やさしい訴え (文春文庫 お 17-2)

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  • 文藝春秋
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  • Amazon.co.jp ・本 (285ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784167557027

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  • 長い間、瑠璃子は夫に傷つけられていた。精神的にも身体的にも。唐突に思い立った彼女はやさしい思い出の詰まった別荘へと籠る。そこで出会ったチェンバロ制作者とその弟子に時に癒され、掻き乱され、帰っていく。

    ところで、本編と関係ないようで恐縮ですが、瑠璃子さんは作中ずーっと恋仲となるチェンバロ制作者新田さんを「新田氏」と地の文で語るんですよね……どこのヲタクやねん‼ と終始吹いていました。そういう方、わたしと同志になれます。いませんかね? おかげで読み終えるまでどうにも瑠璃子さんが若干ヲタ系でイメージされていました。むぅ……。

    まあ、それはさておき、楽器を女性にたとえる陳腐な文句というのはよくある話なのですが、それが肉体を指すのか心を指すのかは本人たちにしか分からない。瑠璃子さんはまさしく肉体的に触れられたわけだけど、一方チェンバロ制作者新田さんの弟子である薫さんは精神的に新田氏に支えられている。対比関係がいろいろと出てくる小川洋子さんらしい関係だなあ、と思いました。
    ただ、わたしが読んできた小川洋子さんの小説は、けっこう独特の色が変わらずにそこにある感触だったのですが、『やさしい訴え』は特色を持ちつつも少し違う手ごたえがありました。正体はわかりませんが……なんだろう? いつもより洗練されていない……というと語弊がありますが、そう、情報量が多い気がしたんです。きっと、チェンバロなど古楽器やその制作、カリグラフィーなど、わたしが知らない世界を多く見せていたからだと思います。視覚訓練士なんて初めて聞きましたしね。別荘なんてまさに「夢」「想像上のもの」です。
    いままでわたしが読んで来た小川洋子さんの小説は、実に似ている箇所が多い。
    ・登場人物が基本的に上品かつリア充
    ・女が夫の浮気に悩まされがち
    ・女主人公が何かしらを失う(単数も複数も)
    ・三角関係が重複
    ・三角関係の蚊帳の外にいる人物もたいてい存在
    ・金持ちが多い
    ・特殊なお仕事に従事する人が多い
    ・医者率が高い
    ・犬派(犬派の私は嬉しいですが猫派の方はどうお思いなのでしょうか?)
    ・ご飯を作ったり食べたりする場面が何度か入る
    ・フェチっぽい描写が多い
    ……これくらいでしょうか? もっと固まった型がありそうですが、わたしにはまだまだ読んだ量が足りていません。
    いずれにしろ、幻想小説だと言われている(はずでしたが、記憶が曖昧なので不確か)わりに艶めかしいんですよね。「営み(という表現が出てくるたびになんだかほくそ笑んでしまいますが)」が出ちゃいますしね。
    だけど、たしかにこの世界は神秘的で触れたいものの、薄い膜でおおわれていて、読者は踏み込めないようになっている。そういうもどかしさが好きな方には小川洋子さんの作品をばんばん読んでいって欲しいですし、尾崎翠さんの作品にも手を出していって欲しいですね。

  • どうして、小川さんの文章は、こんなにも静かで流れるように綺麗なんだろう。
    カリグラフィー、初めて聞いた言葉でも、すんなりと頭に入ってくるのはどうしてだろう。
    とても良かった。

  • ・「でも、どんな重大な出来事でも、紙に書くと一行か二行で終わっちゃうんですよ。『目が見えなくなった』とか、『無一文になった』とか、アルファベット十個か二十個で用が足りるんです。だから自叙伝の仕事をしていると、気が楽になることがあります。世の中何でも大げさに考えすぎない方がいいなあ、って」

    ・「                   人前で、弾けなくなったんです」

    ♪『予言者エレミヤの哀歌』

    ・「私には祈らなければならない人がいるんです」

    ・待っていますと言ったのに、新田氏はわたしと入れ違いに、福島へ行ってしまった。

    ・「チェンバロが鳴っている間、僕はいくら無言でいても相手を傷つけることはない。うんざりさせるような余計な一言を、もらしてしまう心配もない。誰でも僕のチェンバロの前では、信頼に満ちた眼差しと、思いやりのこもった指先を向けてくれる。つまり、そういうことなんです」

    ♪『やさしい訴え』

    ・「でも時々、その形が見えなくなる。輪郭がぼやけて、手がかりが消えて、不安に陥る。迷いを持たない形のはずなのに、どうやってもそれをなぞれない。どこかがはみ出していたり、かすれていたり、うまくなじんでくれなかったりするんです。薄暗い防空壕の中で僕が探していたのも、そんな絶対的な形のロボットだったんだろうなあ」

    ・「眼鏡を直さなくちゃ」
    薫さんがつぶやいた。
    「壊れちゃったんです」

    ・「もうこれ以上、失いたくないんです」
    わたしの胸に、薫さんは顔を埋めた。身動きできなかった。彼女を受け止める以外、ほかにしようがなかった。

    ♪チャイコフスキー『懐かしい土地の思い出』

  • 瑠璃子、薫、新田―それぞれ過去の深い傷を抱えた3人の物語が、幾分か非日常的な空間に展開してゆく。物語の舞台は、おそらく八幡平あたりの別荘地。しかも、新田と薫とは、この人里離れた地でチェンバロ製作という、なんとも優雅な仕事に従事している。そこに瑠璃子がやって来るのだが、この地は、3人のそれぞれにとってアジールだったのだろう。そこでの静かな暮らしと、瑠璃子の熱い情念の物語。そして、瑠璃子の情念は静かなチエンバロの透明な音に収斂してゆく。ラモーの「やさしい訴え」、そして「預言者エレミアの哀歌」が美しく響く。

  • 小川洋子でこの本が一番好きです。

  • 三角関係。どちらかというと主人公以外の二人の関係だけの小説が読みたい。

  • 不倫をしている夫から逃れるため、山荘の別荘へとやってきた瑠璃子。
    そこで、チェンバロ製作者である新田氏、彼の助手である薫さんと知り合い、仲良くなっていく3人。
    瑠璃子は新田氏と特別な関係になるものの、やはり最後は薫さんの存在に負けてしまうというちょっと切ないようなストーリー。
    なんとなく、異世界に紛れ込んでしまったような印象を受ける別荘での出会いと出来事。

  • 2013/04/16
    小川洋子の描く世界観はとても好きなのだけど、この作品は瑠璃子と新田氏にあまり感情移入できなかった。
    自分勝手な主張を言いがちな瑠璃子と、大事な人がいるのに流されて結局やっちゃう新田氏。笑

  • チェンバロを巡る不思議な話。
    小川さんの描かれる恋愛小説は、どんなにどろどろの愛憎劇でも不思議と透明感があっておとぎ話のように感じてしまう。
    この本もいわば三角関係、不倫、DV、殺人事件、トラウマetc。。。
    題材としてはややもすれば陳腐になりがちなものばかりなのに、筆者はするするとすべてをチェンバロという不思議な楽器の音色で奏であげてしまっている。
    「やさしい訴え」や、「懐かしい土地の思い出」等の名曲を知る良いきっかけを与えてくれたことにも感謝。
    それにしても、筆者の多岐にわたる専門知識の深さには驚かされるばかり。

  • 2013 3/7

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著者プロフィール

1962年、岡山市生まれ。88年、「揚羽蝶が壊れる時」により海燕新人文学賞、91年、「妊娠カレンダー」により芥川賞を受賞。『博士の愛した数式』で読売文学賞及び本屋大賞、『ブラフマンの埋葬』で泉鏡花文学賞、『ミーナの行進』で谷崎潤一郎賞、『ことり』で芸術選奨文部科学大臣賞受賞。その他の小説作品に『猫を抱いて象と泳ぐ』『琥珀のまたたき』『約束された移動』などがある。

「2023年 『川端康成の話をしようじゃないか』 で使われていた紹介文から引用しています。」

小川洋子の作品

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