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感想・レビュー・書評
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特別の感慨を持って本書を読んだ。
著者増田俊哉氏は1965年生まれ。旧帝国大学の七校(東大、京大、阪大、名大、九大、東北大、北大)で行われる柔道大会、七帝戦に出ることを目標にして、二浪して北大に入学する。
そして、講義に出たり、サークル活動や、合コンで青春を謳歌する同級生から距離を置いて、朝から晩まで柔道場の畳の上で練習に明け暮れる生活を送った。この作品は彼の自伝的小説だ。
七帝戦は、所謂オリンピックはじめ、様々なところで行われている柔道(講道館柔道と呼ばれる)とは異なるルールで行われる。
通常の柔道は立ち技が基本で、そこで投げが決まらず、倒れ込んだ時にのみ寝技が許される。
七帝戦の柔道は「高専柔道」と呼ばれ、戦前の旧制高等学校、大学予科、旧制専門学校の柔道大会で行われていた寝技中心の柔道で、いきなり寝技に引き込むことが許されている。
そして、一瞬で勝負が決まる立ち技と異なり、寝技はかける側と守る側の攻防か延々と続く。高専柔道には寝技の膠着状態を止める「待て」がないため、試合時間をずっと「カメ」という体制で寝技を防ぎ、引き分けに持っていく事も重要な戦術となる。それゆえに大学から柔道を始めた白帯選手がひたすら寝技の防御を覚えて、引き分けに持ち込む分け役となり得る。
物語は一年に一度、新聞のスポーツ欄にさえ取り上げられない、小さな大会である七帝柔道戦において、過去には連覇をした歴史があるにもかかわらず、今は最下位に喘いでいる北大柔道部の部員である著者の2年間を描いたものだ。
濃密な、汗にむせる様な描写の青春記である。
一方で自分も同じ1965年生まれ。日本でトップを争う進学校に入ったものの、落ちこぼれた。それでも、中学2年生の時に友人に誘われて行った中学生四人だけ北海道旅行が忘れられず、北大を志望し、二浪した末に北大に合格した。
増田氏は水産系、自分は文Ⅰ系なので、全く違う系統だが、同じ4年間を札幌の、あの北大周辺の土地で暮らしていたはずなのだ。
氏が描く当時の街の様子や、北大周辺の有名な飲食店は自分にも馴染みのあるものもあったし、学生の雰囲気も、当時の様子を思い出させる。
そして一方で、増田氏が2年の時に、怪我をして観戦のみとなってしまった七帝戦において、対決する東大柔道部には、嘗て自分の中学、高校時代の同級生だった人たちの名前が見える。
彼らもまた、場所は違えど、この独特な七帝柔道の世界に魅了されて学生時代を送ったのかと思うと、ちょっと例えようのない奇妙で、静かな興奮を感じるのだ。
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本書を読み終わった後しばらく、他の本を開くことができなかった。これまで読んだ青春文学の中でもっとも青々しく、そして熱い。
増田さんの本の書評にはいつも「熱い」と書いてしまうが、それは仕方がない。事実なのだ。彼の思い、熱意、そういったものが文章の束から湧き上がってくるのだ。
だからこそ、読むほうも相当のエネルギーを消費させられる。何日かに分けてコツコツ読むつもりで読み始めたが、2章あたりから止まらなくなり、深夜までかけて一気に読み通してしまった。
こんな作家に、私はなりたい。 -
戦前から戦後にかけて無敵を誇った柔道家、木村政彦。
その生涯を追ったノンフィクション『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』。
https://booklog.jp/users/makabe38/archives/1/4101278121
木村の練習の凄まじさ、柔道家としての強さの描写とともに、戦前戦後の日本の格闘技界の流れ、さらには朝鮮半島やブラジルとの関係も盛り込んだ、重厚なノンフィクション作品だなあと、強く印象に残りました。
その著者である増田俊也が、自らが北海道大学柔道部で経験した青年時代を小説化した作品を発表していると知り、文庫化を待って電子書籍版で読みました。
主人公は、増田俊也。
柔道部に入りたいがため、二浪して北大に入学した増田青年の、”一年目”の春。
一年先に入学していた、高校時代の柔道部の同級生と会う、増田青年。
旧交を温めながらも、その同級生が発したのは、「練習がきつ過ぎて、柔道部を辞めた」という告白。
覚悟を決めながら道場に入ると、そこには部員の汗がたちこめ、部員のうめき声が聞こえる光景が待っていた・・・という始まり。
北大柔道部の部員の目標は、北海道大学、東北大学、東京大学、名古屋大学、京都大学、大阪大学、九州大学の柔道部で争われる「七帝戦」で勝つこと。
そしてその七帝戦というのは、一本のみでの決着、待ったなし、場外もなしという、講道館ルールとは全く異なる柔道。
「練習量が強さを決める」という七帝柔道で強くなるために、必死で練習を積み重ねる、増田青年の日々が描かれています。
絞め技に”参った”をしても手を緩めない、練習の厳しさ。
新聞にも載らないような”ローカルな大会”、七帝戦で勝つという目標。
青春を謳歌する、大学の同級生。
悩みや疑問を抱きながら練習を続ける、増田青年の姿を読み進めていくうちに、「人間は何のために生きているのだろう」と、考えてさせてもらいました。
ただ苦しいだけでなく、”練習以外では”優しい柔道部の先輩たちとの交流もコミカルに描かれているので、青春小説として楽しめる内容にもなっています。
「ここで終わってしまうの?」というラストだったのですが、どうやら、続編があるようですね。
続きが気になるので、文庫化されるのを楽しみに待ちたいと思います。
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よかった。
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北大、東北大、東大、名大、京大、阪大、九大の
七校で年に一度戦われる七帝戦。
北海道大学に二浪の末入った増田俊也は、
柔道部に入部して七帝戦での優勝を目指す。
一般学生が大学生活を満喫するなか、
「練習量がすべてを決定する」と信じ、
仲間と地獄のような極限の練習に耐える日々。
本当の「強さ」とは何か。
若者たちは北の大地に汗と血を沁みこませ、
悩み、苦しみ、泣きながら成長していく。
圧巻の自伝的青春小説。
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まじでおもしろかった。
久しぶりに心と頭に残る本を読んだ。
オリンピックとかで見てる柔道とルールが違う。
立ち技もあるけど、寝技中心の柔道。
技ありはあるが、1本取るのみ。
又は、時間がきて引き分けか。
これは大学生活の中での話やけど、
とにかく、登場人物が素晴らしい。
まだ大学生やのに、読んでたら学生に思えへん言動ばかり。
自分も辛いのに人を想い、助け合い精神がすごい。
七帝柔道には、
抜き役(相手に勝つ)と分け役(相手と引き分ける)の役割分担がある。
その説明をしてる時の会話。
「抜き役はエースとは違うんで、あんた」
「でも、抜き役って、強い人がなるんですよね」
「そうじゃの、強いんがなる。
じゃが、抜き役の方が偉いとはわしらは考えんのじゃ。
抜き役が勝つ一勝も分け役が分ける一引き分けも、まったく同じじゃ。
抜き役と分け役に上下はないんじゃ。
そういうものに上下をつける他の世界とは違うんじゃ。それが七帝柔道じゃ」
序盤に出てくる会話。
絶対に最後まで読もうと思った。 -
井上靖「北の海」の主人公が大学に進学し、
そこで送ったであろう寝技中心の柔道漬けの物語。
金沢ではなく北海道大学柔道部が舞台となる。
「練習量がすべてを決定する柔道」
来る日も来る日もすさまじい練習が繰り返される。
壮絶で絶望的な毎日。
その積み重ねられる日々に打ちのめされる。
圧倒的な本物を前に自身の陳腐さを恥じる。
覚悟を決め馬鹿になってやらなくては、
1ミリも真実を掴むことなどできないと思い知らされる。
いつか主人公が上級生になった姿を読みたい。
彼はとてつもなく強くなっているだろう。
積み重ねる日々の分だけ、
身体も心もさらに分厚さを増しているだろう。
彼に負けない日々を送りたいと思う。
「練習量がすべてを決定する人生」
そうしたものがある気がする。
中途半端にやっていたのでは見えてこない、
やり切った者だけが知る圧倒的な本物の世界。
ちはやぶる静けさに包まれた研ぎ澄まされた世界。
表面や表層ではなく深いところにある強さと優しさだ。
本当の格好良さとはこういうものかもしれない。
何をもって練習とするか決めなくてはいけない。