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この作品に関連する談話室の質問
この作品からのみんなの引用
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学校は「ふつう」や「あたりまえ」であふれかえっていて、その学校を卒業した人たちで世の中が出来上がっているのだから
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お母さんは優しい。もしも人生で一度しか「ごめんなさい」が言えないのなら、ぼくはそれをお母さんにつかいたい。でも、もしも両親のどちらかをナイフで殺さなければならないことになったら、お父さんより、お母さんのほうを、泣いて謝りながら選ぶかもしれない。うそ。なんで。わからない。わからない。ぼくは壊れてなんかいないのに。
― 62ページ -
たいせつじゃないけど正しいことあるよな。しょうがなくて正しいこと、ほんとうは間違っているのに正しいこともあるよな。正しくなくてもたいせつなことだってあるんだ。でも、たいせつじゃないたいせつなことは絶対にないんだ。たいせつなことはどんなときにもたいせつなんだ。先生は正しいことを教えるために先生になったんじゃないんだ。先生は、大切なことを教えたいんだ。
みんなの感想・レビュー・書評
ふとしたときに
無性に重松作品を読みたくなる。
考えさせられると同時に心が軽くなる。リセットされる
また重松作品にふれたくなる。
これもまたそんな作品です。
ずっと隣にいてくれる、こんな先生いてくれたらなあ、と思わされる。村内先生が大切なことしか言わないのなら、この本には大切な事しか書いてない。
学校の先生になりたかった頃の気持ちを思い出して,ちょっぴり懐かしかった.中学生や高校生の朝読書の時間には,こういう本を読むべきだと思ったくらいオススメの作品です.
学校の先生のお話。
短編集なんだけど、全部泣いた。
いっぱい泣いた。
学校でこういうの読むべきだと思う。
生徒も先生も。
村内先生のような先生に心から出会いたかった。
ひとりぼっちじゃないと寄り添ってくれる先生。
わたしたちは生きていて、ほんとうにたいせつなことを伝えることができているのだろうか。言葉というものは確かに存在するけども、ほんとうに伝えたいことはなにひとつも伝えることができていないような気がする。
村内先生のように、きちんと生徒に向き合い、ゆっくりでもいいから伝えたいことを伝える。たいせつなことしか話すことができないというのは、裏を返せばそのことは村内先生がたいせつだと思っていること。双方向のコミュニケーションではないけども、会話のキャッチボールができているわけでもないけども、その言葉はきちんと相手の胸に届いている。それがすごくうらやましい。
たくさんのひとのそのときに「間に合う」ことができたと安堵する姿はとても印象的だった。
個人的には「ハンカチ」「カッコウの卵」がお気に入り。
(325P)
重松清はほんとハズレなし。忙しくて家族とか友達とか同僚とか周りの事に気を使えなくなっちゃってるなって時に読むべき作家。
先生ものはよく読む。
ただ、あまり心に響くものはなかった。
この作品の中のような先生は
現実には難しい。
しかし、だからこそ、そのメッセージが伝わる。
久しぶりに心が震えた。
重松清さんの本をどれか読みたくて、数冊あった中から装丁で選んだ本です。
中学校の臨時国語教師「村内先生」をめぐるお話で構成されています。
悩める中学生にそっと手をさしのべる村内先生。
吃音障害をもっている国語教師。
だからこそできること、わかることがある。
私も村内先生みたいな先生に出会いたかったなぁ。
どもりながらのセリフで不覚にも笑えるのも好きです。
そしてどの話でも必ず涙腺がやばくなる。
とても素敵な本でした。
今年入ってから 重松清乱読中 。
その中の一冊 。
・・・そして 読み終わってから
時間がたって
あたしの中の
鮮度が落ちてしまったので
細かいレビューは 再読後にしようかな・・・
先生になってから読んだらまたすごく重いんだろうなー。
みんなが村内先生にはなれないでしょう。。一緒にいてあげること。
せめて信じて側にいてあげられるように。
双方の人がいる問題って難しい。被害者と加害者
どっちにだって、思うところはあるし家族がいる。私は決めつけられない。
いい話でした。特に最後の話が泣けた。
「嘘は、悪いことじゃなくて、寂しいことなんですよ」
ムラウチ先生のたいせつな言葉が胸に染みます。
泣きました。
人の気持ちを思いやる大切さ、人から受けている優しさの素晴らしさを
感じました。
吃音障害をもった国語の臨時赴任教師の村松先生。
先生は国語の先生なのに、うまく喋る事が出来ない。
だからこそ先生は本当に本当に大切な事しか話さない。
様々な悩みを抱えた生徒にそっと寄り添い、ヒントを与えてくれる。
何のかりものでもなく先生自身の言葉で、、、
私も学生時代色々な悩みがあった。悩みが深ければ深いほど、誰かに相談する事も出来ずただただ苦しかった。
村松先生の様に悩んでいる事を敏感に察知してくれて、ただ側にいてくれたら、どれだけ心が救われただろう。
ただ側にいるだけで伝わることってきっとある。
私もそんな風に人に接したいと思いました。
重松清を読むのは初めてでしたが、いい作品でした。
吃音の先生が悩みを抱える中学生たちと向き合っていく。
先生は、強くなれとも、何が正しいともいわない。ただ、側にいてほしいときに側にいてくれる。こういう先生はいないし、いても教育現場は成り立たないかもしれない。
でもこんな先生も一人は学校にいてもいいなと思う。
この作品は短編で、個人的には最後の辺りの教え子と先生が再会する作品がよくて泣ける。
まあ、ベタだね
学校もの、個人主義礼賛、君はそのままでいいんだ的な軽いヒューマンタッチ…
だけど、うまくはまると、抜群に面白い。やり過ぎるとはなじろむだけ
オススメは、ハンカチ、背景ねずみ大王、カッコウの卵かな
短編集で読みやすい。
途中まではあんまり好きではない…です。
が、最後の「カッコウの卵」すごく好き。
仕事中に読んでいたにも関わらず、涙が出そうだった。
たいせつななにかをしっかりと。つかんで、それから。たいせつななにかを優しく。包んでやる。ための。手のひらなんだよ。
村内先生、大好きです。
本当に彼は“大切なこと”しか話さない。
決して優しくない現実の中、話の終わりに少しだけ希望が見えます。
重松さんの作品はいつもそうですが、それがリアルなんですよね。
この本の中では「カッコウの卵」が特に好きです。
“一人ぼっちだから嘘をつく”。
全くその通りだと思います。
2年前に木内さんが表紙のイラストで購入したもの。
文庫化してるのを発見して、慌てて読みました。
こういう先生が居たら良かったなあと思えるぐらい、冒頭の「ハンカチ」は自分の鬱屈とした中学時代と見事にバッティングして、読んでて辛かった。
何かにすがりたいけれど、どうしても上手くすがれない時に、「そばにいるよ」という言葉がどれだけ力強いことか。
つらい時に出会った内の一冊。
勇気を持って話すこと、伝えることが大切なんだということを学んだ。

「村松先生」のようなひとは現実にはぜったい居ないけど、居て欲しくて、居ないと困る。最後のお話が泣けた。





