職業としての小説家 (Switch library)

著者 :
  • スイッチパブリッシング
4.13
  • (324)
  • (324)
  • (168)
  • (20)
  • (3)
本棚登録 : 2805
感想 : 377
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
  • Amazon.co.jp ・本 (313ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784884184438

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 逋コ螢イ蜑阪↓縺ッ縲√⊇縺ィ繧薙←髮題ェ後〒隱ュ繧薙□縺苓イキ繧上↑縺上※繧ゅ>縺?°縺ィ諤昴▲縺ヲ縺?◆縺代←縲∝濠蛻?¥繧峨>縺ッ譖ク縺堺ク九m縺励□縺」縺溘?縺ァ雋キ縺」縺ヲ縺ソ縺溘?ょクッ縺ォ縺ゅk縲後%繧後?譚台ク翫&繧薙′縲√←縺?d縺」縺ヲ蟆剰ェャ繧呈嶌縺?※縺阪◆縺九r隱槭▲縺滓悽縺ァ縺ゅj縲√◎繧後?縺サ縺ィ繧薙←縲√←縺?d縺」縺ヲ逕溘″縺ヲ縺阪◆縺九r隱槭▲縺ヲ縺?k縺ォ遲峨@縺??ゅ?阪▲縺ヲ縺?≧譟エ逕ー蜈?ケク縺ョ譁?ォ?縺後◎縺ョ縺セ縺セ縺ゅ※縺ッ縺セ繧区─縺倥?蜀?ョケ縺?縺」縺溘?ゅ□縺九i縲∬。ィ邏吶′繝昴?繝医Ξ繧、繝医↑縺ョ縺九↑縲

  • ・大事なのは書き直すという行為そのもの
    ・持続力を身に着けるには,基礎体力を身に着ける事.逞しくしぶといフィジカルな力を獲得する事

  • 小説家・村上春樹として自身を語るエッセイ。
    村上春樹作品を網羅してから読むのがおすすめ。時代とともに変わっていく彼の細かい作風や小説をどこでどのように描いたかの背景が分かりやすいと思う。

    村上春樹は私の中で一番好きな作家である。
    他の作家の作品は、通り過ぎるだけのものに過ぎないが、村上春樹の作品は、心身に留まるし、貯まるし、積もっていく。
    忘れないし、何度でも読み返したいと思うし、再読しても新鮮な気持ちで読めるし、新たな気付きがある。まるで、何度でも聴きたいと思うクラシック音楽のような特別な存在。

    たくさんの作品を読んで、この村上春樹という人間は、どのような家庭で生まれ、どのような環境で育ち、どのような人生経験を積んだのか、誰しもが興味を持つと思う。

    というのも、全ての作品において、いろんな立場の人が読んだとしても、決して「誰も傷つけない」配慮がされていると思ったから。
    ブレない芯や軸がありながらも、語弊や誤解を生まないように、慎重な言葉選びを配慮している。

    村上春樹氏は、特別な経験を積んだというよりも、目の前の出来事や物事の(ある時期の一面だけを)見て、早く結論を出さない(判断を下さない)人なのだということ。慎重に丁寧に観察する。白黒や善悪のジャッジをせずに、ただじっと見守る人。
    このような人は、色んな意味で寛容だと思う。

    「職業として小説家」になった経緯は、とても興味深いものがあった。
    もともと、小説家になりたいという夢があったわけではなく、小説家になるための勉強も一切していない。
    ただ小さい頃から、本を読むことが何よりも好きだったことぐらい。(ぐらいと書いたが「好き」という気持ちは、読書に限らず、一般人が一番見落としがちな、重要な生きるポイント=価値だと思う)

    ①ある日、ふと「小説を書きたい」と思い立ち、すぐに行動を起こす。
    ②仕事を終えた後の深夜に、ダイニングテーブルに向かって、小説を書く時間がとてもわくわくして楽しかった。
    ③生活のためや、お金のためや、誰かに読ませたいため、ではなく、ただ、自分のワクワクのために(自分が楽しむため)に書いた。
    ④自分が書きたいものしか書かないし、自分がやりたくないと感じる他の仕事は、しっかり断っている。期限も設けず、約束もしない。(誰かのために書かない、やらない)
    ⑤賞賛も批判もすべてを受け入れる覚悟。(批判されたり、嫌われる勇気)
    ⑥日本での居心地の悪さを感じた時、小説をより集中して執筆するために、店を売却し、住まいを引き払って、海外に移住した決断力。
    ⑦自分の「ワクワク」や「楽しい」や「気持ち良い」を貫いた結果、小説家1本で職業として成り立ち、不自由なく生活でき、成功している。

    これって、成功者の生き方(マインド)そのもの!!
    成功するための行動ではなく、まず自分の好きなことをどれだけ熱中して楽しめるかに重きを置いている。
    自分自身を満たした結果が、なぜか知らないけれど、本業となり生活ができるようになり、更には世の中や誰かのためになっている。
    「ワクワク楽しむ」やっぱりここに生き方のコツがあるのだなぁて思う。

    ・脈略も根拠もなく「ふと」頭に思ったことを、やってみる。
    ・自分がやりたいと思うことをやり、自分がやりたくないと思うことはやらない
    ・ワクワク・ドキドキ・ときめき・気持ちがいい・テンションの上がることを選択してそれを極めていく
    ・賞賛だけでなく、批判されたり、嫌われる勇気、それら全てをひっくるめた覚悟

  • 村上春樹の思いの丈が込められたエッセイだと思います。
    文学賞に関する部分、かなり踏み込んでますね。肩書きが重荷になるというのは村上春樹らしいなと感じました。

    兎に角、職業的に、そして真摯に小説に向き合うスタイルは流石。

    書き直し作業を「とんかち仕事」と表現してますが、文章を練って、叩いて、捻って、真摯に取り組めば納得のできる作品が出来上がる。
    「時間があればもっと良い作品ができた」は禁句!


    自分の職業への向き合い方と比較し、クオリティを上げたいと思います。

  • まず率直に印象的だったのが著者が作家を志すまでの20代のほとんどの期間、かなり逼迫した生活を送っていたこと。
    村上春樹のエッセイは何冊か読んだことがあるので苦労していたことは知ってたけどまさかあれ程とは・・・。
    もし自分が20代で同じ立場だったら多分半年くらいで見切りをつけてサラリーマンにでもなっていたと思う。
    本の内容自体は、抽象的な表現は多かったけど著者の伝えたいことは汲み取れた。
    要約すると『堅固な意思・継続性・それらを支える健康な身体』が作家を続ける上で大切な要素と解釈した。
    これは作家に限らずだけど。
    相変わらず淡々とした文章だけど一生懸命がんばる人へのエール的な箇所もあり出会えて良かったと思える一冊。
    数年後また読み返したい。

  • 2016/7/12 初読
    2018/6/26再読

  • 鼻に付く。という印象が強い作家である。がしかし、その村上春樹氏の書く文の、特にエッセイはなんだか読んでみようという不思議な衝動に駆られて手に取った。
    淡々と、職業として小説家を営んでいる筆者の生活は、鼻に付く文だけど、泥臭さも少しは感じられて、また別の作品も読んでみようかなと思ったり、思わなかったり。

  • 2018/4/15購入

  • 考えてみると私は、村上春樹の小説を1冊しか読んだことがない。それも短編小説集。もちろん彼の名前は昔から知っているし、ベストセラー作品のタイトルくらいいくつか耳にしたことはある。特に避けて来たわけでもないけれども、特に積極的に読もうとも思わなかったし、第一、読書家と言うわけでもない私は、読んだ本の絶対数が少ないので、彼の作品がその限られた範囲の中に1冊しか含まれていなかったと言うだけ。むしろ、少ない母数の中の1と言うのは、ある意味興味の表れではあると思う。機会があれば読みたい作家と言う位置づけだったけれども、つい最近まで長編小説に苦手意識があったので、結局のところそれが大きな理由で、これまで読んでいなかった作家だった。

    この本は、たまたま立ち寄った図書館のごく限られた日本語書籍コーナーで(海外在住)、ふと目に留まったタイトルだったから。物書きの視点と言うものに、ちょっと興味があったから。そして読み始めてすぐに、彼の書いた本を、出来れば初期物のから読んでみたいと思うようになった。この本の中では、作品誕生のバックグラウンドや、作風の変化、その時の心境等について、まるで映画のディレクターズカットのコメントの様に綴られている。一人の作家が、時の流れの中でどうやって研ぎ澄まされて来たのかを体感する為に、彼の生み出した小説を時系列に沿って読むことは、とても興味深いことだと思う。残念ながらこちらの図書館には置いていない様だが、この本の中で最も良く触れられている、彼の処女作『風の歌を聴け』に今一番興味がある。

    著者自身が語っている様に、小説の書き方なんて人それぞれで、だからこの本は、小説をこうやって書きなさいと言う魔法のの公式を教えてくれる教科書ではない。生身の作家が、彼にとって小説を書くと言う作業がどういうことなのかを、惜しみもなく綴っている作品だと思う。嗜好の違いがあって当然だし、彼のスタイルに共鳴出来る者も、出来ない者もいて当然だと思う。今回分かったのは、基軸は書きたいと言う本能であり、ひとつの生き物の様に作品を自由に動かし、そしてその後に何度も丁寧に再考を重ねると言う村上春樹の小説の書き方に、私は心地良さを覚えたと言うこと。過去に読んだ彼の短編集に、私が着けた評価は星5つ中の3だけれども、この作品を読むことで、私はきっとこの人(の作品)を好きになるだろうと思えたことが一番の収穫だと思う。

  • 「それで小説の出だしを、試しに英語で書いてみることにしたのです。とにかく何でもいいから『普通じゃないこと』をやってみようと。
    もちろん僕の英語の作文能力なんて、たかがしれたものです。限られた数の単語を使って、限られた数の構文で文章を書くしかありません。センテンスも当然短いものになります。頭の中にどれほど複雑な思いをたっぷり抱いていても、そのままの形ではとても表現できません。内容をできるだけシンプルな言葉で言い換え、意図をわかりやすくパラフレーズし、描写から余分な贅肉を削ぎ落とし、全体をコンパクトな形態にして、制限のある容れ物に容れる段取りをつけていくしかありません。ずいぶん無骨な文章になってしまいます。でもそうやって苦労しながら文章を書き進めているうちに、だんだんそこに僕なりの文章のリズムみたいなものが生まれてきました。
    僕は小さいときからずっと、日本生まれの日本人として日本語を使って生きてきたので、僕というシステムの中には日本語のいろんな言葉やいろんな表現が、コンテンツとしてぎっしり詰まっています。だから自分の中にある感情なり情景なりを文章化しようとすると、そういうコンテンツが忙しく行き来をして、システムの中でクラッシュを起こしてしまうことがあります。ところが外国語で文章を書こうとすると、言葉や表現が限られるぶん、そういうことがありません。そして僕がそのときに発見したのは、たとえ言葉や表現の数が限られていても、それを効果的に組み合わせることができれば、そのコンビネーションの〝持って行き方〟によって、感情表現・意思表現はけっこううまくできるものなのだということでした。要するに『何もむずかしい言葉を並べなくてもいいんだ』『人を感心させるような美しい表現をしなくてもいいんだ』ということです。……そして机に向かって、英語で書き上げた一章ぶんくらいの文章を、日本語に『翻訳』していきました。翻訳といっても、がちがちの直訳ではなく、どちらかといえば自由な『移植』に近いものです。するとそこには必然的に、新しい日本語の文体が浮かび上がってきます。それは僕自身の独自の文体でもあります。僕が自分の手で見つけた文体です。そのときに『なるほどね、こういう風に日本語を書けばいいんだ』と思いました。まさに目から鱗が落ちる、というところです。」

    「これはあくまで僕の個人的な意見ですが、もしあなたが何かを自由に表現したいと望んでいるなら、『自分が何を求めているか?』というよりはむしろ、『何かを〝求めていない〟自分とはそもそもどんなものか?』ということを、そのような姿を、頭の中でビジュアライズしてみるといいかもしれません。『自分が何を求めているか?』という問題を正面からまっすぐ追求していくと、話は避けがたく重くなります。そして多くの場合、話が重くなればなるほど自由さは遠のき、フットワークが鈍くなります。フットワークが鈍くなれば、文章はその勢いを失っていきます。勢いのない文章は人を——あるいは自分自身をも——惹きつけることができません。
    それに比べると『何かを求めていない自分』というのは蝶のように軽く、ふわふわと自由なものです。手を開いて、その蝶を自由に飛ばせてやればいいのです。そうすれば文章ものびのびしてきます。考えてみれば、とくに自己表現なんかしなくたって人は普通に、当たり前に生きていけます。しかし、〝にもかかわらず〟、あなたは何かを表現したいと願う。そういう『にもかかわらず』という自然な文脈の中で、僕らは意外に自分の本来の姿を目にするかもしれません。」

    「彼女(妻)の批評には、『たしかにそうだな』『ひょっとしたらそうかもしれない』と思えることもありす。そう思えるようになるまでに、数日を要する場合もありますが。また『いや、そんなことはない。僕の考えの方がやはり正しい』と思うこともあります。でもそのような『第三者導入』プロセスにおいて、僕にはひとつ個人的ルールがあります。それは『けちをつけられた部分があれば、何はともあれ書き直そうぜ』ということです。批判に納得がいかなくても、とにかく指摘を受けた部分があれば、そこを頭から書き直します。指摘に同意できない場合には、相手の助言とはぜんぜん違う方向に書き直したりもします。
    でも方向性はともかく、腰を据えてその箇所を書き直し、それを読み返してみると、ほとんどの場合その部分が以前より改良されていることに気づきます。僕は思うのだけど、読んだ人がある部分について何かを指摘するとき、指摘の方向はともかく、そこには〝何かしら〟の問題が含まれていることが多いようです。つまりその部分で小説の流れが、多かれ少なかれ〝つっかえ〟ているということです。そして僕の仕事はそのつっかえを取り除くことです。どのようにしてそれを取り除くかは、作家が自分で決めればいい。たとえ『これは完璧に書けているよ。書き直す必要なんてない』と思ったとしても、黙って机に向かい、とにかく書き直します。なぜならある文章が『完璧に書けている』なんてことは、実際にはありえないのですから。」

全377件中 101 - 110件を表示

著者プロフィール

1949年京都府生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。79年『風の歌を聴け』で「群像新人文学賞」を受賞し、デビュー。82年『羊をめぐる冒険』で、「野間文芸新人賞」受賞する。87年に刊行した『ノルウェイの森』が、累計1000万部超えのベストセラーとなる。海外でも高く評価され、06年「フランツ・カフカ賞」、09年「エルサレム賞」、11年「カタルーニャ国際賞」等を受賞する。その他長編作に、『ねじまき鳥クロニクル』『海辺のカフカ』『1Q84』『騎士団長殺し』『街とその不確かな壁』、短編小説集に、『神の子どもたちはみな踊る』『東京奇譚集』『一人称単数』、訳書に、『キャッチャー・イン・ザ・ライ』『フラニーとズーイ』『ティファニーで朝食を』『バット・ビューティフル』等がある。

村上春樹の作品

この本を読んでいる人は、こんな本も本棚に登録しています。

有効な左矢印 無効な左矢印
村上 春樹
村上 春樹
カズオ イシグロ
ジャレド・ダイア...
マルクス アウレ...
村上 春樹
西 加奈子
又吉 直樹
有効な右矢印 無効な右矢印
  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×