- Amazon.co.jp ・本 (256ページ)
- / ISBN・EAN: 9784048737388
感想・レビュー・書評
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自分には何もないと泣くはなちゃんの気持ち、なんかわかるなぁ。
でも、それに対して、「持ち物検査じゃないんだから」って言ってくれる親友がいることは救いだと思う。
ひさびさに爽快な読後感の角田作品に出会えた気がする。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
ハナちゃんの心情が良く分かる。
そして納得の読後感。 -
結婚観に少し納得。
引用。
『「結婚なんて、きっとすごく詰まんないと思う。こういうことを言うと、未婚者のひがみだとかすぐ言う人がいるけど、そうじゃなくて、本当に詰まんないんだと思う。(中略)」 「でも、そのつまんないことを、彼女は会えてやろうとしているんだと思います…今もっている豊かさを放り投げてでも、つまらないことをしようと決めたんだと思うんです。そんなチサトさん(主人公の親友)はカッコいいと思う。うらやましいと思う…」』
と親友の結婚式(2回目)でスピーチした主人公。
するどい&正直!
こういう本音の部分を大切にして、結婚というステージをむかえることができるかな… -
古着屋を友達と共同経営する37歳のハナちゃん。どこか頼りなく変わりたくなく、でも周りはだんだん変わっていくことにもやもやした気持ちになり。このままでいいじゃんって気持ち、なんかわかる。でも自分は何も持っていないと改めて思う時の不安な気持ちもすごくわかる。ハナちゃんがいつかひとつでもこれというものを手にした気持ちになれることを祈り応援せずにはいられない作品。
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なんとなく身につまされた本でした(T_T)
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作り出すことも、手に入れることも、守ることも奪うこともせず、私は、年齢だけ重ねてきたのだった。 93
あんたやおれの話って、したくないことでしか構成されてないんだよ。中古のブランド品は扱いたくない、消費社会にながされたくない、どこかに属して盲目的に服従したくない。したくないことを数え上げることで、十年前は前に進むことができたけど、今はもうできないとおれ思うんだ。したくないって言い続けてたら、そこにいるだけ。その場で駄々こね続けるだけ。102
あんたがいるからいけないんだよー。あんたがいるから、誰かとうまくいかなくなっても、まーいっかとか思っちゃうんだし、あんたがいるから、だれかといても、あーつまんないとか思っちゃうんだよー。 69
浦島太郎が開けた箱のふたを、私もまた開けてしまったような気がした。時間がたったようには感じられないのに、私たちは今。全く異なる場所にいる。大学を卒業しても、恋人ができても別れても、赤字になっても黒字になっても変わらなかった私たちの何かが、箱から流れ出る魔法の煙で、一瞬にして変容してしまったように感じられた。 188
才能ということを思った。今まで、そんなことを考えたことはなかった。もちろん、学生時代にも、仕事をはじめたときにも、かなわないと思った人はいくらでもいる。服のセンスがよかったり、文章を書くのがうまかったり、あるいは営業展開がうまかったり、同業者として注目度が高かったり。けれどいつも私は、そういうことは自分が無関係だと思っていた。私はただ好きな服を仕入れ、好きなように売るのだと思っていた。まさに金太郎飴。必要以上に儲かることも、注目されることもなくていいと思っていた。勝負というものがあるとしたら、私はいつもそこから降りていた。降りて傍観していた。傍観者は、無関係な他人の才能に打ちひしがれることはない。今、上条キリエの才能に打ちのめされているということは、私は傍観者をやめたのだと思った。今はじめて、自分ひとりで勝負に出ようとしているのだと。勝負の相手は、もちろん上条キリエではない。チサトでもない。もっとべつの、もっと大きな何かであるはずだった。 197
私はどこへも行きたくなかったんだな。そればかりではない。だれにもどこへもいってほしくなかったんだな。 203
みんなが点のように通過していくその場所場所に、私だけが立ち止まり、今いるここにまで点ではなく、線を引っ張ってきて、そうしていつでもその線をたどりそこへ戻れると思っている。だれも、そんな場所にはもういないというのに。 204
私はただ、変わってしまう、ということが怖かっただけなのだ。金太郎飴の外気に触れない真ん中に居続けたかった。 204
結婚というのは、新郎と新婦の共同作業、共同責任のような気がしていたけれど、ひょっとしたらそうじゃないのかもしれない。自分ひとりだけのことなのではないか。ひとりの決意、ひとりの作業、ひとりの責任。そういうものをきちんとひとりで受け入れているように見えた。
結婚はだれをもちゃんとさせないし、手品のように幸福を取り出したりはしない。私たちはいつだってひとりずつで参加しなくてはいけないのだ、人生というものに。 206
これ以上ないほど騒がしい食堂で、私は唐突に、自分でも胡散臭く思えるほど、はっきりと、悟った。私を身ごもる前の母、まだ母ではなかった母がねがったものは、今ここにある、と。この騒がしさ、この馬鹿馬鹿しさ、この愚かしさ、どこにも向かわず何も学ぶところのないような、今この瞬間をこそ、母はずっと手に入れたいと願っていたにちがいない。彼女が縫い上げたかったのは、娘のバッグでもなく、電話カバーでもカーテンでもなく、今この瞬間の空気だったに違いないと、なぜか私は確信するように思った。なんてちっぽけなものをほしがったんだろう。手に入れる価値なんかないのに。そうして今、あなたはここにいないのに。 240
私はそんなふうに、前に前に、プラスにプラスにって進んでいくことが、どうしてもできない。そうしないことを選んでいるんじゃなくて、ただできないだけなんだよう。 251
ごたついたチサトの新居は、年末の、そこここに埃のたまった実家を思い出させた。あの騒々しさと馬鹿馬鹿しさ、母がかつて願い、手に入れたものを思わせた。この狭い、古い、およそチサトらしくない場所もまた、チサトが願い手に入れたものだと思った。私たちはかつて一緒に歩いていた。ほしいもの、求めるもの、ずっと先にあるものばかりで目で追って、理想論ばかりを繰り返して歩いていた。それなのに、いつのまにか、みんな自分のほしいものを手に入れるすべを知っている。着々と手に入れている。母が、長い年月をかけてあの場所を作ったように、みんなそういう場所を手に入れつつあるのだ。チサトも、キリエも、キリエのまわりの女たちも、ナエも、タケダくんも、タケダくんの妻になった人も、きんちゃんも、私以外の誰もかれもが。気に入った家具で満たすために、引っ越して二カ月経つ私の部屋は、今も段ボール箱だらけの仮住まいだった。その部屋は私だった。気に入ったものが何一つ見つけられない、間に合わせのものすら選べない何もない部屋。249
気に入ったものしか買わないと決めていた。キリエの仕事場みたいにかっこいい部屋にしようと思っていた。間に合わせのものなんか持ち込まないと意気込んでいた。でも、その決意や意気込みは、本当に私のものだったのだろうか。どこにもいないだれかの価値観を、自分のもののように錯覚していただけじゃなかったのか。255 -
すげぇよかった。こういう、じめじめしたのも好きです。なんでもない日常のもやもややイライラがすごく共感できる。ただの感情をあたりまえとして過ごすのではなくて、こうゆう小説をよむことで、自分の身の回りの日常が、一歩引いて冷静になったときに、豊かに感じることができるのかも知れない。人間だから感じちゃう、思っちゃうしょうがない感情はあるが、それと、折り合いをつけていかなきゃならない。後ろ向きな感情満載の物語でしたが、こうゆうのを読むことでも、前向きに生きるヒントになると思う。
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共感、ではなく自分の先がそこに“ある”感じがして怖かった。
ものすごく心臓をぶすぶす刺される気持ちだ。
なにかしたい、しかし、なにかってなんだ。
どんどん変化していく周りの人たち、
取り残される自分。
周りと比較して、自分はなにももってない持ち物検査。
やりたいこと、とかやりたくないこと、とか。
間違ってるとか間違ってないとか。
そういうのがごっちゃごっちゃしてて、もうぐだぐだな現実。 -
~111031
もやもやとしたままならなさ、じわっとくる切なさなど、さすが、相変わらず角田さんっぽい話で安心して読めました。