死者の百科事典 (創元ライブラリ)

  • 東京創元社
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  • Amazon.co.jp ・本 (279ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784488070779

作品紹介・あらすじ

無名の市井人の生涯だけを集めた書「死者の百科事典」の物語、ボルヘスの影響を感じさせる「魔術師シモン」、港町で死んだ娼婦のために船員たちが町じゅうの花を略奪し、その墓を埋め尽くす話「死後の栄誉」、エーコの『プラハの墓地』で描かれた史上最悪の偽書「シオン賢者の議定書」成立の過程を綴った「王と愚者の書」など、文学的で知的で詩的な短篇集。

感想・レビュー・書評

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  • ユーゴスラビアの作家の短編集。母がユーゴスラビア系民族、父はユダヤ人でアウシュビッツから帰ってこなかった。
    短編全部が寓話的、哲学思想的。実際の人物やエピソードから哲学的思考を加えたり、実際には無い書物をあるもとして話を巡らせたり。



    ナザレ人イエスの死と不思議な甦りから十七年の後。
    村から村へ巡る伝道者たち、大道芸人たち。
    魔術師シモンは、イエスの奇跡を伝える伝道者ヨハネやパウロたちの前で「それはこのような、誰でもできる奇跡か」と、天に昇ってみせる。ペテロが神の言葉を唱えると魔術師シモンは失墜する。そしてまた別の話もある。
    魔術師シモンの弟子の女は叫ぶ。「これもあの人の教えの真実の証なのさ。人の人生は転落と地獄、この世は暴君の手の内にある。暴君の中の暴君、ヒエロムに呪いあれ!」
     /「魔術師シモン」
    ==新約聖書のエピソードより。

    あんなに惜しまれて死んだ娼婦はいないぜ。
    船員であり革命家であったウクライナ人のバンドゥラは、肺炎で死んだ娼婦マリエッタの思い出を語る。
    彼女の墓に備えられた花。
    そしてその日に民衆蜂起の地方革命が起こっていた。
     /「死後の栄誉」


    私は図書館でその本を見つけました、有名な「死者の百科事典」を。そこには死んだ人の人生が記されています。私は、亡くなった父の一冊を探してページを開きました。そこには父の全てがありました。
    全てです。村を出た日に咲いていた花、母と出会った日の風、夕日の色、歩いた道、出会った人…
    「人間の生命は繰り返すことができない。あらゆる出来事は一度限りである」(P73)
     /「死者の百科事典」


    仰向けに横たわっていた、ザラザラして湿った駱駝の皮の上に。
    三人と一匹の死者のうち、一番若いディオニシウスは一番先に見を覚ました。昔見た群衆は、ナザレ人イエスを讃える歌と、皇帝からの迫害は、ああ、あれも夢だったのか。
     /「眠れる者たちの伝説」
    ==キリスト教を信仰したために皇帝から迫害を受け、洞窟に逃げ込み、約二百年眠った”エフィソスの七人の眠れる者”というコーラン由来の伝説を下敷きにしているということ。 


    市場でジプシーから買った鏡。ベルタが鏡を覗くと、父と二人の姉が暴漢に襲われる場面が写される…。
     /「未来を写す鏡」
    ==新聞三面記事のような話だが、実際に起きたことと信じる人たちはいるようだ。


    師匠の書を虚栄心により追い越そうとする弟子。
     /「師匠と弟子の話」


    民衆蜂起に味方したとして死刑宣告を受けた貴族の青年。
    青年の母は息子に告げる。あなたはこのような死に方はしない、私が皇帝に話をして、うまく行ったらあなたに合図を送ります。
    自分が不名誉には死なないと分かった青年は、恐れを持たずに絞首台に登る。
     彼が最期まで持った立派な態度は、自分が死なないと思い怖れなかったのだろうか?または死ぬと分かっていても恥じることなく死ねたのだろうか?
     /「祖国のために死ぬことは栄誉」

    架空の書物を題材にし、それが時代を越えてヨーロッパの歴史を変えた話。
     /「王と愚者の書」

    先生はイデッシュ作家のメンデル・オシポビッチの往復書簡を探していらっしゃいますね。先生のおっしゃるとおりに、確かにそれは存在します。
    いまでは孤独のうちに生きているこの私ですが、かつて数多くの手紙をしたためたことがありました。そしてその手紙のほとんどは、たった一人の人に宛てられたものでした―メンデル・オシポビッチに。
     /「赤いレーニン切手」

    作者による、収録作品の解説。
    「本書に収められていた話はいずれも、多かれ少なかれ形而上的と呼ぶべきひとつのテーマを扱っている」
    ここに書かれていることは、その一部を実際に起きたことをであったり、実在の人物だということで、元ネタ解説など。
     /「ポスト・スクリプトゥム」

    • アテナイエさん
      キッシュの『庭、灰』、『砂時計』は長編というより中編くらいかもしれません。どちらも子の目から見た、失われた父探し、父との融合がテーマになって...
      キッシュの『庭、灰』、『砂時計』は長編というより中編くらいかもしれません。どちらも子の目から見た、失われた父探し、父との融合がテーマになっていて、キシュの実話を絡めながら、ユダヤ系作家によくみられる「父探し」という雰囲気があります。夢のように淡くて、とらえどころのない、視覚や聴覚などの五感を駆使した、幻想的で散文詩のような作品です。なので読む人を選ぶかもしれません。タブッキあたりが好きな人はいけるかもしれませんが、幻想的といっても、淳水堂さんのお好きなボルヘスとも雰囲気が違います。また機会があれば眺めてみてくださいね。わたしは短編集は読んだことがないので、図書館で眺めてみたいと思います。レビューありがとうございます(^^♪ 
      2019/11/22
    • 淳水堂さん
      アテナイエさん
      ご紹介ありがとうございます!
      「父探し」はユダヤ系に多いのですね。
      この短編の中の「死者の百科事典」も父の人生を辿る物...
      アテナイエさん
      ご紹介ありがとうございます!
      「父探し」はユダヤ系に多いのですね。
      この短編の中の「死者の百科事典」も父の人生を辿る物語で、一種の父探しかもしれません。
      キシュの父が強制収容所から帰らなかったというので、個人的にも父への想いがあるのかなと思いました。

      他の話で「こんな書物があり~」などという書き方がボルヘス的で、ボルヘスが読みたくなりました(笑)。
      タブッキも読んだことないんですよ。読まなければいけない作家が溜まってゆく一方です(^^ゞ
      2019/11/23
    • アテナイエさん
      キシュは彼と父との儚い思い出が、とにかく切ないですよね。この短編では、それにくわえて、ボルヘス的な雰囲気のものもあるようで多様で面白そうです...
      キシュは彼と父との儚い思い出が、とにかく切ないですよね。この短編では、それにくわえて、ボルヘス的な雰囲気のものもあるようで多様で面白そうです。お聞きして良かった♪
      ところで「父探し」がユダヤ系作家に多いな~と感じるのは私だけかもしれませんが、流浪する民と大いなる「父」といった宗教上のメタファーに加えて、史実上なんども繰り返される彼らへの迫害という苦難の歴史が、それぞれの作家にある父親との関係とも相まって、より深い作品になっているように思います。あのカフカやそのほかの東欧作家だけでなく、度し難いナチス迫害のためにアメリカに亡命した多くの作家やその子孫たちの作品には、わりと父探しという雰囲気の作品が多い印象があります。こりゃまた私の妄想かもしれません(笑)。またレビューを楽しみにしていますね(^o^)
      2019/11/23
  • 短編集。どれも基本的に死者の話で、「死者の百科事典」は収録されている1作のタイトルながら、全体のタイトルとしても秀逸。それにしても全作やや難解だった。ある程度予備知識が必要なものが多かった気がする。そしてとにかくディテールの積み重ねなので、その情報読者にはそこまで詳細にいらないよ~という細部の羅列、しかしそれらのディテールがあるからこそ成立している作品なので、機械的に読むけど記憶に残す必要はない、と割り切って読むべきかな。

    表題作は、スウェーデンの王立図書館を訪れた女性が、無名の死者の生涯のみをこと細かに掲載している「死者の百科事典」をみつけ、亡くなったばかりの父親の項目を読み耽る。正直、平凡なふつうのお父さんの伝記の詳細など聞かされても娘ではない読者は退屈なのだけど、このディテールがやはり大事なのだろうなあ。オチが意外に効いている。

    他の作品は実在(とされている)人物、有名人でなくとも実際の事件を扱ったものも多く、ある意味ノンフィクションなのに、なぜかボルヘスあたりが得意だった実は架空の人物や事件の巧妙な伝記風の味わいがある。

    「魔術師シモン」は、新約聖書に登場する人物で、異端のグノーシス主義の開祖ともいわれるシモン・マグスの話。基本は新約外伝の『ペテロ行伝』にある、シモンが魔術で空中浮揚してみせるも、ペテロが神に祈って墜落死させたというエピソードの脚色(つまりシモンは悪役)なのだけど、神に対して不敬な言葉を吐くシモンのほうに個人的にはとても共感しました。

    「眠れる者たちの伝説」は、どこかで読んだ気がしたのだけどそうだコーランだ。「洞窟」の章にもある洞窟で眠る人たちの話(迫害を逃れようとした7人の若者が犬に案内されて洞窟に辿り着き309年間眠り続ける)をベースに聖人伝説が入り混じっている。牧人ヨハネというのはパプテスマのヨハネ=サロメに首を斬られた彼のことかしら。ディオニシウスもまた、首を斬られてもなお布教を続けたという伝説の聖人。夢と現と幻想が入り乱れてとても美しい作品だけれど何度か寝落ちした(ごめんなさい)

    「王と愚者の書」は、史上最悪の偽書と呼ばれる「シオン賢者の議定書」の成立を読み解いたもの。不勉強につき未読だけれど、同じテーマでウンベルト・エーコが書いたのが『プラハの墓地』らしい。これは正直いちばん難解だった。勉強しなおしてから再チャレンジしたい。

    比較的わかりやすかった「未知を映す鏡」は、ジプシーから買った鏡で自分の父と姉たちが殺される場面を見てしまった少女の話。こう筋書きを書いてしまえばそれだけだけど、事件とは無関係でほとんど意味のない、事件前のとりとめのない姉たちの心情などが詳細に書き込まれている。ゆえに、彼女たちが本当にいたかのように感じらる効果というのはあるかもしれない。印象は全然違うけれど、ある意味、金井美恵子あたりの饒舌体に通じるものがあるのかも(笑)

    ※収録
    魔術師シモン/死後の栄誉/死者の百科事典/眠れる者たちの伝説/未知を映す鏡/師匠と弟子の話/祖国のために死ぬことは名誉/王と愚者の書/赤いレーニン切手/ポスト・スクリプトゥム

    • 淳水堂さん
      yamaitsuさんこんにちは!
      わたしも読み終わりました。

      >実在(とされている)人物、有名人でなくとも実際の事件を扱ったものも多...
      yamaitsuさんこんにちは!
      わたしも読み終わりました。

      >実在(とされている)人物、有名人でなくとも実際の事件を扱ったものも多く、ある意味ノンフィクションなのに、なぜかボルヘスあたりが得意だった実は架空の人物や事件の巧妙な伝記風の味わいがある。

      わたしは読んでいるときは元ネタがあると知らず、寓話的頭の体操的作品集かと思って、
      解説読んで「シモンの逸話って聖書にでてたのか?!」「眠る死者の話はコーランだったんか!」とか後で知ったレベル…。
      元ネタがすらすらわかり、作者と一緒に考えられるのだったら、新しい考えが啓蒙するのかもしれないですが、そこまでの読者にはなれなかったなあ(^^ゞ
      2019/11/22
    • yamaitsuさん
      淳水堂さん、こんにちは(^^)/

      この本、ほんと難しかったですよねえ(-_-;) 作者と同等の予備知識がないと楽しめない種類の本という...
      淳水堂さん、こんにちは(^^)/

      この本、ほんと難しかったですよねえ(-_-;) 作者と同等の予備知識がないと楽しめない種類の本というのは稀にありますが、これもそのひとつかも。

      あまり記憶力の良いほうではない私は、うっすらと「どっかで聞いたような話だけど元ネタなんだっけ」的モヤモヤを抱えつつ、断片的なワードを検索してようやく思い当たりつつ、なんとか読み終えました。

      なかなかに読者を選びますよね。以前、淳水堂さんがヨハネの黙示録だったかの感想で、西洋の絵画や小説はキリスト教の知識がないと理解が難しいというようなことを書かれていたと思うのですが、全く同意です!
      2019/11/22
  • ユーゴスラビアの作家、ダニロ・キシュの短編集。
    『庭、灰』『若き日の哀しみ』に続いて3冊目を読んだ。

    既読の2冊がぽつりぽつりと語られるような自伝的小説であるのに対し、この9編は凝った技法の詰まった文章で、まるで全く異なった作者のようだ。
    三島由紀夫的な耽美も感じるが、キシュの場合は美のための美しさにとどまらない。
    どこかおどけたような冷めた書き方が、逆に哀しみを強調してくる。

    タイトルとなっている「死者の百科事典」は、日本語にするとまるでホラー小説だが、そうではない。
    主人公が父親の死後、その人生を尊び、百科事典を開くかのように一つ一つ詳しく振り返る、という内容だ。
    ここで「死者」は、恐ろしいホラーなどではない。
    命が尽きる直前までそこにいた、知人であり、家族である。

    あるドキュメンタリーを思い出した。
    それは、事故で息子を亡くした母親が、「私達が今あの子にしてあげられるのは、思い出してあげることくらい」と語った場面。
    それがこの百科事典だと感じる。

    「眠れる者たちの伝説」の臨死体験、「祖国のために死ぬことは名誉」の真綿で締めるような心理戦、「王と愚者の書」はこれから深く学びたいことの宝庫だった。
    これほど多様の小説が詰め込まれた短編集は類を見ず、何度でも読みたい1冊。

  • とにかく感想にし辛い。

    自分が死について考えるのはどの様な時だろうか。

    ・身内や有名人の訃報に接した時
    ・葬式等に参列した時
    ・体調が悪く寝込んでいる時
    ・小説を読んだり映画を見た時
    ・自然災害や殺人事件の報道を目にした時
    ・自殺者又は自殺未遂者に関する報道を目にした時
    ・過労死した人の報道を目にした時

    位しか思い付かない。
    私にとって死の概念はあまりに哲学的に感じられる。
    死者を題材にした短編集は珍しい。
    解説を踏まえると作者にとって死が身近に存在したのは事実だろう。
    この世に死生観は一つではない。

  • 漸く読み終わった。300頁足らずの文庫本だが、1頁に収まる文字数がおそらく通常より多いので、500頁もの本を読んだ気になる。それと『若き日の哀しみ』の文体とは全く違うし、収録の短編それぞれの文体もそれぞれ異なる。さらに言えば、キリスト教・ヨーロッパ、特に東ヨーロッパ・そのロシア、ソ連との関係・作者の父親を殺したナチスドイツ・ユーゴスラビアなどの歴史と背景を知らねば、この本を100パーセント理解することは出来ない。それ故、これから読もうとする読者は、末尾の訳者・評者の解説を先に読むことをお勧めする。本書の内容には、直接ではないが現在の世界の極右化の傾向や、日本の現状と未来を暗示するものがあり、一種の警告の書とも読める。

  • ダニロ・キシュは創元ライブラリーから2冊目の刊行。
    読んでいるとしみじみとする短編集だった。

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著者プロフィール

一九三五年、セルビア北部の町スボティツァで、ユダヤ人の父とモンテネグロ人の母のあいだに生まれる。父は一九四四年にアウシュヴィッツの強制収容所に送られて、消息を絶っている。第二次大戦後、母の故郷のツェティニェに移住。ベオグラード大学文学部へ進学し、修士課程修了後はフランス各地の大学でセルビア・クロアチア語の講師をしながら小説を執筆した。本書『砂時計』をはじめ『ボリス・ダヴィドヴィチの墓』、『死者の百科事典』など主要作品のほとんどは英語、仏語、独語はもちろん、世界各国の言語に翻訳されている。一九八九年十月十五日、パリで死去。

「2007年 『砂時計』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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