- Amazon.co.jp ・本 (240ページ)
- / ISBN・EAN: 9784101010038
感想・レビュー・書評
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文体に大感動した。こんなに素晴らしい日本語がこの世に存在していたなんて、夏目漱石を引っ張り出して何を当たり前のことを言っているのかという感じだが、何を隠そう文章が凄すぎる。夏目漱石という人は本当に本当に本当にすごかったのだということを最近しみじみと感じている。
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☑︎"一時間あるくと見物する町もないような狭い都に住んで、外に何にも芸がないから、天麩羅事件を日露戦争のように触れちらかすんだろう。"
☑︎"嘘を吐いて罰を逃げるくらいなら、始めからいたずらなんかやるものか。" -
【再読】
高校生の時に、試験に出すから読んでおけと現代文の先生に言われて購入した一冊。当時は試験勉強として読んでいたから、あらすじや登場人物を覚えておかねば…と必死になっていた記憶がある。改めて読んでみると、テンポの良い展開でとても読みやすいことがよく分かった。勉強のつもりで読むのは良くないな…。ちなみに現代文の試験は、坊っちゃん問題で点数を稼げました。 -
夏目漱石二作目。
純文学はあまり読まないが、夏目漱石の作品は主人公の性格が好きで読みやすく感じる。
初対面の人に心の中で変なあだ名をつけるあたり、吾輩は猫であるの苦沙味君と似たものを感じた。
しかし、坊ちゃんはそれに行動力が備わっている。
思ったことはあけすけに言う。怒るときは怒り、次の日になったらそれを洗い流す。間違った時は素直に謝る。
小さいことに囚われず、スケールが大きいのが素晴らしいと感じた。
組織の中で良い立ち位置を得ようと、様々な人に違う顔を作り別々のことをいうのを嫌い、まっさらな自己で勝負する坊ちゃん。
現代に置き換えると、自らの力で一つの企業にしがみつくことに囚われず、自分の力が発揮できる場所で勝負する人材のことのように感じた。
転職に関する本をつい最近読んでいたので、思わぬところでリンクした。
企業に依存しないスキルを身につけ、それを生かせる場所で生きていくというのは、予測不能な世の中を生きていくという物質的豊かさの獲得のためでもある。
しかしそれだけではなく、自分の心に正直に生きるという精神的豊かさをも獲得できるはずだ。
(坊ちゃんの感想どっかいきました)
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これは面白い!登場人物の描写と舞台設定がいいんだと思う。
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想像してたよりもフランクで面白かった。
他の夏目漱石の作品も読んでみたい。 -
「坊ちゃん」は日本文学の中でも特に有名な作品であろう。世俗性がなく竹を割った性格である「坊ちゃん」が社会に出て、そこで「赤シャツ」といった俗な人間の悪事にもめげず、最後反撃する。分量も多くなく、内容もわかりやすく、漱石の他の作品のように難解というのでもない。非常にとっつきやすい作品である。「青春文学」や漱石の中でもっとも大衆的である、とされている。
しかしながら、今回この作品を読了して、私は世間一般の評価とは異なったものを抱いた。いや、前にこの作品を読んだのは5年前だったが、その時抱いた感想は世間と同じ ような感想だった。社会に悪に信念を持って抗し最後を勝利をおさめる痛快な作品、そういう感想を抱いた。しかしながらいいことか悪いことかはわからないが、とてもそのような感想を抱くことは出来なかった。
まず、この作品は「勧善懲悪」ものであるといわれている。果たして本当にそうか、と疑問を抱いた。確かに善と悪は明確である。
まずこの作品における悪は決して大きな悪ではない。世界征服といってものでは勿論なく、暴力的なものでもなく、あからさまいじめではない。いや、悪には違いあるまい。しかし俗的なのである。あるいは陰湿といえばいいのか。私が何を言いたいのかというと、ここに描かれている悪は、現実にあってもおかしくないものばかりである。いや現に程 度の差こそあれ、人間が集まり上下関係が出来れば、ここに描かれている悪はどこの組織でもあるものであろう。さすがは日本を代表する文豪の作品といったところで、ある程度社会経験がある人間ならば、ここに描かれている悪、陰湿さがとてもリアルなものと捉えることができるであろう。
そして何より「坊ちゃん」は社会の悪に勝利したのではない。せいぜい一矢報いただけである。結局学校をやめているのが何よりの証拠である。赤シャツを懲らしめはしたが、結局何かが変わったわけではない。うらなりの転任という名の左遷を阻止したわけでもなければ、山嵐の辞職、赤シャツの結婚も阻止されていない。新聞における冤罪も結局はそのままである。感情を排して冷静な目で作品を追っていけ ば、悪が勝利したことは明らかである。夏目漱石の描く作品は人間関係、現実における人間関係を描いたのを何よりの特徴とする。そしてそれはどこか暗く、あるいは悲劇的なものと言っていいだろう。この一見明るそうな作品でも基礎低音は一緒である。
「坊ちゃん」の出会った悪はたまたま赴任した学校で出会ったのではなく、きわめて日常的である。仮に「坊ちゃん」が別の組織に赴任したところで似たような経験をしたことは想像に難くない。確たる描写や証拠があるわけではないが、作者は「坊ちゃん」の性格をむしろどこか冷笑しながら描いたのかもしれない。
青春とはいわば陶酔である。理性の麻痺である。だが、「坊ちゃん」の理性は麻痺ではない。そして陶酔はしていないどころか、社会の荒波にどこか翻弄されている。そこに描かれているのは、青春が終わり社会への第一歩を踏み始めた姿である。それゆえこれは「青春文学」ではなく「脱青春文学」と呼称して差し支えなかろう。 -
坊ちゃんの乱暴な言い回しが面白過ぎる!
私の頭の中での映像は常に大泉洋ちゃんだった。
口は悪くて乱暴だけど、子供みたい真っ直ぐで、人の心の傷みも解る、凄く素敵な人だと思う。
読みながら笑えるし、心が温かくなる一冊でした。 -
主人公の江戸弁、快活な性格が爽快でした。
いつの時代も人間関係は難しいものだと感じますが、だからこそ主人公の真っ直ぐな人格が、強調されて見えてきます。
主人公を全面的に肯定する清の存在も微笑ましかったです。