夏のレプリカ (講談社文庫)

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レビュー : 437
  • Amazon.co.jp ・本 (520ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062730129

感想・レビュー・書評

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  • ううむ。難しいですね、これは。
    前作の「幻惑の死と使途」とほぼ同時に起こった出来事で、予想通りこちらは偶数だけの章でした。

    犀川が「名前が逆だったていうのには、気がついていた?」というのは「幻惑の~」とリンクする面白い発言でした。犀川の概念では人が逆なのではなく、名前が、なのですね。

    以前、何かの本で読んだ『ミステリーにおけるルール違反なトリック』に"実は犯人は双子だった"というのがありました。「幻惑の死と使途」を読んだときにこれを思い出してギリギリだなあと思ったんですが、そこに"語り手自身が犯人だった"も書いてあったような気がして、これまたどうなんだろう、と思いました。
    ルール違反であろうが、なかろうが私は好きではないんですが、このお話は何だか許せる気がして不思議な気分”です。
    ”推理”小説というのは誰にっての”推理”(小説)なんでしょうね。

    何だか許せる気がして、というのは何となく2点あって、一点は自分がやったことであっても、ショック過ぎて記憶が抜け落ちたり、すり替えたりすることがあると医学的に証明できるのではないかと思うからです。
    もう一点はまあ同じようなものなのですが、気付かなかったということ。事情を知らないが故に他人を傷つけるような発言をしていたり、振り向いた拍子に死角にいた人に鞄をぶつけてしまったり。
    違いはたぶん、自分がやったと認識しているか・していないかだと思うのですが。
    そういうことが実際あると思うので、杜萌もどちらかだったのかもしれないという寛容な見方です。
    あと、近い感覚にわかっているのに意識の外にあって気付かない、というのがあって、探し物をしているときにすぐそこにあるのに、全然見えていないみたいなこともありますよね。
    以前に読んだ京極夏彦の「姑獲鳥の夏」もこんな感じで、その時は有り得ないと思ってましたが、人の感覚って曖昧というかちゃんと意識していないと結構穴があるんだと思います。(穴‥?)

    読み終わってからもずっと色んなことを考えてて、このシリーズでこんなに考えたのは初めてでした。
    しばらく考えたら何かまとまるかと思ったけれど、何もうまれませんでした。
    杜萌がどうしてダメ男に惹かれたのかも、素生とのことも、素生があの部屋から何時どうして出て行ったのかも、どうして兄を自分が殺したと杜萌が勘違いしていたのかも、素生が生きているのかどうかも全部よくわかりません。
    萌絵が新幹線で帰るときはケロッとしているのも怖いです。杜萌の部屋に杜萌が犯人で人を殺したということを知ったときにうまれた感情すべてを置いてきたのかもしれません。
    いろいろな種類の複雑な感情を一人で抱え込むことは誰でも難しいです。一番尊敬し、信頼し、敬愛している人の前ではどんなに抑え込んでいても漏れてしまうと思います。
    話としては最後、東京駅で萌絵が素生に出会うところは偶然を甘く見過ぎ(適当な言葉がない)だと思いますが、もう何でも良いような気にすらなりました。
    レプリカという言葉は偽物というような意味だと思っていましたが、本来はオリジナルの作者自身によって作られたコピーという意味のようです。
    萌絵はずっと杜萌のレプリカを通して事件を見ていたし、それは読む側も同じなのかもしれません。
    正しいことなんて、本当は何も書かれていなかったのかもしれない。
    (誰が何をもって正しいと判断するのかもわからないけど)

  • シリーズ7作目。前作と同時期に起こった事件を描いた作品。前作と間をあけずに読んだけれど、間をあけて読んでも大丈夫かも。
    今回は萌絵と犀川先生が中心ではなく、萌絵の友人、簑沢杜萌の目線で話が展開していく。話の中で、キーポイントなんだろうなという事柄はわかるのですが、真相ではそうつながるのかと思うものの、何だかちょっとすっきりしない部分も。
    ミステリを読むというより、萌絵と犀川先生の関係を楽しむ方向になってしまっているかな。

  • ?????え?????

  • 確かに同時に起こったもう1つの事件と比較すると地味かもしれませんが・・・いや、十分とんでもない。

  • 読みごたえがあったけれど、終わりはあっさり。

  • いつも通り緻密なプロットとあっと驚く結末はさすが。しかし他の作品と比べるとどうしても地味な印象が否めない。犀川先生の登場シーンが少ないのも少し残念だった。

  • S&Mシリーズ7冊目。

    6冊目の「幻惑の死と使徒」と、同時進行で発生している、萌絵の親友である杜萌が巻き込まれる事件。

    最終的な犯人は、想定外だった。
    そして、悲しい結末。

    いくつもの記憶のすり替えを行い、それに気づいていく過程。
    それは、無意識であるが、とてつもない苦しみを伴うものだと思う。

    萌絵も杜萌も、辛く悲しい結末。

    しかし。。
    睦子さんは、なんて恋愛エキスパートなんだ!
    学ばねば(笑)

  • それはちょっとずるいでしょ!という真相。

    犯人の動きに少し納得のいかない部分もある。

    『幻惑の死と使途』との相関関係も薄く、ただ時期が重なっているだけ・・・といった印象。

    ただ、名家の誘拐、仮面、犯人死亡など、想像を掻き立てるキーワードが多かったので、推理しながら読むと楽しい。

    それだけに、細かいことが気になってしまう。。。

    ”どれくらい細胞の数が増加したときに、生命は意思を持つのだろう。単細胞であれば、いつまでも生きられるのに、意思を持つために、自らの寿命を縮めるのである。いや、寿命があることが、意思を作るのかもしれない。意思とは、消滅の自覚だ。”

  • 「すべてがFになる」以来手が出なかった森博嗣作品。ミステリィが読みたくて、久々のS&Mシリーズ。相変わらずわかりにくい名前と、馴染まないカタカナの表記に悩まされるが、それなりに引き込まれて次を読みたくなる展開はさすが。ただ、事件の真相自体は想像の範囲でそこまでの意外性がなかったのが残念。萌絵と杜萌が最後にチェスをするシーンは美しくて哀しい。 杜萌には同調も同情もできないけど、兄の素生とはもう一度会えるといいな・・・とおもった。 それにしても、素生はいついなくなったんだろうな~

  • 今回の事件はとっても不思議なお話でした。
    萌絵ちゃんのお友達一家が誘拐されて、犯人が死んでいたという。

    この前の作品「幻惑の死と死途」と同じ時期に発生していて、
    偶数章と奇数章で事件がわかれているんですね。
    つまり、お友達が誘拐されている時も、萌絵ちゃんは別の事件に夢中だったわけです。
    萌絵ちゃんのお友達ということで、かなりの切れ者なんですよね。
    大学で離れ離れになった友達に久しぶりに会って、
    チェスをするってのは普通の大学生じゃないよね。

    このお友達の家庭も複雑で、父親が二世議員なんだけど婿養子で、
    奥さんがなくなっていて、後妻の連れ子が今回の主役なんです。
    更に、父の連れ子に盲目のイケメン兄ちゃんがいて、詩集を出してる作家なんだけど、
    とても神秘的で、いろいろあるんですよね。

    事件は3人いた誘拐犯のうち、2人が死んでいて1人逃げたのでその人を探すんですが、
    萌絵ちゃんが参戦して事件を調べ始めるんですね。
    いつもの通りですね。
    最後は、やっぱりそうだよね。って思いました。

著者プロフィール

森 博嗣(もり ひろし)
1957年、愛知県生まれ。作家、元研究者。名古屋大学工学部建築学科、同大学大学院修士課程修了を経て、三重大学工学部助手、名古屋大学助教授。名古屋大学で工学博士を取得し、2005年退職。学会で数々の受賞歴がある。
作家として、1996年に『すべてがFになる』で第1回メフィスト賞を受賞し、同作で作家デビュー。S&Mシリーズとして代表作の一つに。『スカイ・クロラ』シリーズは本人も認める代表作で、2008年アニメ映画化された。その他にも非常に多くの著作がある。

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