな小説である。渦巻きの中心に殺人がある。日常-リアルをそのまま一挙に悲劇-ドラマへと昇華せしめる。吉田修一が追い求めてきた技法と主題-内容の一致という至難の業がここに完璧に実現した。
    主題-内容とは、惹かれあい、憎みあう男と女の姿であり、過去と未来を思い煩う現在の生活であり、技法とはそれをみつめる視点のことである。視点は主題に応じてさまざまに自在に移動する。鳥瞰からそれぞれの人物の肩の上に止まるかと思うと、するりと人物の心の中に滑り込む。この移動が、また主題をいや増しに豊かにして、多声楽的-ポリフォニックな響きを奏でる。無駄な文章は一行とてない。あの長大な『罪と罰』にそれがないように。主人公祐一の不気味さが全篇に際立って、怪物的と映るのは、われわれだけが佳乃を殺した男だと知っているからだが、もし殺人を犯さなければ、彼はただの貧しく無知で無作法な青年にすぎなかった。犯行後、怪物的人間へと激しく変貌してゆく、そのさまを描く筆力はめざましい。それは、作者が終末の哀しさを湛えた視点、つまり神の視点を獲得したからだ。それもこの物語を書くことを通して。技法と内容の完璧な一致といったのはこのことだ。最後に、犯人の、フランケンシュタイン的美しく切ない恋物語が用意されている。悔悛の果てから絞り出される祐一の偽告白は、センナヤ広場で大地に接吻するラスコ-リニコフの行為に匹敵するほどの崇高さだ。」と。

    読み終えての感想はといえば、とても小説読みとはいえそうもない私に、この書評に付け加えるべき言葉など思い浮かぶべくもない。彼の書評に促されてみて、決して裏切られはしなかったというだけだ。
    「彼女は誰に会いたかったか?」、「彼は誰に会いたかったか?」、「彼女は誰に出会ったか?」、「彼は誰に出会ったか?」、そして最終章に「私が出会った悪人」と、些か哲学的或いは心理学的なアナロジーのように章立てられた俯瞰的な構成のもと、紡ぎだされてゆくその細部はどれも見事なまでに現実感に彩られ、今日謂うところの格差社会の、その歪みに抑圧されざるをえない圧倒的多数派として存在する弱者層の、根源的な悲しみとでもいうべきものが想起され、この国の現在という似姿をよく捉えきっている、と書いてみたところで、辻原評を別な言葉で言い換えて見せているにすぎないだろう。
    また、辻原評に先んじて、読売新聞の書評欄「本よみうり堂」-4/9で川上弘美は、
    「殺された女と殺した男とそこに深く係わった男と女と。そしてその周囲の係累、同僚、友人、他人。小説の視点はそれら様々な人々の周囲を、ある時はざっくりと、ある時はなめるように、移動してゆく。殺されたという事実。殺したという事実。その事実の中にはこれほどの時間と感情の積み重なりと事情がつまっているのだということが鮮やかに描かれたこの小説を読みおえたとき、最後にやってきたのは、身震いするような、また息がはやまって体が暖まるような、そしてまた鼻の奥がスンとしみるような、不思議な感じだった。芥川龍之介の『藪の中』読後の気分と、それは似ていた。よく書いたものだなあと、思う。」と記しているが、この実感に即した評も原作世界によく届きえたものだと思われるが、果たしてこの川上評から促されて本書を求めたかどうか、おそらく私の場合そうまではしなかっただろうというのが正直なところだ。

  • 悪人とは?
    誰が悪かったのか?

    考えさせられた。

    ただ、事件に関わる人が、それぞれ現状を打破していこうとしたところで終わっているのが救い

  • 読了後とても切ない気持ちに包まれた。読了するのはたぶん2回目だが1回目に読んだ時より登場人物の想いを理解できたと思う。

  • 「あの人は悪人やったんですよね」最後の言葉が、どうしようもなく、切なく響いてくる。
    物語は、「祐一」を取り巻く人々の証言/意見で構成されているため、祐一の真実は想像するしかないようにみせている。
    「被害者」と「加害者」との、罪に問われる/問われないことの、「わかっていること」と「目に見えること」の、その境界線が曖昧になり、常識といわれていることが本当に常識なのかということを、感じさせる。

    気になるフレーズは以下:
    ★16分という時間を取るか、720円の金を取るか
    ★実際、祐一ってなんも考えとらん。ていううか、グラウンドにもう何日も落ちたままのボールのようなもので、…。
    ★自分には欲しい本もCDもなかった。新年が始まったばかりなのに、行きたいところも、会いたい人もいなかった。
    ★一日がこげん大切に思えたことなかった。仕事しとったら一日なんてあっという間に終わって、あっという間に一週間が過ぎて、気が付くともう一年。
    ★今の世の中、大切な人もおらん人間が多すぎったい。大切な人がおらん人間は、何でもできると思い込む。自分には失うもんがなかっち、それで自分が強うなった気になっとる。…。自分を余裕のある人間っち思い込んで、失ったり、欲しがったり一喜一憂する人間を、馬鹿にした目で眺めとる。そうじゃなかとよ。本当はそれじゃ駄目とよ。

  • 先に映画を見たが、小説では双子の設定で驚いた。

  • 「悪いひとなんかいない。淋しい人がいるだけなんだ。」
    この本を読み終わったときに思ったのは、どうしても出典が思い出せないこのセリフ。

    福岡県と佐賀県の県境の峠で殺された、保険外交員の佳乃。
    ここではないどこかへ連れていってくれる人を探して、現実が見えていない。

    出会い系で佳乃と出会った祐一。
    親に捨てられ祖父母に育てられ、車以外なんの夢も興味も持たなかった。

    出会い系で祐一と出会った光代。
    双子の妹と暮らす家と、職場を往復するだけの毎日。

    佳乃をナンパしたきり忘れていた増尾。
    マンションの最上階に住み、面白おかしく毎日を過ごす大学生。

    「悪人」とはいったい誰のことなのか。

    わかりやすい悪人は佳乃であり、増尾だろう。
    自分より下の人間を平気で見下し、踏みつける。
    人の痛みを知ろうとしない傲慢さ。

    でも佳乃は、多分あと2~3年もしたら現実に戻ってきたのではないかと思う、
    虚栄心は残るだろうけど、あんなに狂おしいほどの上昇志向は治まったのではないだろうか。
    親元を離れて都会に出て、ちょっとちやほやされたくて、でも思うほど華やかな暮らしはできず、少し焦ったのだろう。
    何かに負けたくなかったんだろう。
    本当はごくごく普通の女の子だったはずだ。

    増尾は苦労知らずのお坊ちゃんで、友だちグループのトップに君臨して何の問題もないように見える。
    だけど逃亡生活に脅えていたとき、誰にも相談ができなかった。
    親にも友だちにも、誰にも。
    本当に誰かを必要としていたときに誰もいない孤独。

    もちろん祐一も光代も悪い、ことをしている。
    悪い、自分を自覚はしているが。
    だけどきっと、後悔はしていない。
    なら、彼らだって悪い、人になるのだろう。

    だけどやっぱり圧倒的に、寂しいんだよ、彼らは。

    “寂しさというのは、自分の話を誰かに聞いてもらいたいと切望する気持ちなのかもしれないと祐一は思う。これまでは誰かに伝えたい自分の話などなかったのだ。でも、今の自分にはそれがあった。伝える誰かに出会いたかった。”

    祖父母は祖父母なりに祐一を愛していたと思うのだ。
    けれど老いてきた二人は祐一に甘えた。
    祐一は優し過ぎる。相手の気持ちを慮って行動する祐一の想いは、誰にも伝わらない。

    “祐一って、本当に昔からそういうところがあるんですよ。起承転結の起と結しかないっていうか、承と転は自分勝手に考えるだけで、その考えたことを相手に告げもせん。自分の中では筋道が通っとるのかもしれんけど、相手には伝わらんですよ。”

    佳乃も光代も親に大事に育てられて大人になったと思うのだけど、どうしてか心のどこかがうつろなんだよなあ。
    自分のことも、周囲の人のこともきっと好きではなくて、好きではない部分がどんどん空洞化していくような。

    佳乃の父は言う。
    “今の世の中、大切な人もおらん人間が多すぎったい。大切な人がおらん人間は、何でもできると思い込む。自分には失うもんがなかっち、それで自分が強うなった気になっとる。失うものもなければ、欲しいものもない。だけんやろ、自分を余裕のある人間っち思い込んで、失ったり、欲しがったり一喜一憂する人間を、馬鹿にした目で眺めとる。そうじゃなかとよ。本当はそれじゃ駄目とよ」”

    いつどこで、家族の愛情が届かなくなってしまったのか。

    最後の彼の行動は、彼の優しさなのか、本人の言う通り計算なのか。
    私は優しさだと思ったけど。

    “一人の人間がこの世からおらんようになるってことは、ピラミッドの頂点の石がなくなるんじゃなくて、底辺の石が一個無くなることなんやなぁって。”
    そう思える彼が、計算で逃げたとは思えない。
    いつか彼女に伝わるといいと思う。

    彼らの父がとった行動、祖母の見せた勇気。
    届いただろうか。遅すぎたのか。
    命だけは、取り返しがつかない。

  • 傑作・・・と思います。
    三瀬峠で絞殺体が見つかった。
    保険外交員で、男性にだらしない佳乃。
    疑われたのは行方不明の金持ちの大学生増尾。
    真犯人は幼少のころに母親に捨てられ祖父母と暮らす裕一。
    裕一と一緒に逃避行するのは三十路で独身の紳士服販売員光代。
    被害者の家族。加害者の家族。
    登場人物みんなに人間味があって…誰もがみな順風満帆に生きているわけじゃないってことがリアルに感じられる。
    引用するなら、増尾の親友鶴田が「生まれて初めて人間の匂いがした」に尽きるような気がする。
    ただ「幸せになりたい。」誰もが思っていることなのに、それだけを思って生きているけど、生きるって難しい。
    誰にでもその人を大事に思ってる人はいて、でもそれを守るのって難しい。
    被害者であっても佳乃に非がなかったとはやっぱりいえない。
    加害者だけがいつも悪人なのかな?
    だからと言って罪を犯すことは決して許されることではないけれど、人間味のない増尾がまるで英雄で被害者で…人生て理不尽なことも多い。
    加害者が良人で被害者は悪人だって言えない奥深さは胸が詰まる。
    誰も幸せになれなくて切なさの残る物語なんだけど…罪を償って社会復帰したときに光代が裕一の支えになってほしいと思うよ。
    でも…あれは裕一の本音やったのかな。優しさやったのかな。
    人の気持ちは結局、本人にしか分からん。
    土地感があるので読みやすかった。

  • 今日はチャリでりとるもんすたぁと図書館へw

    ってな事で吉田修一の『悪人』

    怒りを読んで面白かったのでこちらも予約したらすぐ来たw

    保険外交員で気の強い石橋佳乃、おっとりした眞子、疑い深い沙里の3人が天神のバーで知り合った大学生の金持ち増尾圭吾たちと遊んでから、佳乃は眞子と沙里に圭吾と付き合ってると嘘をつく…。⁡
    ⁡⁡
    実は佳乃は他にも出合い系サイトで清水祐一と言う車好きな土木作業員とも遊んでいた。

    そんなある日、福岡市と佐賀市の間にある三瀬峠で佳乃が絞殺され発見された。

    その直後に行方不明になった増尾圭吾が容疑者として捜査線上に浮かぶが…。 ⁡
    ⁡⁡
    ⁡ここから更なる登場人物やそれぞれの生い立ちからの展開が何とも切ないw

    やり切れない気持ちと共感する気持。

    分からん事も無いけど犯罪はいけんよなぁと…。 ⁡
    ⁡⁡
    ⁡現実の事件で公にされない当人だけの真相には、似た様な感情と生き様が有るんじゃろうな考えさせられた。

    人殺しが悪人と言い切れず、根の腐ってる奴が悪人なのでは…。 ⁡
    ⁡⁡
    ⁡2015年40冊目

  • うん…新聞小説って日本と中国は変わりないっていう感想。

  • 結局のところ何が悪で何が悪出ないかなんて私たちにはわかりやしないのだ。

    人を殺してしまった祐一、しかし祐一が佳乃を殺してしまうには理由があって仕方がない殺しだともいえる。逆に言えば佳乃は殺されて仕方がないとも思える。
    増尾は罪に問われるような悪はしていない。しかしそれは本当に悪ではない、罪ではないのだろうか。
    光代は祐一と逃げたいと望んだ。それはいい言い方をすれば愛ともいえる。しかしそれは本当に愛なのだろうか。一緒にいたいからと言って自首を許さなかったそれは本当に愛なのだろうか、悪ではないだろうか。

    私たちが法でさばける悪などほんの一部で、悪なんてものは私たちの主観でしかなくて、手に及ぶものではないのではないか。

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著者プロフィール

1968年長崎県生まれ。法政大学経営学部卒業。1997年『最後の息子』で「文學界新人賞」を受賞し、デビュー。2002年『パーク・ライフ』で「芥川賞」を受賞。07年『悪人』で「毎日出版文化賞」、10年『横道世之介』で「柴田錬三郎」、19年『国宝』で「芸術選奨文部科学大臣賞」「中央公論文芸賞」を受賞する。その他著書に、『パレード』『悪人』『さよなら渓谷』『路』『怒り』『森は知っている』『太陽は動かない』『湖の女たち』等がある。

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