生きるとは、自分の物語をつくること (新潮文庫)

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  • / ISBN・EAN: 9784101215266

作品紹介・あらすじ

人々の悩みに寄り添い、個人の物語に耳を澄まし続けた臨床心理学者と静謐でひそやかな小説世界を紡ぎ続ける作家。二人が出会った時、『博士の愛した数式』の主人公たちのように、「魂のルート」が開かれた。子供の力、ホラ話の効能、箱庭のこと、偶然について、原罪と原悲、個人の物語の発見…。それぞれの「物語の魂」が温かく響き合う、奇跡のような河合隼雄の最後の対話。

感想・レビュー・書評

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  • 当時、文化庁長官もつとめていた心理学者で心理療法家の河合隼雄と、小説家である小川洋子の対談が主な内容です。2005年と2006年に行われた二回分の対談が約100ページ、対談の翌年に亡くなった河合氏に向けた小川氏による追悼文が約30ページです。

    第一回は2005年の雑誌・週刊新潮における対談で、映画化作品も含めて小川氏の小説『博士の愛した数式』を主要な話題としています。これを受けて翌年に行われた第二回は、カウンセリング、箱庭療法、『源氏物語』、宗教(小川氏の両親・祖父母が信仰していた金光教についてを含む)、日本と西洋の価値観の比較など、扱うトピックは様々ですが、大きくは物語とは何であるかを巡る対話となっています。全般に、どちらかといえば小川氏が河合氏から知見を引き出す傾向が強かったように思います。河合氏がときおりダジャレを発すのは、村上春樹との対談同様でした。

    二回目の対談の終わり方を見る限り、継続的な対談が企画されていたように見受けられます。文字サイズも大きく一冊の書籍としてはボリュームが不自然に少ないのは、対談から二か月後に河合氏が倒れて翌年に亡くなったために計画が頓挫した影響でしょう。自然と小川氏による追悼文は、二回の対談を振り返る意味合いが色濃くなっています。

    以下、印象に残った言葉を私なりに箇条書きで要約して残します。

    ・友情は属性を超える
    ・良い作品(仕事)は作り手の意図を超えて生まれる
    ・分けられないものを明確に分けた途端に消えるものが魂
    ・やさしさの根本は死ぬ自覚
    ・魂だけで生きようとする人は挫折する
    ・カウンセラーには感激する才能が必須
    ・一流のプレイヤーほど選択肢が多い
    ・奇跡のような都合のよい偶然は、それを否定している人には起こらない
    ・物語を必要としなかった民族は歴史上、存在しない
    ・小さい個に執着すると行き詰まる
    ・人間は矛盾しているから生きている
    ・矛盾との折り合いにこそ個性が発揮され、そこで個人を支えるのが物語
    ・望みを持ってずっと傍にいることが大事

  • 裏表紙にある通り河合隼雄さんの最後の対談なのだと認識して読み始めたはずなのに、終わりに差し掛かる頃にはすっかり頭の隅っこの方に追いやってしまっていたようです。「また今度」と手を振った直後に死を思い出した(?)とでも言えばいいのか、強烈な余韻の中に取り残された気分です。ハリーポッターのシリウスかダンブルドア先生かが死ぬ場面か、最終巻で夢か現か分からない状態でプラットホームで先生と話していたはずがホワイトアウトする場面か、辺りと似たような感覚かもしれません。要するに「もっと話を聞きたいのに!」「教えて下さい、どうしたらいいのか!」という気持ちの問題です。心を落ち着かせてくれる、ときにはクスッとさせてくれる、絶妙な話を展開してくれただけに。

    二人の対談の中で今の自分の心にビビッと来たのが、昔の人は死ぬことを考えていたけれど、今では生きている時間が長くなって生きることを考えるようになった、というようなくだりです。学生の間はテキトウな間隔で社会的な区切り目があったのが、大人になったら還暦辺りまではしばらくノンストップな感じがあって、イマドキお年寄りと呼ばれるようになっても大病をしない限り寿命が分からない具合になっていて、そういうことを考えてたまに広場恐怖症のような感覚に苛まれることがあります。それと同じ位、人間どれだけスケジュールが未定でも、最後の一日に死ぬことだけは決まっているという事実を唐突に考えて背筋が凍るような気分になることもあります。ただし極端に気持ちが沈んでいるというわけでもなく。でも、どちらも割と人として普通なことで、そこに伴う恐怖心が物語を生んでいるということ、そして死んでからの方が長いという表現。別に新しい言葉だったわけではないような気もするけれど、悶々としていたこのタイミングで欲しい言葉に会えた感じがして嬉しかったのです。

    後は西欧一神教の世界観の話。日本人もキッパリしている人はキッパリしているけれど、ケースごとに細かったり、自覚無く軸が曖昧だったりして、一神教の世界の人からみたときに全く一貫していないと思われてもおかしくないのでしょう。私はキリスト教に触れざるを得ない生活をしてきたからか、一時その点で馬鹿みたいに葛藤したことがありました。細々としたところにおける自己矛盾に対する罪悪感みたいなものです。変なベクトルの真面目さはもう捨てよう、とどこかで思ったもので、今では若干思考を放棄していますが。でも、とにかく言わんとすることがよく分かった分、印象に残る話でした。尻つぼみ気味に終わっておきます。いくらでも対談に混ざり込んで傍で勝手に適当に雑談する感じで、ペラペラ話せそうですが。

  • 物語を作り出す作家・小川洋子さんと、人が生きる上での困難を受け入れるための物語作りに伴走する臨床心理学者・河合隼雄さんが「物語」について語り合う。一見全く専門性の異なる二人の世界が「物語」を介して交わるのが面白い。

    短いけれども示唆に富む内容で、物語の意義に加えて、日本の曖昧さ・混沌への許容度に接して何か癒されるものがあった。(104p. 人間は矛盾しているから生きている。)

    対談道半ばで河合さんがこの世を去ってしまったことは残念だけど、この本のヒントを手がかりに河合さんの他の著書を読んでもう少しお話を聞いてみたくなった。

  • 硬くなった心や頭をゆっくりとほぐして深く考える時間をもたらしてくれた1冊。
    何気なく手に取ったので、河合隼雄さんの最期の対談であったことも読み始めてから知りました。
    河合さんと小川さん、お二人の温かさと穏やかさがほくほくと感じられ、まるでお風呂に入っているような気分になりました。

    ですが、内容は穏やかなものばかりではありません。
    箱庭療法、御巣鷹山の飛行機墜落事故やアウシュビッツ、信仰、秘密を守ること…。
    そういった話題についての会話がやさしい言葉ですぅっと読み手の中に入ってきて、ゆっくりととどまる。
    それらはきっと、長い間とどまって、じわじわとにじみだすように後から効いてくるような気がします。

    村上春樹さんと河合さんの対談は私にはなかなか難しかったのですが、本書は私にちょうどよい感じでした。
    またいつか読み返そうと思います。

  • やさしさの根本は死ぬ自覚という言葉が強く心に刺さった。

  • 何度も読み返したい良本。
    図書館で借りて読んだので、我が家の本棚用に一札購入したいと思います。

    最も印象に残った言葉は
    佐野・・・布の修理をする時に、後から新しい布を足す場合、その新しい布が古い布より強いと却って傷つけることになる。修繕するものとされるものの力関係に差があるといけない
    河合・・・そうです。それは非常に大事なことで、だいたい人を助けに行く人はね、強い人が多いんです。そうするとね、助けられる方はたまったもんじゃないんです。そういう時にスッと相手と同じ力になるというのは、やっぱり専門的に訓練されないと無理ですね。我々のような仕事は、どんな人が来られても、その人と同じ強さでこっちも座ってなきゃいかんわけですよ。

    読後に起きた思い
    ・箱庭療法用の箱庭が欲しい熱再燃(用途は、心理療法用ではなく、自分のお遊び用)
    ・博士の愛した数式を再読したい
    ・博士の愛した数式の映画を見たい
    ・河合隼雄さんの本を読みたい

  • 私の人生の教科書がまたひとつ増えました。
    大切な、大切な本になると思います。
    あとがきで泣いてしまったのは初めてです。

  • 昔、ユングに興味があった時、河合さんの講演を聴きに行ったことがある。
    ユーモアに溢れたとても面白い公演だった。
    一番最後に、質問を受け付けていて、手を挙げた人がいた。
    「どうしてこの道に入ろうかと思ったのか」という問いだった。
    著作を読むと、動機について、教師をしていた時期に生徒の悩みを聞き、それを何とかしたいと思ったと、よく書かれてあった。
    しかし、その時の答えはちょっと違っていた。
    「何かこういう研究をしないと、自分がおかしくなってしまうのではないかと思った」と吐き出すように言われたのだった。
    私もこんな闊達で明るい人が、どうして重く苦しい心の研究をしているのだろうと不思議に感じていたので、何となく得心がいったのをよく覚えている。
    ご自分の中にも患者さんの抱えているものに匹敵する重い何かがあったのだろう。何かは知らないけど。
    恐らく仕事を通してそれは浄化されるのだろう。

    小川洋子さんの小説の世界を題材に、和やか、かつ刺激的。河合さんの最後の対談。
    西洋人と日本人の倫理観の違いが興味深い。

  • ブクログ談話室でオススメしていただいて読了。
    恥ずかしながら河合隼雄さんの存在を初めて知ったのですが、こんなにも真の意味で人は暖かくなれるのかと、その功績に触れてみたいと思う。ご存命でないのが非常に残念。
    ありのままに、死をも受け入れて生きていけば人はもっと優しくなれる。あなたも死ぬし、わたしも死ぬ。当たり前のことなのに、改めてその事実を受け入れて生きていきたいと願う。
    何かにつまづいている時にゆっくり読みたい本。

  • 生きることは物語であり、他者との繋がりもまた物語である。身近で大切な誰かの喪失を受け止め乗り越えるのためにもまた物語が必要である。

  • 河合隼雄先生が、各界の著名人とインタビューするシリーズの、一番最後の本となってしまった小川洋子さんとの対談。河合先生の対談の中で一番好きかもしれない!!
    一人一人の「物語」に興味を抱いている私にとっては、そうなの〜〜〜〜〜〜!!と身悶えするようなフレーズが満載。
    すみずみまで、実の伴った(「実感がこもった」どころじゃないよ)珠玉の言葉たちが詰まっていて、…河合先生がすごいのはもちろんなんだけど、これ、作家の小川洋子さんがやっぱりすごい方なんだなと。

    河合先生の死によって、この対談は心ならずも途中で終わってしまうのだけど、それによって書かれた小川洋子さんの「長すぎるあとがき」も素晴らしい。

    「物語」とはなんなのか、なぜ人は物語るのか、そんな問いを胸においている方はぜひ読んでほしい。


    好きな言葉はフレーズに登録したので見てください(笑)

    いや、読んだ方が早い。文庫だし、例によってスラスラ読める。ぜひ!

  • 悲しい出来事を受け入れるには、その事実だけでなく
    物語が必要とのこと。
    なるほどなぁ。

    大切な人が病気で亡くなった事実だけでは受け付けない。
    こんなタイミングだったから、とか
    これだけ頑張ってた人だから、とか
    それぞれの物語をつけたくなる衝動を言語化してもらった。

  • 読むだけで、カウンセリングを受けてるような気分になる。悪いものを悪いまま受け入れる「原罪」の話は、河合隼雄先生の包容力を感じると同時に、ポジティブ思考だけではかえって自分を見失うんじゃないかという、私の違和感への答えになった。不思議な物語を生み出す小川洋子さんとの対談は、期待通り、面白かったのだけど、それよりも「あとがき」が素晴らしくて。
    長いあとがきを読むことで、少しずつ、読むことの叶わなかった対談の続きの物語が、別の形で昇華されて行く気がした。
    それにしても、河合隼雄先生の遺作が小説であったことと、この対談のタイトルとの間に不思議な符合を感じるのは、考えすぎだろうか。

  • 臨床心理学者の河合隼雄先生と人の心を描き続ける小説家小川洋子が『博士の愛した数式』を皮切りに様々なテーマについて語った対談集。

    各ページのやり取りに心がポッと温かくなります。
    長い本ではないので、割とすぐに読めます。

    要約やかいつまんでの書評はできない内容ですが、自分の人生を物語として捉えるのっていいですね。

    特に様々な人生と苦悩に向き合ってきた河合隼雄先生が言うと説得力がある。

    特に最後の欧州と日本の違いは面白かった。
    日本人は意志を曲げたり、間違いを認めることは何とも思わないが、西洋の文化からすると、どうしても認めらないようなことになる。
    それは西洋には確固たる主体の自分がいるから、そしてそれは一神教をベースにしているからではないか。

    あと西洋宗教は原罪であり、日本宗教は原悲であるというのもなるほどと思った。

  • 数学は科学の女王。優しい、優しい、優しい。

  • 数年前に読んだときはピンと来なかった2人の会話が染み込んできた。

    曖昧を持ち合わせたまま生きてよいのだということ励まされた。合理性を過剰に求めなくていいことにも。なぜ小説が、物語が人間に必要なのかがよくわかります。とても癒される。

  • 小川洋子さんも河合隼雄さんも、お話を聞くのが抜群にお上手なのだなと感じる。ひと文ひと文が心にしみて、癒される。

  • 再読。
    クライアント自身のもつ力を信じて
    ただ、寄り添いアースとして存在する。
    そんな存在に近づいていきたいです。

  • 生きるとは、自分の物語をつくること。これは、修論で考えたこともあるし臨床を通じて少し理解しているつもりですが…

    河合先生のお話は、なかなかピントこないことが多いです。私の身体が持っている体験の器がぜんぜん足らないからだと思います。それでもずっと触れ続けていたいお話ばかりです。

    小川洋子さんのことば、文章は流れるようにきれいで、心に染みてきました。そんな作家さんがいたんだ、この方の物語も読んでみたい、と思いました。

  • 河合隼雄さん、最後の対談集。小川洋子さんも素敵な物語を書く方。もっともっもお二人のお話聞きたかったなあ。

  • お二人の対談のあたたかい雰囲気が文章から伝わってくる。
    作家と臨床心理学者という違いはあれど「物語」を大切に思っている点でお二人は共通している。
    小川洋子さんの「物語の役割」を先に読んだが、こちらは対談の流れのままに様々な話題に広がっていくので、よりいっそう物語や人生について深く考えさせられた。
    この対談のすぐ後に河合隼雄さんは病に倒れたことになるのか…。
    大変惜しい。お二人の対談の続きを、ぜひ読みたかった。

    「少し長すぎるあとがき」とで小川洋子さんは「先生のことを書くつもりがつい自分のことを話してしまう」と書かれていた。
    その一文に亡くなってもなお光を放ち続ける河合隼雄さんの存在を色濃く感じた。

  • 小川さんの『アンネ・フランクの記憶』の後に読むと、なおさら心に入って来る。小説家とカウンセラー、職業は違えど、「物語について、これほど柔軟で、どんな人の心にも寄り添える解釈を示したのが、作家でも文芸評論家でも文学博士でもなく、臨床心理学の専門家であったというのは興味深い事実」と小川さんも記している。人の物語に寄り添う河合先生の姿が、とてもよく伝わってきた。

  • 混沌の中に生きるということ。物語そのものの類型と、それとはべつに、自分のものとして生きるうえでのよすがになる力とを思う。梨木香歩さんや荻原規子さんのエッセイも思い起こして、偶然のちからということを、考える。

  • 臨床心理学者 河合隼雄先生と小川洋子さんの間で2005年と2006年に行われた対談。河合さんは2007年に死去され、氏にとって最後の対談となった。小川さんの長い後書きによると、本当は続きがあるはずだったらしく残念。
    箱庭療法、源氏物語など、いろいろな話題から物語とは何かを語っている。カウンセリングで患者と対峙する場面についての河合さんの話からは、一筋縄ではいかない優しさが伝わってきて感動した。読んでいると温かい気持ちになれる一冊。

    最も印象に残ったのは、長年、「なぜ小説を書くのか」色々な人から問われ続けてうまく説明できなかった小川さんが、”内面の深い部分にある混沌は論理的な言葉では表現できない。それを言葉にできるのが物語である”と、そういう解釈に触れて心底納得できたという話。文学者などではなく、心理学者から気づきを得たという点も面白い。2012年頃にとあるエッセイ集で小川さんが、人生を築き上げるとは、事実を自分なりにアレンジし、バランスをとっていくことで、それを”自分で物語を作る”というふうに表現していたのが好きで覚えていたが(さらに、それが出来なくなったときが”挫折”だとも述べていた)、それはこのときの対話がきっかけで考え得たことが窺える。

  • 小川洋子さんと、臨床心理学者の河合隼雄さんとの対談本。
    心理学的な話が主なのかと思いきや、数学や宗教に絡んだお話も多いです。
    「原罪」「原悲」や、西欧一神教の人生観についての話はとても興味深かったです。もう少し深く考えたいので、そのうちまた読み返したい。

    河合氏は、2007年に亡くなったそうで、もっとこのお二人の対談を読んでみたかったので残念です。この方の本もそのうち読んでみたい。

  • 河合隼雄という人物に触れなかった人生が恥ずかしい…。文化界の大家であると、経歴を見ずとも実感させられた。"おひさまにあててポカポカふくらんだ座布団のよう"な人。

    対話集なので軽やかにさらさら読めるが、さらさら素通りすることはできない言葉が詰まっていた。
    小川洋子、河合隼雄ともに、本当に厚みのある人だと思う。
    やさしくてたおやかな物言いでも、芯と実感が通っている。

    この本の良さを伝えられる語彙が自分にはなくて嫌になるなあ。
    ちょうど、フルHDのテレビ画面では4KテレビのCMが意味をなさないのと似ている。

    本当に、出会えてよかった本。それに尽きる。

  • 博士の愛した数式を、読んでから読みましょう。

    • naosampoさん
      期待外れだったのかな。(^^)
      期待外れだったのかな。(^^)
      2017/05/03
  • 河合隼雄さんと小川洋子さんの対談集+小川さんによる長いあとがき。
    というのも、本来はもう少し対談の章が続くはずだったのが、それが実現しないうちに河合先生が亡くなってしまい、最後が追悼文的あとがきになったのだとか。

    河合隼雄さんはユング分析心理学の第一人者で、臨床心理学者。著書や色んなジャンルの人との対談集も数多く出していて、私は20代半ばくらいまでのとても深く悩んで病んでいた時期に、河合先生の本にものすごく救われた。
    元気になるにつれて本を開くことは減っていって、この対談集は本当に久しぶりに読んだ河合先生の言葉だったけれど、心がそれなりに元気なときに読んでも自分の中に深く残るものはたくさんあった。
    小川洋子さんの著書「博士の愛した数式」にまつわる対話も多く、この小説を読んだ人なら楽しく読めると思う。

    人間は、辛いこと悲しいことも経験しながら生きていく。そこにはなかなか乗り越えられない出来事もあるし、思いを引きずったまま生きていくこともある。
    そうだからこそ、人は自分の人生を物語化して、整合性をつけようとする。
    「ああいうことがあったから、今の自分がある」と思ったりする。人生のひとつひとつが分離したものと考える人は少なく、多くの人はすべて繋がっているものと捉える。
    「どうして小説を書くのか」と問われたときしっくりくる答えを出せなかった小川さんが、物語を紡ぐ意味に気づいた瞬間の話がとても興味深かった。

    素人でただ趣味で物を書いているような私でさえ、とりわけ長い文章を書いてそれを人に読んでもらって、その人に言われたことで物語の中で起きている偶然の奇跡に気づかされることがある。
    意識ではなく、何かに導かれたような偶然。
    だからこそプロの物書きである小川さんがそういう偶然に触れることはたくさんあるはずで、理屈では説明できないところに物語の面白さがあるのだと思った。

    ユング心理療法の「箱庭」、実は私も中学時代の不登校だったときにやったことがある。その時は、こんなもので何が分かるんだろう、と思っていたけど、きちんと意味があって見方があることを、つくづく知る。
    昔読んだ河合先生の著書を、今一度読んでみようかと思った。

  • 理と文が混ざって境が溶ける時、一段深いおもしろさがある。物語と現実が溶ける時もある。もっとたくさん、このお二人のお話を聴きたかった。

  •  ユング分析心理学の第一人者で臨床心理学者の河合隼雄さんと、魂を掬い取るような物語を紡ぐ小川洋子さんの対談。

    「やさしさの根本は死ぬ自覚」「あなたも死ぬ、私も死ぬ、ということを日々共有していられれば、お互いが尊重しあえる」というお2人の考えになるほどと思わされる。
     カウンセリングするということ、物語を書くということ、日本と西欧との人生観の違い……などなど。150ページの薄い本なのに、温かい目線とたくさんの想いが詰まっていて、何度も読み返したくなる1冊です。

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著者プロフィール

1962年、岡山市生まれ。88年、「揚羽蝶が壊れる時」により海燕新人文学賞、91年、「妊娠カレンダー」により芥川賞を受賞。『博士の愛した数式』で読売文学賞及び本屋大賞、『ブラフマンの埋葬』で泉鏡花文学賞、『ミーナの行進』で谷崎潤一郎賞、『ことり』で芸術選奨文部科学大臣賞受賞。その他の小説作品に『猫を抱いて象と泳ぐ』『琥珀のまたたき』『約束された移動』などがある。

「2023年 『川端康成の話をしようじゃないか』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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