夏物語

著者 :
  • 文藝春秋
3.75
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  • Amazon.co.jp ・本 (545ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784163910543

感想・レビュー・書評

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  • ★3.5 初読

    川上未映子の著書では「きみは赤ちゃん」が1番好きなのだけど
    あのエッセイに書かれている疑問、思いを彼女はずっと
    抱え、考える事を止めなかった、その誠実さにまず胸を打たれる思いだった。

    たまたまのタイミングなのだけど、この数日、
    Twitterで反出生主義的なツイートを目にして
    それが何となく頭の片隅に残ったままこちらを読み始めたので
    タイミングの良さに一気に読み進められた。

    第一部は「乳と卵」」のリブートで、
    以前読んだものの、ラストの卵のテンションにもあんまついていけず
    何となくしっくりこなかったので、
    その構成に気付くのに少し時間がかかった。
    恐らく加筆部分である銭湯の「女湯の中の男」
    は良くも悪くも、今、だなぁと。

    本編といえる第2部。
    子供の貧困や世代間格差、児童労働、反出生、男女不平等
    色々な要素が書かれてるけど、
    やはり善百合子が表す「生まれてこさせられるという暴力性」が1番印象的だ。

    これはもう最初から答えが出ない事が恐らく明確で、
    でもその答えが出ないという答えを掲げて思考を放棄する事も
    許されない、という気がしてならないのは、
    私が、私達が女だからなのだろうか。

    個人的な今現在の感覚としては、なんとも日和ってしまったというか、
    若い頃はもっと確かに先鋭的に?強く思っていたはずなのだ、
    楽しいこともあるけど、まぁそれでも生まれてこない、何も起こらなかったに越したことはなかったなぁ、と。
    それから20年程たち、何となく、日々起こる楽しさ面白い事に紛れて、
    まぁ「生まれてきてしまった」事から始めるのも
    そんなに悪くないんじゃないの、と。
    「生まれてきて良かったなぁ」なんて刹那的に感じる事も増えたりして。
    と言って全くの肯定も出来ないのだけど。

    こういう状態だから、なんとなくこのラストもうん、そうだな。
    という感じなのよね。

    川上未映子氏とは同じ年、彼女は子供を産む選択をして、私はそうじゃなかったわけだけど、
    なんというか、それは凄く大きな違いではないのだ、と
    ラストに向けて、緑子のキャラクターがどんどん透明になっているような印象と共に受けた。

  • 読んでいる途中、何度も苦しくてページを閉じて深呼吸をした。
    いろんなことがワーッ!と頭の中に、いや、心の中で動き回っていてもたってもいられなくなってまたページをめくる。
    自分という人間が、どこから来たのか、誰から生まれたのか、自分自身は何でできているのか、生きている間、誰もが何度も考える問い。
    答えなんて出ないし、出しても意味のない問い。
    それでもヒトとしてのよりどころ。私は誰。私は誰と誰によって作られたの。
    その根幹が揺らいだとき、どうやって気持ちを、心を、保てばいいのか。
    第三者精子提供によって生まれた子どもたち。成長した彼らの心の揺らぎを理解することはできない。感じることもできない。
    そのよるべなさは想像するしかない。
    ずっと、小さい時誰かに向かって両手を広げたら、何の躊躇もなく抱き上げられ、そして温かい胸で安心していつまでもいられる。そういう経験をしていれば、大人になってもどんなことがあっても大丈夫、そんな風に思っていた。
    確かにそういいう身近な誰かとの基本的信頼感、というのは人の心の安定というか芯の部分に大きな影響を与えはするのだろう。
    けれど、そんな簡単なものではないのだ、人間は。
    自分の中に流れる誰かの血。その意味。

    セックスができないけれど自分の子どもが欲しいと願う夏子と、AIDで生まれた自分を受け止められず実の父親を捜す逢沢、夏子の祖母、母、姉、姪、逢沢の元恋人百合子、夏子の担当編集者仙川、様々な人がそれぞれの「生」を懸命に生きようとしている。そばにいる人を大切に思い、けれど、それをまっすぐに表現できず、その気持ちを持て余している。
    何を求めているのか。何を求めて生きているのか。

    いろなことが頭の中で混じり合っている。夏子の、逢沢の、巻子の緑子の、それぞれの人生を考え、理解しようとし、自分と同化しようとし、切り離そうとし、けれどどれも上手くいかずにぐるぐるしている。

    生きていること、生まれてくること、生むこと、育つこと、育てること、どれもこれも大切なようでどうでもいいようで、大きいようで小さいようで。夏子の母や祖母のように、懸命にとにかく一生懸命に生きていくことにだけ懸命それでいいようにも思えるし、逢沢や百合子のように自分というものの存在を確かめ続けることも大切なような気もするし。
    いつかその答えを知るのだろうか。

    私自身、子どもも生んでいるし、身近な家族を亡くしてもいる。
    「生と死」たったこれだけの言葉の中にある抱えきれないほどの感情を経験している。
    私を形作っている母親と父親、そして私と夫によってこの世に生み出された子どもたち。
    亡くした時、この世が半分暗闇になってしまったと思うほどの存在と、自分の命よりも大切だと言い切れる自分の中から出てきた存在と。そこにあるのはいったいなんなんだろう。

    大きな大きな宿題を与えられたような気がする。時々立ち止まって考えるのだろう。混乱し悩み苦しむ。そんな時にきっと頭に浮かぶ。葡萄色の空の下にたくさん並ぶ観覧車。窓に並ぶ笑顔。あぁ、この風景があれば大丈夫だ、また明日から生きていける。そんな気がする。

  • 好きな文章があってそこはすごく刺さった。

  • 毎日出版文化賞 芸術部門受賞
    米TIME誌ベスト10
    米New York Times必読100冊
    米図書館協会ベストフィクション選出 
    本屋大賞7位

    前半は芥川賞受賞作の「乳と卵」の改稿らしい(未読)

    普段読んでいる本と違い、密度が圧倒的に濃い。
    例えば、大阪の下町のスナックやボロアパートの描写など、本当にそこにいるように感じる。

    精子提供についても、いろいろな登場人物が語る内容が、どれも説得力があり、夏子の選択はそれはそれで大団円なのだが、善百合子の考えも否定できないなど、正解はないように感じた。
    ただ、善百合子の言い分は理解できるのだが、読んでいて深い悲しみを感じてしまう。

    読んだ後、こんなに心を捉えられてしまうのは、村山由佳「風よあらしよ」以来かも。

  • 深さをもった物語。単純なメッセージではない。

    親の否定。血縁の肯定。

    友情。恋愛。仕事。
    いろいろなものから距離を取った上で、それでも残るもの。再定義できるもの。

    ゆさの大阪弁に関する考察が面白かったなあ。

    行き交う中でわざと肩をぶつけてくるような人の描き方がエグい。

  • この作品は特に女性が読むといいかもしれない。
    子どもを産みたい出会いたいという女性の葛藤が描かれている。ある登場人物によってこの作品が深く追求されたと思う。
    私は読み終わって本当に子どもをこの世に産んでいいのだろうか、と考えさせられた。反出生主義の人たちの気持ちはよくわかる。だって私も精神障害者で世知辛い気持ちをしているし、じゃあもしも子どもが精神病になったらと、遺伝性のあるものだからこそ子どもを産むのは身勝手で自己中心的なのかもしれない。
    登場人物の言葉にはリアリティがあり、痛いし、共感する。
    これは次世代に読み継がれる物語だと思った。

  • この本、好き嫌いわかれるだろうなあ。私は、「合う」けど。
    善百合子の過去の告白の部分がつらすぎる。フィクションであってくれ、いまからでもいいから、作者に「ここの文章まちがえてた、書き直すね」っていって消してほしいと思った。私のよんでいるこの話は本のなかのことであるんだけどね。キツイ。
    結婚前に、この本、皆に読んでほしいなと思うよ。子どもを生む、子どもがうまれる、ってどういうことか、深く深く考えてみてほしい。

  • 生まれることや産むこと、産まないこと、生まれたくなかったことについて考えさせられた。

    普通に男女で恋愛して、結婚して性交して子どもを産み、父母で育て、幸せに暮らす。

    といったようなことが、理想モデルとしてなんだか刷り込まれているけれど、それだと苦しい人がたくさんいるし、そもそも、そんなことが幸せではない人がたくさんいて、それぞれがいいと思える方法を選択し、それを幸せと思うことを邪魔されないといいなと思った。

    いろいろな考え方があるが、それぞれをできる限り尊重できれば。と思った。

  • どこから来るかわからない感情を丁寧に拾い上げた物語。

    今はセックスも出産も人を愛すということも怖いことのように思う。
    でも1人で死んでいくのはやっぱり怖い。

    私は自分のことがわからないから流れに身を任すままに生きるしかない。

    今はどちらかと言うと善百合子側の主張がわかる。
    多分この先自分を心から肯定できるようにならないと子を持つという賭けはできないだろうな。
    そう思うと本当に奇跡か一瞬の幻で生まれるんだな人って。

    寂しさってもしかしたら命と命が出会うために用意されているのかもしれない。

    私にはおじいちゃんもお父さんもいなかったから、男の甲斐性がどのくらいのものかわからないけど、男がいなくても十分子が育つようになった社会で、積極性や関心を欠いたらそれはもういないも同然なんだと思った。

  • 前半は「乳と卵」の再掲載
    数ヶ月前に読み直しして別に感想を書いたのでここでの感想は割愛

    後半は
    子供を持ちたいという思いからAID(精子提供)による妊娠を考える夏子のものがたり。

    産むという事、生きるという事を深く追求してゆく。そして女性というものについても
    頼まれて生まれてきたわけでも選ばれてわけでもなく産むことはエゴでしかないのかもしれない。
    産みたい、会いたい。もっと考えたかな私?
    漫然と子供を持ったかもしれない自分が恥ずかしい。

    社会の女性軽視システムについて遠慮なく語ってるところは頷きっぱなしだった。8行で男の人生についてまとめて語るのは川上さんならでは。

    男性が子供の誕生に責任を持たないなら女性の意思のみで子供が産み育てられる社会のシステムがあるといいな。まぁ、夫婦別姓にすると家族の絆がうんぬん言ってる政治家がいる日本では遠い未来だけども。

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著者プロフィール

大阪府生まれ。2007年、デビュー小説『わたくし率イン 歯ー、または世界』で第1回早稲田大学坪内逍遥大賞奨励賞受賞。2008年、『乳と卵』で第138回芥川賞を受賞。2009年、詩集『先端で、さすわ さされるわ そらええわ』で第14回中原中也賞受賞。2010年、『ヘヴン』で平成21年度芸術選奨文部科学大臣新人賞、第20回紫式部文学賞受賞。2013年、詩集『水瓶』で第43回高見順賞受賞。短編集『愛の夢とか』で第49回谷崎潤一郎賞受賞。2016年、『あこがれ』で渡辺淳一文学賞受賞。「マリーの愛の証明」にてGranta Best of Young Japanese Novelists 2016に選出。2019年、長編『夏物語』で第73回毎日出版文化賞受賞。他に『すべて真夜中の恋人たち』や村上春樹との共著『みみずくは黄昏に飛びたつ』など著書多数。その作品は世界40カ国以上で刊行されている。

「2021年 『水瓶』 で使われていた紹介文から引用しています。」

川上未映子の作品

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