- Amazon.co.jp ・本 (501ページ)
- / ISBN・EAN: 9784103534235
感想・レビュー・書評
-
時間は多少かかったが読破。
「今までとは違う世界に入り込んでしまった」というほんのりファンタジー?SF?な雰囲気がわたしには合っていた。そんな分かりやすいくくりで済まされるような物語でもないが、独特の雰囲気を上手く説明することができない。
お互いを強く求める二人が今後どうなっていくのか非常に気になる。特に青豆。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
繋がった
book1では点だった部分が繋がった。しかも強く。
自分に言われているような、言い聞かせられてるような
そんな文章を目にして自分の歪みを認め、また
それを矯正すべく愛を与えられる、愛す事の出来る人間になろう
そして自分を愛せる人になりたいなぁと思う
そんな本でした。読み終えての陰鬱感たまんない。
そしてそのままbook3へ…
↑そが5つならんでるー! -
BOOK1での謎が徐々に解き明かされ、物語は核心へ…
BOOK1では半信半疑でしたが、BOOK2で完全にハマりました(笑)。
ので、★が5つに増えました。
『空気さなぎ』の書評に対して、天吾が反論するシーン、
『空気さなぎ』を「村上作品」、天吾を村上春樹に置き換えると、
そのまま当てはまりそうで面白かったです。
BOOK3が楽しみです。 -
読み終えた!この重々しいような、でもホッとするような読後感は村上春樹ならではだろう。この人の本を読むたびに、なんて頭のいい人なのだろう、と思い知る。本当にすごい世界。そう表現するしかない自分の小ささに無力を感じる。天吾も青豆も正しい世界で再会してほしかった。結局何の解決もない結末だが、天吾と青豆には区切りがつくところで終わった。疑問が浮かぶ前に、彼らの心理に惹かれる。久々に読み応えのある本だった。
-
流行っていたころ、図書館ではBOOK1が貸し出し中で手に入らなく、BOOK2から読みました。
適当に斜め読みしていたら、青豆の性別間違いました。最初はもちろん女性だと思って読んでいたんですが、アユミの青豆への気持ちややり取りで、青豆って男か!!と勘違いしました。異性同士で恋愛するだろうという固定概念はだめですね。そのすぐあとに同性愛だったのかと気づきましたが。(ノルウェーの森でもレズ出てきますもんね。)
数日後、BOOK1をよんだら、青豆の性別や名字が珍しいことについての詳しい説明が最初にされていて、驚きました。(2巻から読むと「青豆」は偽名やあだ名なのかと思いました)
こんな読みをしてしまったので評価は控えます。わたしのように勘違いした人はいらっしゃるのでしょうか?村上氏が万が一、性別間違いを仕組んでいたら惚れてしまいます。内容を忘れたころにBOOK1から読み直したい。 -
おもしろくなってきたー!続きが気になる。
-
1よりも嫌悪感みたいなものが少ない状態で読めた。
そしてやはり続きが気になる〜。
こんな感じはこの作品が初めてだから凄いなと思う。
3はどうなるのか?-
nyancomaruさん。そうですね。確かに重苦しく感じたかも。私は苦手意識がすっかり薄れたのでより入り込めました。
しかし、如何せん寝る前...nyancomaruさん。そうですね。確かに重苦しく感じたかも。私は苦手意識がすっかり薄れたのでより入り込めました。
しかし、如何せん寝る前のひと時だけの読書なので続きが気になりながらも眠ってしまい・・・誰かから逃げる夢を見ちゃったりして。2012/08/21 -
「誰かから逃げる夢を見ちゃったりして」
怖いですよね。
私は普段殆ど夢を見ない(睡眠時間が短いから?)のですが、「1Q84」読んでいる間に2...「誰かから逃げる夢を見ちゃったりして」
怖いですよね。
私は普段殆ど夢を見ない(睡眠時間が短いから?)のですが、「1Q84」読んでいる間に2回、夜に電車に乗って窓の外を眺めている夢をみました(休みだから普段より寝たからかな)。2012/08/29 -
nyancomaruさん、最近は読んでも夢を見なくなりました。慣れたのか?余程疲れてるのか?(笑)nyancomaruさん、最近は読んでも夢を見なくなりました。慣れたのか?余程疲れてるのか?(笑)2012/08/29
-
-
人と人が手を握り合うことの大切さが、繰り返し丁寧に描かれる。
登場人物誰もが囲いの中で傷つけられ、そこから抜け出し、強く孤独に生きている。
結びつきを拒絶しつつも求めずにはいられない。
青豆と天吾もお互いを強く求め始める。
「人の生命は孤独な成り立ちのものではあるが、孤立したものではない。」
なるほどねー、深いです。
でも、天吾は相変わらず加瀬亮のままです。 -
初版本だぞ、ってふんぞり返ることのできる本はあまりないと思うのだが、これだけベストセラーらしいベストセラーはあまりないかもしれない。大型書店に入ると、初版本コーナーではなく、何しろ『1Q84』コーナーができているのだから。そこにはしかも「次回入荷未定」などと書かれているのだ。まるでマイクロソフトの新製品の売り出し現場みたいだ。
活字が読まれない時代に、なぜ村上春樹の本だけは売れるのだろう。誰が買うのだろう。誰が読むのだろう。おっと、見かけた。山手線の車内。中高年の少しインテリ風な眼鏡をかけた女性が読んでいる。なるほど、でもまだ目撃したのはわずか一名。多くの人は日経新聞などを広げているだけだ。だれがいったいどこで『1Q84』を読んでいるのだろう。結局、ぼくにはわからない。
『うずまき鳥クロニクル』あたりから、村上春樹は変わったとぼくは書いた。ノンフィクション『アンダーグラウンド』、翻訳ドキュメント『心臓を貫かれて』を含め、いわば現実世界から投影され、影絵のように歪められ壁に映った真実、というような気配を、この作家が書く世界に感じるようになったのだ。
それまではあれほど社会参加意欲がなく、世界に対し無関心で、個人の心の内側にばかり世界を展開して見せていた作家が、いきなり外界に向けて暗視ゴーグルのような眼差しを向け始める。これほどの変化を見ることは、小説読みという娯楽の中では、確率的にあまりないことのように思える。
ところが、『海辺のカフカ』で、村上春樹はあの初期三部作に似た世界に戻っていってしまう。死者の気配を追いかける生者の限界といったような……。ネズミはこの世から消滅し、そしてカフカは消滅した何者かに出会う。この世とあの世を行き来する小説、といえばホラーと決めつけられそうだが、村上春樹はホラー作家ではない。どちらかと言えばハードボイルド作家であると言った方が近い。
本書は、死の世界と隣り合わせにありそうな居心地の悪い現実世界に生きる、二人の男女のなかなか交差しにくい恋愛小説である。そう、一言で言えばラブロマンスなのだ。しかし現実と思われた磐石なはずの世界が、いつの間にか他のものにすり替わっているとしたら……。そんな徹頭徹尾、怖い話を書くから、いつも村上春樹という作家はホラー作家に見えたりもしてしまうのだ。
肌触りの悪い恐怖。ちょっとした違和感がもたらす眩暈。そんな不安定な生の中心をぎしりと支える背骨のような存在。それが二人の恋愛である。幼い頃かばい合った記憶。互いに孤独を貫きながら、一瞬の交流の記憶を感じた。それが終生の宝のような感触となって二人の内側に残る。
なかなか出会いにくい二人は、いつの間にか裏側の世界で、出会ってはいけない出会いを経験する。世界が、あまりに強引なパラドックスに軋むような出会い。
いつにもまして具体的でストーリーテリングが冴える村上節が貫き通されている。安心して読めるからこそ村上は世界複数ヶ国語に翻訳されて拡散してゆくのだろう。1984年から、未だ見ぬ1Q84年にスライドしてしまっていた二人を捕らえる様々な冒険は、まるで『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』のように奇妙で、切ない。
こんなハチャメチャなストーリーで読者を引っ張ってゆく幻惑の文章を持つからこそ、村上ワールドは常にブレーキを持たず走り続ける。活劇のようで、ファンタジックで、しかもホラー的肌触りにぞわりと神経を撫でられる恐怖まであり、とサービス満点の世界展開が保障された小説。いつもながらの村上キラキラ作品だと言っていいだろう。