新装版 富士山頂 (文春文庫) (文春文庫 に 1-41)

著者 :
  • 文藝春秋
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  • Amazon.co.jp ・本 (258ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784167112417

作品紹介・あらすじ

新田次郎 生誕一〇〇年 記念刊行富士頂上に気象レーダーを設置せよ! 国家プロジェクトにのぞむ気象庁職員の苦闘を、新田自身の体験を元に描き出した傑作長篇

感想・レビュー・書評

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  • 会社に来ていた方の講演内で話題になっていたので手に取ってみた。
    半分弱は気象レーダー設置案件を通すための官僚的な折衝、その後は実際の工事、台風接近による対応といった形で物語が進む。

    折衝がほんとうにめんどくさそうだなとは思うところはあるものの、全体的に富士山自体が醸し出す特別感が良くも悪くも、登場人物たちに影響を及ぼす様子が印象的だった。
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    富士山という日本の象徴に結局は無条件降伏したまでのことであった。だが、彼には、そのときはそれで立派な理由に考えられた(p.13)
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    「ひとつお願いがあるのですが」
    伊石監督が葛木に云った。
    「この富士山の工事に関係した人の名前は同銘板にきざみこんで、レーダー観測塔の壁に貼りつけるから、しっかりやってくれと作業員たちに直接云っていただきたいんです」(p.132)
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    本書を読んでいる最中にタイムリーに槍ヶ岳に行くことになったので、テントの中でも読み進めた。
    後半は実際の山のシーンが多く登場してくるので、体感を持ってレーダー設置の困難さを実感しながら読むことができたと思う。
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    「葛木君、あの検査官の三人は山に強いぞ、山に強い人は、七合あたりから激しい頭痛が始まって、頂上につくころにはもう山の大気に馴れてしまう。つまり山酔いの反応が早く現れて早く消えるものだ」(p.201)
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    葛木はその直径12インチのブラウン管の中に、おさめ取られた広大な範囲の、電波的景観に、打たれたように見入っていた。大アンテナが廻転する音が頭上でした。その大アンテナのパラボラから、2メガワット(2000キロワット)という、強い電磁波が富士山頂から見えるかぎりの地形に、丁度富士山頂に強大な光源を置いたと同じように、照射されているのである。葛木の家に当ったその電波もこの富士山頂に返送されて来ているだろうし、北アルプスの槍ヶ岳の頂上に立っている数人の登山者からの反射波も、ブラウン管上の白い映像の一点を形成していることは間違いなかった」(p.204)
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    読み進めているうちに、実際に槍ヶ岳の山頂に到達。実際にそこに立ってみると遠くに富士山がちゃんと見える。壮大な風景の中で、電波が行き交っているのだなと、普通に読む以上のバイアスはあるかなと思いつつ、本書を数倍楽しむことができた気がする。

  •  富士山の頂上に気象用のレーダーアンテナを設置する大仕事を成し遂げるまでの話。
     役所内の調整であったり業者との調整であったり、天候との戦いであったり。城山三郎『官僚たちの夏』を彷彿とさせる、今では考えられないような骨太な(つまりコンプラをガン無視するような)エピソードが盛りだくさんなので、そういうエピソードが好きな人には刺さるのではないかと思う。

  • 「新田次郎」が自身の体験を元に描き出した傑作長篇『富士山頂』を読みました。

    『芙蓉の人』に続き「新田次郎」作品です。

    -----story-------------
    富士山頂に世界一の気象レーダーを建設せよ!
    昭和38年、気象庁の元に始動した一大事業。
    測量課の「葛木」を始め、その任務を受けた男達は、熾烈な入札競争、霞が関の攻防、暴風雨が吹き荒れる3776mの苛烈な現場と闘いながらも完成に向け邁進してゆく。
    著者の体験を元に、完遂迄の軌跡を活写した記録文学の傑作。
    -----------------------

    昭和42年(1967年)9月の『別冊文藝春秋』で発表された作品… 「新田次郎」が気象庁測器課長として実際に経験した、富士山頂の富士山測候所に台風観測のための巨大レーダーを建設する様子を描いた物語です。


    気象庁は、2億4千万円の予算が確保できたことから、昭和38年(1963年)から昭和39年(1964年)かけて、台風観測のために、富士山頂に気象レーダーを設置する計画に着手… 責任者である測器課長補佐官(建設時には測器課長)の「葛木」は、予算化までの旧・大蔵省における予算の復活折衝、大手電機メーカー各社による激しい入札争い、政治家や政府高官を使った圧力等の困難な問題に立ち向かいながら、レーダー設置実現に向けて邁進する、、、

    富士山の馬方や強力の組合を統一させ富士山頂までブルドーザーを使った輸送方法の確立、建設が始まってからの3,700メートルを越える高所で高山病に苦しみながら働く建設会社の現場監督や労働者の苦難、ヘリコプターの能力を超えた危険なドーム輸送に立ち向かうヘリコプター会社の人々とパイロットの活躍等、苛酷な現場を経験しないと描くことのできないリアリティのある描写に、引き込まれてしまいましたね。

    富士山頂気象レーダー建設という事業を軸に、難事業に取り組んだ人々に多角的にスポットを当て、錯綜した動きを追うことで、奥行きのある作品に仕上がっていたと思います… 愉しめました。

  • 著者の山岳小説と思って読んでみたが、これはちょっと違った。なに?気象庁内と、富士山レーダー発注にあたってのゴタゴタの話が半分で、過酷な環境の中、作り上げていったというのは、内容的にあまりなかった。
    逆に、主人公は著者自身だと思うが、ちょっと横柄すぎるかな。読んでいて、不快に思うところもあった。逆に、レーダーはできたが、それをメンテナンスする人が泊まる宿舎をきちんとできなかったという反省もしているところは好感がもてた。(そのことを作業員に言わせているが、著者自身の反省だっあのかな。)

  • 人生をかけた大仕事を成し遂げる過程がよくわかる。ノンフィクションなので、臨場感あり。関係者なら、役所の体質と調整する苦労がよくわかる。

  • 富士山頂における台風観測用のレーダー建築に、気象官として携わった作者の自伝小説。

    富士山頂での困難な工事に立ち向かうという冒険の描写はありつつ、大蔵省との折衝(予算説明)や「幽霊」(有形無形の圧力)の跋扈などが強調され、山の小説というよりは官僚小説といった趣であった。

  • 気象衛星の登場で今では使われなくなった富士山気象観測レーダー建設の物語。
    業者の選定や現場とのやりとりなどが作者の体験を基にしてるだけに実話に限りなく近いと思う。
    淡々と展開する場面もあるけどかなりの葛藤があったろうなと容易に想像できるのはやはり簡単な仕事じゃないと思うからか。

  • 富士山の気象レーダー設置プロジェクトにおける小説。でかい仕事を成し遂げようと思えば、ひとりではできない。というか自分ひとりでできることなんて、たかがしれている。組織の中で組織を動かす勘所が散りばめられている。覚悟、人の和、何を捨てるか…。

  • 史実に基づいた話。葛木測器課長の姿は気象庁の役人と作家の二足の草鞋を履いた著者がモデルになっている。
    ここぞというところで意思を曲げず、押し通す。
    この人がいなければ、こんなに短時間で、
    富士山レーダーは実現しなかっただろう。

    ヘリでレーザードームを山頂に運ぶ山場や、
    台風に宿舎が飛ばされたり、責任者が噴火口に
    落ちてずぶぬれになりながらも、運用にこぎつけた。
    伊勢湾台風で膨大な被害をだしてから5年ほど。
    気象衛星ひまわりが運用されるまで、この日本を
    守り続けていた本当にすごい大事業に、
    ロマンや、男たちの心意気や誇りなどを感じる。
    まさに、プロジェクトXの初回にふさわしい内容。

    しかし、富士山山頂ということ以上に困難なのが、
    国の組織と役人たちの勢力争いに、許可庁の横暴、
    マスコミや企業の圧力。
    はっきりしない正体の幽霊の出現に、さすがの葛木も上司の村岡観測部長のことを考えると妥協せざるをえなかったが、相手方の自滅により助かった。実際に似たようなことがいくらでもあるのかもしれない。
    それにしても、いろんな人と渡り合い、押し切るところは押し切り、引くところではいくらでも頭をさげ、富士山頂での頭痛を乗り越える体力もあり、文才もある、周りの人にはさぞ煙たかろうが、著者はすごい人に違いない。誇張もあるかもしれないと思ったが、別の人の手記にも同じエピソードが出ているので、現実に近いところもたくさんあるのではないだろうか。

  • 『八甲田山』などの山岳小説で知られる新田次郎の作品。富士山レーダーの入札から稼働の物語。山岳小説でありながら、入札における企業間の駆け引きなど、産業小説としての一面も持ち、読み応えがある。
    リアリティがあり迫真の物語だなぁと感じたが、本書の背景などを調べてみると、事実を題材にしていた。しかも、著者である新田次郎はこの富士山レーダー事業の気象庁側の担当課長であり中心人物の一人。この仕事には、思い入れがひとしおだったのだろう。良書。

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著者プロフィール

新田次郎
一九一二年、長野県上諏訪生まれ。無線電信講習所(現在の電気通信大学)を卒業後、中央気象台に就職し、富士山測候所勤務等を経験する。五六年『強力伝』で直木賞を受賞。『縦走路』『孤高の人』『八甲田山死の彷徨』など山岳小説の分野を拓く。次いで歴史小説にも力を注ぎ、七四年『武田信玄』等で吉川英治文学賞を受ける。八〇年、死去。その遺志により新田次郎文学賞が設けられた。

「2022年 『まぼろしの軍師 新田次郎歴史短篇選』 で使われていた紹介文から引用しています。」

新田次郎の作品

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