海と毒薬 (角川文庫)

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レビュー : 175
  • Amazon.co.jp ・本 (186ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784041245255

作品紹介・あらすじ

腕は確かだが、無愛想で一風変わった中年の町医者、勝呂。彼には、大学病院時代の忌わしい過去があった。第二次大戦時、戦慄的な非人道的行為を犯した日本人。その罪責を根源的に問う、不朽の名作。

感想・レビュー・書評

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  • 5年ほど積読だったのをようやく読んだ。
    戦時下の大学病院で実際に行われた事件である、外国人捕虜の生体解剖実験と、それに携わった医師や看護師の苦悩が綴られている。
    どす黒い海に呑みこまれていくような、じっとりとした恐怖と気持ち悪さを感じた。

    特に、私は主人公の勝呂よりも、同僚医学生である戸田の方により感情を寄せられながら読んだ。太宰の人間失格に近いものがあるのかな。
    今日死なせてしまった患者の顔も、明日には忘れる。社会的な罰を恐れるが、罪を恐れているわけではない。自分がしてきたことは醜悪だとは思うが、そのことで苦しみはしない。
    良心の呵責に苛まれる勝呂、良心の片鱗もみつからない自分を改めて実感する戸田。
    でもフィクションじゃない現実でも思うのは、人間は誰しも、本当の本当は他人の死、他人の苦しみに無感動なのではないか、ということ。
    私はどうだろう?これまでの人生、どれだけの罪を犯して、平気な顔でそれを忘れてきただろう?

  • "日本人は罰を恐れ、罪を恐れない"
    この言葉が実に的確に日本人を表している。怯える男、良心の無い男、嫌悪を抱く女。戦争中の生体解剖が行われた"相川事件"を通して描かれるのは読者に問う良心であり、愚かさだと思う。読んでいる最中、病院の薬品の匂いと黒い海を想像していた。それだけ熱中できる名作。

  • 戦時下での人間の罪や良心について考えさせられる作品でした。
    外国人捕虜の生体解剖について関係者の十人十色の感情が描かれています。
    生きた人間を医学の進歩の為に解剖することは、殺人と同義ではないのか?それとも、医学の進歩の為に欠かせないことなのか?
    戦争という時代背景で、実験体が敵である捕虜だから死ぬことを前提として解剖しても良いのか?同じ日本人であればそのようなことは出来ないのか?
    結核治療の為に必要な実験だとして、私個人としては
    如何しても殺人の概念が頭から離れず恐怖や呵責で苦しみ逃げてしまう勝呂は正解だと思うし、
    未来の人の病気を治す為に致し方ないと割り切れる助教授や看護婦長も正解だと思うし、
    戦争という激動の時代で死の価値観が屈折している戸田も正解だと思いました。
    おそらく程度は違えど現代にも同じようなことはあって、
    まさに人類の苦悩の核心を突いていると感じました。

  • 罰と罪の違いについて。
    罰と罪への対応の違いについて。

    読み応えあり。
    構成が面白い。

  • 傍観者目線の出だし3人の手記という形という構成。
    手記の部分では男と女の文体の違いが明らかで、1人の頭の中で両性の文章を書けることに驚いた。
    戦争時という今考えると非日常を舞台としている。
    そこに生きる医学者たちが毎日生と死に直面する場面をそれぞれの人の人となりを踏まえながら表している。
    私としては非日常すぎてあまり感情移入できない部分が多かった。
    文中で、非人道的なことを行っているにも関わらず自分は罪悪感や良心の呵責に苦しまないことを不気味部だと思っている部分があった。初めは医学者特有のものなのかなと想像した。しかしあまりにもこういった場面が多いので、非日常で衝撃的な出来事が立て続けに起こると心は平常を保とうと殻にこもるためだと考えが変わった。

  • 戦時下の病院なんて、もっと爆撃とかでやられて苦しんでいる人だらけ…なイメージがあったので、まずは一般の病人が入院してたということが、単純に私にとっては発見でした。
    そして、権力抗争。
    権威をほしがる人間の欲求なんて、普遍的なものなのかも。

    とはいえ、死と隣り合わせの戦争をしていた時代。
    人の命をどう扱うのか、医者として勝呂は悩む。
    読みながら、だんだん自分も何が正しくて何が正しくないのか…わからなくなってくる。
    戦争によって傷つけられるのは、町や人の体だけじゃなく、人の心なんだということを再確認。

    それぞれの人の内面に深く深く入り込んでいく作品。
    戦争という異常なできごとだったからこそ、の部分と、いつの時代も変わらない人間の本質的な部分と。
    どちらも感じられ、読みごたえがありました。

    文体も読みやすく、遠藤周作の他の作品も読みたくなりました。

  • 恥ずかしながら遠藤周作の小説を読むのはこれが初めて。
    相川事件については詳細は知らず、あったという事実だけしか認識していない状態だったけれども、いつかは読まねばーと思い、ようやく達成できた。

    平野氏の解説にあった「罰を恐れながら罪を恐れない日本人の習性」を浮かび上がらせるために、普通の生活を送る私たちが想像しやすいよう、小説という体裁をはずれず、”派閥争い”や”恋愛”などを織り込み、結果小説としても問題提起としても成功しているところに作者の力量を感じた。

    悩み続ける勝呂に寄りそっていたはずが、いつの間にか戸田の感情に共感することもあり、読んでいる間何度も混乱に陥った。
    恐ろしいことに、たしかに戸田の言うとおり、この時代、こういう状況下に置かれたら私は罪を犯すだろうと平然と思っている時間があったからだ。

    それでも何となく、いや、多くの人がこうした場合流されて戸田や浅井のような行動を取るんじゃないか? と思ったりもした。
    しかし、果たして本当にそうだろうか、日本人が神を持っていないということも大きいんじゃないか、いや神とは何だ? とかぐるぐるし始めて、結局答え出ぬままパンクして終わってしもうた……

    今でもまだ印象に深く残っているのは、小説や詩にはからきしの勝呂がよく心に浮かばせるという「羊の雲の過ぎるとき~」詩だ。
    私も詩の教養はさっぱりだけれど、あれを読んだとき何となく救いを包含した悼みの詩だという気がして、だから勝呂はあれを心に浮かばせたとき、大きな偉大なものに抱かれ、少しでも救われるような気がしていたんじゃないかと思っていた。
    だからこそ、最後に罪を得た勝呂があの詩を呟けなかったことに私も打ちのめされ、まだ黒い海を漂っているような感じなのであったー。

  • リアルだった。空気って怖いね。事実のままではなく、小説にしたよさが完璧に出ているという事なんだなぁと、解説を読みながら思えた。やはり、日本人は、こういう風になりやすいんだろうか。
    戦争のことだけについていうと、この本だけじゃなく、他の本やテレビなどからもおもったのが、一旦始まってしまうと、段々感覚が麻痺してきて、というか麻痺させないと生きていけないところに追い込まれるのが戦争なんだろうなとおもった。一旦そうなってしまうと、止めることも出来ないよな。
    文章が読みやすかった。
    「私」が、この後、医院へ通うのかが、わからないままなのがいいのかな?あなたなら、ということなんだろうか。

  • 重苦しい戦時中の空気がそのまま描かれた作品。読んでいて息が詰まりました。人体実験のシーンなどはあまりに描写が細かく読んでいて貧血を起こしかけたので少し流しました。主だった登場人物は勝呂、戸田、看護婦(名前は失念)でしたが、三人は同じ戦時中に行き、同じ場面をそれぞれ違った見方で見ています。目を背けた勝呂、感覚の麻痺した戸田、ゆがんだ優越感を感じる看護婦。人は極限状態に置かれた時、本当に無力なんだ…と感じました。ヒルダ夫人を通してキリスト教的な神の価値観も描かれていますが、そこにある現実を素通りしていく、無垢で残酷な神にも見えます。

  • 太平洋戦争、本土への無差別的な空襲が激しくなった頃、アメリカの戦闘機B29の乗組員が捕虜として、九州にあるF病院に連行された。その病院では生きたまま解剖するという、おぞましい生体解剖が行われた。
    この作品は、実際にあった出来事を題材に、小説化したと言われている。
    本来、人の命を救うべき立場の彼等がヒトを生きたまま解剖するという不条理な罪意識を、登場人物それぞれの視点で巧みに描いている。
    元々は問題的ではない常識的な人たちが、時代背景や利害関係よってに流されていく様子は、まさしく毒薬であると言える。
    「沈黙」と並び、罪に対する意識について問いかける筆力は凄まじく、寝る前に読む本でないことは間違いない。

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著者プロフィール

一九二三年東京生まれ。慶応大学仏文科卒業。リヨン大学に留学。一九五五年『白い人』で第三十三回芥川賞を受賞。一九六六年『沈黙』で第二回谷崎潤一郎賞受賞他、数多くの文学賞を受賞。主な著書に『沈黙』『海と毒薬』『恋愛とは何か』『ぐうたら生活入門』『宿敵』等多数。

「2019年 『恋愛とは何か 初めて人を愛する日のために』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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