わかったつもり 読解力がつかない本当の原因 (光文社新書)

著者 :
  • 光文社
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  • Amazon.co.jp ・本 (216ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784334033224

感想・レビュー・書評

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  • 読む時、結論ありきで読んでいないかとか、読み手に都合がよいスキーマを当てはめて文章を理解したつもりになっていることが何回も指摘されています。内容的に示唆に富むと思います。

  • わかったつもり
    →浅い理解から抜け出せない

    わからない→わかる
    はできる
    わかる→よりわかる
    は、「わかる」が、邪魔をする

    ■文脈がわからないとわからない
    →どのスキーマを使ったらいいかわからないから

    私たちの中に既に存在しているひとまとまりの知識
    →スキーマ

    頭の中には膨大な知識がある
    全体の知識の一部分にスポットライトを当てて使えるようにすることを 、 「活性化 」と呼びます

    訳がわからなかったのは 、 「文脈 」がわからず 、したがって 、 「スキ ーマ 」の発動のしようがなかったから

    男の朝の支度の描写も
    「失業者」であることを想像すると
    ひとつひとつの読み込みがかわる
    それは、
    「意識されないほとんど自動的 」なもの


    同じ部分から 、異なる意味を引き出して

    「文脈」から「意味」が引き出され
    部分の「記述」につながる


    文脈は 「諸刃の剣 」です 。適切な文脈がなければ 「わからない 」状態を引き起こしますが 、存在する文脈が強力であればあるほど 、それによる間違いを引き起こす可能性が高くなる

    ■読み飛ばし、わかったつもりの種類
    ・最初から
    ・結果から
    →変化を読み飛ばす
    ・いろいろあるのだな
    →いろいろというので、もう追求をやめてしまう

    読み手が自分の持っている 「ステレオタイプのスキ ーマ 」を文章に簡単 ・粗雑に当てはめてしまうこ
    →間違ったわかったつもり、を生み出す

    ■わかったつもりの壊し方


    自分は 「わかっている 」と思っているけれど 、 「わかったつもり 」の状態にあるのだ 、と明確に認識しておく

    文脈による意味の引き出し
    →引き出された意味による、矛盾、無関連
    →関連づける


    ■仮定を構築することは 、無限定に許されるものではない
    →整合性があるかどうか

    ■整合性と正しさは異なる
    →正しい、と言い切れるものは無い
    →整合性をたもっていればその解釈は認められる

    ■わからない、について

    ①文章や文において 、その部分間に関連がつかないと 、 「わからない 」という状態を生じます 。
    ②部分間に関連がつくと 、 「わかった 」という状態を生じます 。
    ③部分間の関連が 、以前より 、より緊密なものになると 、 「よりわかった 」 「よりよく読めた 」という状態になります 。
    ④部分間の関連をつけるために 、必ずしも文中に記述のないことがらに関する知識を 、また読み手が作り上げた想定 ・仮定を 、私たちは持ちだしてきて使っているので
    ■文脈

    ①文脈がわからないと 「わからない 」 。
    ②文脈がスキ ーマを発動し 、文脈からの情報と共同してはたらく 。
    ③文脈がそれぞれの部分の記述から意味を引き出す
    ④文脈が異なれば 、異なる意味が引き出される 。
    ⑤文脈に引き出されたそれぞれの意味の間で関連ができることで文がわかる


    ステレオタイプ
    無難
    よきもの

  • 自分の読み方は固定観念に捉われていることを実感した。これまでの読書は自分の考え方や過去の経験を掘り起こすようなものであったが、一文一文から筆者の想いを読み取り、さまざまな考え方を味わいたい

  • 《ものごとには、いろいろなものがあります。そして、ものごとにいろいろあるのは当たり前です。いろいろな人間がいますし、いろいろな形の車があります。ですから、いろいろあるということは、あまりに当然です。したがって、「いろいろあるのだな」と認識した時点で、実は人はそれ以上の追求を止めてしまうのです。これが「『いろいろ』というわかったつもりの魔力です。》(p.140)

    《文章を読んで概略や解釈を述べるときに、「当たり障りのないきれいごと」が出てきたら要注意なのです。》(p.172)

    《文脈の交換によって、新しい意味が引き出せるということは、その文脈を使わなければ、私たちにはその意味が見えなかっただろうということです。すなわち、私たちには、私たちが気に留め、それを使って積極的に問うたことしか見えないのです。》(p.177-178)

    《整合性のある会社は、複数の存在が可能です。したがって、唯一正しいという解釈は存在しません。しかし、ある解釈を「整合性がない」という観点から否定することは論理的にも実際にも可能で、しかも簡単です。ですから、「正しい」と「間違っている」という判断は、シンメトリーなものではありません。後者は明確に判定できますが、前者は「整合性はある」とか「間違っているとは言えない」という判定しかできないのです。》(p.206)

  • まじでこれは学生社会人問わず読んでほしいなあ
    まぁ、それこそ既存の固定概念のせいでこういう本を「理解」出来る人は少ない気がするけど

    いわゆる大学受験ガチ勢には予備校で習った国語の内容が懇切丁寧に書いてある印象を受けそう

  • 小説を読んでいて、なんとなく自分の読解力が低いのではないかと感じていた。それを解消するために本書を読んだ。「わかる」とはどういうことか、「わかったつもり」とはどういった状態のことか、なぜその状態に陥るのかを解説し、そこから「わかったつもり」から脱出するための方法を提示している。まず、わかったのは、自分は字面を追いかけているだけで、「わかったつもり」になっていること。そして、「わかったつもり」を脱出する方法はあるが、なかなか難しい。でも、日ごろの読書で脱出するための方法を心がければ、より良い読み方ができそうだ。

    難しい本ではないので、中学生や高校生が国語の成績を上げるためにも本書をお薦めできる。

  • 本書は哲学書ではない。純粋な文章読解力の向上を目指した本である。(最終的にセンター国語の問題を解いたりする。)

    本を読む時に私たちが表層的な理解をするのみに留まってしまうのは、文章の内容が『わからない』からだと思われがちである。しかし実際には『わからないところがない』文章ほど深い理解が出来ないものである。(文中では、小学校の教科書で扱われるような簡単な文章が引用されている。)

    『わかったつもり』という安定状態に落ち着いてしまうと、私たちはそこからそれ以上に情報を受け取ろうとしなくなってしまう。常に『わかったつもり』という悪魔が私たちを支配しているということを忘れてはいけない。

    作者は色々なパターンの『わかったつもり』を挙げている。
    ・結果、結末を知っている
    ・「いろいろ」で片付けられる
    ・読み手が前提知識をもっている
    ・「勧善懲悪」のような既知の文脈
    等である。それぞれについて、読み間違えしやすい典型的な文章が、説明のために用いられており、たいへん読みやすかった。

    皮肉なようだが、僕はこの本の内容を「わかったつもり」になってないと、自信を持って言うことができない。

  • たくさん本を読むなかで、自分が理解できているのか不安になり手に取った一冊。
    タイトルにあるように、「わかったつもり」になっている原因は、分かったが、これに対しての対処法まで欲しかった。

  • これでブクログでのレビュー200件目になるらしい。
    2005年刊行。
    半年で4刷出ているから、結構話題の本だったようだ。

    一言で言えば、文章の読解がなぜ難しいかを明らかにした本。
    ブクログでの評価がそれほど高くないのでびっくりしているけれど、私には大変有益な本だと思われる。
    平野啓一郎さんのスローリーディングにはあまり感銘を受けなかったけれど、西林さんのように、読みが深まらないメカニズムをきちんと説明されると納得できる。
    細部をきちんと読まないといけないことも、素直に了解できる。

    読むというプロセスは、文脈がスキーマ(その話題についての一般的な常識)を喚起し、両者の情報により、部分と部分の結合が緊密になることだという。
    そして、読みの深化を妨げるのが「わかったつもり」だという。
    具体的には文章構成から、あるいはスキーマから影響されるのだとか。

    そして、誤った読みと正しい読みの関係も、すっきり整理される。
    本文の情報との整合性がない読みは、誤った読み。
    整合性に問題を引き起こさない仮定や、常識を介入させた読みは、妥当な読み、可能な読みとなる。
    正しい読みという言い方はやめれば?というところに、激しく同意。

  • 何が何だかわからない文章を読んだ場合、我々の気持ちは安定してはいない。その場合、我々はわかろうと努力する。
    怖いのは、わかったつもりになることだ。わかったつもりになると、それが不十分であろうと、間違っていようと一応、我々の気持ちは安定している。
    安定しているのだから、この状態を壊すのは、難しい。

    著者の西林克彦さんは教育学の教授。「わかる」ことに関する著書が数冊ある。
    「まず 、自分は 『わかっている 』と思っているけれど 、 『わかったつもり 』の状態にあるのだ 、と明確に認識しておくことが必要です 」。
    この認識は難しい。本書の素晴らしい点は、多数の教材を読者に与え、「わかったつもり」を実感させてくれる。まずは、「もしもし電話」という小学低学年の読むテキストで、不十分な「わかったつもり」が実感でき、「正倉院とシルクロード」というミスリードの罠、満載のテキストで間違った「わかったつもり」が実感できる。

    「こうした 『わかったつもり 』の状態は 、壊すのにかなりの努力を要します 。それを実感していただければ 、本章の目的は果たせたかと思います 」とあるとおり、仕掛けの豊富な良書と思う。

    個人的には、おっちょこちょいで、簡単に「わかったつもり」になる。やはり、「わかったつもり」は避けた方が良い。本そのものも、面白い。おすすめの★4つ。

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