六の宮の姫君 (創元推理文庫)

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著者 : 北村薫
  • 東京創元社 (1999年6月20日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (283ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784488413040

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六の宮の姫君 (創元推理文庫)の感想・レビュー・書評

  • 芥川の『六の宮の姫君』を巡るミステリー。主人公の「私」とともに近代文学の資料を読み解いていくような感じ。
    近代文学が好きじゃないと辛いかも。学生時代に円紫さんと私シリーズを読んではいたものの、これだけ途中で挫折。○年たった今、再び手に取りようやく読了しました。

    芥川は「六の宮の姫君」という作品を指して、「あれは玉突きだね。……いや、キャッチボールだ」と表現したという。「六の宮~」は今昔物語の同タイトルの話を芥川が新たに書きなおした王朝もの。この作品からなぜそんな言葉が出てきたのか。芥川は何を思い「六の宮~」を書いたのか、それが「私」と円紫さんや周りの人たちにより少しずつ明らかになっていく。

    芥川が自殺した後、葬儀の際に総代を努めたのが菊池寛。
    芥川と菊池は対照的な作家と言われ、小説で芸術を突き詰めたのが芥川なら、菊池は大衆小説の大御所になる。
    芥川と菊池は昔からの友人だったが、芥川が菊池の作品について肯定的に言及していることは少ない。
    芥川が、中学(旧制中学)の時に書いたのが『義仲論』という文章。この文章の中で語られた義仲像こそ、芥川のなりたい人物そのものであった。
    その他、各作品において、芥川は「自分のなりたい人物」を登場させている。
    芥川は仏教の往生という概念をよりどころとしている節が見受けられる。
    仏教の教えのごとく死を受け入れることをよしとしているような。「義仲」のような人になりたいという気持ちを貫いている。

    一方菊地。
    菊地は各作品において、仏教の往生という概念を壊し、生に縋る人こそ人間そのものだ、という。
    その概念を、菊地は芥川同様自作の中に籠める。

    ……こんな感じのことがだんだんと明らかになっていく。
    そして『六の宮の姫君』は、生死の概念において、芥川が菊池と完全に袂を分かつ意思を告げるために描いた作品であることが判明する。
    つまり『六の宮の姫君』は、小説という芸術の分野においての、芥川からの決定的な別れの手紙だった。

    「六の宮の姫君」が書かれたのは、芥川が自殺する何年か前。そのとき二人の芸術的な道は分かれていた。それでも、葬儀の総代を菊地が務めたという点に、二人の絆を感じる。
    二人の天才が歩んだ道を、「私」と一緒に眺めることができて本当に良かった。

    芥川の研究書のような様相だけど、物語なので、ところどころでに
    「私」がいろんなことを想ったり主張したりしている。
    「私」は余り強く物を言う方じゃないけど、序盤(p91)の、文章の評論家に関する批判めいた主張はニヤっとしつつ同意した。

    一度は挫折して、もう読めないだろうと思った本だけど、年を重ねると読めるし、面白いと思うことがあるんだなとしみじみ感じた本です。

  • 「太宰~」から遡る旅を続けている。前回紐解いた時に印象に残ったまさしく旅にでる(正ちゃんとドライブ)のみならず、芥川、菊池らを巡る過去への推理の旅も初読より十年以上もの年を経た今、理解を深めることができる。とはいえ、拙い私(コレは登場人物ではなく、コノ自分のこと)にとってはややこしく、レベルの違い過ぎる頭脳の自分の限界をまざまざと見せられるということに他ならないのだ。トホホである。

  • 読み始め…17.7.16
    読み終わり…17.7.17

    円紫さんと私シリーズの4作目
    「六の宮の姫君」

    大学4年を迎え卒業論文を書くことになった「私」は、文豪・芥川龍之介をテーマに
    芥川作品の「六の宮の姫君」を掘り下げ、文学を巡る歴史の謎の探求に奔走する。

    "あれは玉突きだね。....いや、というよりはキャッチボールだ"

    メインとなる謎は芥川龍之介の謎めいたこの言辞。
    「六の宮の姫君」の作品誕生の秘話ともいえるこの言葉にはどんな意味あるのか....

    とっても難しかったです。
    芥川作品の中身をほとんど何も知らずにうん十年生きてきて...ほんと恥ずかしい...。

    それでもこの本を読むことで
    北村先生から芥川について少し学べた気がしています。
    何か一つでも読んでみなければ!と思えただけでも大きな収穫。

    今回「私」は大学4年生ということで
    新しい出会いありがあれば恩師との別れなどもあり、卒業
    そして就職と、大人になっていく成長の過程がぐぐっと大きく感じられました。

    なによりいちばんなのは「私」と正ちゃんとの友人関係。
    同じ価値観であれだけ議論しあえるっていいなぁ.....羨ましい。とても好きな場面です。
    そして加えてもう一つ、「円紫」さんと「私」の関係もすごく好き。
    自分より頭のいい人(年上で男性で! ^^)と、やっぱり同じ価値観を共にできる
    時間が過ごせるというのはもうね、羨ましいにほかなりません。

  • あらすじは分かりやすい。
    芥川が自分の作品『六の宮の姫君』について呟いたというコメントを巡り、主人公が調べ物をする。
    と書くととても地味だが概ねそんなところなので仕方がない。

    日常の謎といえど学が必要かと思わせる。
    言っていることそれぞれは分からなくは無いのだが、イマイチピンと来ない展開だった。

    それにしても、フィクションはどのくらい入ってるのだろうか。

  • 芥川龍之介「六の宮の姫君」の意図にまつわる文学ミステリー。人の繋がりの不思議を感じた。ミステリーでありながら、再読価値のある本

  • ぼんやりとしか知らない分野の話だったけれど、昔を紐解くように辿っていくことで、国語便覧の中の人からかつて生きていた一人の人間としての実体が浮かんでくるのが面白い。今後本屋で名前を見かけても、これまでの記号としての名前とは全く違った印象になるだろうと思うと、とても楽しみ。時間をあけてまた読んでみたい。

  • 円紫さんシリーズ3作目。小説に絡めた文学批評でミステリー。こういう形で書く必要があったのだろうか、このシリーズで。読解力の弱い自分としてはとても読みづらかった。でもこのシリーズは好きだから読みたいし。一作目とはかなり趣きが違う。

  • 円紫シリーズの外伝的小説。相変わらず文体が心地いいが、今回はミステリーと言うより文学評論的な要素が多く、いつもの作品とは別物の印象。でもやはり面白かった。

  • これをミステリーと呼ぶのかどうか?大学の卒論でヒロインが友人・正(しょう)ちゃんこと高尾正子、江美ちゃんたちと芥川のこの作品を研究し、菊池寛の同名作品に到達する。二人の作家の交友と微妙な関係を探し当てていく書物探索の旅という小説。そして実は北村氏自身の卒論でもあったという解説!「男もすなる」土佐日記が登場するが、北村氏自身が紀貫之を真似たかのよう!

  • 佐藤夕子氏の解説によれば
    この「六の宮の姫君」は作者が
    早稲田大学第一文学部時代に
    ものした幻の卒業論文のタイトル
    という側面も事実としてあるそうだ。

    この作品は普通のミステリー愛好者
    にはお勧めしにくいが、大学で国文を
    専攻しようと考えている人や、さして
    考えもせずに国文学科に入ってしまい、
    卒業論文なるものを書くということが
    どういうことかも皆目見当すらつかない
    という気の毒な人になら、お薦めできる。

    ただし、シリーズ一作目から虚心に、
    ただ作品の謎解きの論理展開を楽しみ、
    その手法に少し慣れ、かつ面白いと
    思えた人にだけ。

    国文学の研究とはこのようなものだ。

    人に与えられた問いかけではなく
    文献を読み漁り、資料や史料にあたり、
    観察に次ぐ観察を積み重ねる中で、ふと
    浮き上がってくる謎。

    それまで無闇に行ってきた「読む」と
    いう作業に、少なくとも順路と出口が
    あるかもしれない闇を手探りで進みつ
    戻りつするだけの知的興奮とほのかな
    期待が伴うようになる。

    それを楽しいと思わない限り
    国文学研究などという選択は
    過ちだと思った方がいい。

    どれほどの確信と自負を持って
    このレビューを書いているか?

    この作品が私の国文学科在学当時に
    出版されていたら…私はもっと
    謎解きを精緻に行いつつ、それを
    心ゆくまで楽しめたろうに…。

    そんな仮定法過去で悔恨を口にする
    ほどに。

    国文学研究の道筋がそのまま
    ミステリーの王道をゆく。
    稀有な名著だと私は思う。

    小説家にしか書き得ない研究指南書。
    私はこの作品に没入して
    半日を過ごした。

  • 難しいけど読みやすい。

  • やっぱり今回は難しい。

    分かったのは菊池寛の作品に触発されて芥川龍之介が新たに書き下ろしたこと。キャッチボール。

  • 「私と円紫さん」シリーズ、第4弾。
    3冊目に続き、こちらも長編。
    “私と卒論”
    だんだんと成長していく「私」
    恋愛なんて汚らわしい、そんな時間があったら本を読む…みたいな感じだった初期の「私」に比べると、ずいぶん色気づいたものだと思う。
    いや、大学4年にして未だ“恋に恋する”ような段階であるのだが…
    そこが「私」らしい。

    さて、この本はどっぷり文芸である。
    まるで、芥川龍之介と菊地寛が主人公の話を「私」が語っているような感じだ。
    解説にもあったように、『研究』というものも、謎解きなのだ。
    それが推理小説として、創元社から出ているというのも凄いのだけれど…
    非常に難しかったです、と正直に言いましょう。

  • 面白かった。面白かったけど、これ、このシリーズでなくてもいいような… まあ、芥川を卒論にするという話を出したところで、これを書くつもりだったんだろうけど。

    なんにせよ、面白かったのでヨシ。

  • 「文学部か、いいなあ」
    「なぜです」
    「思い残すことがないでしょう」
    大学生の主人公が友人からこう言われる。本編のストーリーとは関係ないけど「好きだから文学部なんでしょ」。羨ましいセリフだ。後先考えて学部選択する昨今の風潮は嫌いだ。大学は知的好奇心に奉仕する場所なんだと信じてる。
    しかしタイトルからして芥川がテーマになっていることは自明なのだが、それが分からなかったボクには高尚すぎるな。

  • 芥川龍之介作の六の宮の姫君と菊池寛の謎解き
    教科書で知ってるが、極一部しか読んだことがない。
    が、読んでみようと思う。

    円紫さんが今回は手助けだけで、私が謎解きをするのも楽しめる。

  • そしてシリーズ最高作。
    六の宮の姫君と男、
    芥川龍之介と菊池寛、
    わたしと円紫さん
    王朝、近代、現代の時間を越えてドラマの歯車がぴしりと噛み合う。

  • 何と芥川龍之介と菊池寛の謎を解くという高尚な話。分からないことが多いのが悔しい。でもやめられない。芥川を読み直すかな。

  • 最終学年を迎えた「私」は卒論のテーマ「芥川龍之介」を掘り下げていく一方、田崎信全集の編集作業に追われる出版社で初めてのアルバイトを経験する。その縁あって、図らずも文壇の長老から芥川の謎めいた言葉を聞くことに。「あれは玉突きだね。…いや、というよりはキャッチボールだ」―王朝物の短編「六の宮の姫君」に寄せられた言辞を巡って、「私」の探偵が始まった…。

  • 最近出た『太宰治の辞書』が、シリーズの続編だと知り、少し再読のペースをアップ。
    やっぱりこのシリーズの中で、これが1番好きだ。

  • 卒論をミステリの題材にしてしまう北村さんに敬服。これまでのシリーズとは毛色が違って、「私」と一緒に本当に芥川と菊池を追いかけ回し、卒論を書き上げてる気分でした。これが北村さんの意見なんですかね。私自身も国文学専攻で卒論を書いたので(芥川ではないです)懐かしくもありました

  •  再読。卒業研究ミステリー。実に楽しんで読んだ。菊池寛と芥川龍之介の価値観の違い、微妙な距離感を、手紙の残ってなさや、作品の影響関係を論じつつ、小説に仕立て上げたもの。うーん、面白い。父帰るを扱いながら、菊池寛の、愛されなかった人生を描いているのも素晴らしい。死んでも生きなければならない菊池と、生きるために死んでみることもあるだろうという芥川と、二つの価値観が、作品によってキャッチボールされていて、それが古典の時代から玉突きのように繋がっていることを物語で明かしていく様が見事だった。
    菊池の「順番」なんてのがあったのか。次は自分が狂人になる番だと。芥川が反応するはずだ。
    あと芥川が死んだ日に雨が降っていたとか、結構、いろんなネタが詰まっている。

  • 芥川龍之介の謎にせまる長編でした。
    テーマとなった専門的分野については、私の力では理解できない部分もありましたが、様々な資料を使って、謎を解いていこうとする私の姿勢には目を見張るものがありとても勉強になりました。

  • 就活と卒論をやっと終えたタイミングだと「勘弁して下さい」。先生に説教されてるみたいだ。
    北村薫による作品・作家論。芋づる式に文献を辿る。予感を裏付ける本に出会う喜び。小説であるのは分かるけど「私」の背後に在る作者の気配が濃すぎる。それとは矛盾しつつ「私」の自意識の生々しさにもあてられるし、自分の無知も思い知らされるしで疲れた。
    文学作品研究は謎解きであり先行論に積み重ねるオリジナルである。ロマンチストじゃなきゃ出来ない作業で、想いが込もった批評は面白い。卒論時の悩み苦しみとか、多くにされる「何で文学部にしたの?」という質問がふとよぎったりして、そういう意味で色々思うところのある『六の宮の姫君』だった。
    「私」の姿は文学部の理想コースでうらやま。

  • 読み応えがあった!

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最終学年を迎えた「私」は卒論のテーマ「芥川龍之介」を掘り下げていく一方、田崎信全集の編集作業に追われる出版社で初めてのアルバイトを経験する。その縁あって、図らずも文壇の長老から芥川の謎めいた言葉を聞くことに。「あれは玉突きだね。…いや、というよりはキャッチボールだ」-王朝物の短編「六の宮の姫君」に寄せられた言辞を巡って、「私」の探偵が始まった…。

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