ぎょらん

著者 :
  • 新潮社
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  • Amazon.co.jp ・本 (328ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784103510826

作品紹介・あらすじ

死者が最期に遺す、赤い珠。それがもたらすのは、救いか、それとも苦しみか――。人が死ぬ瞬間に生み出す珠、「ぎょらん」。それを噛み潰すと、死者の最期の願いが見えるという――。十数年前の雑誌に一度だけ載った幻の漫画、『ぎょらん』。そして、ある地方の葬儀会社で交錯する「ぎょらん」を知る者たちの生。果たしてそれは実在するのか? R-18文学賞大賞受賞の新鋭が描く、妖しくも切ない連作奇譚。

感想・レビュー・書評

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  • あなたは、亡くなった方の『最期の言葉』を聞いてみたいと思いますか?

    厚生労働省の”人口動態調査”によると、この国では一日あたり3,750人もの方がお亡くなりになられているようです。あなたもこの一年を思い返してみて、身近な誰かがこの世を後にしたということがあったのではないかと思います。家族、友人、そして会社の同僚と、そんな亡くなった方との繋がりは千差万別です。最後に言葉を交わしたのはいつだったかな?と極めて薄い関係の人がいる一方で、『もう少しだけ、肩の力を抜くといいよ』と優しく諭してくれた夫、『中学校の時から仲の良かった親友』、そして『我が子のように可愛がって』くれた会社の元先輩等々、自分の人生の中で大きな比重を置いていた存在が突然にこの世を去ってしまう。悲しいかな、それも人の世の定めなのだと思います。

    人は他者との関わりなくしては生きていけません。そして、そんな関わりは関係が身近になればなるほどに深くなってもいきます。一方で心に傷を負うような諍いは、そんな深い関係の中ではさらにその傷を深くしがちです。しかし、私たちは言葉によって、そんな傷を修復することができます。切れかけても再び繋がり合える、切れかけたからこそ強く繋がり合える、それが人と人との関係でもあります。

    しかし、そんな再度の繋がりが生まれることがない場合があります。それが『死』です。思いがけず諍いを起こしてしまった、もしくは何かしらの原因によって大きな溝ができてしまった、そんな相手方が『死』の向こう側に行ってしまったとしたらどうでしょうか?この世に遺された者は、そんな相手が最後にどんなことを思っていたのかを知りたくもなります。もちろん、普通にはそれは叶うことのない一方的な感情に過ぎません。ただ、そんな『最期の言葉』を知る術がこの世にはあるようなのです。『死んだ人間の最期の言葉を聞く方法があるんだよ』というその方法。この作品は、そんな方法に光を当てる物語。そんな方法によって『最期の言葉』を聞きたいと願う人たちの物語。そして、それはそんな言葉が詰まったとされる『ぎょらん 』というものの存在を探し求める人たちの物語です。
    
    『家に帰ったら、リビングで朱鷺(とき)が暴れていた。暴れるのは十年ぶりくらいだろうか』と、『何か叫んでいる』を見るのは妹の御舟華子(みふね はなこ)。『朱鷺の本を売ったの』と『壁にもたれて状況を眺めている母』は説明します。『貴重だったっていうなら、もっと丁寧に保管しておいて欲し』かったという母は、『こんなに怒られても正直困るわ』と呆れています。『子供みたいに喚くな!…今すぐ片づけてっ!』と大声を出すと『狼狽え』る朱鷺。そんな朱鷺は『私のふたつ上の兄』で『三十歳、無職で職歴なし』という今を『俗に言うニート様』となって生きています。『根っからの小心者』の朱鷺はおとなしくなり、華子はその場を後にしました。そして、一人になった華子は『昨日、恋人が死んだ。付き合い始めて四年が経つ』と交通事故で突然いなくなってしまった彼のことを思います。その通夜の場で『なあ知ってるか?あいつの浮気相手ってどうもうちの会社の子らしいぜ』と話す声が聞こえます。『彼は私の前だけでは、素顔をみせてくれた。私の方が十も年下』だったのにと思う華子は、『こんなことをしちゃいけないと思っていたけれど』という思いの一方で関係を深めました。『ベッドに倒れ込』み、涙する華子は、『あと数時間で彼の肉体はこの世から消え失せる』とも考えます。そんな時、朱鷺が突然部屋に入ってきました。母に捨てられた本の話をしだした朱鷺。それは『ぎょらん 』というタイトルでした。『人が死ぬ瞬間に強く願ったことが小さな赤い珠となってこの世に残る』、それを口にして『珠をぷちんと嚙み潰すと、死者の願いがまざまざと蘇って共有できる』というその内容。そんな話を聞いて、彼は『死ぬ瞬間何を願ったのだろうと』思い『彼が死ぬ間際に思い描いたのは誰だっただろうか。奥さん、子ども、それとも…』と考えこむ華子は朱鷺に語りかけます。『ねぇ、朱鷺。ぎょらんって本当にあるのかなあ』、『彼が死ぬ間際に何を考えたのか、知りたい』。そんな言葉を聞いて部屋を出ていった朱鷺は、『大きなヘッドライトを着け』て戻ってきました。『探しに行くぞ』と『やけに張り切った声で』言う朱鷺。『探しに行くって、何をよ』と訊く華子に『「ぎょらん」に決まってるだろう。知りたいんだろ。最期の願い』と、続ける朱鷺。結局、『額にお揃いのライトを巻き付けて家を出た』二人。『ありえない、ということは分かっている。だけど、朱鷺の迫力に少しの可能性のようなものを感じ』たという華子。そして、そんな二人が向かった事故現場には…と続く最初の短編〈ぎょらん 〉。表題作として、全編に渡って登場することになる朱鷺のひととなりと、神秘性を帯びた『ぎょらん 』の存在を絶妙に暗示させる好編でした。
    
    六つの短編から構成されたこの作品。『ぎょらん』に始まり、『ぎょらん 』に終わるという位に全編に渡ってその神秘的な存在が物語を支配する連作短編の形式をとっています。六つの短編は、『ぎょらん 』とは何か?を読者にも問いかけるが如くこの四文字に支配されていく主人公が登場します。そして、それ以外にもあちこちで六つの短編は複雑に絡み合い繋がっていく見事な構成がなされています。そんな各短編を簡単にご紹介しましょう。

    〈ぎょらん 〉: 『妻帯者に想いを寄せても、幸せになんてなれないことは分かっている』という上で好きになった人が交通事故で亡くなってしまい悲しみにくれる御舟華子が主人公。朱鷺の妹でもある華子。そんな兄の朱鷺の誘いで亡くなった彼の『最期の思い』を知るために『ぎょらん 』を探しに出かけます。
    〈夜明けのはて〉: 『数時間前、私の夫である喬史が死亡した』と末期癌で亡くなった夫のことを振り返る妻の喜代が主人公。そんな喜代は、納棺師の顔を見て動揺します。元保育士だったという喜代は『私が真佑くんを殺したんです』と声を震わせます。そんな喜代は、夫の喬史が『ぎょらん 』のことを話していたことを思い出します。
    〈冬越しのさくら〉: 『葬儀社は年中無休、二十四時間営業だ』という天幸社で働く相原千帆が主人公。『我が子のように可愛がって』くれた職場の元先輩の作本の妻から、彼が生前肌身離さずに持っていた御守袋を受け取ります。その中には『みやげだま』と呼ばれるものが入っていると言われます。
    〈糸を渡す〉: あることがきっかけで『父が家を出て行った』、『母はぼんやりと一日を過ごしている』という状況に追い込まれた高校生の菅原美生が主人公。高校の授業の関係で『認知症の人も受け入れるグループホーム』でボランティアをすることになった美生。『終活』という考え方を知る中で、まさかの人物と出会います。
    〈あおい落葉〉: 『タイムカプセルが見つかりましたので、開封します』という案内から17年ぶりに中学を訪れた笹本小紅が主人公。そんな小紅は、『私の横にはいつも、斉木葉子がいた』という中学時代を振り返ります。朱鷺とも交友関係にあった小紅。そんな小紅は、まさかの場面で『ぎょらん 』を見たことを朱鷺に告げます。
    〈珠の向こう側〉: 『母が急に倒れたのが先月のこと』と病室へ赴く御舟華子が再びの主人公。一方で『母の病気を知った朱鷺は、逃げた』と引きこもる朱鷺。そんな中、『私は、あれに苦しんだひとをよく知っているんです。あれに名前を付けたひとを』と『ぎょらん 』をよく知る人物に朱鷺と会う機会を得ます。

    六つの物語は、『死』というものを嫌が上にも読者の心に強く意識させていきます。各短編ではそれぞれに人が『死』を迎えていきます。それは過去のことである場合と、『死』と向き合う現在進行形の場合があります。人によって『死』というものに対する考え方はさまざまでしょう。それは、その人がどれだけ身近に『死』というものと接してきたかによっても変わると思います。しかし一方で普段私たちが生きていく中では『死』というものを殊更に意識したりはしません。『遥か昔から、この世に生まれ落ちたその時から、「死」は生きているものの横に存在している』という『死』。そこには、その先には何があるのだろう、と考え出すと恐怖に囚われることもあります。誰だって幼い頃に、そんな怖い思いに囚われたことがあるはずです。だからこそ、私たちは日常で極力そのことを意識しないようにしているのだと思います。しかし、誰にだっていつ何時身近な人の『死』に接して『死』を意識する瞬間が訪れるかは分かりません。天寿を全うして、と万人が納得できる場合はまだしも、不慮の事故で、不治の病で、そしてまさかの自死で亡くなっていくそんな人たちを前にすると、思えば思うほどに、あの人は『死ぬ間際に何を考えたのか』ということに思いを馳せもするでしょう。この作品では、『死』を迎えた者、そして一方でこの世に遺された者の間に『ぎょらん 』という神秘的な存在を介して、その『最期の言葉』を知ることの意味について問いかけがなされていきます。

    そんな問いかけは、『私への「憎しみ」「恨み」を遺して死んだ』のではないか、というある種の畏怖の感情です。人が人と関係していく中では、必ずしも良いことばかりではないでしょう。深く付き合っていけばいくほどに、そこにはさまざまな感情が蠢きもします。そんな中では何かの原因をきっかけに関係が酷く悪化することだってあると思います。また、その関係によっては何かしらの負い目を感じることだってあるかも知れません。そんな状態にある時に目の前にそんな相手の遺体とまさかの対面をすることになったとしたらどんな感情に包まれるのでしょうか?『抗いようのない深い隔たりができる、それが死という人と人を分かつものなのだ』と、もう二度と繋がれないことを認識するその瞬間。そこには、遺された者だけが味わわなければならない悔悟の感情が生じるのだと思います。この作品では、遺された人に『死んだ人間の最期の言葉を聞く方法があるんだよ』という道が暗示されます。『死者が生者に、自分の最期の言葉を小さな珠にして体のどこか ー 手の中や口の中に残すという』もの、それが『ぎょらん 』でした。しかし、そんな死者の『最期の言葉』があると知ったらあなたならどうするでしょうか?そんな死者の『最期の言葉』を聞いてみたいと思うでしょうか?そして、そんな死者の『最期の言葉』が自分が決して聞きたくないと思うような内容だったとしたらどうするでしょうか?

    死者はその時点でこの世に別れを告げた人たちです。どんな深い繋がりがあったとしても、二度と繋がることはできません。言葉を交わすこともできません。しかし、この世に遺された者はそれでも日常を生きていく他ありません。この作品では、そんな風にこの世に遺された者が『死んでなお、伝えたい遺したいという願いが形になった』『ぎょらん 』という神秘的な存在に囚われていく姿が描かれていました。

    『あんなに鮮明に知ってしまうと、それを無視なんてできない。俺は、あいつのぎょらんが見せたものに今も、悩んでいる』という今を生きる朱鷺。そして、そんな朱鷺が追い求める『ぎょらん 』という存在にいつしか読者もすっかり心を囚われてしまうこの作品。六つの短編を読み進めれば進めるほどに、その内容がどんどん重くなっていくことに恐怖を感じさえするこの作品。そして、人の『死』と、そんな人の『最期の言葉』が詰まった『ぎょらん 』。そんな『ぎょらん 』に対する怖いもの見たさの感情が、読者の心を激しく揺さぶり続ける圧巻のストーリー展開を見せるこの作品。

    町田さんが描く、鬼気迫りくる圧巻のストーリー展開に、すっかり心を持っていかれた傑作中の傑作だと思いました。


    P.S. 町田さん、この作品凄すぎます。読後しばらく放心してしまいました。ただ、こんなことは書きたくはないですが、私、大好きだった”いくら”を二度と口にしたくなくなりました。とても素晴らしい作品ですが、この点だけは流石に罪だと思いますよ、町田さんっ!

  • 深いなぁ。
    生きること死にゆくこと。人の強さ弱さ。そして命の尊さ儚さをぎゅ〜っと凝縮させたストーリーでした。
    正直、私はまだ絶望を感じる程の悲しみに打ちひしがれたことが無い。覚悟なんて出来ている訳がない。それは当たり前の日常に浸っているから。かといって来るべくして来る未来を常に考えながら、不安と共に過ごしていくのもまた違う。この作品は『メメント・モリ』の可視化。辛く悲しい未来は誰しにも訪れる。赤い珠の捉え方は皆違う。一度きりの人生、大切に生きよう。

    • コッチさん
      にゃごさんのコメントを見てとても読みたくなりました。
      にゃごさんのコメントを見てとても読みたくなりました。
      2023/09/30
    • にゃごさんさん
      コッチさん
      コメントありがとうございます。
      読んでる最中はなんだか不思議な感覚ですが、いろいろ考えながら読める本なので是非!
      コッチさん
      コメントありがとうございます。
      読んでる最中はなんだか不思議な感覚ですが、いろいろ考えながら読める本なので是非!
      2023/10/01
  • 人が死ぬ瞬間に遺すという「ぎょらん」。いくらのような赤い珠は、死者の死者が最後に願いが詰まっているという。珠にこめられた死者の願いは、正者にいったいどんな影響をあたえ、未来どのように導くのか。御舟朱鷺の同級生だった友達・蘇芳が自殺した。蘇芳が残した「ぎょらん」を喰べた朱鷺は、それ以降「ぎょらん」に取り憑かれて、大学を中退して、三十路にしてニートとなってしまう。それでも、少しずつその糸から逃げるように、葬儀社に就職し、「ぎょらん」に支配されながらも、自分の道を見つけて行くようになる。

    朱鷺の妹の華子の不倫相手の美袋が亡くなった時に華子に「ぎょらん」の話をした朱鷺。
    これが本作のタイトル「ぎょらん」の始まりの章で、本作タイトルの謂れを知る章となる。

    5歳の石井真佑を不注意で死なせてしまったことと自分をせめていた浜崎喜代。喜代の夫・喬史の葬儀で天幸社納棺部の石井春子が現れる。春子は真佑の母である。この時、春子はちょっと登場しただけであるのだが、実は物語が最後に向かうためのキーパーソンであった。

    朱鷺の働く天幸社での指導者である相原千帆。その彼女の指導者であるサクさんこと作本が亡くなった。指導者である作本の葬儀は葬儀会社側ではなく、故人側の人間として葬儀を手伝う相原。葬儀が終わり、作本の妻から作本が持っていた相原の母・妙子の「ぎょらん」を片見分けしてもらう。「ぎょらん」は、故人が生者を苦しめるためのものだけではなく、生者を導くこともあるのだと、この時感じた。千帆の母の「ぎょらん」が作本を導き、その作本をしたい千帆が導かれる。運命のぎょらん…
    作本の庭に春に咲く桜が辛い冬の後の暖かさをいっそう強く意識させる。

    そして、ストーリーが大きく終盤に舵を取ることになる。笹本小紅たちが中学三年生の時に校庭に埋めたタイムカプセルのお披露目イベントで「ぎょらん」の呪縛は、出口へ向かう。母に殺された親友・斉木葉子の死、そして朱鷺の親友・蘇芳の言葉。ここで何となく「ぎょらん」のつじつまがあわなくなり、何か他の意味があるのではないかと考える。

    また。菅原美生が介護付有料老人ホームでに母・佐保子を育てた父の愛人を七瀬諒子さんの最後を娶る。登場人物のループとなっているが、繋がりが面白い。

    「『ぎょらん』とは、あなた本人が作りだしたものです。」ストーリーの結末。

    最後に朱鷺と華子の母の死により「ぎょらん」の意味がとうとう明らかになる。

    小さな町の中で、6作の短編がそれぞれにストーリーを保ちつつ、時間や人間関係が微妙に重なって進んでいく展開が違和感がなく、自然であった。
    身近な人間の「死」は、残される人間に対し感情のコントロール、事実の容認と言う課題を与えているように感じる作品であった。

  • 何年か前に、ある雑誌に掲載された、今では「幻の短編漫画」と言われる“ぎょらん”

    ぎょらんとは、人が死ぬ瞬間に強く願ったことが、小さな赤い球となってこの世に残る。見た目がイクラに似ているから、魚卵と呼ばれている。
    球をプチンと噛み潰すと、死者の願いがまざまざと蘇って、共有できる。
    そして、肉体が消滅すると同時に跡形もなく、消える。

    御舟朱鷺は、大学一年の時、自殺した友人の“ぎょらん”を口にした。
    それ以来、悩み苦しみ、ハイクラスクソニート(妹命名)になり、10年が経つ。

    ようやく、葬儀社に就職したが…

    ニートをしている朱鷺を、妹の華子は詰るが、母親は「大丈夫。あの子は、きっと立ち直る」と朱鷺を信じている姿には、頭が下がる。

  • ホラーだと思って読んだら全く違ってびっくり。
    初めて読む作家さんだから文章に慣れるのに時間がかかるのかな?と思ってたけど、そんな心配は無用。始めから夢中になって読んでた。それにもびっくり。

    連作短編集でそれぞれに主人公がいるんだけど、全編を通して登場するのが【御船朱鷺】だ。私にとっての真の主人公だ。彼がとてもカッコいい。最初は息をフッと吹きば何処かに飛ばされてしまう軟弱な男かと思ってたけど、全然違う。不器用だけど芯が強くて優しい。あと、イケメンらしい。

    親しい人の死に直面し、悩み苦しみながら死を乗り越えていく。その助けをしてるのが朱鷺君だと思う。朱鷺くんの優しい言葉がどんなに励まされたことだろう。この話は各話の主人公と朱鷺君が同時に成長していく二重構造になっていると思う。朱鷺君は一話ごとに強くなっていく。

    そんな朱鷺君にメロメロになってしまった。私は登場人物に感情移入するのは滅多にないので珍しい。これにもびっくり。

    勘違いで読んだ本がとてもいい出会いになりました。

  • 人が死ぬ瞬間にその姿を現すといういくらのような赤い珠、ぎょらん。
    それを口にした者は死者の最後の思いや願いが分かるという・・・

    一昔前の幻のマンガに描かれたその“ぎょらん”を自らも口にしたと言い、家から一歩も外に出られなくなったヒキニート、御舟朱鷺がキーパーソンとなる連作短編集。

    ぎょらん、というインパクトのあるタイトルと生々しくも美しい装丁に惹かれました。

    まるでイクラを奥歯で噛み潰して、複雑で奥深い味が広がるように、残された生者や逝ってしまった死者の想いがこちらの胸までしみてくる。

    苦々しく、目を背けたくなるような感情や出来事もたくさんあるけれど、それだけじゃないよね、と思えるあたたかな読後感に本当に癒されました。

    町田さんの次作が楽しみです。

    • かなさん
      5552さん、初めまして。
      この作品の装丁から読むのをちょっと迷いましたが、
      さすがの町田そのこさん…読了後穏やかな気持ちになれました。...
      5552さん、初めまして。
      この作品の装丁から読むのをちょっと迷いましたが、
      さすがの町田そのこさん…読了後穏やかな気持ちになれました。
      町田そのこさんの作品は、どれもあたたかくなりますね(^^)

      今回はこちらのレビューにいいねをして頂き、ありがとうございました。
      5552さんと引き続き読書を通じてのやりとりができたら嬉しいと思いましたので、フォローさせていただきます。
      よろしくお願いします。
      2022/09/14
    • 5552さん
      かなさん、はじめまして。
      いいね!とフォローとコメントありがとうございます。

      こちらの装丁、強烈ですよね。
      一度見たら忘れられない...
      かなさん、はじめまして。
      いいね!とフォローとコメントありがとうございます。

      こちらの装丁、強烈ですよね。
      一度見たら忘れられないです。
      町田その子さんは、初期の2作しかまだ読んでいませんが、今でも印象に残っています。
      こちらの『ぎょらん』を読んでいた頃は、まさか本屋大賞を取るまでになるとは思っていませんでした。
      『52ヘルツのクジラたち』、映画化するみたいですね。
      そちらも楽しみです。

      こちらからも、フォローと本棚訪問させてもらいますね。
      これからよろしくお願いいたします。

      2022/09/14
  • 『ぎょらん』それは、死者が生者に遺す最期の思いが形になったもの
    その珠を口にすれば、死者の最期の思いや願いを知ることができる
    それは決してよいものばかりでなく、恨み哀しみ、呪いであることも… 

    そんな『ぎょらん』に十年以上も苦しみ続けたのがチンケな男でスーパーニートの朱鷺(トキ)
    こんな、三十歳、無職で職歴なし、大学中退の引きこもり男が『ぎょらん』の苦しみから少しづつ抜け出しレベルアップし強くなっていく

    何か冒険物、ファンタジーっぽく述べてますが全くそんな話でないですからw

    死者が残したかった、伝えたかった強い思い、それが『ぎょらん』と思っていたが、実は『ぎょらん』の正体は・・・!?

    気になる方は読んでみては♪


    注意⚠
    これは、冒険物でもファンタジー小説でもなく感動物語です!

  • 死者が遺す最後のメッセージをテーマにした物語は数多くあるが、その深さは一番だと思う作品。
    救い救われる登場人物たちが感慨深く描かれている。特に母親が素晴らしい。

  • 町田その子さんの2作目の作品。

    「事故死」「自殺」「異常性癖」「ニート」「不倫」「不妊」「別居」「認知症」「ネグレスト」「殺人」「末期癌」ざっと思い浮かべてみたらこの本の中に不安なワードがてんこ盛りでした。前作の『夜空に泳ぐチョコレートグラミー』では溺れてしまったのですが、2作目もこれでもかってゆうぐらい突っ込んできますね。
    これだけ暮らしに浸透してると、普段使いに思えてくるのが怖いです。家にゴキブリ1匹見つけたら50匹は潜んでいると思わなければいけない感じです。(バルサン焚きたくなります)

    視力が落ちてしまったせいか「潰す」と「遺す」を読み違えてるところもあるような気もしてるのですが、
    【潰す】押さえつけて壊す
    【遺す】何かの価値あるモノやコトに対して、価値の一部でも損ねることなく、その全てを次の代に引き継ぐこと。

    ググりましたが、うーん、どっちだったんかなって迷ってました。

    いくらが口の中でぷちっと弾け、じゅわーっと溶けてなくなる食感、美味しくて大好きなんですが、思いだすのはご飯に溢れるばかりに乗ったいくら丼、酢飯だとさらに美味しいそうww ブドウも皮ごと食べるとジュシーが口いっぱいに広がりますね、大粒だと幸福感も大きいしww

    弾ける感覚が堪らなく緩衝材のビニール プチプチもよく潰しました。イラっとしてるときは落ち着く遊びでしたが今は、断熱材として冬場の窓ガラスに貼ったりして使うことのが多いかな。

    シャボン玉は、飛ばしたものを捕まえて壊れないようにそーと眺めてたりしたものでした。

    壊れやすいものは大事に扱うし、丈夫なものは粗末に扱ったり、美味しいものは残さずいただいたりで扱い方も様々。

    「ぎょらん」を見つけたらどう扱うかなぁて考えてました。朱鷺のように口にするか、小紅のように潰してしまうのか。
    小さな赤い珠らしいけど、澄んだ目で見つめたいですね。

    各章に「死」がありこれほど向き合うことになるとは思いませんでした。その死に対して真摯に送ってくれる葬儀社の存在はありがたく用意周到で小狡い演出でした。
    それにしても、あのお母さん無茶強すぎる。

  • 時折、死者が死後にこっそり自らの身体に忍ばせる玉。『ぎょらん』。
    ぎょらんを口にすると死者の最期に伝えたい思いを知ることができるらしい。
    ぎょらんは、本当に死者の最期の思いなのか。
    それとも受け取り手の妄想なのか。

    『ぎょらん』伝説にがんじがらめになり、引きこもりになってしまった朱鷺のストーリー。

    『死』を扱う展開ながらも、どの章も、人々の日常のありふれた景色やことば、生身のやりとりにじわっとくる。

    身近な人の死は。
    周りの人にいろんな影響を与えるよね。
    重いテーマながら、朱鷺の家族の在り方に考えさせられた。

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著者プロフィール

町田そのこ
一九八〇年生まれ。福岡県在住。
「カメルーンの青い魚」で、第15回「女による女のためのR-18文学賞」大賞を受賞。二〇一七年に同作を含む『夜空に泳ぐチョコレートグラミー』でデビュー。他の著作に「コンビニ兄弟―テンダネス門司港こがね村店―」シリーズ(新潮社)、『うつくしが丘の不幸の家』(東京創元社)などがある。本作で二〇二一年本屋大賞を受賞。
近著に『星を掬う』(中央公論新社)、『宙ごはん』 (小学館)、『あなたはここにいなくとも』(新潮社)。

「2023年 『52ヘルツのクジラたち』 で使われていた紹介文から引用しています。」

町田そのこの作品

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