- Amazon.co.jp ・本 (424ページ)
- / ISBN・EAN: 9784022513458
感想・レビュー・書評
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前半は、私小説のようなリアルさが続いて、読んでいて苦しかった。まるで自分のことのようで、ここまで苦しい小説はなかった。
女性の自己暗示や、その周りにあるモラルハラスメントを、ここまで言葉で表現できるのはすごい。
334ページあたりからの描写は本当に文章に力があって、そこから一気に読んだ。
すっきりする終わり方ではないし、前半は本当にきつかったけど、無駄な描写はなかったなと思う。 -
子供を殺した母親とその裁判の補充裁判員になった主人公の話。
子供をもつ母親なら、多かれ少なかれ彼女達に共感できる部分があると思う。が、それ故にほんのささいなボタンのかけ違いで、自分にも起こりうるのではないかと言う恐怖を感じながら読み進めた。
今まさに子供が産まれたばかり、または小さな子供がいるという男性はどういう感想が多いのだろう? -
凄い。
傑作、という言葉では言い尽くせない凄みがある。
文句なく、今年読んだ小説の中では群を抜いている。
主人公の女性が周囲の人たち(娘、夫、義父母、友人…)との間の価値観の齟齬を感じるや否や、坂を転がり落ちるかのように孤独と不信と焦燥に陥っていく様が物凄いリアリティで描かれていく。
そんな主人公が唯一共感を覚える相手が、補助裁判員として関わることになった実の娘の殺害の罪に問われた被告人の女性であった。
もちろん主人公は被告人の女性と言葉を交わしたことはない、これからも交わすことは決してないであろう。
だが、一つ間違えれば自分自身が被告人の立場になっていてもおかしくなかったのではないか、と考え込んでしまうような深い共感に主人公は囚われていく。
そしてその共感は、他の裁判員たちにはまったく理解されない、話がまったく噛み合わない。
おかしいのは周囲なのか、それとも自分なのか?
事件の真実はいったいどこにあったのか?
すべては闇に包まれていく。
このように、すべてを自分自身で受け止めて、悪い方へ悪い方へと深みに落ち込んでいく感覚は、出産・育児の経験の有無にかかわらず女性特有のものではなかろうか。
この繊細さは男性には表現できない。
角田光代が小説家としての一つの頂点を極めた一作と言ってよいのではないか。 -
子ども殺しの裁判の補充裁判員に選ばれたとして、自分も幼い子供を育てている親だとしたら・・・。
子どもを育てるのが楽しいというのは、苦しさを乗り越えて振り返った時に美しい思い出としての宝物に出会えるからなんでしょう。ちゃんと育つのか、間違えて死んでしまうんじゃないか。なんでこんなにいう事聞かないのか。私を苦しめようとしているんじゃないか。なんで夫はそんなに他人事なのか。何故親は余計な干渉をしてくるのか。ネットや雑誌で出てくる正しい親たちの姿と自分を比べてしまい落ち込む。思わず叩いてしまった子供のほほ。
そんな誰しもが感じるであろう子育てのフォースの暗黒面をこれでもかと書かれていて、男でも陰鬱になるので読むのが結構つらい本ではないか。でもこれを読んだ経験者は大きく頷くのかもしれない。
子どもを憎たらしく書き過ぎじゃないかと思う節がありますが、実際どうなんでしょうね。自分はどんな子供だったんだろうか。
救いがあったのか無かったのかもちょっと分からんです。 -
裁判員について全く知らなかったので、勉強になりました
日経夕刊で酒井美紀が紹介していて、
読んでみたいと思いました。
子をもつ前と持ってからでは、感じ方が違う。
他の本もまあそうだけど、読みながら辛いこともあった。うちの夫にも当てはまると考えてしまう。 -
読み終わった時なんとも言えない開放感でなんか安心というかぐっときた。
裁判員制度の補欠裁判員に選ばれた主人公が被告人と自分を重ねてその期間を過ごす。
はじめは事件の内容に焦点を当てた話と思ったので序盤にそれがさらっとかかれていて拍子抜けして読み進めるのが途切れ途切れになったけど、読み進めていくうちにどんどん入り込めた。
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「対岸の彼女」を大学生の時に読んだあと、しばらくして30代で読んだときの感覚の違いに驚いた記憶がある。恐らく、映画や本、芝居を観て持つ印象や感想は自分がこれまで経験した価値観によって作られるから、歳をとったが故に読んだときの感覚が変わるのは当たり前といえば当たり前ではある。しかしその感じるギャップのデカさに驚くのは角田作品が抜きん出て多い。恐らくそれは作品の中で描く女性の表現精度が物凄く高いからなんだと思う。
非常に面白かった。映画にするなら今ですね。紙の月よりもきっともっと面白い作品ができる気がする。