海 (新潮文庫)

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  • 新潮社
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感想 : 300
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  • Amazon.co.jp ・本 (184ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101215242

感想・レビュー・書評

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  • 『海』
    殺風景な部屋で、サイダーを飲みながら動物のビデオを観ている(たぶん10代の)小さな弟が呟く。

    「さあ、なぜだろう。僕が行ったこともない遠い場所に、僕とは似ても似つかない姿をした動物が生きていて、彼らもまた僕と同じように食べたり、家族を作ったり、眠ったり、死んだりするのかと思うと、それだけで安心なんです。変でしょうか」

    語り手である「僕」の視点で眺めれば、少し自分とは見えかたの違う「小さな弟」の世界に戸惑いを覚えるかもしれない。けれど視点を「小さな弟」に変えて世界を見渡せば、そこにはあっと息を飲む壮大で力強い生命の物語を見ることができた。「小さな弟」は「遠い場所」で身をたゆたえながら、ただ生命の塊となる。

    海からの風によって音楽を奏でる「鳴鱗琴」。その演奏者は世界でただひとり「小さな弟」だけ。「鳴鱗琴」は、「僕」を自然の源へと導いていく。海に抱かれ「鳴鱗琴」を奏でる「小さな弟」の姿は、力強く美しいだろうなと想像する。
    自分の存在は、宇宙のなかの地球という星に宿ったひとつの生命。そんな大きな括りで考えることができたらいいのに。普遍的な自然の理のなかで、動物も人間も息をし、食べて、眠り、死んでいく。ただそれだけなのだから。

    『風薫るウィーンの旅六日間』
    昔の恋人に再会するために、ウィーンにある養老院を訪れた六十代半ばの琴子さんと、無理やり付き合わされた感じの「私」

    琴子さんは語る。
    「とにかく、遠い場所に、たとえ一瞬でもじぶんのことを思い出してくれる人がいるなんて、うれしいじゃありませんか。そう思えば、眠れない夜も安心です。その遠い場所を思い描けば、きっと安らかに眠りにつけます」

    孤独や淋しさなんかで消え入りそうな自分という存在が、その人の思い出のなかでは確かに存在しているということ。
    思い出は夜空の星のように遠くで輝いている。誰の手にも届かず、決して消すことのできない光。
    あの人の思い出のなかで、わたしもそうだったらいいのに。その一瞬の煌めきを慈しみながら、生きていってもいいじゃない。それが人というものなんだから。


    『バタフライ和文タイプ事務所』
    タイプライターの活字から漂う淫らな雰囲気と、顔の見えない活字管理人の指と声と薄水色のシャツ。
    彼の活字をなぞる指の淫靡さが、妖しさに魅入られた「私」によって大胆に表現されていく。体温を持つ指と、指に絡みとられる漢字という無機質な存在が官能的に溶け合っていき……。
    これは小川洋子さんならではのエロチックさだ。声フェチと指フェチのわたしは、小川さんに今回もぞくぞくさせられる。かなり好き。

    他にも『ひよこトラック』『ガイド』『銀色のかぎ針』『缶入りドロップ』の優しくてちょっぴり奇妙な短編が収録されている。

  • 小川洋子さんのように世界を見ることが出来たなら…。
    見慣れていると思っている、聞き飽きていると思っている世界の中にはこんな物語がきっとあるんだ。

    隣で耳を澄ませないと聞こえない音楽、声、言葉たち。
    じっくり見つめないと見つけられない光、色、模様。

    それはイヤホンを耳に突っ込んで歩いていては聞こえないかもしれない。
    本から目を上げないと見えないかもしれない。
    私は自分で目と耳を塞いでいるのかもしれない。

    目と耳を塞いだままいったい何を探しているんだろう。
    どこに向かって歩いているんだろう。
    何も分からないままフラフラと迷って、時に開き直りながら歩いている。
    そんな状態でよく歩けるものだ。
    でも立ち止まっても周りの景色は動いている。
    怖くて、焦って、急がなきゃなんて思って。
    硬いものにぶつかって痛い思いをしないように。
    汚いものを踏まないように。
    そんなことを心配している。

    この物語の中の世界は私の目に映る世界とは違うように思う。大切なものが。決定的に。
    命は決して清潔ではない。
    そして、こんなにも美しい。

    この物語に書かれている人たちは特別に美しい存在ではないはず。
    美しいことに条件なんてないのだ。きっと。

  • #海 #小川洋子 さん #読了

    真冬の朝の冷たい空気に触れているような空気感。生々しく色鮮やかな死生観が漂うが清々しい。読んでるとふわふわと静かに浮遊しているような心地にもなるが、それでいてピシャリと冷水を浴びせられるような厳しさもある。異国感漂う、不条理で不思議な空想の物語6編。

  • ああワタシ、小川洋子さん作品の読者として初心者だなぁ。
    と、あらためて思ってしまった。

    お年始参りに親戚の家へ電車で往復約3時間。
    その時にお供として持って出たのがこの本。
    薄いし短編集だし、読むのが遅くてもほぼ読みきれるだろうと。

    とんでもない。初心者ならではの誤算。
    もう、一篇目の表題作『海』から、流れる時間がとてもゆっくりになった。
    ゆっくりゆっくり、文字を追い、光景を思い浮かべ、気付けばその世界の住人になっている。

    小さな弟の奏でる架空の楽器「鳴鱗琴」・皺くちゃの50シリング札・蝶のように活字を探す手の動き・きらきら光を反射するかぎ針・カタカタと鳴るドロップ缶・様々な抜け殻とふわふわひよこ・不完全なシャツ屋に、記憶の題名屋。

    見た事のあるものも、見た事のないものも、すべてそこにある。
    小川さんの書く世界は不思議だ。

    「温かいのか冷たいのか、よく分かりません。心地よく温かいからか、あるいは逆にあまりにも冷たいからか、いずれにしても感覚が痺れてしまっているようなのです。」(80ページ)
    以前から小川作品に感じていた温度はまさにこれ。
    温かいような、ひんやりとしているような、でも振れ具合はどちらも激しくはなく、まるで人肌のよう。

    時折、無性に、この体温のような世界に浸りたくなるのです。

    • 九月猫さん
      nejidonさん、こんばんは♪

      嘘泣きまで披露してしまう小川さん愛に充ちたコメント、楽しいです(*´∀`)ノ

      小川さんのマイノ...
      nejidonさん、こんばんは♪

      嘘泣きまで披露してしまう小川さん愛に充ちたコメント、楽しいです(*´∀`)ノ

      小川さんのマイノリティを描くスタンス、本当にいいですよね。
      描かれているマイノリティにも人であれ物であれ、心惹かれます。
      読んでいると、読んでいる自分はマイノリティ側に同化しているのか、
      寄り添っている語り手に同化しているのか、わからなくなります。
      温かいと思えばひんやりとして、近くにいると思ったらするっとすり抜けられて。
      もっと浸っていたい、もう少しもう少し・・・と思った瞬間に現実に追い返されるのに、
      突き放された感じはなくて、ヘンに温かさと穏やかな静けさが残る。

      うーん、うまく言い表せませんね。とにかく不思議で仕方のない世界と空気です。
      居心地が良くて、いつまでも浸っていたくて、vilureefさんへのお返事にも書いたように
      やはりワタシも「さらり」とは読めないです(^^;)

      この本の解説に書かれていた「注文の多い注文書」がタイミングよく出たので、
      今はそちらを読んでいますが、もったいなくて毎日ちびちび読んでいます(笑)
      2014/02/05
    • cecilさん
      九月猫さんこんばんわっ!
      久しぶりに九月猫さんの本棚に遊びに来たら、素敵なレビューと本が新しく登録されていてウキウキしております。

      ...
      九月猫さんこんばんわっ!
      久しぶりに九月猫さんの本棚に遊びに来たら、素敵なレビューと本が新しく登録されていてウキウキしております。

      そして、私は海や雪などがテーマの本は素通りが出来ないのですが、この作品の存在を新たに知ることが出来て嬉しいです。
      ぜひ読んでみたいです!
      しかも、不思議な世界観のお話もあるようでとても気になります。

      ちなみに作品の評価が★4つですが、九月猫さんが★をひとつ減らした理由が気になります♪
      私も評価はその時の気分で直感的につけてしまうのですが他のレビュワーさんはどのような基準で評価されているのか気になる今日このごろです。
      2014/02/11
    • 九月猫さん
      cecilさん、こんばんは♪

      海といえば、cecilさん!
      cecilさんといえば、海! ですものね(*^ー゚)b

      他の方も...
      cecilさん、こんばんは♪

      海といえば、cecilさん!
      cecilさんといえば、海! ですものね(*^ー゚)b

      他の方も書いていらっしゃいますが、マイノリティの描き方がとても素晴らしくて、
      寄り添う視線は、優しいのにちょっとひんやりともしています。
      そういう小川洋子さんの世界がお好きそうなら、ぜひぜひ手にとってみてくださいまし♪

      ☆4つなのは、2つ目のお話がいろんな意味で「そりゃないよw」だったのと、
      ラストのお話が「いいお話」だけど余韻が残らなかったのが理由です。
      好きなお話なのですが、ラストだと物足りない感じで。
      うっすら溜まった毒を中和するのにはラストに持ってくるのがいいお話なのでしょうが、
      その毒をワタシは中和されたくなかったので(笑)

      とかいろいろ言ってみましたが、☆のつけかたはワタシも直感的です(笑)

      2014/02/13
  • 七編からなる短編集で、それぞれの違う味わいが楽しい。
    装丁は吉田篤弘さんと吉田浩美さん。
    表題作でもある「海」では、「メイリンキン」という聞きなれない楽器が登場する。
    主人公の婚約者の弟が発明した楽器で、世界で唯一の楽器であり、弟は唯一の演奏者でもあるという。
    海からの風が吹かないと鳴らないというその音色が、今にも聞こえてきそうで聞こえない。
    不思議な余韻を残す作品だ。
    「バタフライ和文タイプ事務所」という、妖しく隠微な作品もある。
    普通人の日ごろの会話にはおよそ登場することもない「子宮膣部」なんて単語が頻繁に出てくる。
    しかもその描写が実にみだらで、どうやら作者の狙いはそこにあるらしい。
    さすが、言葉を紡ぐプロだけのことはあります。見事です、小川さん。
    「ひよこトラック」と「ガイド」も、温かい「仕掛け」にしてやられるようなつくりだ。
    もう少し踏み込んだ作品をと、つい願いそうになるが、絶妙の匙加減で終わるのがこの作者らしいところ。
    さらりと読み終わります。

  • 小川洋子さんの短編集。
    短編とは思えぬ小川洋子ワールドに浸った。

    多くのお話は、主人公が、少し不思議な人たちと交流する。
    その交流を通して、主人公の心が少し豊かになる。読んでいる私の心も、あたたかくなるような、少し広がったような、そんな感じがした。

    ラフスケッチみたいな3ページ程度の短編も2つ入ってる。
    幼稚園バス運転手のドロップのはなしは、ちょっと泣きそうになった。
    「ひよこバス」もそうだったけど、大人の男性が子供に向ける優しい眼差しって、心に沁みる。
    中年以降の男性が子どもに優しい場面って、多くは父と子、祖父と孫くらいのもので、他人が幼い子を尊重して、こっそり優しくすることって、実は貴重な場面なのではないだろうか。

    「ガイド」の少年の頼もしさにも、母の気持ちになって涙腺が熱くなった。
    息子を心配して家に一人では置いとけない!と思う母が、息子に助けられている。
    親って、そうなんだよ。この話では、息子はまさに大活躍したわけだけど、別に活躍しなくても、子どもがいるだけで親は救われて励まされて支えられているんだよなぁ…なんて思いながら読んだ。

    私の中にたしかに存在するのに、気付いてない、もしくは忘れそうだった気持ち、思い出させてもらいました。

  • “そこにしか居場所がなかった人たち”の
    静謐で妖しい7つの短編集。

    この本、巻末のインタビューと解説がすごいのだ。
    小川さんの作品になんとなく惹かれてやまない、
    が、なぜ惹かれるのかうまく言語化できない、
    という人(まさに私)は、
    ぜひ巻末にいっそう力を入れて読んでほしい。
    「それです!!」ってなるので。

    “気味の悪さや残酷さといった、
    どこか死を連想させる“差し色”を適量混ぜ込んだ、
    暖色一辺倒でない作品”
    それです!!

    “空想の核となる設定や物体の周りに、
    文章が結晶して成長し、完成したもの”
    うおお、それです!!!

    とまあ、少々ずるいが、
    インタビューと解説から抜き出すだけで
    最強の感想文ができてしまう。

    それだけこの7編が小川さんの作品の魅力を
    凝縮したものだからこそ、なせる巻末なのだろう。
    小川さんファン、ビギナー(私イマココ)、初読の人にも
    ぜひ読んで欲しい作品だ。
    各人より深みにハマれることでしょう。

    このまま巻末抜粋ばかりしていると
    全く自分の感想文にならないので、
    読んで思い出した
    個人的な経験を書き残しておきたい。

    少し前に夢を見た。
    雨音を鳴らして外を歩き回る
    音楽隊に入る夢だった。
    雨が降ると5人くらいで1列になって、
    それぞれに奇妙な道具を抱えて
    その日の雨にふさわしい音をたてながら
    路地をくまなく歩き回る。

    変なんだけど、
    多分ないんだけど、そんなものは、
    妙に具体的でリアリティがあって、
    その存在を信じてしまうような空想。
    (実際夢の中の自分は
    音楽隊に抜擢されたことをだいぶ喜んでいた。)
    そんな夢とこの作品はすごく似ていると思った。

    知る人ぞ知る、聞いたこともないような秘匿事実
    (例えば鳴鱗琴、活字管理人、題名屋)が、
    どこかに本当にあると感じさせるような
    緻密な設定、丁寧な描写がやっぱりすごい。

    それらは隠されているものだから、
    ささやかで小さくて、
    世界のすみっこにあるんだけど、
    その周りには
    自分と同じ地べたの人間の生々しい生活があって、
    地味だけど力強くて魅力的だ。

  • ガイドが一番好きでした。

    個人の思い出に題名をつけてくれるだなんて、なんて理想的なお店、、ぜひ行きたい。

  • 何ともいえぬ不思議な短編が詰まっており、かといって何も残らない訳でもなくて、お茶の微かな苦味を味わうようなクセのある作品だった。
    特にひよこトラック、ガイド、が好みだった。
    題名屋の話はまだまだ聞いていたい。

  • 静かで奇妙な7つの短編。
    他の作品同様小さな世界や特殊な人たちの描き方が独特。
    知らない世界でも実は既に知っていたんじゃないかと思うほど目に浮かんでくる。
    著者へのインタビューも充実。
    過去の作品の話も知ることができうれしい。

  • 小川洋子の、目に見えない、あるいは手に届かない人への慕情の描写が好き。

  • だいぶ古い本ですが、読んでいなかったので手に取りました。
    短編集です。
    私としては、タイピストを抱える会社の話が印象的でした。
    タイプライターのだめになった文字を管理する人、その管理人に恋心を抱くタイピスト、ダメになった文字を含んだ文章・・・
    ぎょっとするような文章も、タイピストはすました顔でタイプし続けるのです。
    仕事ですから。

  • 短編が7つ。どの話も好きだけど、私が一番、好きなのは「ガイド」です。働きながら子育てする全てのお母さんを応援しているようなお話ですね。「ひよこトラック」と「缶入りドロップ」も好き。心優しいおじさん?おじいさん?が世の中に増えるといいな。

  • 見えない空間を、言葉で捉えていくような物語。
    ひとつのものをじっくり観察した先に見えてくる世界を描いているなあと。

  • なんとなく読みたい本が見当たらない時は小川さんに頼ってしまいます。 ひとつひとつのお話はつながっていないのですが、この収録順が素晴らしい。間で小休止のように入ってくる「缶入りドロップ」の優しさ、最後の物語「ガイド」の中での題名のプレゼントが また嬉しい。読後感も爽やかで、とても良かった。

  • 小川洋子氏の短編集。解説にもあるように多くの主人公は長い時間自分の小さな仕事の世界をひっそりと守り続けた人々。題名屋や活字管理人など不思議な職業でなかったとしても、職業というのは、その職業についていない人からはわからない謎の小世界を常に含む。たとえば、職人の手技、見たこともない道具の数々。短編小説一編ごとが小さな世界を含むように。若い頃一つの職業のワクに自分を嵌めて、その形の人間になりたいと願っていたのを思い出した。小さくとも自分の世界が欲しかったのかもしれない。どの世界も素敵だけれど、最も印象に残ったのはやはり表題作の海。小さな弟の美しい小世界。

  • 日常の中に非現実的な要素を少しだけ織り交ぜてあって
    独特な雰囲気を感じられる作品でした。
    ノスタルジックで淡いフィルターをかけたような文章が好きです。

  • お気に入りの章は
    『鳴鱗琴』 『バタフライ和文タイプ事務所』 『缶入りドロップ』 『ひよこトラック』の4章。

    どのタイトルも素敵。

    普段ボーとしてるときについつい考えたり、ひらめいたりする。でも、自分の頭から外部に出すにはためらってしまうような世界で溢れていて読んでいて心地よい。外で読むにはそわそわする。そんな短編集でした。

  • 優しい。ありそうでどこにも無い不思議な世界で、人々は誰かと会話する。一つしかない楽器を持つ義弟だったり、言葉を話せない少女だったり。いいな、夢に出てこないかな、こんな世界。個人的には「ガイド」が一番好きだった。題名屋のおじいさんに題名をつけてほしい。

  • 「ガイド」が好き。
    巻末のインタビューと解説を読んで、ああ確かに「バタフライ和文タイプ事務所」はコメディーだなあと思う。多分またあれが読みたいなあってこの本を思い出すきっかけになる一遍だった。

  • 短篇集。表題作は“小さな弟”の楽器が儚く美しい雰囲気で、波の音が聞こえてきそうだった。『風薫るウィーンの旅六日間』は喜劇的。しんみりする場面が、ある一言で可笑しさに変わった。『バタフライ和文タイプ事務所』は官能表現を楽しめた。『ひよこトラック』はどうにも言葉にできない。『ガイド』は、観光日和に川下りを楽しめるのかと思いきや、そうもいかなかった。不穏な観光名所が現れるのもまた一興。他掌編二作。

  • 「海」小さい弟とそこにあるのかないのかわからない楽器鳴麟琴。不確かな存在に心がざわざわする。
    「バタフライ和文タイプ事務所」言葉だけでこんなにエロいものができるのかと。
    「ひよこトラック」暖かいその声がひよこたちと共にその場を包んでいく。
    「ガイド」題名屋の初老とガイドの息子の素敵な一日。思い出のない人などいない。小川洋子さんの作品なので、あたたかすぎてほっとする一方で、すこしぞっとしてしまった。

  • 妙にリアルで、でも実際はどこにもないような風景ばかり出てくる。
    個人的に印象に残ったのは鳴鱗琴という楽器と、杖をついた題名屋が言った『思い出を持たない人間はいない』という言葉。

  • こういう本を評価している人が居るというのが、一番勉強になった。
    熱を感じない。彼女には自分を削ってまで表現したいものがあるのかどうか。小説を書くために小説があるわけじゃない。個人的にはこれは致命的だと思う。おれは積極的に読もうと思わない。
    ただし、アイデアは面白いし、表現も、あとひよこトラックの生理的なトリハダ感は尋常じゃない。
    繰り返すが、惜しいのはそれが空っぽに感じられてしまうところだ。とはいえそれはおれの個人的な小説観。というわけで4個!

  • 2006年に刊行された小川洋子の短編集。「妊娠カレンダー」「夜明けの縁をさ迷う人々」に続いて、小川さんの短編の魅力にどんどん引き込まれていって、一気に読んだ。「夜明けの」が一編一編の長さが同じくらいで、それぞれが別個に同レベルの強烈な個性があった濃厚な印象なのに対し、本書はその表題の通り、静謐でどちらかというと透明感のあるような優しい作品が多くまた作品の長さもそれぞれであっり、この二つの本の対比が面白い。今回も登場人物達の職業が魅力的。また、この作品についての小川さんへのインタビューが最後にあったことで、より作品を味わうことができた。特に小川さんのインタビューの中で以下の答えにまた彼女とその作品たちの魅力を再確認した。
    「彼らは、自分たちのささやかな世界>を守りながら生きている。私は子供のころ、顕微鏡を覗くのが大好きだったんですが、ちいちゃな世界の中に存在する果てのない世界にすごく魅力を感じていて、多分今も、小さなものに対する好奇心が捨てきれないでいるんだと思います。小さな場所に生きている人を小説の中心にすえると、物語が動き出す感じがします(p.163-164)」←小川さんの、世界の片隅で、どんな小さな仕事でもそれを誠実に丁寧に続ける人への視線の暖かさを感じる。
    「あぁこれは小川洋子だな、って分かるような特徴や癖などはなくて、歴史的、時間的な積み重ねを経ながら、繰り返しいろんな世代にわたって読み継がれ、誰かが書いたかなんてこともだんだん分からなくなって、最後に言葉だけが残る。たとえ本というものが風化して消えていっても、耳の奥で言葉が響いている…そんな残り方が、私の理想です(p.168-169)」←謙虚さの中に記憶や失われていくものに対するこだわりを感じる。また、物語の普遍性を求めてるあたりがユング心理学的で興味深い。

  • タイプ事務所の話とひよこトラックがよい

  • 風通しのよさを感じる短編集。「海」「ガイド」が特に好き。不思議な動物や、おじいさんの佇まいを想像しながら読むと楽しい。
    小川洋子作品をいくつか読んだ方にもおすすめしたい。

  • 海 小川洋子

    読み切り易い。
    小川洋子作品デビューにはお勧めしやすい。
    官能描写における上品な妖艶さは美術作品に近しい印象を受ける。

  • 恋人の家を訪ねた青年が、海からの風が吹いて初めて鳴る〈鳴鱗琴(メイリンキン)〉について、一晩彼女の弟と語り合う表題作、言葉を失った少女と孤独なドアマンの交流を綴る「ひよこトラック」、思い出に題名をつけるという老人と観光ガイドの少年の話「ガイド」など、静謐で妖しくちょっと奇妙な七編。「今は失われてしまった何か」をずっと見続ける小川洋子の真髄。著者インタビューを併録。

  • どれも透き通り、人物同士の心の通いが綺麗だった。最後の「ガイド」が特に良かった。

著者プロフィール

1962年、岡山市生まれ。88年、「揚羽蝶が壊れる時」により海燕新人文学賞、91年、「妊娠カレンダー」により芥川賞を受賞。『博士の愛した数式』で読売文学賞及び本屋大賞、『ブラフマンの埋葬』で泉鏡花文学賞、『ミーナの行進』で谷崎潤一郎賞、『ことり』で芸術選奨文部科学大臣賞受賞。その他の小説作品に『猫を抱いて象と泳ぐ』『琥珀のまたたき』『約束された移動』などがある。

「2023年 『川端康成の話をしようじゃないか』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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