聖母の贈り物 (短篇小説の快楽)

  • 国書刊行会
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  • Amazon.co.jp ・本 (408ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784336048165

作品紹介・あらすじ

普通の人々の人生におとずれる特別な一瞬、運命にあらがえない人々を照らす光-。"孤独を求めなさい"-聖母の言葉を信じてアイルランド全土を彷徨する男を描く表題作をはじめ、ある屋敷をめぐる驚異の年代記「マティルダのイングランド」、恋を失った女がイタリアの教会で出会う奇蹟の物語「雨上がり」など、圧倒的な描写力と抑制された語り口で、運命にあらがえない人々の姿を鮮やかに映し出す珠玉の短篇、全12篇収録。稀代のストーリーテラー、名匠トレヴァーの本邦初のベスト・コレクション。

感想・レビュー・書評

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  •  いつか国書刊行会の出す、はんぱねえ分厚めの海外小説を読んで見たいと思っていたけれども、ついに叶いました。
     現代最高の短編作家で、ノーベル文学賞の候補者とのことです。
     女性を主人公としていて、不自然さがまったくないことや、いろいろな視点が入っているのに、それが気にならないことが、読書会であげられてました。
     読んでいて、私が一番思ったのが信仰の問題でした。すべて宗教がらみの「信仰小説」だと思いました。信じていたものに裏切られることこそ、信仰である、と述べているようでした。トリッジにおける、大人たちの嘘話と同性愛。こわれた家庭の、欠損家庭の児童にめちゃめちゃにされることと二人の息子が戦死した老女。「失ったのはしょうがない、でもよくしていこうよ。よくしていくってのは悪いことじゃないよな?」という信仰心への懐疑。アイルランド便りの、ジャガイモと飢餓と人肉問題。聖母の贈り物における、神に見放されることが、神的なことであるという矛盾。マリアの処女懐胎に対して、マリア自身が感じた「処女懐胎という信じられない、ある意味信仰をやめたくなること、裏切りゆえに、しなければならない信仰」というのがこの短編にあるように思う。丘を耕す独り身の男たちやイエスタデイの恋人たちは結婚と貧困をテーマにリアリズムを描いているように思うし、マティルダのイングランドは、重厚な戦争文学だ。みな、戦争が終わり、次へと進もうとするなか、その「次へ進もう」は、人を人としてではなく「物」のように捉えているのと同じではないかという問題を描き出しているように思った。マティルダが、パーティーをぶちこわすのも、冷酷であるのも、神様だのなんだの言って人間を物にしてしまう者への、人間としての「抵抗」のように思える。
     それから、この本の表紙が良い。見るかぎり、金属のように思えるのだが、全く別の素材で出来ている。しかも、この聖母、笑っているのかどうか、微妙である。この、神の微妙さ、も本書で重要な所を占めているように思える。
     イーユン・リーいわく「カトリックが主流のアイルランドでプロテスタント系の家庭に生まれ、のちに故郷を離れてイングランドで暮らすようになったトレヴァーは、本人の言によれば、常に周縁で生きてきた。このように故国からは地理的な距離があり、なおかつイングランドからは外国人として距離があったからこそ、第三者の目で国や人々を見つめることができたのである。」とのことで、プロテスタントであるアングロアイリッシュの没落と、カトリックアイルランドの勃興を彼は見つめてきており、おそらく、カトリックへの厳しい視線があるように思う。
     本当に充実した、重い一冊だった。

  • 初めて読んだけれど全て面白かった。生きてそばにあって変わるものよりも、死んだ人や、土地、家と一方的な会話をしたり勝手に支配されたりするのが好きそうなマゾっぽい人たちが主に主人公になっている。短編の並べ方も上手。最初の数編を読むと底意地悪くて巧みな、と思ったが、読み進めるに従ってもっと楽天的でシンプルなところもある作家なのだということが分かるように構成されているようだった。個人的には『マティルダのイングランド』の場所に対する不健全な執着心が『丘を耕す独り身の男たち』では崇高な感じに描かれているところとかが印象的だった。どんな彫刻を作っていたのか。

  • ここ数年で読んだ海外の短編集の中で確実にナンバーワン。
    短編というには紙幅が・・・というものもあるんですが、基本的に私は何枚以下なら短編ではなく、文章の呼吸の感覚のようなもので分けられると思うのでこれは紛うことなき短編集です。

    何れもほとんどが「過去」について、「過去」にとらわれている人々が描かれている。
    過去は温かいけれど、冷酷。
    冷酷への道筋や理屈に圧倒された。
    自分の故郷を飛び出して新たなことに挑戦するとかいう勇気が称揚されがちだけど、そんな勇気よりも、過去に留まる、過去に生きるという決意をするほうがよほど勇敢なのではないかとふと考えさせられた。

  • ふむ

  • 読み方や感想は本来の伝えたかったことと異なるかもしれないけど、自分はそう感じたという感想を簡単に。
    決して幸せなストーリーばかりではないけど、人それぞれの人生があって、感じることがある。


    【トリッジ】
    風変わりなトリッジは、主にリア充的な同級生3人にバカにされながらも、平気な雰囲気で過ごしていた。
    時がたち、3人は結婚して子供もいる。
    何年たってもトリッジのネタはみんなの笑いを誘っていた。いじめてたわけではないというふうに。
    3人のうち2人は禿げて、3人とも太った中年に。
    「今日はトリッジを呼んだんだ!」
    トリッジはスマートで、あの頃とは応対の仕方も冷静で落ち着いていた。
    トリッジは、3人が家族の前で言って欲しくない事実を話し出す。
    学生時代、男子校なので、男娼のようなことをしていたこと。妻や子供は衝撃を受ける。
    トリッジはそんなかつての同級生とその家族を混乱させて去っていく。

    笑いのネタにしていた伝説のトリッジを呼び出して、当時のように盛り上がろうとしたのだろう。
    しかし、トリッジは別の意味で仕返しのように盛り上げた。
    何らかのあまりよくなかった関係の人とは再開しない方が無難だろう。


    【こわれた家庭】
    むかし、息子2人は戦死し、夫には先立たれた87歳の未亡人ミセス・モールビー。
    ある日、ある教師がキッチンの壁のペンキを塗りに子供達を派遣しますからと言う。
    別人と間違ったいるのでは?と言うが、取り合ってくれず話は進み、少年少女がやってくる。
    問題を起こしてペンキ塗りの奉仕活動だ。
    ミセス・モールビーの注意をよそに、彼らは希望しない色を塗り始め、しかも汚い。
    ちょっと留守の間に、寝室のベッドを使われたり。
    とにかく迷惑行為だった。
    知人に相談して、教師がやってきて、文句を言うと男が掃除と片付けをする。そして、壊れた家で育った子達を助けることも大事なんですよと熱弁する。
    ミセス・モールビーは戦争のために自分の壊れた家庭を思い、この教師に語りたくなったが、やめておいた。

    ミセス・モールビーは暖かい家庭を作っていたのに戦争によって息子たちを奪われて家庭を壊されてしまった女性だ。
    壊れた家庭の子供達とちゃんとコミュニケーション取れずにごめんなさいと。
    彼女は家庭環境のせいで壊れる家庭なんて作らない。
    家庭の壊れ方の中身が全然違う。


    【イエスタデイの恋人たち】
    性欲旺盛なもう美しいとは言えない妻にうんざりしていた夫が歳の離れた女性と不倫。
    結婚までしようという話まで発展したが、自分の収入では慰謝料を払っていったり、結婚生活を維持できないと、結局破局し、元サヤへ戻ることになった。
    しかし、男は不倫相手だった女性とのいい思い出の部分をいつまでも懐かしげに思い出す。

    夫ノーマンのうんざり感は伝わってきた。
    不倫したくなる気持ちもわかる。
    でも、経済力がないと離婚すらできない。
    離婚してもお金がないと余裕がなくなり、また破滅を招くだけだろうね。

    【ミス・エルヴィラ・トレムレット、享年18歳】
    僕は家族ではみ出していた。誰も関心を払ってくれないし、関わりたくないようだ。
    その理由がわかった。母と叔父さんの間にできた子供だったから。
    僕は墓地に行き、エルヴィラ・トレムレットと心の会話をするようになる。
    そして、気が変になったと思われ、みんなから離れたところでずっと一人暮らし。もうエルヴィラに関心は無くなった。
    みんなは正気を失った少年の話として聞かされる。
    僕は実際のところは、そんなミステリーな話ではないのになと思う。

    少年が家族の中で孤立したことで寂しさを紛らわせるため、たまたま見つけたお墓の少女に語りかけて居場所を見つけようとしているようだ。
    親の身勝手な行動で生まれただけなのに、気の毒だ。
    彼らから離れて暮らすことで平穏が得られてよかった。


    【アイルランド便り】
    住み込みの家庭教師は、ここは変だと嫌気がさしていたのに、結局、その地で結婚して自分の地位を上げ、厄介なことを背負って生きていくことを選んでいる。


    【エルサレムに死す】
    神父の兄ポールは汽車でダブリンへ。
    弟のフランシスは母親と家で。
    フランシスはポールとエルサレムへ行くため、初めて飛行機に乗る。
    母親はこの旅を間違ってると思っている。
    2人の兄弟が旅の途中、ポールに電報で母の訃報を受け取る。
    フランシスにすぐに言えなかった。言えばすぐに母の元へ帰ると言うことがわかっていたから。
    他にもいろいろ行く予定はあったし、すぐに帰るのはもったいないと思ったから。
    母親の葬儀を少し延長した。
    ポールは黙ってられなくなり、フランシスに伝えるとやはりすぐに帰ると言い出す。
    葬儀を少し先にしたから、すぐに帰らなくてもいいという説得はできなかった。
    フランシスは母親の呪縛にいる。

    ポールは元々母親に良い印象はなく、良い母だったとは思っていない。逆にフランシスは母親は頑張って生きてきた良い母だと思っている。
    その真逆の気持ちで、母の死に関して今回の旅では浮き彫りになっている。


    【マティルダのイングランド】
    この『マティルダのイングランド』は連作になっている。私であるマティルダが語る。

    1、テニスコート
    マティルダ9歳。
    ミセス・アッシュバートンの家でテニスパーティー。可愛そうと影で言われているミセス・アッシュバートン。兄のディックやベティはあまり乗り気じゃなかったが仕方ない。マティルダも両親たち、友人たち、近所の人たちもたくさん集まり、賑わう。
    しかし、また戦争が始まることに。影を落とす。
    ミセス・アッシュバートンは、統計的な法則をマティルダに話していた。誰かが殺されれば誰かが生きて帰ってくる。

    2、サマーハウス
    マティルダ11歳〜。
    マティルダの父が戦死。母親はいつの間にか近所な生地屋の主人と浮気。
    その後、マティルダの兄ディックも戦士。
    神様は恐ろしい。浮気してるから代わりに兄が死んだ。マティルダはそう思った。そう思うと、悲しみよりも冷酷になった。
    これまで不幸は木曜日に必ず起きている。

    3、客間
    マティルダ48歳の時にこれを書いている。
    マティルダ21歳。
    母は付き合っていた生地屋の男と結婚して、マティルダの継父となった。継父は悪い人でもないが、マティルダは好きになれない。上部だけの言葉を言うようなところが信用できないから。
    姉のベティはコリンと結婚することができ(コリンは戦死せずに済んだんだな)子供もできた。
    友達のベル・フライも結婚した。
    むかしからレンジのアーガを欲しがっていた母親だが、とうとう手に入れる。
    ミセス・アッシュバートンの屋敷をグレガリーという家族が買った。
    マティルダはその息子ラルフィーと結婚して、屋敷に住む。
    マティルダは、ラルフィーが自分は彼の所有ずつの一部だと感じている。
    彼らはうまくいかず、ラルフィーは屋敷と庭をマティルダに残して去る。

    マティルダは冷酷だった。そうやってちゃんと気付いたのは歳をとってから。あのとき、ミセス・アッシュバートンもそう思っていたのか?


    【丘を耕す独り身の男たち】
    父親に兄弟姉妹の中で1番構われなかったポーリー。
    父が死に、実家は母1人になる。兄弟姉妹は結婚して子供もいるし、ポーリーは実家に帰って暮らす。
    このへんでは独身男が多い。
    ポーリーも何人かと付き合うが結婚に至らなかった。
    母親は自分の人生を生きて、ここを出て行ってもいい、住み続ける必要はないんだよ…と言うのに、ポーリーは「(ここに住み続ける理由は)ある」と言う。
    そうキッパリ言うのは、母親は自分が1人になったからではないとわかった。
    ポーリーは何を言っても住み続けようとしているのだと。

    いつまでも、父親の影を追っている感じ。父親のしていたのとを引き継いでいかなければならない。父親に褒められたり構われたいと、もう叶わないのに住み続けて父親の仕事を続けることで、満たそうとしているかのようだ。
    母親がそのたびに、「えらいよ、ポーリー」とフォローするのだろう。
    なんだか、寂しい余韻。


    【聖母の贈り物】
    ミホールは旅ばかりしていた。
    18歳のある日、神のお召しがあり、修道院へ。
    父が名誉をくださったから疑わずに、神様に任せておけば間違いない、と。
    ミホールは修道院のあと、また旅に出て、島にたどり着く。誰もいない島で、最初は不便だったがその生活になれ、ずっとそこで暮らすことを愛するようになった。
    しかし、またもや聖母がここを立ち去らねばならないと言われる。
    ミホールはその生活を離したくなかったが、渋々去ることにする。
    旅は続き、とうとう見知った土地へ。実家だった。
    年老いた両親との再会。彼らは一人息子という贈り物を届けられた。


    【雨上がり】
    彼と別れたハリエットは一緒に行くはずだった旅行に一人で行く。
    原因を考えるけど結局答えは出ず。

    『受胎告知』の絵について書かれているけど、最後に“どこからともなく、天使が舞い降りてくる”って書かれているけど、妊娠してたってことなのかな?
    絵についても“神さまは、雨上がりの、生まれたての涼しい瞬間を選んで、天使をよこしたのだ。“となっていたので。
    ハリエットもちょうど雨上がりで、そんなふうに締めくくられていたので。どういうことなんだろう。
    そう私は思ったってことでいいか。

  • 登場人物が少ないながらも、人物の内情を深くまで観察しているトレヴァー。
    静かで冷酷な世界をやさしいまなざしで見つめる作家を感じる。
    特に「聖母の贈り物」は、運命を苦しみながら受け入れて進んでいく男の姿がありありと浮かんで心が震えた。
    会話文が少なくて、情景文で語るのが、トレヴァーの好きなところ。

  • 文学

  • 家族、夫婦、親子、外側から見ただけでは決してわからないことがある。見事だなと思わずにはいられない。そして切り離すことのできないアイルランドにおけるイギリスとの因縁の歴史。

    個人的に、普通に恋愛小説としてすごくいいと思ったのが『イエスタデイの恋人たち』。

  • アイルランドの土と冷たい風の匂いがする短編集。なかでも、「マティルダのイングランド」がやはり秀逸でした。「戦争になったら冷酷になるのが自然なのよ」ということばが刺さった。

  • 「おそろしく良質な」短編集。面白い!この作家をもっと読みたい。

  • 薦められて、図書館にて。海外文学を読み慣れてないので、なかなか難しかった。もっとスムーズに、娯楽として読めるようになりたい。

  • アイルランドの作家、ウィリアム・トレヴァーの短編集。『マティルダのイングランド』のみ3篇でひとつの物語をなしてますが、それ以外はすべて1篇で完結してます。著者から関心を持ったのではなく、訳者から興味を持って手に取りました。ちなみに訳者はキアラン・カーソンの『琥珀捕り』を訳した方です。

    主人公の造形も舞台も時代背景もバラバラながら、すべての短編に共通するのは登場人物たちの心理&外見の描写の細やかさと、彼らを取り巻く風景の描写の美しさ。もちろん著者の筆力によるところが大きいものばかりですが、日本語としてこれだけ綺麗な文体にまとまっているということを考えると、訳者である栩木氏の技量に感服し、また感謝する次第です。

    どの短編が一番好きか、となると、評価は分かれるでしょう。短編の割に長めの『マティルダのイングランド』が好きな人もいるでしょうし、短い中に劇的な場面転換がある、表題作でもある『聖母の贈り物』が気にいる人もいるはず。あるいは映画にできそうな『イエスタディの恋人たち』や、悲劇であり喜劇のようでもある『こわれた家庭』が好きな人もいるかもしれません。自分は白黒映画のような『丘を耕す独り身の男たち』と『エルサレムに死す』、そして『聖母の贈り物』が好みに合いました。

    どれか一つは確実に、お気に入りの作品として心に残る可能性は非常に高いと思います。図書館で借りてきた本ですが、どこかの本屋で見つけたら改めて買って本棚に並べてみたいな、と思えた佳作です。

  • 初トレヴァーの短編集を読む。とってもよかった。抑制された静かな筆致にぞわぞわ胸騒ぎが止まらない。隠された狂気が滲み出し溢れ出る手前の緊張感。うらはらの日常、喪失した過去、遮断されたもうひとつの世界が目の前の景色に重なり艶やかに浮上する。それは捻れた未来をも幻視する。中でも「マティルダのイングランド」が白眉。たった一日のテニスパーティの記憶に縛られ、崇高な魂が静かな狂気と結びつき、冷酷な表情へと変化しゆく心理の流れにぞっと震える。(「雨上がり」はちょっと苦手だけど)いずれの収録作も素晴らしく存分に堪能した。

  • 逗子図書館にあり

  • 英国人なら共感できる文化や歴史に基づく話なんだろう。

  • アイルランド出身の作家ウィリアム・トレヴァーの短編集です。

    短篇の名手であるウィリアム・トレヴァーの短篇が12編おさめられています。

    最初の短篇「トリッジ」
    ハイスクール時代、いじめてバカにしていたトリッジと中年になって再会した三人組に待ち受けるリベンジとは?

    「マティルダのイングランド」
    イングランドの大邸宅を舞台とする三部作。

    「聖母の贈り物」
    聖母のお召しに従ってストイックで孤独な人生を送った男が最後に辿りついた場所は?
    聖書のそして、レンブラントの「放蕩息子の帰宅」を思い出させるような結末。

    アングロアイリッシュ(プロテスタント信徒のイングランド系アイルランド人)に生まれたウィリアム・トレヴァーは、イギリスやアイルランドを舞台に、多くの作品を描いている。

    本格的作家活動に入ったのは30代半ばと遅いが、優れた作品を発表し、稀代のストーリーテラーと呼ばれる。

    本書は、名匠トレヴァーの本邦初のベスト・コレクションである。

  • 若島正さんが現役世界最高の短編作家と紹介しているが、それに全面的に同意である。収録作マティルダのイングランドの素晴らしさといったらもう。ちくまのアイルランド短編選に収録されているロマンスのダンスホールも大好きです。

  • 2014/03/04 - こんなに壮絶な話ばっかりだったっけ?と驚いた。自分ではどうにもできない状況にがんじがらめになって、それでも生きていく普通の人たち。

    それでも読んでいると何か上を向きたくなる。選べないからといって自分がないわけじゃない、とかそういうことだろうか。

    2011/03/05 - 第一話目からゴツッとした重たい球が飛んでくる。時間のあるときに取っておいて、どっぷり堪能したい一冊。

    「マティルダのイングランド」が怖面白かった。初めは農園育ちの女性が過去を振り返る穏やかな話かと思っていたら、最後はホラーなオチが待っていた。

  • 凄い切れ味。一見弱く取るに足らないと思われていた者が恐ろしく強くまっすぐ (KYともいうかも) で、それを前にすると普通の人々の世間体、優しさ、欺瞞などは弱さをさらけ出さずにいられない。

  • ストーリー・テラーの国、アイルランドは、多くの作家を輩出してきた。 語り部文化ケルトの子孫であるアイルランドの人は話が好きで、神話や伝説、妖精の話を子供の頃から聞いて育つ。
     
    しかし、ウィリアム・トレヴァーの短編小説の世界は、かなりユニークだ。
     
    「聖母の贈り物」は12話を収録したもので、様々な時代や国々を舞台とした短編集である。

    トレヴァーの世界に慣れるには、多少の忍耐力とアイルランドの宗教・政治的背景についての予備知識があった方がいいかもしれない。 

    日常の風景が淡々と語られている緩やかな時間の流れには、ストーリー展開の速さを好む人は多少いらいらさせられるかもしれない。

    しかし、この平凡な日常生活を見ている間に、宗教の対立、政治の紛争(トラブルズ)による傷跡が隠されていることに徐々に引き込まれ、だんだんと癖になるトレヴァーの世界へのめり込んでしまう。
    12話中、いくつかインパクトの強かったものを選んでみた。

    第一話の いじめを題材にした「トリッジ」は、私立の男子校で寄宿舎生のトリッジが、あまりにも純真だった為に、からかいの対象となり、大人になっても、いじめグループの同級生たちの話題に上り、いじめ3人組の家族達にもジョークの主人公としてよく知られている。 久しぶりの同窓会に冗談で招待されたトリッジは、これまで語られなかった学校での事件の一部始終を、そして、自分が如何に変身したかを、いじめグループとその家族全員の前で告白する。
     幸せを装ってきた3組の家族達に、トリッジの告白は痛烈な復讐となった。

    カトリックの宗教的な束縛、倫理観の中で生きる人達の悲哀。
    「ミス・エルヴィラ・トレムレット、享年18歳」。
    小さな町で語り続けられているのは、18歳で亡くなった少女エルヴィラの亡霊に取り付かれた少年のミステリー、、、しかし実際はミステリーでもなんでもなかった。  少年の生い立ちは、だれにも歓迎されない過ちの結果で、家族内の秘密だった。 カトリック信者の家族の中で、常に孤立していた少年は、プロテスタント教会の墓碑銘を読み、その若くしてなくなった少女エルヴィラとだけ心を通わせ、次第に精神錯乱状態になっていく。

    表題作の「聖母の贈り物」は、カトリックの真髄とも言うべき奇跡をテーマにしている。  農家の一人息子、ミホールは、18歳の時、夢の中で、「修道院へ行きなさい」と聖母マリアのお告げを受ける。 敬虔なカトリック教徒の父も、「神様にまかせておけば間違いない」と一人息子を送り出す。

    修道院で神への信心、忍耐、謙虚を身につけ、質素な修道院生活で修道士達との友情により力を得たが、またしても、「孤独を求めなさい」 と、2度目の聖母マリアのお告げを受ける。 アイルランド全土を歩きつくすほどの旅路の果てに岩だらけの孤島にたどり着いたミホールは、ただ一人の孤独な生活を始め、21年の月日が流れた。  3度目のマリアの出現では、「この年のこの月が終わらぬうちに、あなたはここを立ち去らねばなりません。」と告げられる。 孤独な生活を愛するようになり、より神に近づいたと感じているミホールは、混乱しながらも、「あなたのところを訪れるのはこれが最後です。」と言う聖母の言葉で、島を離れる。

    再度、長い旅路が始まり、敬虔な農夫に食事を与えられ、荘園での歓待を受けながらも、孤独な旅を続け、その果てにたどり着いたのは、荒れ果てた農地に建つあばら家。  そこにいた老夫婦は年老いて盲目になってしまった父と、母だった。 一人息子を神に差し出した父母への 「聖母の贈り物 」は、一人息子、ミホールの帰還だった。

    アイルランドのアラン諸島の岩だらけのイニシュモア島で自給自足をする知人のストイックなライフスタイルがこの話とダブって感慨深い!

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著者プロフィール

Willam Trevor Cox 1928-2016.
1928年、アイルランド・コーク州生まれ。
本書はペンギン社版
トレヴァー短編集『After Rain』(1996)の全訳。
邦訳書に、
『同窓』
(オリオン社、鈴木英也訳、1981年)、
『リッツホテルの天使達』
(ほおずき書籍、後恵子訳、1983年)、
『20世紀イギリス短篇選 下 岩波文庫』
(「欠損家庭」(ウィリアム・トレヴァー)所収、
 小野寺健編訳、岩波書店、1987年)、
『フールズ・オブ・フォーチュン』
(論創社、岩見寿子訳、1992年)、
『むずかしい愛  現代英米愛の小説集』
(「ピアノ調律師の妻たち」(ウイリアム・トレヴァー)所収、
 朝日新聞社、柴田元幸・畔柳和代 訳、1999年)
『フェリシアの旅  角川文庫』
(アトム・エゴヤン監督映画化原作、角川書店、皆川孝子訳、2000年)、
『聖母の贈り物  短篇小説の快楽』
(国書刊行会、栩木伸明訳、2007年)、
『密会 新潮クレスト・ブックス』
(中野恵津子訳、新潮社、2008年)、
『アイルランド・ストーリーズ』
(栩木伸明 訳、国書刊行会、2010年)、
『恋と夏  ウィリアム・トレヴァー・コレクション』
(谷垣暁美 訳、国書刊行会、2015年)、
『異国の出来事  ウィリアム・トレヴァー・コレクション』
(栩木伸明 訳、国書刊行会、2016年)、
『ベスト・ストーリーズIII カボチャ頭』
(「昔の恋人 ウィリアム・トレヴァー」所収、
 宮脇孝雄 訳、早川書房、2016年)、
『ふたつの人生  ウィリアム・トレヴァー・コレクション』
(栩木伸明 訳、国書刊行会、2017年)、
『ラスト・ストーリーズ』
(栩木伸明 訳、国書刊行会、2020年)ほか。



「2009年 『アフター・レイン』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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