- Amazon.co.jp ・本 (256ページ)
- / ISBN・EAN: 9784101006024
感想・レビュー・書評
-
鬱屈とした雰囲気で終始続いている印象で、少し読むのに体力が必要だったのが正直な感想。それこそ直治や上原さんのようなデカダンの雰囲気。好きな言い回しが多くあり、文字を読んでいて楽しかった。
最初の方は緩く物語が進行していたのにもかかわらず、最後の母の死、かずこの東京出張、直治の自死と駆け足で物語が進んでいく様子は、なんか映画みたいで、食い入る様に読んでいた。
特に、直治の自死の部分にとても共感した。多分、直治は人目を気にして生きてきて、人から愛されたかったのかもと思った。でも素直になれず、変に角が立っていると言うか...あまりうまく言葉がまとまらないけど。結果として、ありのままの自分で生きることに難しさを感じ、自死を選択したんだと思う。
晩年の頃の太宰のデカダンの様子が直治に投影されていて、そこからグッド・バイまで至れたと言うことは、何か生きる依り所みたいなものができたのではないだろうか、いや、そうではなく革命のためだけに身を滅ぼそうと決意しただけなのかもしれない。でも、生きる手がかりが見つかりそうだと思ったから、他の作品も読みたくなった。
誰かの救いになればと書いてたらしいこの小説を読んで、自分の中の言語化出来てこなかった部分が言語化できたし、少なくとも一部は救われたんだろうなと思う。
詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
「フラッシュバック」を多用しています。1→2へ物語が進むと、1と2の間にAの「フラッシュバック」が入ります。2→3へ物語が進み、それらの間にBの「フラッシュバック」が入ります。『斜陽』では、「フラッシュバック」があることで、物語作者が物語を「きれい」に動かせ、登場人物の舞台での動かし方も「きれい」にできています。語り手の育ちの良さを表すために、物語作者は、かず子に呼び捨てで人の名前を書かせません。
物語序盤の「蛇との出来事」は、後のかず子の行動(不倫)の伏線です。文学(特に純文学)では、伏線は張られますが、それらを“回収”するというよりも、それらを読者に“余韻”としてのこすことに力点が置かれます。著者は「物語の相」はもちろん練りますが、序盤や中盤に書いていたことを、終盤で「意識」で“組み立てる”のではなく、「無意識」で“繋いでいる”と思います。
物語終盤、かず子は上原(=理想)の堕落を受け入れています。つまり、「美」をはねつけ? 「現実」を受け入れています。(僕はこの場面を読んでいたとき、「美」に固執した『金閣寺』の主人公を連想しました)。女性の“強さ”と、その強さと紙一重の“したたかさ”を感じました。『斜陽』は著者(太宰)の愛人の日記を原型にしていたはずです。そのため? 女性の心理、行動描写の奥深くまで表現できていると思います。 -
いやー、、、人間失格以降の久しぶりの太宰治。くらい、鬱々。けれど、太宰治の生き様を知ると、人間失格と斜陽、これらの作品こそが太宰治のような気がする。走れメロスとか、あんなに力強いのに。この不幸と、やりきれなさを常に抱えながら生きていたんだろうな…と。
『人間は、自由に生きる権利を持っているのと同様に、いつでも勝手に死ねる権利も持っているのだけれども』この、直治の思想こそが太宰治そのものだったのだろうな…
かず子が、途中から走り出してびっくりしたけれど、でもそこに暗闇の中に光を見せて終わる。そこがまた太宰治の作品だと思った。 -
主な登場人物4人の四者四様の没落の様子を描く作者の代表作。「人間失格」といい、この「斜陽」といい、こうした暗い感じの作品は作者らしい印象を受ける。
戦後という大きな節目に、今までとは大きく異なる価値観が生まれ、生活も大きく変化した。そんな中で生きていく元華族の一家を中心に物語は展開される。視点は、その華族の長女かず子。彼女の視点から、時代の流れにのまれ落ちぶれていく自身・母・弟、そして思いを寄せた作家上原の様子を時系列で述べられている。淡々と述べられているからこそ、没落の様相が一際強調されているようにも感じる。 -
最初は正直あんまり掴めなかった。グッと入り込んでいって面白くなってきたところで終わってしまった。自分の読む力が浅くて悔しい。
-
太宰治の「斜陽」.彼の代表作というので読んだ。
文章は読みやすい。貴婦人である美しい母、母を思いながら恋と革命のために生きようとする娘かずこ、阿片中毒の厭世感の強い弟の直治。没落貴族の滅びゆく心情を描く。母が静か息を引き取るシーンでは、自分の母親が死んだ時を思い出した。
個人的には「走れメロス」「御伽草子」の方が良かった。
2024年2月21日読了。 -
びっくりするくらいどの人物にも感情移入できない。
時代が違うからなのか、私の性格なのか。
生きるのが今よりかなり大変というのがこの作品の要になっているのかなと思った。
でも、ところどころ「あ、この感情知ってる」というのが出てくるのが、太宰治先生の魅力だと思う。
-
この問題で一ばん苦しんでいるのは私なのです。
この問題に就いて、何も、ちっとも苦しんでいない傍観者が、帆を醜くだらりと休ませながら、この問題を批判するのは、ナンセンスです。
人間の生活には、喜んだり怒ったり悲しんだり憎んだり、いろいろの感情があるけれども、けれどもそれは人間の生活のほんの一パーセントを占めているだけの感情で、あとの九十九パーセントは、ただ待って暮しているのではないでしょうか。
幸福の足音が、廊下に聞こえるのを今か今かと胸のつぶれる思いで待って、からっぽ。 -
太宰治が生きた時代、
そして太宰治自身が
すごい生きづらかったんやろうなと思った
暗くて重い話やった