- Amazon.co.jp ・本 (232ページ)
- / ISBN・EAN: 9784334753771
感想・レビュー・書評
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『中国が愛を知ったころ』一冊で私は完全に張愛玲に夢中になってしまったのだが、本書も見事なものであった。素晴らしい。
常に身勝手な男を描いているのではあるが、決して「男は身勝手だ!」とばかり言っているのではない。身勝手になるにはそれなりの慣習なり制度なり環境なり理由がある。
それらを描く複眼性が著者の特色で、女ばかりでなく、男もこんな状態は幸せではないのだ、という事を見詰める視点の高さ。
戦争により旧来のモラルが壊れる時、人間性に即した新しい男女の形が姿を表そうとする。そうした文脈としては安吾やロレンスにも近いが、女性の視点であるからこそ、ここでは諦観が常に漂い、状況の据わりの悪さが心に残る。
中国の女性の地位の低さは読んでいるだけでも苦しい程に過酷で、まだまだ女性の置かれた立場に平等の光を夢見るにはほど遠かったのだろう。(いや、勿論それは他所の国の話でも過去の話でもないのだが、今だに。)
男女共に、世帯内での属性と番号を組み合わせた呼称で呼ばれているという恐ろしさ。個が無いのだ。
そしてまた、オースティン的な計算高さや平衡感覚、意識の高さを充分に持ちながらも、愛という、抑制の効かない危険なもの、そこへ体重をかけてしまう、飛び込んでしまうその衝動の甘やかさ。恋とはそれらのブレンドなのだ。
本当の人間性とはそこにあるのであって、それもまた、林芙美子やビリー・ホリディと較べたくもなる。中国のイーディス・ウォートンと云えばしっくりくるかも知れない。私はジェイムズの『ワシントン・スクエア』をまた読みたくなったりもした。
『傾城の恋』『封鎖』の2作は構造的に映画『タイタニック』と似ている。言わば『傾船の恋』。
ディカプリオが死ななかったら『傾城の恋』になるし、船が沈まなかったら『封鎖』になる。
船が沈まなくて元の位置にすごすごと引き返す情けないディカプリオの姿を思い浮かべる。
『封鎖』のあのラストはどこからの発想なのだろう?中国の奇想文化が背景にあるのかな?びっくりしてしまった。時間が切り取られ、停止しているという感覚。
映画の話のついでに云えば本作は、偶然にもルイス・ブニュエルの前衛映画と同じ発想によるテクニックを使っている。
鳴り物が現世と異界とを繋ぐのは本来の使い方なので、符合するのは決して不思議ではないのだれど、市電のベルが最初と最後に鳴るという使い方は『昼顔』の馬車の鈴にそっくり。
人物が同じ位置に戻ると異界から抜け出る、というのは『皆殺しの天使』と同じ。
ともあれ、かなりの前衛感覚の持ち主なんだ、と思う。
エッセイは技巧的で知的で、かっこ良い。
「人生のいわゆる『おもしろさ』とはすべて本題とは関係のないことにあるのだ」。「今も忘れない、香港陥落後に私たちが街中をアイスクリームや口紅を探して歩き回ったことを。」
その洗練された文章に舌を巻きつつ、それだけではなく、一人の若い女性の体温がしっかりと伝わって来て、胸を打つ。
良いよ。読んでご覧。こういうものは古典として、日本でもスタンダードなものになってなければならない、と声を大にして言いたい。出版社さんよ、私はもっと読みたい。
(さらに、、、。彼女たちに砲弾を浴びせているのが日本軍である事も、意識せずには読めませんね。勿論。)詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
シンプルなラブストーリー仕立てでヒロインたちの負けん気が気持ちよい。それなのに、常に損得を計算しながら動く登場人物たちの動機がどこからきているか考えると、当時の中国社会の婚姻システムの辛さがじっとりと伝わってきて、ほろ苦な短篇集だった。昔は女の人は選択肢がなくてほんと大変だったのだなとわかる。そのあたりはどこの国も一緒で。
「傾城の恋」:映画にしたらとてもきれいな画になりそうなラブストーリー。ヒロインはへこたれない人だからよかったけれど、当時の社会の「男に騙された女は死」の価値観とか、なまじっか名家のお嬢さんに生まれつくと自活の手段がなにもないとか、状況はひたすら息苦しい。
あの二人は将来何かあったら絶対相手のこと許さなそうな雰囲気で、そこはくたびれた... そんな安らげない関係ってどうなのって思ったけれど、そんな風にして結婚する以外にヒロインには道がないのだ。ひどい。
「封鎖」:路面電車で恋に落ちる!ないけどすてきね!と思ったのに、男の言い分が陳腐すぎて情けない。でもそういうしょうもない恋の引き金になる、男女それぞれのフラストレーションがずばっとあらわにされているところが肝なのかな。
この人を好きになれば人生打開できる、だから恋に落ちる、というのは実際ありそう。男の言い分だけじゃないや、女の口実も陳腐ですね。社会が、生き延びるために他者を踏み台にしなくていい場所になってほしいな、と思ったことでした。 -
深い余韻の残る作品ばかり。
「傾城の恋」は、このタイトルでこの内容でこの結末で、言うことないわ…。
昼ドラかと思いきや、シビアな現実感とバランスが良い。
他の短編やエッセイも、じわじわと胸に沁みてきて、いつのまにかいっぱいになっている。
他の作品も是非読みたい。 -
張愛玲。中国の作品に興味がなかったワタシが梁朝偉を大好きになって世界が広がったタイミングでこの作家を知った。こつんこつんと心のどこかをずーっと叩かれたいるみたいな文章だと思う。好きな気持ちだけじゃ愛は獲られないんだよねーってわかるわかるって思うような。そしてエッセイにしても、家族の重さみたいのがあってそれも考えさせられる。同じアジア圏だから余計にそう感じるのかもしれないし、女の人の気持ちだからかもしれないし。世界って本当に偶然と必然のバランスで出来ていると思う。他の作品も読んでいきたい!!
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【貸出状況・配架場所はこちらから確認できます】
https://lib-opac.bunri-u.ac.jp/opac/volume/742397
離婚後、実家に戻っていた主人公は英国育ちの青年実業家に見初められてしまう。
戦時下の上海と香港を舞台に描かれる恋の駆け引き。(『傾城の恋』)
封鎖中の路面電車の中での男女の行きずりの恋。(『封鎖』) -
淡々としつつ雅な文体
アジアの小説にハマっているので、中国文化の端っこに触れることができておもしろかった。
淡々としているけれど雅、というのはご本人の技量やスタイルであるのはもちろんのこと、上海という土地の影響もあるのではないかと思った。 -
三男、四男、三男の嫁、四男の嫁、六娘、七娘、、、こういう風にたくさん出てきて、さらにそれぞれをもう何種類かの呼び名で呼ぶので初めは、とっつきにくいが、読み進めるのです!
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文章から滲んでくるテンポがちょうどよい。これが原文由来か訳由来か両方なのかはわからないが。
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なんとも。
わたしには難しかった。