ハンチバック

著者 :
  • 文藝春秋
3.30
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本棚登録 : 7095
感想 : 823
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  • Amazon.co.jp ・本 (96ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784163917122

感想・レビュー・書評

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  • 当事者が描く重度障害者。

    率直に言って、かわいそうな感じが起こらない、ドロドロしたユーモアに溢れた小説。
    読みながら戸惑って圧倒される。
    こんな赤裸々にアブノーマルな欲望を見せられてよいのか戸惑いを覚える。
    そして、ときにはその歪みに共感を寄せることもできた。
    普通のものを手に入れられなかった経験がある人なら、ある程度わかる部分があるのではないか。
    けれども、この障害者は、心を入れ替えようが天地がひっくり返ろうが、身体を変えられない。
    私自身はどうだろう。
    手に入れようと思えばできることもある。
    代わりになるものを見つけることもできる。
    諦めなければならないものの土台が違う。

    障害者だからこその歪さ。
    自分の中にある障害者に対する同情の心を炙り出し、障害者とはなんだか綺麗で儚いもので守ってあげなきゃいけない存在っていうテンプレに気づかされ、自分自身の浅はかさに愕然とさせられる。

    まっすぐな背骨を持つ自分では持ちようのない、ゆがんだ女性性への憧れと憎しみ。
    読みながら、主人公の釈華のもつセックスや妊娠への欲望めいたものに圧倒された。

    描写としては性描写、それも下劣で品性のない描写が多く、愛とかそんなもん一切ない欲で満たされた三流以下のポルノ小説が展開されたり、SNSでの炎上間違いなしな不謹慎なつぶやきだったりで構成されている。
    なのに、そこにはちゃんと文学的な詩的部分が存在していて、読み手に新しい世界を見せてくれる。

    印象に残ったのは紙の本への憎悪。
    嫌悪しつつも読書家である釈華は、読書のために背骨がさらに歪んでいくような感覚を抱く。
    私も紙の本派だが、読書バリアフリーなどと考えたことはほとんどない。
    なんとなく電子書籍を憎み、紙の本を文化の象徴として考えているくらいだ。

    本を読む。ささやかだが確かな幸せすら、我々健常者は、障害者から奪っているのかもしれない。

    これまで読んできた障害についての本や物語では、開けっぴろげに困難や悩みを描いていても、やはり根底には「みんな違ってみんないい」という多様性を認める立場、言ってしまえば綺麗事にしてしまう立場で語られるものを読んできた。

    この本には、黒いユーモアがあり、結局歪んだ自分を認められない障害者の弱さや心の奥底に沈む込んだものを見せつけてくる。
    そこには解決とか解消とか前進という言葉はなく、アブノーマルな想像でなんとか生き繋いでいる一つの生命の形がある。
    体が歪み、心も歪み、そうして生きていくしかない。
    それでもやはり社会とは完全に切り離されないからこそ、自分自身の特異性を意識せざるを得ない障害者の立場が印象深い。

    障害者の持っていないものを持ち、不幸なことを知っている体で、寄り添おうと上から見下げる健常者を寄せ付けない負のエネルギーに満ち満ちた作品で、非常に刺激的な体験だった。

  • 人間としてワンクッション置かれている存在だからこそ視える健常者を基準とした人間存在の証。そうしたものが近くにあるけど届かないからこそ産まれる感情的な攻撃が描かれているのかなと思いました。
    むしろ健常者の憐れみに対して攻撃をしていくことで彼女は生きていけるのではと個人的に思ってしまうラストでした。そんなことせずとも生きれる道を求めているのかなとも感じて少し脳内が混乱しています。
    短い内容なのでさらっと読めるけど考えることが多い読後感でした。

  • 最新の第169回芥川賞受賞作。この作品には女性重度身体障害者の苦悩が書かれているが、健常者にも立派な苦悩がある。そして両者の苦悩に比較の意味はない。自分と他人の比較に意味はないことと同じだ。

    誰でも欲望や希望はあると思うが、性欲が思うようには満たされないということを公共の場で女性が言うのは中々難しい社会であるのに、ハンディキャップのある彼女が小説でそれを表現し、芥川賞受賞という形で世に訴えられたことは大きな意味を持つ。自己表現の場がネット社会で広がった今、多くの人がネット上で自己主張をするようになっているが、とても勇気のある主張がこの作品でなされた。

    個人の性欲は個人的に解消する。しかしそれを彼女は簡単にはできない。ならばそれをどう解消するか。簡単のためここまで性欲と表現したが、主人公の井沢釈華は作品で、二つの夢を語っている。一つは、生まれ変わったら高級娼婦になりたい、もう一つは、妊娠と中絶をしてみたい、である。娼婦も中絶も、表立って言えないことである上、どちらも社会的なことであるので、相手がいないことにはできないことである。ハンディキャップがある文学少女の主張として、性欲を社会的に人知れず解消したいと強く思っているのだ。

    読後の違和感は、現実を反映していないように感じられること。それを強調させてしまう設定として、井沢が大金持ちの箱入り娘であることだ。実際作者市川もお金持ちなのだろう。そのことで苦と楽が一般と逆になっている様に見えることもこの作品の特徴である。一般的には、富はなくて苦だけど、欲は満たせる。一方で、井沢は富があり楽だけど、欲は満たせない。後者の、富があり楽なのに、欲は満たせない方がギャップがあり根源的に苦しく、さらにハンディキャップを持つため不自由であることで、より一層苦しいのだ。富が苦悩をより強めている。しかし、苦しみが多い分、必ず報われている、世の中そういうものだ、実際名誉ある芥川賞を手にした。

    現実は、富がなく欲も満たせないというのが多くの人が感じていることであろう。お釈迦様が説いた、一切皆苦「人生のすべては苦しみにほかならず、自分の思うままにならないものであること」、という言葉が思い浮かんだ。

  • 説明不要の芥川賞受賞作である。
    第一印象は、書かれるべくして書かれた小説というものだった。健常者が想像で障害者の生活を書くのではなく、障害のある方が私小説としてその生活を書くのである。社会に隠された、声なき者ではなく、声ある者として。もちろん、障害のある方が受賞したということ自体がとても意義深いことである。

    紙の本での読書が健常者の特権なのだという喝破はその後の読書体験を大きく変えるものとなった。

    とはいえ、それとこの作品が得意かどうかはまた別問題で、私自身は本作の言葉の使い方やその強さが、非常に文章が巧みなだけに一層、しんどく感じてしまった。意義だけで読書をするわけではないのである。

    市川さんの次回作はどんなものになるのだろう。障害を扱われるのだろうか、それとも全く別の世界を描かれるのだろうか。

  • ここに書かれてある怒りは、ある意味とても普遍的なものだと思った。
    もちろん大変な困難を抱えて日々を過ごしておられることと同列にはできないんだけど、誰にでも、なんで自分はみんなと同じことができないんだろうと思うことはあるだろうから、その妬みとねじくれた呪詛にきっと共感するはず。

    ただ、読書が体を酷使する作業だというのは誰にとってもそうであるはずだし、障害者という線を引き過ぎていると思う。
    人にはできないことがたくさんあって、いわゆる健常者に分類(そんなのは分類できることではないと思うけど)される人も、それぞれ人には想像できない困難を抱えているものだと思う。

  • この本の感想って言葉にするべきじゃない気がするけど、唯一言いたいこと。
    この本を読んで、過激かもしれないけど
    誰の気持ちも分かってたまるか、と思いました。
    (個人の感想です笑)
    本当に芥川賞!な作品だし、ここ数年で読んだ本で1番生きている小説でした。必読です!!!!

  • 障害者の人がもっと暮らしやすい国になればいいのにと普通に考えてはいたけど
    何にも知らないし大して考えてもいないことをぐさぐさと知らされた。
    でも身近にもいないしどう考えていけばいいのか全然わからないまま。まずは考え続けることのきっかけになりました。

  • 障がい者であるがゆえに見えている世界を、素直な気持ちのまま描いたのだと思った。紙の本偏愛に関し、本の匂い、ページをめくる感覚、左手の残りページが減っていく緊張感が好きというのは私のみならず本好きなら皆持っているであろう感覚。のんきな健常者の傲慢というのは確かにその通りだが、指摘されてもまったく嫌な気にはならなかった。むしろ別の世界が覗きみられて新鮮な気持ちだ。

    「人生も背骨とともにS字に曲がってしまった」とか、ユーモアがあってただの卑屈な愚痴には見えない。「不自由な体だけど前向きに幸せに生きてます」みたいなよくある話はむしろ痛々しくなってしまう私。不自由な体でも芥川賞作家となった著者のまっすぐな作品を目の当たりにして、むしろ背骨はまっすぐなくせに私の人生はこのままでよいのだろうかと考えてしまった。

  • 書かずにはいられない人が好きです。
    書かずにはいられなかった小説が好きです。
    それを読むために、自分もまたしがみついて生きていこうと思えます。
    紙の本をめくって、その感想を公開する優越感とともに。自分の執着もまた存在して良いのだと、押しつけていくために。

  • 重度障害者の釈華は両親の遺産でグループホームの部屋に暮らし、Webで社会とつながり、怒りを発信する

    ○紙の本、電子書籍について、良くも悪くも考えさせられた
    ○読み終えて目眩を感じる
    ○金属の太く鋭い針で覆われているような

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