文庫版 鉄鼠の檻 (講談社文庫)

著者 :
  • 講談社
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本棚登録 : 7761
感想 : 622
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  • Amazon.co.jp ・本 (1376ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062732475

作品紹介・あらすじ

忽然と出現した修行僧の屍、山中駆ける振袖の童女、埋没した「経蔵」…。箱根に起きる奇怪な事象に魅入られた者-骨董屋・今川、老医師・久遠寺、作家・関口らの眼前で仏弟子たちが次々と無惨に殺されていく。謎の巨刹=明慧寺に封じ込められた動機と妄執に、さしもの京極堂が苦闘する、シリーズ第四弾。

感想・レビュー・書評

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  • それにしても坊主が多過ぎて。
    今回は、太平記の鉄鼠を予習して京極堂に備えつつ読み始めたのですが。
    禅宗の蘊蓄から、唯心論・唯識論、禅と科学にまで話が広がりなかなか読了できないでおりました。
    土瓶さんのアドバイスに従って、今回は通読に徹しました。
    そしてこのシリーズは図書館本では、返却期限が気になって没頭できないので、分冊版を徐々に入手していこうと思います。

    箱根山連続僧侶殺害事件。
    何人誰が殺されて、犯人は誰かは把握しました。
    久遠寺先生と菅野の再登場には、笑えました。
    そして、京極堂の人名辞典なるものがあることも知りました。
    匂わせBLも数ヶ所確認。
    何が面白いか、まだレビューできるまで読めていません。
    本離れなどと言われて久しいですが、新作の京極堂で盛り上がっている様子を見ますと、(読むのこんなに大変なのに!) なんかまだ世の中大丈夫かもなどと思う次第です。

    下の娘が高校の時、煎茶部でそこの先生が黄檗弘風流でした。その時は、深く考えなかったのですが、禅宗からの発祥だったのかな。いろいろ含めて、勉強になります。

    • 土瓶さん
      ちょうど今読んでいる「邪魅の雫」には、山下警部補が出てきます。

      【「あの人はほら、正月の、箱根山の事件の捜査主任だよ。ほら、坊さんが大...
      ちょうど今読んでいる「邪魅の雫」には、山下警部補が出てきます。

      【「あの人はほら、正月の、箱根山の事件の捜査主任だよ。ほら、坊さんが大勢死んだ奴」】

      なんか、バッサリだな(笑)
      2023/09/14
    • みんみんさん
      新作ほぼ立方体だったね(꒪⌓︎꒪)
      みんな何日かけて読むんだろ…
      新作ほぼ立方体だったね(꒪⌓︎꒪)
      みんな何日かけて読むんだろ…
      2023/09/14
    • おびのりさん
      さっきね、みんみんさんがフォロワーに増えたの。
      みんみんが再登録かと思ったら別人!
      さっきね、みんみんさんがフォロワーに増えたの。
      みんみんが再登録かと思ったら別人!
      2023/09/14
  • 百鬼夜行シリーズ4作目
    物語の情景がいつもより鮮明にイメージでき、今までの作品の中で1番没頭できました。また、いつも以上に怪しげでな雰囲気が漂っている感じがして、読み心地最高でした。京極夏彦さんの物語はページ数に比例して満足度が高くなるので、ずっと読んでられます。次作も楽しみ。

  • 心地よい疲労感の一冊。

    1370ページに怯んでいたけれど、子年だから挑戦。

    やっぱり一歩足を踏み入れたら戻れない、そんな世界観がたまらない。

    修行、禅なんて凡人の自分には到底理解できない世界なんだけれど、所々でふと柔らかな言葉というか心にするりと忍び込んでくるような言葉が現れる瞬間が良かったな。

    現状から出たい、出たくない、思い出したい、出したくないそんな人間心理もさりげなく表現されていた気がする。

    結局、自分もずっとこの物語の檻にまんまと囚われていた時間。
    無事に解き放たれた今、真っ先に包まれたのは心地よい疲労感。

    • まことさん
      くるたんさん♪こんばんは。

      凄ーい!!
      1370ページもあったのですね!!
      お疲れ様でした。
      私はこの本だけ、最初の数ページを読...
      くるたんさん♪こんばんは。

      凄ーい!!
      1370ページもあったのですね!!
      お疲れ様でした。
      私はこの本だけ、最初の数ページを読んで積んでいます。
      これ以前の京極堂シリーズは、図書館で借りたのでちゃんと読んだんだけど(^^;
      確かに、この本の出だししかわからないけれど、禅とか、難しそうだったのは覚えています。
      本当に凄いです!!パチパチ(手を叩く音)。
      2020/08/29
    • くるたんさん
      まことさん♪こんばんは♪

      ありがとうございます〜♪
      なんか読み始めたら止まらなくて…。
      今年はネズミ年だし挑戦してみましたよ。

      禅の世界...
      まことさん♪こんばんは♪

      ありがとうございます〜♪
      なんか読み始めたら止まらなくて…。
      今年はネズミ年だし挑戦してみましたよ。

      禅の世界は全くわからないけど、榎木津さん始めいつものメンバーが引っ張ってくれました♪
      まだまだ長いシリーズ、どこまで読めるかな〜ドキ(ᕯᐤ⌂︎ᐤᕯ)ドキ
      2020/08/29
  • あいも変わらず記憶力が乏しく、明慧寺の事情も、事件の決着も、関係者のその後のゆくえまでも、きれいに忘れ去った状態で読書開始。ただ掛け軸と坊主の死に様だけはかすかに覚えており、読めば読むほど余計に真相が気になって仕方なかった。京極堂早く!と願いながらページをめくり続けたのである。
    序盤では珍しく京極堂が関口家を訪れ、旅行に誘う。もうそのシーンから楽しくて仕方なかった。独特ともいえる京極堂と関口の関係性は興味深い。あれだけ罵詈を浴びせながらも、安定した交友が切れないのは、やはり中禅寺にとって関口君は懐の内側に入っている人物なんだろう。
    事件は箱根の山中で起こり、関係者は千石楼と明慧寺を何度も行き来する。目で見える場所にあるのに道程が険しい二つの地所のせいで長い時間が経過した気がするが、事件を整理すると短期間であったことに驚く。山内は外界とは異なり時間経過が停滞していたが、それが登場人物、読者である私にまで波及したようだ。ああ『姑獲鳥の夏』を再読していないのが悔やまれる。事件は一つ……なのだが、事実が二重にも三重にも折り重なってきて、「檻」とは絶妙な表現であったことに唸らざるを得なかった。
    色彩を失いがちな冬の古ぼけた宿と寺院に、活気を与えたのは間違いなく探偵だ。今作の榎木津は八面六臂の活躍で実に清々しい。物語の転換に欠かせない魅惑のキャラクターだよなあ……かつての友人たちが熱を上げていたのも理解できるのである。
    宗教学者・正木氏の解説も非常に良かった。確かに京極堂の語り口、僧との問答、普通に学術書を読むよりも理解がしやすかったと思う。時代背景もなるほど、と納得した。今回の再読、十代で初めて読んだときよりも解像度があがってより世界にのめり込んでいるんだよなあ……そんな感慨を得て、本を閉じたのだった。

  • 確かに世の中には「檻」が至る所に存在している。厳格に生きる人ほどあるのだと思う。
    自ら作ったものであるならまだしも、他人に囲われるのはごめんだなと思う。
    閉鎖的な田舎から上京した同級生を白い目で見るような、知らない世界を知らないから否定するような、人間の浅ましさを思い出してしまった。
    それでも良く生きようと努力する人達の道行に幸あれ、という気持ちで読了した。
    このシリーズは単純さと複雑さの絡み合いが最後までわからないのが魅力と感じている。
    早く次の作品が読みたくなる。

  • 『魍魎の匣』に並ぶ、個人的京極夏彦の最高傑作。再読になるが、1997年頃に読んだ時と同様の感動が得られた。箱根山中の知られざる禅院における連続殺人事件。禅宗の教義を巡る対話がミステリーを解く鍵を握るものであり、ウンベルト・エーコの『薔薇の名前』に比肩しうる宗教ミステリー。
    また、当時問題となっていた、オウム真理教への強烈なアンチテーゼをも含んでいる。

  • 本日、ようやく読了!
    いや〜時間かかった!!
    かれこれ4ヶ月ぐらい前から読み始めた気がするのですが…

    前作「狂骨の夢」の時もそうでしたが、どんなに時間が掛かっても途中で止めさせない、本を開いて数ページ読めば物語の世界観に否応なく引きずり戻される感じがこのシリーズのすごいところだなと改めて感じました。
    伏線の回収が見事なのも毎度ではありますが、今回も最後の数十ページで怒涛の回収が圧巻。

    今回の作品は仏教、特に禅宗の知識があるとより楽しめると思います。
    私はそっち方面には疎くほぼ何も知らない状態でしたが、京極堂をはじめとした登場人物達が分かりやすく解説しながら物語が進むため、知識0からのスタートでも十分に楽しめました。
    また、今回は物語に最初の方からちょくちょく京極堂が登場していたのが個人的には嬉しいポイントでした 笑

  • 私の中では『魍魎の匣』は完璧で、あの完成度を凌ぐ作品には絶対お目にかかれないだろうと思っていた。
    のに! また同様の高揚感を味わえるとは!
    ドン引きする厚さだけど、読み終わってみれば無駄が一切ない。
    『魍魎の匣』と甲乙付け難い、素晴らしい作品だった。

    箱根の奥地にある知られざる禅寺の僧侶がどんどん殺される話。
    禅ががっつり絡むので、もしかしたら好みが分かれるかもしれない。私が比較的抵抗無く入っていけたのは、もしかしたら十牛図とか南泉斬猫とか白隠とかを何となく知っていたからかも。

    とは言っても、これでもか、ってくらいの「知」の応酬は凄まじい。私は京極夏彦が創造するところの深くて広い「知」の海に無惨に突き落とされ、溺れそうなところを京極夏彦が放ってくれた小さな浮き輪に掴まることで辛うじて助かるも、自分では成す術なく京極夏彦に引っ張られるまま海を進むしかない。
    そんな感覚にさせられた作品だった。

    基本的に、『魍魎の匣』でのキーワードだった「匣」が本作品では「檻」に取って代わる感じで、「脳が世界を規定している」という世界に対する定義や、関口の閉じ籠もり気質や、京極堂のスタンスといった物語の前提条件はずっと一貫している。
    レギュラーを含め登場人物の言動や思考はこれまでのシリーズの経験を経たものになっており、特に『姑獲鳥の夏』のエピソードが鍵になってるので、過去作品を読んだ人の方が絶対楽しめる。

    冒頭の、按摩が殺人現場に出くわすシーンからテンポが良くて、引き込まれる。
    続いて、なんと『姑獲鳥の夏』の久遠寺先生登場! なんだこの四冊越しの伏線は!(喜んでる)
    すると今度は興奮冷めやらないうちに『魍魎の匣』の鳥口も登場。なかなか良いキャラだったからね彼は。また会えて嬉しいよ。
    新キャラ今川の口癖「○○なのです。」ってのが可愛い。

    関口はまた語りのポジションに返り咲く(おめでとう)。
    関口の鬱体質は正直好きじゃないんだけど、言っても文学者である彼の語りは多分に文学的で抒情的でもあるので、やっぱり落ち着いて読める。(京極夏彦絶対意識して文体を関口に寄せてると思う)
    …と思ってると、
    なんと。
    関口宅に。
    みんな大好き京極堂が訪ねてくる!
    のっけから山が動いた!(笑)
    しかもめちゃテンション高い!(笑) どうしたの大丈夫???
    しまいには私が大好き榎木津まで出てきて、相変わらず傍若無人にさっさと真実を暴く活躍を披露。神様でも王様でも何でもいいわ、とにかくカッコイイ。
    なんなんだこの出血大サービスは。
    途中の中禅寺兄妹の絡みも新鮮である。実はほぼ初めてのシーンかもしれない。
    そんな、レギュラーファンの期待に応えるシーンが満載である。

    しかし冷静になってみると、本作品でも京極堂の出番はそんなに無いのだった。はじめの方に出てきたから見事に誤魔化された感。

    殺人事件の方は、珍しくオーソドックスというか、警察小説かと思うくらいミステリっぽかった。
    現場が禅寺だから小難しいだけで。
    禅僧達の言葉遣いがとても重厚で、世界観の構築に貢献している。こういう雰囲気作りがまた上手いんだな京極夏彦は。
    菅野まで登場した時は本当に驚いた。てっきり開かずの間となった薬品室(だったっけ?)で涼子に殺されたと理解してたので。

    そして、結局京極堂は出張る。
    榎木津はそれを待っていて同行する。
    やっぱり榎木津は中禅寺の一番の理解者なのだ。
    職業上の探偵(榎木津)と物語構造上の探偵(中禅寺)が摩擦なく同居できてる喜びよ。

    松宮仁如が13年前の放火の罪について告白する場面は、なかなか深いのではないか。
    告白を後押しする関口を京極堂が「止せ!」と制し、それでも告白してしまう松宮に「そんなことはここで云うことじゃない!」「解き放てば楽になるかもしれないが、あなたが楽になるだけだ! それで誰かが救われますか!」と一喝する。
    直接的には鈴の憑き物を落とす状況への危機感なんだろうけど。
    この時関口は明らかに鈴の魔性に涼子を重ね、涼子を犯したという自らの罪を重ねている。あの罪を関口は未だに誰にも告白してない。でも多分、京極堂は分かってるんだろうな。あの台詞は松宮に言ったものだけど同時に関口に向けたものかもしれない。などと考えたのだがどうなんだろう。

    結局、鈴に憑いた大禿は落とせなかったけど、殺人の動機、死体遺棄の動機、果ては事件以前の明慧寺の存在の謎すら解明されて、大満足である。
    コロンブスを思い出した。一方の世界から見れば「発見」でも、その世界を日常にしてきた人たちからすれば不幸の始まりになってしまうのだ。やるせない。
    で、京極堂が調査していた書庫の謎も、鼠騒動も、振袖娘の謎も(鈴の顛末はゾクッとした)、全部が絡みつつ綺麗に回収され、文字通り霧は晴れて終わった。
    見事、の一言に尽きる。


    強いて難を言えば、まぁ榎木津が言うように坊主が多すぎる。
    警察が僧侶を名字で呼ぶので、気を抜くと誰が誰だか分からなくなる。
    登場人物の名字が一部似ている(山下・山内、菅原・菅野)のも、混乱を招く。
    京極堂の最後の「憑き物落とし」に割いた紙幅がちょっと少なすぎた感がある。どうせならもう少しじっくりやって、もっと厚くしちゃえば良かったのに。

    あと、本筋とは直接関係ないけど、脱字(“。”や“」”の脱落)や誤植が目立って気になった。厚すぎて校正が疎かになるのか。しかし私の読んだ版は2016年の第20版。直す機会はいくらでもあったろうに。


    まだ一度しか読んでないから、いろいろ理解の及ばないところは多そう。再読します。

    • さくらさん
      こちらこそありがとうございます。こちらにコメ残しですみません。
      ゆうすいさんの本のレビューがとても素敵でしたので、勝手にフォローさせていた...
      こちらこそありがとうございます。こちらにコメ残しですみません。
      ゆうすいさんの本のレビューがとても素敵でしたので、勝手にフォローさせていただきました。お断りを入れずにすみません。
      フォローさせて頂いたのは読む本が重複していたのも理由の一つですが、本に対してのコメントがとても良くて、賛同したり、発見したりし、また真摯に向き合ってらしていいな、と思いました。
      これからも楽しみにしてますので、無理なく読まれて感想を残して下さい。
      榎木津はカッコいいです(笑)

      あと、17年前ものにコメント入れて頂いて嬉しかったです。
      この頃は、記憶力も良くて真面目に書いていたのを思い出しました(笑)
      2020/07/22
  • 京極堂シリーズ第4弾

    舞台は箱根山中の誰にも知られていないお寺というのがなんとも不気味さを増している。
    しかも殺されるのが皆僧侶で殺され方も不気味。

    姑獲鳥の夏に登場した久遠寺医院の院長が再登場。

    いつも不安定な関口くんが意外としっかりしていたこと。
    いつも座敷からは一歩も出ない京極堂が箱根に出張ってくるという今までにない展開も愉快。
    榎木津は相変わらずの大活躍。

    いやいや楽しかったな。

  • やっと四作目。
    主治医おすすめではあったのだけど、好みとしては「狂骨の夢」の方が好きだったと思う。

    「禅」「寺」「僧」次から次と新しいことが起き、関口や鳥口ではないがついていくのにやっとという感じだった。
    珍しくいつもの中野から場所が箱根へと移り、動きのある、というよりむしろ上へ下へと動いてしかいないのだが、場面展開で面白かった。
    平素が動かなさすぎるのだと思う。(本屋の中のシーンが長い)

    山下警部補の心境の変化は見ていて面白いというか、哀れでもあるのだけど、あの状況下ではこう成らざるを得ないのだろうなぁというか、山下ではないのだけれどすっきりしたような心地だった。

    まちこではないが、わかった気になってわかったふりをするのも違うし口にした途端に立ち消えそうなので、鉄鼠の檻の本質の感想はまだ書かないでおきたい。

    いつも思うのだけど、よくもこの顛末をこれだけ永く書けるなぁと思う。そしてまたこの長さ故なのか、わかったようなわからないような、夢だったような心地が残る。
    だから、またあの永い頁を再び繰りたいと思う。
    読んでいる時から姑獲鳥の夏を再読したかったが、暇を見てまた順番に読み戻り読み進めながら「鵺の碑」を待ちたい。

  • 拙僧が殺めたのだ。雪の禅寺で起こる連続殺人事件に京極堂が挑むシリーズ第4弾。ミステリー史上類を見ない動機に驚愕すると共に、禅についても分かりやすく学べます。何度読んでも面白い、シリーズで一番好きなお話です。

  • 自分にどれくらいの集中力があるのか、試してみようと思い、手に取りました。

    京極夏彦さんの作品を読みなれていなかったので、少々読みづらかったですが、それでも内容にのめりこめました。
    およそ1200ページを2日で読めたのだから、京極夏彦さんの作品は、世界観がわかりやすく、内容が頭に入ってくるのだと思います。

    時間はかかるかもしれませんが、それでも読む価値のある作品です。

  •  面白いにも、つまらないにも理由があるわけで、本書は面白いのだが、それを説明するのは難しい。非常に長い小説で、登場人物も多い。語られる話も難解。完全に理解するには時間がかかる。
     舞台は箱根で、何と京極堂が最初から外に出ている。それでも事件に絡んでくるのは中盤から。舞台を変えて、趣向を変えてくれるのは嬉しい。
     本書では鉄鼠の他にも妖怪の絵が挟まれている。これは檻の中にいる妖怪を表しているので、考察するとキャラクターの内情が見えて来ると思う。まずは、青坊主の挿絵が表すキャラクターだが、これは晢童だろう。多田克己著・京極夏彦イラストの「百鬼解読」という本には、「青」は未熟の意に通じるため、石燕は修行の足りない坊主を妖怪として描いたのではないかという説が書かれている。ひたすら公案を考えている未熟な僧で、体が大きい。これは憑き物というより、容貌を表すための妖怪の挿絵だと思った。
     野寺坊は了稔だと思う。鉄鼠の檻というタイトルで、檻を作ったので了稔が鉄鼠と思いがちだが、鉄鼠が憑いていたのは常信だった。野寺坊は江戸時代に破戒僧を風刺した創作ではないかという話があるので、了稔のイメージにぴったりだ。もしかしたら寺の僧侶はみな鉄鼠が憑いているという解釈もできるかもしれないが、先ほども書いたように、野寺坊も容貌に対してのイメージだろうから、側が野寺坊で中に鉄鼠が巣食っているのもあり得る話だ。了稔は自分の禅を得るために小さな世界を作った。それが明慧寺だ。馴れ合ったコミュニティは堕落するし、反発する者がいないと自分が異なる僧である事も出来ない。合わない者との衝突が禅を高みに連れて行くと思っていたのだろう。冷めた言い方をすると、明慧寺とは、中にいる僧とは、了稔の禅のための装置となる。なので仏法に厳しく、了稔を嫌っている慈行などは、了稔の期待通りの木偶人形のような者になる。もちろん慈行は、それを知らないだろうが、慈行はずっと明慧寺に入れれば良いので、腹の中では了稔と同じ気持ちにだった。
     木魚達磨は慈行とした。払子守と同じと石燕は言っている。木魚は本来、魚が昼夜問わず目を開けたままであることから、修行僧に対して不眠不休の修行を説くために作られたものである。慈行は常信が座っていたことになぜ気づかなかったのか。榎木津は慈行に空っぽだと、子供だと言った。榎木津が言ったのはこんな理由では無いだろうか。慈行の中には修行しか無く、過去を覚える必要も、未来を考えることもない。それは虫取りに夢中な子供の心のようなものだ。慈行にとっては祖父の執着した寺の中が全てで、心を教える者もおらず、明慧寺に執着することによって、慈行は中身の無い空っぽの箱となった。木魚も中身は空なのだ。
     次は払子守だが、これについては難しかった。石燕は狗子仏性を見て、狗に仏性があるのなら払子の精も仏性を持っているのではないかと思い創作されたらしい。木魚達磨と払子守は同類であると書かれてもいる。この払子守は誰の見立てなのだろうか。パッと思いついたのは狗子仏性を今川に問うた泰全だ。泰全は了稔の死に方を聞いて、庭前柏樹と言った。僧が犯行をしたことは分かって言わなかったので怪しさはある。泰全は師のあとをついで、明慧寺について調べたが、いつの間にか明慧寺の結界に馴染んでしまった。その結界を壊さないために何も言わなかったのかもしれない。だが本当の払子守は仁秀ではないだろうか。今川と狗子仏性を話しているし、慈行との関係性が見られる。仁秀が大悟した僧を殺したのは嫉妬だと言っていたが、これは疑わしい。そのようなそぶりもなく、これは分かりやすく言葉にしただけで本質では無いと思う。仁秀は大悟した人物を仏と捉えて殺した。仏に逢うては仏を殺し、とは臨済の言葉だが、仁秀はそれを実践したのか。この言葉はもちろん比喩で、過去にも仏にも親にも囚われるなという意味になる。北宗禅を学んでいた仁秀が、南宗禅である臨済の言葉を実行したのかだが、これについては自分のことを無一物と言っていたので南宗禅にも親しんでいると思われる。そして最後のシーン、炎の中で大日如来が照らし出され、仁秀にその時が来たのだろうとも思うが、あれが北宗の悟りであるかは分からない。なぜ慈行を連れて火に飛び込んだのかというと、これは慈行の最後の発言が関係していると思う。「拙僧は中身なき伽藍堂。ならば拙僧は結界自体なり! 結界破るるならば消えてなくなれ! 外道如きに落とせるか! 諸共死ねっ!」この発言は仁秀にも当てはまるのではないか。中身も心もない伽藍堂で、仁秀は明慧寺にいる誰よりも前から山にいて結界を張っていた。つまり慈行と仁秀は似ていたのだ。何となくだが、仁秀の得た悟りは、結界を作り、その結界を破壊することかもしれない。仁秀が、もし死ぬことで悟りを見出したのなら、それは禅ではなく外道の大悟ではあるが、それは北宗でも南宗でもなく、仁秀の禅になる。破壊することで完成する禅を知って、弟子の晢童には生きる禅を教えてくれと常信に頼んだと思う。
     大禿はもちろん鈴だ。鈴の時間は火事の日から進んでいない。それは仁如も同じかもしれない。鈴は父の所有物のように感じていた。想像だが、母は父の言いなりだったろう。その中で兄を愛して体を重ねている。仁秀が鈴は人を惑わす娘だと言っていたが、それは子供の頃からだったのだろう。鈴の妖しい魅力には兄である仁如も抗えなかったのだ。父と兄の諍いは何度も目にしたことだろう。そして恋文が父に知られて、激しく叱られている時に、鈴は父と母を殺したのだ。それは自分のためでもあり、父を疎んじていた仁如のためでもあったことだろう。兄の子を宿し、兄と一緒にいるために親を殺すなんて尋常ではないが、そういう行動に至る環境であったのだろう。そして鈴は兄に拒絶されて、時間が止まってしまったのだ。兄に謝り、火に飲まれた悲しい最後だった。榎木津は鈴に対して、お化けと言った。鈴が人を惑わして、破滅をもたらす存在ということもあるが、実年齢と見た目が合っていないということを言っているのだと思う。それと大禿には別の見方がある。大禿の着物に描かれている菊は肛門や男色を示す隠語である点から、男色の破戒僧を風刺して創作されたものであろうとの説がある。男色で問題を起こした高僧というと、祐賢と、その昔に慈行を小姓にしようとした泰全が当てはまる。
     そして鉄鼠は常信だけではなく、祐賢にも菅野にも憑いている。祐賢にも慈行が犯人だという妄執にかられる鉄鼠がついていた。菅野は脳髄が指令する欲求から逃れたかった。そして明慧寺に来たが、その場所は了稔が作った脳髄の見立てだったのだ。欲望を呼び覚ます鈴の存在もあった。だが、それは脳髄のせいで自分は悪いのだと、脳髄のせいで要異性愛者なのだという言い訳にすぎないのだ。釈迦も弥勒も彼の下僕に過ぎない。彼とは誰か。彼とは自分だ。自分の中に釈迦も弥勒もいるのだ。それを菅野は榎木津のおかげで知って大悟した。曲亭馬琴著・葛飾北斎画『頼豪阿闍梨恠鼠伝』では、猫間光実の前に出現した大ネズミは、本文中では雄牛ほどの大きさとある。本書で牛というと、十牛図が出てくる。これを見立てると、牛も鼠も同じだということも出来そうだ。そして十牛図では、牛は自分と同じだと悟る。鼠が牛で、牛が自分で、自分が鼠。全てが自分の中で回っているのだ。
     疑うことから始まる禅では、その疑いが増幅して鉄鼠が憑きかったのだろう。これは他の僧侶すべて同じだ。鉄鼠の檻とは、鉄鼠が作った檻ではなくて、鉄鼠を囲う檻なのではないか。つまり、僧侶たちは、みな何かの妄念に支配された鉄鼠なのではないだろうか。これだけを見て、生臭坊主しかいないというのは間違っていて、人は悪い思いに支配されるのは当然だ。僧侶も人で、自己の思いと向き合う時間は長いだろう。そして明慧寺という閉鎖的な環境で、悪い方にいっただけなのだ。禅は自己の中で悟りを見出す。それは一人のためのもので、常信はそれでは世界は変わらず、人は救われないと思った。これは単純に考えれば分かることで、人を救いたいと思うのなら山を降りた方が良い。了稔の作った檻の中では常信の禅は完成しないし、了稔のための装置の中では常信の禅は悪い方にいってしまう。
     京極堂は関口に言う。「世界中が皆、同じ時間の流れの中にいると云う状態はーー果たして正常な状態なのだろうか? だから僕は小坂了稔が、否、和田智稔が少し憎い。否。豪く憎い」。この発言は自由を縛る存在に対しての怒りだろうか。仁秀が受け継いできた結界に対して、智稔や了稔は知らずのうちに新しい結界を作ってしまった。それによって様々な妖怪が生まれてしまったのだ。
     今までの作品は、別々の事件が実は繋がっていくという構造なのに対して、本書では事件そのものよりも個人に寄っている。個人の檻を開けていくことで、真相が見えてくるが、それは開けているのではなくて勝手に開いていくのだ。了稔の死によって結界が開いてしまったからだ。なので事件は成り行きで進んでいく。凶行は止められず、全てが整った時に京極堂が乗り出してきて解決する。妖怪は文化なので環境から生まれてくる。それを見事に表している小説だった。

  • 面白かった。10時間ちょいくらいかな、今日はもう展開がどんどん面白くなりすぎて5時間半ほとんど張りつき続けて読み終えた。愛。

    男だらけの三角関係とかやたら美形の僧侶とか兄妹近親相姦とかまさかの再登場ロリコンとか性癖百鬼夜行みたいな面々ばかり出てきて面白かった。
    マジでこれ本気で気になるんだけど京極夏彦さんって男色とか書くの好きなのかな?妙に濃厚だったよね、今作。
    前々から父と娘とか、なんか……刺激的なラブが好きなのかと思ってたけど。そういう世間の普通からは外れた性や愛を書くのが好きなんですかね。

    序盤の山下といい慈行さまといい割と昂りやすいようなキャラ出してくれるの助かる。好みなので。
    特に慈行さまがめちゃくちゃ可愛い。可愛いけど、どこまでいっても慈行さまが空っぽすぎたの悲しいな。けどそこが好き。最後、はっきり死を決断したのも良かった。潔いキャラは好きだ。
    山下も可愛い。キツい態度に反して口調が柔らかいのも可愛い。なんかもう山下の成長ストーリーだよなこれ。山下がんばれ。山下できる子。山下なら大丈夫。
    あと常信さんが祐賢さんを諭して悟りに導いたのがよかった。自分がやってもらったように「あなたのこと尊敬してるよ!」って伝えることでまた修行の道に戻すのがなんだか仲間同士の情という感じで好きだ。とか思ってたら殺された。ウケる。
    慈行さま推しです。

  • 今川が最高のキャラクタでした。お坊さんが多すぎて混乱しました。相変わらず京極堂の出番は少ないです。

  • 2012.7.1
    百鬼夜行シリーズ第4弾『鉄鼠の檻』
    『姑獲鳥の夏』『魍魎の匣』『狂骨の夢』と読んできたけど、一番面白かった。作品の「出来」という面でいえば『姑獲鳥の夏』に劣るかもしれないが、1300頁を超える本作は本当に読み応えがあった。過去の作品に登場した人物が登場することもその一因であると思う。
    「禅」がテーマの本作は箱根の旅館の庭に立つ柏の木の上から、突然凍死した僧侶が落ちてくる。そして明慧寺の僧侶たちに憑いた憑物を陰陽師の京極堂が落とす。
    京極夏彦の知識の豊富さには脱帽せざるを得ない。また文章も本当に巧い。

  • 百鬼夜行の檻から当分出られそうにない。私に少しでも禅や宗教の知識があれば、また違った感動があるのかもしれないと思うと読後やや悔しさが残る

  • まず、一回じゃ理解しきれない。
    禅と仏教がどう違うのか分からなかった。何となく分かったのが悟りを得れる禅と得れない禅があるのか、ということぐらい。一番印象に残っているのは飯窪さんの百足の話し。たくさん足のある百足にどうしたら歩けるのかと問えば分からなくなり動けなくなって死んでしまったというものだ。
    当たり前の事を考えると分からなくなる。遠くなる。あるものをあるがまま、ということだろうか。
    確かに禅は言葉で伝えられない。
    あともう一つ印象ある言葉が「時間と時間の隙間に落ちてしまったのだ」だ。こんな綺麗な表現があるだろうかと感嘆した。京極夏彦が描く女性は、どれもうつくしい。

    次作も腕を殺して読もう。

  • シリーズをここまで読んできた中ではいちばんの分厚さですかね。
    ビビりましたが、話自体はわかりやすかったです。
    榎木津が和田慈行のことを「子供」と言ったのはどうしてだろうと思ったのですが、明慧寺(みょうけいじ)の中で育ち俗世を知らない、世間知らずという意味だったのかな。

    以下、自分用のメモ(漏れや誤った内容が含まれている可能性が高い)

    <小阪了稔>
    明慧寺の建設担当。
    自身の願いを叶えるため、現在の明慧寺を作り上げた人物。
    覚丹を貫主としてスカウトしたほか、在籍する僧の出身寺からの寄付金を自身が名を連ねる「箱根の天然を守る会」に収め、寺の維持を行っていた。
    この先も明慧寺を存続させるため、取材を受けたり蔵の本を売り払ったりと色々な手を考えていた。
    最初に殺された。

    <覚丹>
    小阪了稔にスカウトされ明慧寺の貫主となった僧。
    実は禅宗の僧ではない。

    <大西泰全>
    明慧寺に古くからいる僧。
    2番目に殺された。

    <桑田常信>
    明慧寺の台所担当。

    <菅野博行>
    明慧寺にふらっとやってきて僧になった男。
    実は久遠寺の元同僚。(詳細は姑獲鳥の夏を参照)
    鈴を襲い、地下牢へ閉じ込められていた。
    3番目に殺された。

    <中島祐賢>
    明慧寺の風紀・教育担当

    <和田慈行>
    明慧寺の総務・人事担当。
    若いころから明慧寺で過ごしているため、外界のことをあまり知らないと思われる。
    明慧寺の実体を受け入れられず、自害。

    <仁秀>
    杉山哲童、鈴といっしょに暮している貧しい老人。
    明慧寺の雑用を行っている。
    しかし、その正体は明慧寺の真の貫主であり、悟りに至った僧4名を嫉妬から殺害した犯人である。
    火を放った和田慈行と共に死んだと思われるが、遺体は出なかった。

    <杉山哲童>
    仁秀、鈴といっしょに暮している青年。体が大きく力持ちで力も強い。
    日々公案を考えている。仁秀の殺人を行ったのち、公案に見立て遺体を動かしていた。

    <松宮鈴>
    松宮家の娘。
    兄の仁を愛し、子どもを宿すが(本人談。真偽は不明。)、関係を両親に知られ、反対されたため殺害。
    しかし、兄にも受け入れられず、兄によって実家に火を放たれたため山へ逃げ、仁秀に拾われる。
    菅野を誘惑し発狂させた。
    寺に火が放たれたあとは行方不明である。

    <松宮仁>
    松宮家の息子。
    鈴が両親を殺した後、実家に火を放って逃げ、出家して仁如を名乗っている。

    <飯窪季世恵>
    取材のために敦子や鳥口と明慧寺を訪れた。
    松宮兄妹と幼馴染。
    鈴の手紙を盗み見したことで仁と鈴の関係に気づき、二人の両親に告発した。
    その後に起こったことも含めて自身のせいではないかとトラウマのようになっている。

    <尾島佑平>
    盲目の按摩師。
    小阪了稔の殺害直後に現場を通りかかってしまう。

  • 箱根の宿、仙石楼の庭の柏の木に座ったお坊さんの屍体が落ちて来たのが始まりで、お坊さんが次々に殺される連続殺人に…

    エノさんの言うように「坊主が多すぎる」お話で、仏教の宗派や歴史、禅についての本当にまったく知識のない世界の蘊蓄多めだったにも関わらず、極メンのおかげでとても楽しく読めました。極メンはどんどんそれぞれのキャラが濃くなってきている気がしています。

    事件の動機は最後まできちんと読んでいかないととても理解できるものではなかったけれど、この頃には私もすっかり檻の中でした。
    そしてちょっとだけ坐禅や悟りを体験してみたいと思いました。

    とてもおもしろかったです。久遠寺翁が出てきたので姑獲鳥を読み返したくなっています。

  • 百鬼夜行シリーズ4作目。今回は禅のお話。山奥の謎寺、明慧寺で起こる連続殺人。檻の中で繰り広げられる問答。明らかに嫌がる京極堂と「犯人はいない」と明言する榎木津。果たして檻は壊せるのか……。
    姑獲鳥の夏とのつながりがすごい!姑獲鳥好きは必読!!→

    今回も私推しキャラ榎木津は元気(笑)あと、前作で好きになった鳥口もまぁまぁ活躍していて嬉しい。
    禅の話がとにかく難しく、何度も読み返したりしていたら時間がかかった。宗教難しい。あと漢字も難しい。
    殺人のオチはアレだけど、あっちのアレがうわーって感じ(相変わらず感想下手)面白かった!

  • 鉄鼠の檻
    200831読了。
    今年69冊め今月1冊め
    #読了
    #鉄鼠の檻
    #京極夏彦
    分冊で読んだけど、ひと作品としてカウント
    再々再々読くらい。
    2日で読了。
    読む度に面白さ、気付きが深まる。

    姑獲鳥や狂骨は酩酊具合が酷くて苦手だけど、魍魎、鉄鼠、絡新婦は読みやすい。

    京極は至極真面目な本屋さんでした。
    榎さんの活躍は少なめ。
    益田くんが目立ちますな。

    見事な領解である!
    傑作だ。

  • 再読。
    十数年前に読んだ時は、何だか小難しくってシリーズの中でも余り面白みを感じていなかったと記憶している。

    私の理解力が上がったからなのか、再読してみた結果めちゃくちゃ楽しめた。

    ボーイズラブならぬボーズラブには衝撃を受けたけれど。

    初めからそちらの目線で読んでいけば、また違った楽しみ方が出来るかも。
    (私自身は余り興味はないが)

  • 高校生の時に読んだはずが牛が白くなる話しか覚えてなかった
    中禅寺の話に出てくる禅問答がおもしろい 命をかけて座っているのだというのがそこからもわかる

  • 数えてないけど何回目かの再読。

    再読したのは昨年の年末、
    インフルエンザにかかって時間を持て余していた時。一人きりの隔離された和室で、
    ああ読みたいなー…と思ったのが
    この、鉄鼠の檻だった。
    インフルエンザで隔離…っていうのがイメージに合致したからかな笑

    最近再読した狂骨にも言えるんだけど、
    京極堂シリーズの中でもひときわ構成が美しい作品。
    あの膨大な文字数の中で、
    一貫して美しく堅牢な檻が構築されている。
    京極作品はわりとどの作品もそうなんだけど、物語そのものの計算され尽くした構成が凄すぎて毎回ため息がでる。
    何度も何度も知っている内容のものを読んでしまうのは、その凄さを何度も体験したいからなんだろうな、と自分では思っている。

    以下、内容…、
    …うーん、何度読もうが纏められる自信がないな。

    箱根の山中で発見された謎の巨刹で、不可解な死体が発見される。
    そんでなんやかんやあって、
    ラストは、
    おおっ、なるほどそういうことか‼︎…
    と巨刹の謎が解けます。←やっぱり上手に纏まらなかった笑
    長年のあいだ、閉じ込められていた、もしくは自ら閉じこもっていた、僧たちそれぞれの心理とか、動機とか、
    …言うなればものすごく説得力のあるファンタジー。
    もちろんシリーズの主要キャラクターも健在で、特に関口はたぶんシリーズの中でも1番リラックスしているんじゃないかなと思う。
    山歩きは大変そうだけど。

    それにしても幻の経蔵、
    あったら凄いのにな。

    読み終わったら最後、
    仏教に否応無しに関心を寄せてしまう作品。
    結局公案ってなんなんだ‼︎

  •  鉄鼠というのは、宗派の抗争に敗れて死んだ僧侶が恨みのあまり妖怪化したものである。この「妖怪概念」を実現化するために作者は異なる宗派の禅僧たちがともに修行している寺院というあり得ない設定を生み出す。

     ありきたりの推理小説のタイトルなら『箱根山僧侶連続殺人事件』である。
     『姑獲鳥の夏』で家族も医院もなくした久遠寺嘉親老人は箱根の山奥の旅館、仙石楼でだらだらと過ごしている。同じく逗留している古物商の今川雅澄。今川は戦時中、将棋を指す際に、いくつも勝手なルールを作ってやらせた変な上官の下にいたのだ。あ、榎木津かとすぐわかる。
     その仙石楼に、中禅寺敦子とカメラマンがわりのカストリ雑誌記者・鳥口守彦が取材にやって来る。さらに奥にある明慧寺が取材先だが、先に仙石楼入りしていた記者の飯窪季世恵の様子がおかしい。
     他方、京極堂こと中禅寺秋彦と「わたし」こと関口巽は箱根のそこからは山ひとつへだてた場所には逗留している。というのも、箱根の開発に伴って、古い書庫が発掘され、古書店を営む京極堂はその蔵書の鑑定と売却を依頼され、両人とも細君を連れて、旅行かたがた箱根入りしたのである。

     「わたし」関口が直接見聞きしていない部分は「あとから聞いた話である」と三人称で叙述されている。まず、仙石楼で奇怪な事件が起こる。逗留客たちがちょっと目を離したすきに、仙石楼の庭に座禅を組んだ僧侶の死体が出現するのだ。神奈川県警から警官がやって来る。ここで登場する益田は本作の事件でほとほと刑事が嫌になって、以後、薔薇十字探偵社で榎木津の下僕として登場することになるが、それはあとの話。
     警察の不手際に辟易した久遠寺老人は探偵を呼んでしまう。榎木津礼二郎の登場である。榎木津を何とかしなければと関口が呼ばれる。榎木津は雪の積もった中、足跡もなく座禅を組んだ姿勢の僧侶の死体が出現した謎を解くが、彼は依頼されたことしかしない。
     取材陣は京極堂も存在を知らなかったという謎の寺、明慧寺にはいるが、そこで第二、第三の殺人事件が起こっていく。そして、飯窪によって語られる15年前の箱根の殺人放火事件の謎。

     『オリエント急行殺人事件』のように、密室的な環境下での連続殺人事件。つまり、そういう環境が「檻」。犯人はこの中にいる、ってやつだが、みな坊主。本書がすぐれた禅宗入門ともなっていることは、あとがきの宗教学者のお墨付きであるが、禅の修行にまつわる坊主たちの話は刑事たちにはちんぷんかんぷんで、警察は完全に空回りする。というのも誰が犯人かはともかく、ホワイダニットが本作の肝なのだが、僧侶たちの関係性が警察にはさっぱり見えてこないのだ。京極堂は近くにいるのに動かない。言葉を使って呪う彼の憑き物落としは、言葉を越えたところにある禅には無力だからだという。さあ、どうする。

  • 明慧寺という閉鎖された空間内での坊さんたちの様々な感情が渦巻いているところや、仁秀の動機、そして
    京極堂ですら敗北を認めざるを得ない「禅」という概念に恐れを感じ、そうしたところがこの作品の雰囲気を漂わせている。
    山下が常信の言葉の意味をようやく解った気がすると言ったところはなんだかじーんとくるな。

  • 京極堂再読シリーズ4冊目。
    面白かった。
    どう言葉にしても、うまく言葉にならない気がする。
    文章も内容も読みやすいのに、
    分厚すぎて物理的に読みにくかった(笑)

    堅苦しいセリフが散りばめられているようで、
    内容はわかりやすくすっと入ってくる。
    いろんな視点からでないとわからない複雑な内容なのに、
    『あとから聞いた話である』の枕詞で関口くんが1つの視点(=読者)にしてくれていて、だから読みやすいのかと思う。
    それから雪景色やそこに浮かぶ黒い僧、映える着物の赤、炎。
    まるでそこにいるかのように色彩が浮かび上がって、
    人の嫉妬や想いが自分のことのように重なって見えた。

    これだから、すぐに次を読みたくなる。

    あと余談だけど慈行さんたまらなく耽美……
    榎木津との対峙はほんと身震いモノだった。

  • 前半を読むのに1ヶ月かかり、残りの後半をたった1晩で読んでしまった!
    前半の複雑な人間関係を理解するのにめっちゃ時間がかかり、理解してしまうと、あとはスピード感たっぷりで京極堂の解決待ちです。

    プロットも相変わらず冴えていて、真犯人も「そうきたか!」という感じ。
    そして、あえていくつかの謎は残して、いつか解決される日がくるかも?
    という期待もありました。

  • 内容は相変わらず面白い。
    特に長台詞の押し問答や掛け合いが好き。

    犯人の動機についてピンと来なかったから間違いなく私は普通の人。禅の考えにピンと来なかったから、巻末のあとがきにネタバレと書かれてもどこからどこまでがそうなのかちっともわからなかった。

    段々人間の登場人物が少なくってる気がする。
    次作はもっと置き去りにされやしないかと不安だ。

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著者プロフィール

1963年、北海道生まれ。小説家、意匠家。94年、『姑獲鳥の夏』でデビュー。96年『魍魎の匣』で日本推理作家協会賞、97年『嗤う伊右衛門』で泉鏡花文学賞、2003年『覘き小平次』で山本周五郎賞、04年『後巷説百物語』で直木賞、11年『西巷説百物語』で柴田錬三郎賞、22年『遠巷説百物語』で吉川英治文学賞を受賞。著書に『死ねばいいのに』『数えずの井戸』『オジいサン』『ヒトごろし』『書楼弔堂 破暁』『遠野物語Remix』『虚実妖怪百物語 序/破/急』 ほか多数。

「2023年 『遠巷説百物語』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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