スプートニクの恋人 (講談社文庫)

  • 12825人登録
  • 3.48評価
    • (855)
    • (1462)
    • (3062)
    • (294)
    • (72)
  • 1186レビュー
著者 : 村上春樹
  • 講談社 (2001年4月13日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (328ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062731294

スプートニクの恋人 (講談社文庫)の感想・レビュー・書評

  • 暴力的なほどの性欲と、もどかしいまでの切なさが、良い具合に混じり合う小説。

    物語の舞台は東京の中央線沿線からギリシャの小島へと移っていく。
    展開としたら唐突なはずなのに、地理的な距離感を飛び越えて、連なるような意識世界を構築する。
    美しすぎるほどの描写で描かれるギリシャの島の情景が、夢幻的な魅力を与えてくれる。

    物語の軸は「たまたま」年上の女性に恋をしたすみれ。
    だが、すみれが自らを語るのではなく、すみれに恋をする「僕」の視点から世界は切り取られる。
    僕がすみれを愛しても、それは叶わぬ(というか叶えられぬ)行為であり、僕はそれを理解している。
    それはすみれも同じであり、縮まることも広がることもない距離感が、痛い。

    ラブ・ストーリーとは言えど、結果として恋愛模様があるわけではない。
    「血が流れる」ほどの衝撃が、そこにはある。
    非現実なハッピーエンドへと結実するその過程は、身につまされる居心地の悪さとともにひとつのカタルシスへと導いてくれる。

  • ギリシャに行ってみたくなる。この世の全ては夢幻。

  •  性欲メイン。

     人間臭いはずなのに、どうしてだか人間のにおいがしないんだよなぁ。生きてるにおいがしない。不思議。主人公もそうだし、すみれもそうだし、ミュウもそう。ミュウはともかく他二人は性欲があるのに、どうしてもそこに「人間らしさ」が見えない。隔離された別の場所にいるアンドロイドの劇を見てるみたい。
     単純な疑問なんだけどさ、そう簡単にガールフレンドとかって作れるもの? セックスってできるもの? 基本引きこもりのコミュ障だから、ひとづきあいってすごく限定されてるんだよね。そんな簡単にセックスをするだけの付き合いの相手って見つけられるものなの? って疑問が常に付きまとうので、どうしても「同じレベルにいる人間」に見えないんだなぁ。たとえば、この主人公がどこかで下手うって相手を妊娠させただとか、二股ばれて大修羅場だとか、そういうのが盛り込まれてたらまだ人間として読めたかもしれない。本命には性欲を抱いてもらえないかわいそうさってのは、ただ悲劇(かどうかは知らんが)の主人公っていうエッセンスを加えてるだけで、人間味はないもの。
     ミュウの観覧車のくだり以降が劇的に面白くなる。そこまではちょっとつらい。
     主人公がさ、夜中に音楽を聞いて山上りするじゃない。そこで、「こちら側」に戻ってこなければ、彼はすみれのところに行けたんじゃないかって思うんだけど、そういう認識であってる? たとえその音楽を聴いたくだりそのものが夢でしかなかったとしても、ここまではっきり覚えているのなら、一度くらいは、「戻ってこなければすみれに会えたのでは」って考えてもよさそうなのになって思いました。
     村上春樹がすげー好きなひとは、作品のどこについて語るんだろう。ストーリィ性? 登場人物の思考? 地の文の表現? 今のところ三作しか読んでないけど、全部同じ主人公ですって言われても驚かないよ? 感想を聞いてみたい気もするけど、めんどくさいから聞きたくない気もする。
     抜粋。


    ぼくの本物の生命はどこかで眠りこんでしまっていて、顔のない誰かがそれをかばんにつめて、今まさに持ち去ろうとしているのだ。


     ところどころある面白い表現が好きです。脳味噌食べる猫のくだりも好き。

  • 話の終わり方が好きだ。気持ち良い終わり方だった。村上春樹の小説でも好きな方だ。相変わらず音楽に関する描写が丁寧で、個人的にはそういうところが読みたくて、村上春樹読んでる感じ。

  • よかった。けど寂しかった。親友欲しい。最後は希望をもって終わることができてよかった。

  • 「スプートニクの恋人」村上春樹。
    読み始めてすぐに「もしかして?」。
    中盤でハッキリ言及され「やっぱり!」。
    この小説、舞台が、東京都国立市なんです。主に。いや、一部が、かな…。
    だからなに? と言われると、何でもないんですけど。自分が若い頃に寝起きしていた街なので、懐かしいなあ、というだけで。この本の魅力なり本質と言うものとは、関わりはありません。いや、無くもないのか…
    どことなく浮世離れした、と言っても所詮は多摩地方である、という小奇麗でサバーバンで文教地区で山口百恵な感じが、ムラカミハルキワールドにけっこうイケるんぢゃないかなって思いました。間違っているかも知れませんが。(村上春樹ワールドについてと、国立市についての両方とも)
    たしか、「ぼく」が国立市に住んでいて、「すみれ」が吉祥寺の設定だったと思います。中央線コネクションですね。
    #
    1999年に発表になった村上春樹さんの小説。
    らしいと言えばらしい、そして村上さんの小説の中では、長編というよりも、「長い短編」と言うべき系譜に所属する気がしました。
    「羊をめぐる冒険」「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」「海辺のカフカ」「ねじまき鳥クロニクル」などのような、なんていうか複数の断層があるような感じではなかった、というだけの意味ですが。
    #
    語り部は「ぼく」で、日本の都市部で暮らす20代の男性。仕事は小学校の教員。
    その「ぼく」が恐らく大学生時代からなのか、付き合いである女友達が「すみれ」。
    簡単に言っちゃうと、すみれちゃんは小説家になることを信じて疑わず、親が開業医で金があるために仕送りで暮らし、ロックでアウトローな雰囲気と外観で朝寝て昼起きてタバコを吸って小説を書くのだけど一つも書き上げることなく暮らしている。
    そして、ほとんど依存の関係のように「ぼく」に深夜電話をかけてきたり、とにかく絡んでくる。
    「ぼく」はずうっとそんな「すみれ」のことが大好きなんだけど、男女としては相手にされないであろうことを感じていて、タダの友人関係に甘んじている。仕方なく別に男女関係の相手を作ったりしているのだけれど、やっぱり好きなのはすみれちゃんだった。
    そんなすみれちゃんが22歳のときか、強烈な一目惚れ、運命の恋に落ちます。相手は、かなり年上で、相当なお金持ちの実業家で、韓国籍の人で、既婚者で、そして女性だった。物語の中ではミュウという呼び名。そして、このミュウさんは別段同性愛者ではない。
    ミュウを求めるすみれ、すみれを求める「ぼく」。三人の物語は東京からギリシャの島へと移り、すみれは失踪した…。
    #
    と、言うようなお話。
    すみれちゃんの、ミュウさんへの恋心の経緯を追っていく物語は、起承転結で言うと「転」のあたりで、「えっ?」という急展開を見せます。言ってみればそれまで、洒落た心理描写と語り口の一風変わったよろめき恋愛物語みたいだったのが、突然、カフカ的な不条理のるつぼに叩き込まれる感じ。
    なんだけど、そんな中にもしっとりとロマンチックが止まらないのが村上春樹さんの暴走する恥ずかしさ。素晴らしさ。
    ちょっと途中で「分かったからもう次に展開してください」と訴えたくなる思わせぶりな生殺しの時期もありましたが、総じて憎らしいくらいに先を焦らして意外に転がして、どきどきわくわく読ませてしまう。
    そんなカッパエビセン風味も、「長めの短編」感がありました。「多崎つくる」とかと似ています。
    で、まあ、相変わらず恋愛なんです(笑)。でもそれでいいんです。恋愛について描かれているけれど、その向こうに伝えたいことってきっと恋愛性愛ぢゃ、ないんだなあ、って言う気がします。
    なんでも上手く書ける人は居ません。
    #
    読後に後味として僕が感じたのは、「社会に出る。世... 続きを読む

  • なんと言えばいいのかわからない。
    おもしろかったし、深く考えるところもあった。
    ほかの村上春樹の本を読んでいないので、この話がわかることは無いと思う。
    村上春樹の他の作品を読んでから出直してきます。

  • ぼくとすみれ、ぼくとにんじんのお母さん、そしてすみれとミュウの恋愛関係は生活感がなくて、とてもさらりとしていて心地よさそうだ。ギリシャの小さな島での描写も暑いのに涼しげで好きだ。すみれの貧乏も悲壮感がなくてむしろ潔い。何かを感じてそれが何かを知りたくて、物語の世界に気持ちよく浸ってしまうんだけど、結局何かを見つけられた気にはならない。感じるんだけど何かを学んだりした訳でもない。だけど、引き込まれてしまうのはなぜなんだろう?

  • なぜか、年明けに村上さんを読んでいる。たしか…ランゲルハンス島も新年に読んでた。
    村上さんを読み始めた頃は、主人公がいけ好かなかった。あまりにも俺に無いものを持っていて…
    ところが、今回は共感すら覚え。
    まるで、俺の気持ちを代弁して頂いているような錯覚。

    癒された。いや、慰撫されたと言うべきか…

    Mahalo

  • 久しぶりの再読。こんないい本だったとは。前読んだときより響いた。やっぱりタイミングってあるんだな。村上春樹はとくにそう思う。

  • すんなりとストーリーを追うことができて読みやすい。それでいて随所には「らしさ」も織り込まれているので、村上春樹の本への入口としてお勧めしたい作品です。

  • 失われた自分、それって時々感じる物足りなさかな?満たされない気持ちかな?時々どうしようもなく寂しくなったり、誰でもいいからそばにいて欲しいとか、そういうの?
    もともと失われてしまっているのかも。

  • 題名で避けていたけど面白かった。
    ギリシャいってみたいな。

  • ワッと盛り上がりがあるわけではなく、
    ただ静かに静かに水のように流れて、ゆっくりゆっくり止まっていくような物語。
    主人公は最後、失われた自分自身の半分、つまりすみれを探して、「あちら側」へ行ってしまったのかもしれない。月の描写と血という表現がそう感じさせた。
    けど、主人公にはきっとそれが幸せ。

  • この小説が好きで4回目の読了。
    登場人物が少なく、物語の世界も限定的。
    ひどく孤独な恋の物語。
    一人の人生がどんなに豊かでもやはりその活動できる範囲は限界が有り、ほとんどの人は狭い世界を限定的に生きる。
    大切な人も絞ってみると非常に少ない。
    そんな限定的な人生で出会う人達はやはりそれだけで物語が完結してしまえる程、存在感がある。
    どんな人生が良いのかわからないけれど、こんなスモールワールドでも充分幸せに物語を紡いで行ける。

  • 村上春樹は文章が気に障るっていう話でとある人と盛り上がった。そうなの?あるいは。みたいなやりとりとか。言葉の選び方が、ひとつひとつひっかかる。良い意味でも悪い意味でも。だからずっと違和感を抱きつつ、でも読んでしまう。

  • 湖畔で椅子に寄りかかりながら

    読みたい本

  • 定期的に村上作品が読みたくなるごく自然な衝動に従い、読んでみました。でも思った以上に読み応えがあって、なかなかすんなり先に進んでいきませんでした。学校の先生をしている主人公と、ミステリアスな女性すみれとの関係は付かず離れずというのか、その関係性がもはや文学です。年上の女性ミュウに漂う不思議な雰囲気とか、すみれが失踪してしまう南の島とか、万引きしてしまう生徒と対面する僕とか、全部が村上春樹ブランド、って感じで良いんです。

  • 遡って、今読むと村上春樹的な小説の全てが含まれているように感じる。中編の分量であるが故に、余計に村上春樹的な部分が色濃く出ている。

  • 村上春樹ってこんなんだったっけ。何かが違う気もするし、何も変わってないような気がする。もしかすれば変わったのは自分なのかも知れないし、そう考えると自分を変えたかもしれない何か、心当たりは確かにある。

    その意味で、小説を書くすみれに足りなかったのは血、あるいは呪術的な儀式だった。だからこそ、彼女は「あちら側」で儀式を終えた後「こちら側」に帰ってきたのである。とすれば、記号的な電話ボックスは「こちら側」を象徴している?


    とは言え、彼女にとっての儀式が何だったのかは明かされないままなので、すみれがこちら側に帰ってくることになった原因は、ぼくが「ガールフレンド」と別れたことにでもなるのだろうか。それは、普通で人付き合いが苦手なはずの「ぼく」のために性処理を行う女性が間断なく差し出される、村上春樹式物語の要請、と言い換えてもいい(『ノルウェイの森』も同様の見方ができる)。

  • おれもギリシャ行きてええ

  • どことなくダンスダンスダンスのような世界観を感じられた。置いていかれるほどの世界にはなっていないし、春樹らしさを感じないような後味の良い終わりという点でも比較的読みやすさを感じた。登場人物に癖があるのは相変わらずだが。

  • 22歳のすみれが
    17歳年上の女性ミュウに恋する話。

    すみれの書く文章が、小説のようなものが物語の中に入っていて興味深かった。

全1186件中 1 - 25件を表示

スプートニクの恋人 (講談社文庫)に関連するまとめ

スプートニクの恋人 (講談社文庫)を本棚に「読みたい」で登録しているひと

スプートニクの恋人 (講談社文庫)を本棚に「いま読んでる」で登録しているひと

スプートニクの恋人 (講談社文庫)を本棚に「読み終わった」で登録しているひと

スプートニクの恋人 (講談社文庫)を本棚に「積読」で登録しているひと

スプートニクの恋人 (講談社文庫)のKindle版

スプートニクの恋人 (講談社文庫)の単行本

ツイートする